ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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砂漠に咲くは……

 予想外とは不意に起こるものだ。そんな当たり前のことをハインツが実感したのは、ちょうど集落に到着した時であった。

 入念な計画が功を奏したのか、早朝の調査から帰還を果たした二人を迎えたのは真昼の太陽。カラッとした灼熱に晒される名も無き集落は、出立時に感じさせた肌寒さを微塵も残してはいなかった。ようやく一日の半分を迎える時刻の中、現地民は各々の生活の営みで活気づいている。

 砂漠の一日はまだまだ終わりそうもない。過酷な環境でも折れることなく命息づく集落の光景は、疲労困憊の二人のこともどこか優しく包み込んでいるようだった。無事に五体満足で戻れた安心感とも言えるものだろう。

 

「あ、おかえり。ふたりとも」

 

 そして二人を迎えたのは、予想外の人物であったと言えよう。

 

「……あの、失礼ですがどちら様でしょうか?」

 

 灼熱の環境に身を置き続けた弊害として、抜け切らない疲労が二人には蓄積し続けていた。そんなハインツらが対面するのは、全身を包む淡紅色の鎧。ずんぐりとした特徴的な鎧のラインは男女の判別がつきにくいものの、装飾(デザイン)や色合いから、装着者が女性であることはかろうじて判別できる。

 

 フルフェイスから発せられるのは紛れもなく女性特有の声色であるが、兜越しにくぐもる声を聞いてもピンとこないハインツ。

 そんな見るからに頭上でクエスチョンマークを浮かべる彼に業を煮やしたのか、鎧の主は腕と思われる三本のドリルが伸びた手でフルフェイスを器用に脱いで見せる。次いでフルフェイスから現れた素顔を見るや否や、二人は目を丸くする事になった。

 

「で、はじめましてだっけ? ……ハインツさん?」

 

 栗色のセミロングにまばゆい碧眼。現れたのは可憐とも言える少女の素顔。汗一つかくことなく凛とした佇まいを見せる彼女の姿は、工房技術による耐暑性能のおかげなのか、彼女の驚異的な環境適応能力ゆえなのか推し量ることはできない。

 予定外にも早く合流することとなったもう一人の護衛ハンターの到着。そのリィタの新たな装いに驚きつつも、二人はまじまじと少女の姿を見つめているのだった。

 

「もしかしなくても……リィタさんかい? あれ、到着まであと三日は空く予定じゃ……」

「予定は未定って言葉、ハインツさんもよく使うでしょ? 私も護衛として、腰痛持ちのウィンブルグさんにだけ仕事を任せていられるほど無神経じゃないよ」

「なんとっいい娘であるか! 感動のあまり悪化した腰痛が根治しかけたのである! もちろん気のせいなのだが。うーむ……それにしてもリノプロシリーズとはまたいい趣味を」

「私の趣味じゃない。工房の人に薦められたから。砂漠に行くならこれ一択だって」

 

 リィタが愛用していたマカライト製の鎧(アロイシリーズ)は狩猟における機能性に優れた代物だ。職人の手により身体のラインに合わせてフィッティングされたスリムな造形は、著名なハンターたちからも愛用されており、今もなお根強い人気を誇っている。

 対してずんぐりむっくりとした分厚い装甲で覆われたリノプロシリーズは、砂漠地帯などの鉱脈や水源調査・採掘を目的として設計されている。腕部には掘削用のドリルが装備されており御世辞にも戦闘向けとは言い難い、ある種リィタの印象とはギャップを感じさせる装いであった。

 そして何よりも工房の遊び心が如実に現れているのが、その全体像(シルエット)である。

 

「一択ではないと思うけど。親方の趣味だねそれは。でも合流できて良かったよ。これから情報を整理するところなんだ」

「うん」

 

 まさにアオアシラ……ではなく、熊としか言いようがない。それもデフォルメされたぬいぐるみのような愛嬌ある姿だ。

 

「嗚呼、親方は良い趣味をしているのだ。あ、できればリィタ君、我輩的にはもう一度(それ)を被ってみて欲しいのだが……」

「よくわからないけど嫌です」

「ふはは、砂漠の風は腰に染みるのだな……」

 

◆◆◆

 

 場所は集落ゲストハウス。

 中心にぽつりと佇む質素な来客用テーブルを囲んだハインツら三人は、神妙な面持ちで言葉を切り出そうとしていた。

 

「では情報をまとめましょうか。リィタさんも合流したことですし、おさらいから行きましょう」

「別に結果だけでいい気もするけど。私としては明日が本番だから手短に」

「ははは……仮にも書士隊護衛なんだから、寝ないで聞いてくれよ。それじゃぁ始めよう」

 

 コホンと咳払いをすると、ハインツは一人の書士隊として静かに語り始める。

 

