ハインツの手にはハンター向けの簡素な採取キットとは異なり、採取物を極力保護できるように覆われたガラス製の小型瓶が握られている。
初めは翌日の狩猟に思考の大部分を預けていたリィタだったが、いつの間にか彼女の興味は採取キットの中で芽吹く命に向き始めていた。食い入るように見つめる彼女の碧色の瞳は、ガラス内で儚く伸びる若芽を吟味している。
そんなリィタの反応に満足げなハインツは言葉を続けていく。
「まず植物ってのは繁殖方法として花粉だったり種を飛ばすよね。それを運ぶのは風であったり、虫であったり、動物であったり。それはモンスターも例外じゃない」
書士隊として壇上に上がったハインツの言葉にはすでに饒舌さが乗リ始めていた。一言一言を選び、慎重に紡ぎ始めた解答例は、次第に彼の中の知識を頼りに形となって膨れ上がっていく。
現場での頼りなさとは裏腹に、今の彼の様子に多少の面倒臭さをリィタは感じていた。しかし、口を挟むことなく彼の言葉を待つ。
「まずドドブランゴだけど、僕らが遭遇した固体は牙の折れた手負いだったんだ。おそらく雪山での縄張り争いに敗れた結果だろう。そして経緯はわからないけど砂漠まで落ち延びた。おそらくこの時、奴の身体に雪山草の種子が付着していたんだろう。そして雪山から遥々砂漠まで運ばれてきたんだ……と、思う」
「種が運ばれた経緯はなんとなくわかったよ。でも問題はその後。なんで砂漠で育つことができたの?」
率直な疑問である。ハインツがはじめに語ったように、雪山草は本来標高の高いフラヒヤ山脈の山頂付近にのみ自生されると言われている。
「質問を返すようで悪いけど、人間はここみたいに砂漠でも生活できる。生きていけるんだ。火山の麓にだって、雪山の懐にだって人の住む村がある。別に雪山草が砂漠に生えてたって何も不思議じゃあない、そうは思わないかい?」
やや意地悪く、肩をすくめたハインツは笑って疑問を返してみせる。それに対してリィタはムスリとした様子で
「それは……極論だと思う。人と植物は根本的に違うよ」
と、返す。
「その通りさ。でもさ、僕らもその地で根を張るのに一番重要なのは環境だろう? 生きるためには水がなければ、食料がなければ、家がなければ生活はままならない。雪山草だって同じはずさ」
リィタは何も返さない。
直接何かを見たわけでない彼女としては、必要以上に口出しするには無粋というもの。そう感じるからこそ、彼女は調査に出遅れたことを後悔していた。心の何処かでこうなると分かっていたのだ。
そんなリィタの心境はいざ知らず。普段通りの表情の機微が乏しい少女との会話を楽しむようにハインツの言葉は続く。
「最初にも言ったけど、これはあくまで仮説なんだ。どんなに考えたところで事実は見つかったとしても、真実が分かることはない。だからこれは綱渡りみたいな奇跡が起こした賜物だって、僕は思うんだよ」
「奇跡?」
「そうさ。さっき過去に実験は失敗したと言ったよね。でも、それは語弊があるんだ。もう一度よく見てくれ。できれば直接。きっと君になら分かるはずだ」
「? よく分からないけど……とりあえず、見せて」
テーブルの真ん中に置かれるガラスのボトル。
その手を伸ばすリィタだが、リノプロ装備の胴回りが太いせいかテーブルの縁胴が引っかかり、腕を伸ばしてもギリギリ瓶に届かない。一瞬の間を置いて仕方なく机の上に身を乗り出したリィタがボトルに近づくと、掘削用ドリルの付いたアームを器用に操作して蓋を開け、
息をするのも忘れて品定めするように若芽へ感覚を注いでいたリィタは、しばらくしてようやく視線をハインツに戻す。
その顔は理解とともに更なる疑問を深めた様子で
「……葉に艶がない。匂いも違う。――これが本当に"あの"雪山草なの?」
と、瞬く間に気付いた違和感を指摘する。ハインツも頷き返すと、若芽を丁寧にキットの中へ保存し直しながら指摘に答える。
「そう、これは雪山草さ。標本通りの
「あとでいい。で、見た目は確かに雪山草だけど……これ、絶対取引所じゃ引き取ってもらえない。だって――」
リィタは言葉を選ぶ様子で一息飲む。今度はハインツが彼女の言葉を待っていた。
「だって。言い方が少し悪いけど、今まで見たこともないような粗悪品だよ、これ」
未だに疑問符を浮かべるリィタであったが、その彼女が下した品評がハインツの求めていた答えに他ならなかった。
「……たしかに粗悪品、それも"滋養強壮に効く霊草"という
「つまりこれは、限りなく"ただの草"に近い雪山草?」
「雪山に咲くから雪山草、滋養強壮に効かなければただの草、であるか。なんとも世知辛い」
