ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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赤と白の鬼渡し-前-

 砂漠の雪獅子は赤い鎧を追走する。

 

 乾燥しきった大気の中、心肺機能を総動員させて疾走するという行為。体力が物を言うフィールドワークをそれなりにこなしてきたハインツであるが、現在置かれている環境は想像以上に苦しいものがある。

 人間の呼吸というのは、酸素・二酸化炭素の出し入れだけでなく、一定量加湿したのちに肺へ空気を到達させる。通常の環境であれば何気ない行為である呼吸も、湿度という概念が縁遠い砂漠では繰り返す度、体中の水分が一息つくだけで浪費されていく。

 

 それをハインツ自身ならまだしも、ウィンブルグはあのドドブランゴと相対しながら続けなければならないのだ。平常であれば疲れたら休む。至極当然の行為と言えよう。

 しかしモンスターは果たして待ってくれるか。……否。

 この囮作戦は、まさに短期決戦型の一撃離脱に他ならない。この砂漠という環境が長期戦を許してはくれない。

 早朝のオアシスで平然と彼が言ってのけた"囮術"は、死に直結しかねない危険な作戦であったのだ。

 

 砂埃は口へ入り不快な感触を与える。足場の緩い砂の床は走る度に体勢を崩され余計な体力を使わされる。しかしハインツは決して走る足を緩めない。

 命をかけてモンスターと退治する、勇敢なハンターと無事に合流するため。彼のすべきことをより迅速に完了するために。

 

(到着……っ、周りにモンスター……いない!!)

 

 つい数分前まで双眼鏡で目にした景色は、間近で見るとより砂漠という大地の広大さを思い知らされる。想像以上に捜索範囲が広かった。

 

(でも問題ない。ドドブランゴがいた水辺まで……)

 

 砂漠での狩猟は事前準備・調査が成否を分けると言っても良い。森と比べて遮蔽物の少ない砂漠では、モンスターに見つかる可能性が極めて高い。

 逆に利点も存在する。それこそ事前に周辺の環境を目視、把握しやすい点だろう。

 

 だからこそハインツたちは貴重な一日を事前の調査で使い潰し、本命を後日に当てようと考えていた。遅れて到着するであろう、もう一人の護衛ハンターを待ちながら。

 

 しかし状況は変わってしまった。あの新たな三頭のラマラダである。おそらくラマラダの主は、ハインツら書士隊の商売敵とも言える相手であった。

 

 個人商会である。それもかなり規模が大きい、()の商会。

 

 はじめにハインツが"砂漠の雪山草"という言葉に対して抱いた感情。それは彼自身下劣ながらも考えてしまっていた。

 

『もしも本当にあるなら、お金になりそうだな』

 

 ――と。希少な品は高値で取引されるのがツネ。

 

 その考えの後にすぐさま頭に浮かんだのが、"裏商会"の存在。

 彼らが噂を聞きつければ、必ずや飛んでくるであろう。それが如何ような場所であってもだ。それほどまでに彼らの情報網は広く足も速い。

 

 通常は表立って動きはしないのだろうが、今回のフィールドは砂漠。砂漠の玄関レクサーラまでならまだしも、名もなき集落まで好んで足を運ぶものなど滅多に居ない。

 分かりやすく現れた新たな来客は、早朝のハインツを人知れず戦慄させていた。

 

(……この辺りか?)

 

 乱れた呼吸を整えながらハインツがようやくたどり着いたのは、ドドブランゴが水を貪った後に徘徊していたポイントの一つ。

 

 薬草、火薬草、トウガラシ……。別段、目新しくもない、砂漠に自生する植物の数々がハインツの目に映る。

 

「こっちはサボテンに……うげっ、マタタビも生えてるのか」

 

 僅かな水と豊富過ぎる日差しの中でもたくましく育つ木々や草花は、まさに雑草魂と叫ぶかのように日向日陰と、全方位から自己を主張している。

 その中の一つのマタタビは、顔をしかめたハインツの脳裏に、未だに払拭し難いナーバナ森丘での出来事を思い起こさせた。

 あの一件以来、反射的にハチミツとアイルーを見るとついつい一歩引いてしまう。

 

 しかし余計なことを考えている暇はない。

 

 調査を続けていると、ついにドドブランゴが徘徊する頻度が一番多かったポイントへ到着。

 そしてすぐさま、ハインツの双眸は鋭く光った。

 

 

「――これは」

 

 

 

 砂漠では数少ない高低差ある起伏のある岩山地帯。

 事前調査の賜物は、特に問題と言った問題もなくターゲットを誘導することに成功していた。

 

 赤の鎧は距離を保てるように岩山を利用しながら、白の毛塊と命のやり取り(オニゴッコ)を繰り広げている。

 ハンターは振り返らない。かのドドブランゴがいる位置は、風下となっているウィンブルグ側からは視覚に頼らずとも把握できる。ドドブランゴの頭頂部からは、ベッタリとペイントボールが放つ激臭の発生源となっていたからだ。

 

 走る。隠れる。走る。走る。隠れる。走る――。

 

 それを平然と要求される命がけの逃走劇は、準備も何もせずに行えばすぐに体中の水分という水分が空になり、終わった頃には砂漠同様に干乾びてしまう危険な行為。

 