「……まず僕らがここまで出向いた理由。この砂漠で雪山草が発見されたというウワサ話ですね。その情報を元に、僕らはこの砂漠までやって来たわけです。そして、調査の過程でドドブランゴが南方の砂漠に出現しているという情報も入手しました」

「うん。ドンドルマにもハインツさん達が出発した次の日に一報があったよ」

「ガレオスの海を挟んでいたのが幸いであったな。集落ともども被害は出ていないそうである」

 

 この砂漠独特の地形が村からモンスターの襲来を防いでいるのは周知の事実だ。ドドブランゴというイレギュラーが現れたのは不測の事態であったが、人的被害に見舞われていない現状は幸運に恵まれていると言っても良いだろう。

 

「ところでウィンブルグさんはドドブランゴと一戦交えたの? その鎧……」

 

 リィタが指をさして尋ねるのは、ウィンブルグが脱ぎ捨てていた赤の鎧。出発時から細かい傷はあったものの、持ち主の気質から入念な手入れをされていた。それが今や見る影もなく凹凸にまみれている。

 

「む、え。いや、これは名誉の負傷というのか……」

 

 思わず狼狽するウィンブルグであるが、自分から飛び込んだ逃走経路の目測を誤った挙句、転がり落ちた先で持病の腰痛を悪化させたとは、熟練ハンター言えども言い出しにくい様子だ。

 

「ウィンブルグさんも苦戦した相手。相手にとって不足なし、かな」

「そ、そうであるか」

 

「話が逸れてるけど、その件に関してはウィンブルグさん、この村付きから一名、レクサーラ増援一名の計三名のハンターで狩猟に当たる予定で――」

「私も。だよね?」

「はあ……仕事熱心だね。ギルドには後から四名って報告し直しとくよ」

 

 一瞬感じる鋭い視線にたじろぐハインツであるが、再び咳払いをすると言葉を続ける。ハンター二人もそれに耳を傾ける。

 

「続き続き……で、そうだドドブランゴだ。ここからが僕の仮説だ。前もって言うけど、これは真実ではないのが大前提。僕の考えだとドドブランゴの出現は今回の雪山草の件を繋ぐ重要なファクターだ。なぜなら――」

 

 一つ間を置いて、ハインツは言葉の続きを待つ二人を一瞥した。

 オアシス近郊言えど、乾燥した空気は喋り続ける度に口内を乾燥させる。一度唾を絞り出してゴクリと飲み込むと、正解かわからない答えを口にするため緊張を胸に言葉を繋げるのだ。

 

「――なぜなら。おそらく雪山草を砂漠に持ち込んだのはドドブランゴと考えられるからね」

 

 ここで素直な疑問をぶつけるのはリィタだ。

 

「でも雪山草は砂漠の環境で自生できるような植物じゃない」

 

「その通りだリィタさん。君なら詳しいと思うけど、雪山草は滋養強壮に効く霊草であることからとても需要が高いんだ。ある程度高値で取引もされているね。ただし自生するのはフラヒヤ山脈を始めとする霊峰の頂上近い場所。とてもじゃないけど、気軽に採取できるものじゃない。出発前に徹夜で資料を漁ったんだけど、過去に雪山草を様々な環境下で自生させる実験が行われている。結果は、いずれも失敗さ」

 

 一つ言葉を終えると、再び口を潤すためハインツも一息つく。そして周囲の反応を確かめる。

 静かに傾聴していたウィンブルグは楽しげに、かつ不思議そうに口を開いた。

 

「ここまで聞くのであれば、そもそも砂漠に雪山草なんて眉唾以外にありえん話であるな。噂がデマだったと考えるのが普通である」

「それを調べるのが書士隊のお仕事じゃないですか。それに、百聞は一見にしかず、です。これを」

 

 ハインツがお気に入りのセリフを言うとともにアイテムポーチを弄ると、中から出てきたのは小型の採取キット。その中には少量の砂漠の土と、儚げに咲く一本の若芽が顔を出していた。

 

「あ、それって――」

 

 微細ながらも驚きの表情に変えたリィタの姿を見て、ハインツは楽しげに口角を静かに釣り上げる。

 

「ああ。今回の件の主役……砂漠に咲いていた植物学上、紛れもなく雪山草に分類されるものだよ」

 




投稿までかなり間が空いてしまいました。お久しぶりでございます。
モンスターハンターワールド発売、おめでとうございます!

もちろん私も買って――ないです()
新しい大陸の中で見えてくる世界観、生態系……すごく遊んでみたい。でも時間ががが。
ということで、遊べない分モンハン大辞典Wikiの情報更新を楽しみにしています(他力本願)

ダブルクロスも買ってないし今更なのかな(;^ω^)

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