ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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赤と白の鬼渡し-後-

 

 熟練したハンターになるほど、モンスターとの戦闘は短期決戦となりやすいものだ。

 まずは奇襲から入り先行の一手。ここで対象の視界か機動力を削ぐ事ができれば、九割方は勝敗が決したも同然。

 そこでアドバンテージを確保したのち、更にシビレ罠など対モンスター用の道具を駆使することで、狩猟の成功はより確実なものとなる。

 

 だからこそ、真正面からの打ち合いを求められる今回の状況にウィンブルグは、久方ぶりの緊張感を抱いていた。一手間違えれば途端に不利になるワン・オン・ワンでの決闘場。後衛がいない心もとなさは、普段はフォローに回ることが多いウィンブルグにとって独特の感覚であった。

 

 しかし、張り詰めた緊張感が手持ち無沙汰になることはない。幸い、相対するドドブランゴは駆け引きと言った要素とは無縁らしい。考えるよりも先に身体が動く。巨体が迫る。

 それをウィンブルグは、少しばかり(・・・・・)間合いに余裕を持たせて避けるだけでいい。確実に熟練の勘を信じればそれで良いのだ。余計な手を出すのは、手足に精緻な動きを要求する余裕が生まれたときだけで構わない。

 

 ウィンブルグの間近を通り過ぎる巨大な質量は、何の感触を得られないままに空を切る。これまで数々の怪物共と相対し、その度に打ち砕いてきたであろう己の体躯、豪腕がカスリもしない。

 振り向きざまのドドブランゴの瞳は赤みを帯びている。砂塵が目に染みるのではない。モンスターでもストレスは感じるらしい。

 徐々に苛立ちを募らせるドドブランゴに対し、ウィンブルグの手は自然と剣の取手を力強く握りしめる。

 

 乾ききった大地を踏みしめるとともに、巨体は砂を巻き上げながら再び赤の鎧へ迫る。やや蛇行気味に地面を走るドドブランゴ。今度は直線的な動きと違って軌道を読む必要がある。

 

(大丈夫だ。軌道が変わっても到達地点が変わるわけではあるまい)

 

 右に大きく逸れながら赤の鎧を捉えんとするドドブランゴに対し、動きに惑わされずカーブに対して左半身を前へ出し接近に備える。

 

 接触まで三・二・一……。

 

 ウィンブルグの双剣は構えられた状態のまま。姿勢を崩すことなく後方へ跳んで躱してみせる。そして今度は――

 

「フンッ!!!」

 

 深めに赤の刃を側腹部に滑り込ませる。感覚的に伸ばされた剣の片割れは、滑り込むように体毛を掻い潜り焦がし断つ。そして刀身は体毛の根本、肉体を浅く焼き切る――ことはなかった。

 

「むゥ!!?」

 

 リーチを測り間違えたか。刃は体毛を深めに抉り取ったのみで、本体へのダメージはゼロに等しい。

 想像以上に砂漠の暑さが判断・身体感覚を鈍らせていたのだろうか。

 

(……鈍ったか。確かに届いたと思ったのだが)

 

 過ぎ去る巨体は、振り向きざまの照準をすぐさま合わせてくる。避けるタイミングは問題ない。次はリーチの修正作業だ。

 

 その時だった。

 

 ドドブランゴの後方、ウィンブルグの逃走開始地点から爆発音が響いたのは。空高く打ち上げられた何かが、木クズとともに空を舞っているのが見えたのは。

 

(来たか! ここまで賞味二十五分……上出来である!!)

 

 ウィンブルグは自然とヘルム内で自身の口角が釣り上がったのを感じる。

 

 それは調査完了の報せだった。目的は果たされたのだ。

 

 打ち上げタル爆弾による合図を確認したその刹那、一目散に相対していた巨体に背中を向ける。本日最後となる全力疾走の布石だ。

 ドドブランゴも見逃しはしない。ワンテンポ遅れて、逃走を図る赤の鎧を追走する。しかし。

 

「ふははははッ! さらばッ!!」

 

 起伏ある岩山地帯を戦場に選んだもう一つの理由。

 凹凸の激しい一箇所に隠れる小さなくぼみ。丁度ニンゲンの大人一名がくぐれる程度の大きさの孔からは、明らかに砂漠の大気とは異質の、湿気を含んだ気流が洩れ出ていた。

 

 そのくぼみに向かって間髪入れずに飛び込んだウィンブルグは、岩に体を打ちつけながら小さな穴の中を転がり落ちていく。

 

(いたたたたた?!! こ、腰が壊れるのである!!!!)

 

 事前調査の賜物だ。

 安全(?)な逃走ルートの準備まで、つつがなく熟練ハンターはこなしてみせた。

 ペイントボールの匂いが近づくことは……ない。

 

 赤の鎧(アグナシリーズ)の防御力を頼りに、絶え間なく打ち付けれる壁面に受け身を取りながら、転がり付いた先に広がる光景にウィンブルグは嘆息する。

 

「……あぁ。こんな時じゃなければ素直に綺麗と言えるんだが」

 

 どう見積もっても打撲している全身。節々が痛むのは歳のせいだけではない。

 そんな彼の視界には一面を青で染める地底湖が広がっていた。地上の光を反射させて届く一筋の光は、幻想的に湖を照らす。

 おそらくこの地底湖の水脈こそが、ここら一帯のオアシスの源泉となっているのであろう。

 

(体中が痛いのである。明日の狩猟、やはり外して貰えないか頼んでみようか……)

 

 道具袋(アイテムポーチ)の中では瓶の割れたクーラードリンクが中身を汚す。双剣の片割れは切っ先が一部欠けてしまっている。

 調査二日目の大一番を演じた熟練ハンターは、再び静かに嘆息した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「お疲れ様ですウィンブルグさん。歩けますか?」

「……問題ないよ。ただ、集落についたら替えの湿布を貼ってくれないか。腰が爆発しそうである」

 

 そう言って腰を擦るウィンブルグの鎧は、行きと比べて随所に凹凸が見られる。いかに堅牢な鎧と言えど、無理な扱いをすれば傷だらけにもなる。

 割れて予備のなくなったウィンブルグのクーラードリンクは、ハインツが管理する残り二本の内一本を分けて口に流し込む。地底湖の水を飲むという手もあったのだが、そのまま口にするには少々危ない。煮沸する余裕もないため、ボロボロの身体でハインツと合流を果たしたのだった。

 

 染み渡るとろりと湿潤した固体とも液体とも言い難いとろみ付きの水分を、余すことなく瓶が空になるまで飲み干す。二十分間の過負荷で失われた水分は想像以上に多いのだ。

 

 集落への帰路。

 無事にドドブランゴの縄張りから離脱したハインツとウィンブルグは、疲労の残る両足で大地を踏みしめていた。

 同時に今回の目的を無事果たしたという安心感も含んで、だ。

 

「……帰ったら、早速君の考察を聞かせてくれたまえ。吾輩も気になることがあってね」

「もちろんですよ。リィタさんは……やっぱり機嫌悪くするかな」

「違いないのだ。しかしどれ、やれば出来るものであろう?」

「ははは、間違いなく今回の立役者はあなたですよ」

「であろう? だから、追加ボーナスの口添え、ラッセル殿に君からも頼むよ?」

「それが狙いでしたか。ええもちろん。その後は念願の休日ですよ。積んでる『月刊狩りに生きる』、読まないと!」

 

 調査終了は家に戻るまで。鉄則は鉄則だ。

 しかし、疲労を紛らわすかのように、十分おきの声掛けとは異なる絶え間ない会話は集落まで続いた。

 

 

 

 


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