「ハッ、ヒィッ、フゥゥ……! と、年はとりたくないものであるな……」

 

 岩陰に隠れ、ドドブランゴが見せる隙を掻い潜り、呼吸のリズムを整える。

 タイミングを見計らう彼――ウィンブルグが扱う双剣は武器にして武器に非ず。単純に扱えるものではなかった。

 リィタが使う大剣の力業でもない、それは武術に通じるものがある――"型"であった。

 

(これだけ距離があれば十分だろう。あとは少しだけ、ここに留まってもらうよ)

 

 ウィンブルグの腰に双剣が携えられているのは明白である。しかし、見えているのは赤味のある取手部分のみ。その刀身は湿らせた雑布で覆われていた。

 彼のクーラードリンク摂取量は、火山を主戦場にする彼の匠の技から、ハインツと比べて非常に少ない量でこと足りてしまう。しかし、瓶がカラになるのはほぼ同時。

 

 その理由こそが、彼の持つ双剣そのものであった。

 

 岩陰からふらりと姿を現すと、ウィンブルグは腰に(つが)えた二振りの刃を静かに引き抜き、腰を落として低めに構える。両の刃は大気に晒されると、その刀身は静かに熱を帯び始めていた。

 

 雑布を湿らせていたクーラードリンクの冷気から解放された双剣フレイムストームの刀身は、切っ先に付着していた液体の残りを蒸気へ変えていく。

 

(こっちも持ってきて良かったよ。管理する都合上、使うことはないと思っていたんだがね)

 

 赤い双剣(フレイムストーム)が放つ熱量は、雪山の元主であるドドブランゴの苦手とするもの。

 砂漠の熱とは別の、更に灼熱を漂わせる二振りの存在に気付いたのか、ドドブランゴは不意に足を止める。

 

「いい子である。このままお見合いで済むなら吾輩としては万々歳なのだが……」

 

 

 

 ――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 

「そうは問屋がおろさない、であるなっ!!!」

 

 熟練ハンターの間近で存在するのは、霊長の上位に君臨する雪獅子ドドブランゴ。例え縄張り争いに敗れ落ち延びていたとしても、その存在は人間にとって大いなる脅威となる。

 全身を覆う白い剛毛は、並の刃や銃弾を安々と通してはくれない天然の防護服。異常に発達した四肢は、その一撃を持ってして獲物を仕留めるのは容易いであろう。

 

 全身がウィンブルグにとって凶器の塊たる霊長の長は、その体躯を持て余すことなく一点に向かって走り出す。四足すべてを使って行われるギャロップ走行は、瞬く間に赤い鎧を捉えようと接近していた。

 

「むぅンッ!!!」

 

 しかし相対するウィンブルグもまた、熟練の観察眼を駆使して間合いを計り続ける。腰を落としたまま迫りくる白の巨体をギリギリまで引きつけ、素早く重心を移動、接触寸前のところで避ける。

 

(あ、当たれば事故であるなっ。我輩には入院費すら払う余裕はないというのに。特別報酬くらいねだってもバチは当たるまい……!)

 

 間違いなくこの場でのアドバンテージは、雪獅子がほぼ全てにおいて優位と言っても過言ではない。元から不安定な足場である雪原と比べて、砂上の悪環境も然程も影響していない様子の機動力には、経験豊富な彼と言えども舌を巻く他なかった。

 対するウィンブルグが持ち寄る闘いの駒と言えば、調査一日目で調べ上げたマッピング情報と、雪獅子対策で選定してきた二振りの剣(フレイムストーム)、そしてこれまでの経験。

 

(……ここで仕留めようと考えるのは欲張り過ぎであろうな。なにより目的が違う。ここは手堅くだな)

 

 すれ違いざまに見やった傷だらけの雪獅子は、息を荒げながらも赤い鎧に対する照準を外すことはない。

 振り返りざまに姿勢を崩しながらも、砂を巻き上げながら再度巨体がウィンブルグへ迫る。

 

 再びウィンブルグは構えると同じように避け……しかし、今度はすれ違いざまに双剣の片割れを浅くドドブランゴの胴に引っ掛けた(・・・・・)

 熱を帯びた赤い双剣の切っ先はスルリと体毛の間に割って入ると、普段は鋼も通さない防刃ジョッキのような剛毛を容易く焦がし落としてみせる。

 

 ハラリと白い体毛が砂漠の風に吹かれて消えると、ドドブランゴは警戒を強めながらも眼光に宿す光を強め、吠える。

 

 力の限り時間稼ぎをする。これが現状でウィンブルグの果たすべき役割であった。

 そして、明日の本格的な狩猟に備えて砂漠に存在するという特異性を間近で確認しておきたいという意味合いも含まれていた。

 ヘルム越しでは一筋の汗が額を伝い始める。紙一重の攻防がもたらす精神的な摩耗は、熟練ハンター言えども慣れる日が来ることはない。

 

「さぁッ! 吾輩はここだぞ! 手を緩めずにかかってくるが良い!!!」

 

 両の手に構えられた灼熱の脅威を存分にアピールしてみせると、ウィンブルグも吠える。

 

 




想像以上に長くなっております砂漠編。

もう少し……少し?だけ続きます。

それと章管理の機能があると初めて知ったので、今までの章を分けてあります。
それに伴いサブタイトルも付け直しています。

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