皮肉なものだと、二人の問答を黙って見守っていたウィンブルグがため息混じりに声を漏らす。つまるところ、彼らが今回見つけた成果は現状、ただの道端に生えている草同様なのである。
「なんだか期待して損した。面倒な言い回しはいいから、もったいぶらずにそろそろ結果だけ教えて」
「ごめんね、ちょっと自信がなかったんだ。けど君の言葉で確信を持てたよ。……では、この雪山草が育った環境その一、まずは水。これはオアシスが近郊にあったからね。砂漠の地下水脈、地底湖だね。底から湧いたオアシスが供給してくれていた。環境その二に太陽、ここは有り余るくらいだね。黙ってたら干物になりそうだよ。そして夜の環境は極寒だけど、雪山草の原生地を考えると、さほど問題ないんだろう」
「でも、それだけだと雪山草は育たない、そうなんでしょ?」
早く答えを来れと言わんばかりの、リィタの鋭い視線がハインツを刺してくる。遠回しな物言いをした結果である。
「そう。これだけじゃまだ足りない。真昼の猛暑を耐える力は雪山草には備わっていない。コレを解決するのが、その三、地下水脈によるクールアイランド現象だ。それもとびきり上等なやつさ」
「それに関しては吾輩から話すとしようか。聴いているだけなのも味気なくてね」
ウィンブルグが顎ヒゲを撫でながら一手挟むと、洗濯済みにも関わらず異臭を放つ彼のアイテムポーチを取り出す。
「……酷い匂い。加齢臭?」
「ノォン、失礼なッ。清潔は紳士の嗜みというもの。見てもらいたいのはコレである」
リィタの指摘に苦笑しつつ、ウィンブルグが取り出したのは"
「この砂漠一帯のオアシスなのだがね、実は複数の地下水脈から流れているものだそうだ。ゆえあって吾輩も実際に目にしたわけなのだが、嗚呼、なんとも幻想的であったことだろう。しかし、そこで一番に注目したのが地下水脈を構成する鉱石なのだ。鉄鉱石を始めとして、とても純度の高い氷結晶らで構成されていたのだよ」
極めて氷に近い組成を持つ鉱石が氷結晶だ。
日中の砂漠にも関わらず、別称を"溶けない氷"とも呼ばれる透明度の高い鉱石の周りでは冷ややかな凍気が渦巻いていた。
「これが中々、腰に当てると冷たくて気持ちよくてなあ。少しばかり採掘させてもらったのである」
「冷やし過ぎも良くないですよ? それでねリィタさん、この雪山草が生えていた岩陰近くにも地下水脈に続く小さな空洞があったんだ。本当に拳大くらいのね。そこだけ別の空間みたいに冷気が漏れていたんだよ。極寒、とまでは言わないけどね。で、次が最後だ」
ようやくかと言った様子でリィタの瞳はハインツを見やる。
「でも、やっぱりそれだけじゃ雪山草は育たなかったろう。だから最後の一つがいかに足りない栄養素を賄うか、だよ。これを確認するには……うん」
「どうしたの?」
「これ以上は直接見たほうが早いってことさ。さあ、今日は早めに休むと良いよ。明日が本番なのは間違いないんだ。それに、僕も最後の仕事を片付けなきゃならないからね」
そう言い残したのち、ハインツはゲストハウスを後にするのだった。
◆◆◆
書士隊一行が名もなき集落に到着し、既に調査開始から三日が経過していた。
現地の村付きハンターは野性的な雰囲気を漂わせるボーンシリーズを着込み、砂漠の道程を先導する。レクサーラの助っ人も周囲に目を光らせながらライトボウガンを構えて進む。
その後を追うように赤の鎧は腰を気にしながら、淡紅色の熊は特に何を気にするでもなく、巨大な大剣を背負い足場の悪い道を進む。
天候は言うまでもなく快晴。砂漠独特のなだらかな凹凸は風の流れを変え、一刻また一刻と周辺の状況を変化させる。
そんな計四名まで集った狩猟の精鋭たちは、皆それぞれに闘志をみなぎらせ、これから邂逅するであろう砂漠に迷い込んだ獣と相対する準備を進めていた。……一人を除いて。
途中、砂中より現れたガレオスが思わぬ来客となるが、狩猟のプロフェッショナルたる四名にとって砂竜が脅威となるはずもなく、瞬く間に撃退される。
この四名の前であれば、いかなる強大な獣と相対することがあろうと渡り合うことが出来るだろう。
だからこそとも言うべきか、予想外は不意に起こるものなのだ。
砂漠の雪獅子討伐に意気込むリィタたちが目にすることになったのは、荒れた大地で静かに鼓動を止めた、雪獅子と呼ばれたものの末路であった。
まだまだ修正できる点はあると思うのですが、一通りまとまったので投稿させていただきました。
一つの会話文が長いので改行も使っていますが、読みやすいでしょうか?
そのうち改稿はすると思います。
会話文と地の文のバランスが難しい……