ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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調査開始三日目~満了~

「こいつはどういうことだ? もしかして先を越されたか?」

 

 傷だらけの身体で鎮座する雪獅子であったものを見て、ボーン装備の男はピクリとも動かない白の巨体を槍先で突つく。慎重にかつ数回反復した動作を続けると、やがて間違いなくソレが絶命していることを理解することになる。レクサーラからのハンターも目の前で沈むドドブランゴが物珍しいのか、周囲を徘徊しながら値踏みするように瞳をギラつかせていた。

 

「いいや、この傷は元々あったものである。それによく見るのだ……ううむ南無三」

 

 巨体の前で手を添えるのはウィンブルグ。つい昨日まで命がけの鬼ごっこを演じきった彼も、ヘルム越しでひっそりと黙祷を捧げていた。

 少なくとも死後一日と経っていない雪獅子の(むくろ)は、穏やかとなった砂漠の風に傷んだ毛並みを揺らす。

 雪獅子の剛毛の下は過酷な地での競争を勝ち抜くため、鍛え上げられた筋肉質な本体が垣間見えるはず、なのだが。

 

「……細すぎる」

 

 呟いたリィタの言葉通り、骨に皮が引っ付いたように痩せ細った身体は、とても雪原を治める()主であった片鱗も感じさせないほどに弱々しいものであった。

 志半ばで地へ臥せる大きな身体。その獅子が最後に見ていた方角は必然か偶然か。見えないはずの遥か彼方、フラヒヤ山脈を見据えていたように、心なしかウィンブルグは感じていた。

 

「うむ。先客の可能性はないのである。ハインツ君が上手く交渉(・・)してくれたからね。さてリィタ君、一つ我々も確かめに行くとするかね」

「……そうだね」

 

 みるみると内からの闘志が萎えていた少女は、不完全燃焼ながら気持ちを切り替えようと、ハインツが話していた内容を思い出す。

 雪山草が砂漠で成長し得た最後のピース。現場で直接見れば分かると言った若き書士隊の言葉を思い浮かべながら、早速ドドブランゴを解体し始める他二人のハンターを尻目に、リィタは先を進むウィンブルグを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「これがハインツさんの言ってたこと、かな」

「なんとも悲惨な……いや、壮絶と言うべきかね」

 

 書士隊護衛の二人が目にしたもの。ウィンブルグは事前に調査初日で双眼鏡越しに見ていた岩陰。そこで二人を待っていたのは、ハインツが語った通りに拳大の地下水脈へ続く空洞が一つ。そして、その周囲に散乱する刺激と腐臭漂う空間であった。

 

「排泄物……それに、吐瀉物(としゃぶつ)も」

「うむ。おそらく砂漠と雪山では環境が違いすぎて身体が受け付けなかったのだろう。僅かに受け付けた栄養と水で命をつなぎ、やっとの思いで生活していたのだよ。それが、あのやせ細った身体の原因であろうな」

 

 モンスターと言えど、天と地ほども異なる雪山と砂漠の環境差に身体が適応しなかった。これがハインツの出した答えだった。ウィンブルグが接敵の際に間合いを測り間違えたのも、毛量の体積に対してあまりにも本体が貧弱であったからに他ならない。

 ドドブランゴの徘徊していたエリアはサボテンの花から草の根まで縦横無尽に貪られており、いかに生き残るために糧を求めていたのか、執念とも言える痕跡が今も残っている。

 既に乾燥し干乾びたモンスターの代謝物の面々は、ひっそりと岩陰に伸びる若芽を囲むようにバラ撒かれていた。

 

「これが肥料代わりに、ね。でも殆どが枯れ始めてる」

「まあ当然であろう。少なくとも我輩達がドドブランゴを発見した時点で、"水ですら"まともに受け付けていなかったようだ。彼奴(きゃつ)が倒れた今、この雪山草を育んだ環境は失われた。あるがままに淘汰されるのだよ」

 

 水を汲むように寂しげな声色は、冷静に現場を見極めるウィンブルグの言葉だ。

 水脈へ続く空洞の周囲で数本、かろうじて艶のない緑を保っている若芽たちであるが、すでに葉先は色を失い始めている。十分な水分が葉全体へ到達していないことの証だった。

 

「なんとも、残念であった。砂漠で育つ雪山草なら世紀の大発見であったのに」

「……戻ろう」

 

 終わってみればなんてことのない結果。蓋を開けるまでの楽しみというのは、存外どこにでも通ずるものなのか。

 一つの結末を見届けた二人のハンターは、それぞれの胸中に感情を秘めながら元きた道へ踵を返した。

 

 

 

 

 

 時刻はちょうど太陽が地平へ沈み始める手前。

 集落ではラマラダ(オトコマエ)を従えつつ、すっかり現地民と打ち解けた様子のハインツが二人の帰還を待っていた。

 

「――で、これがランポス。こっちがゲネポス。色やトサカ、牙の生え方も少し違うんだよ」

「へーショシタイ(荷物持ち)って色々知ってるんだなー」

 

 一通りの役目を果たした彼は、空いた時間を手持ち無沙汰にしていた。そこで偶然居合わせた現地の子供相手に、スケッチブック片手で青空教室なるものを開き暇をつぶしていた。お世辞にも上手とはいえない絵画の数々であるが、子供相手に興味を引くには十分だったようだ。瞳を輝かせた子供たちが何人か、ハインツの周りに集まっている。

 

「だから僕は書士隊だ……って、言っても仕方ないか。これでも大陸の各所を渡り歩いてるからね。ほら、あとゲネポスはこのラマラダと同じように、足は砂を掴みやすい形になってるんだ。地面をしっかり掴んで、そこから繰り出される跳躍で獲物を捉える。最後は牙から分泌される麻痺毒で対象を仕留めるのさ。ガオーってね」

「うわっこえー。こんなのと闘うハンターって、やっぱ凄いんだなー」

 

 ハインツとしては一種の書士隊啓蒙活動のつもりだったのだろうが、結局のところ書士隊がどんな職業なのか、その半分も子供たちに理解はされていなかった。しかしそれはそれとして、これまで彼が見てきたものを伝える事ができるというのは、彼の中で一つの充足感を満たす要素でもあった。

 

「そうだね。実は僕も――ん?」

 

 子供たちの純真を羨みつつ言葉を交わしているハインツは、不意に後頭部を何かに小突かれた。振り返ると、そこにいるのはラマラダ(オトコマエ)なのだが、視線は合わずにどこか一点を見据えた姿が目に映る。

 ラマラダ(オトコマエ)に釣られるような形で、集落へ帰還した人の気配、護衛ハンター二人の存在にハインツは気付くことになる。

 やがて彼の周りではしゃいでいた子供たちも、屈強な計四名の帰還に気付くや否や、程なく興味がショシタイからハンターへと移る。

 そんな子供たちの変わり身の速さに多少の寂しさを覚えつつも、無事帰還した二人をハインツは笑顔で迎え入れた。

 

「早かったね。おかえり二人とも。現場は?」

「すでに事切れていたのだよ。昨日元気に追ってきた姿がウソのようである。雪山草の方も、今日のうちに枯れてしまうだろう」

「そうでしたか。あれ、リィタさん。どうかしたのかい?」

「……不完全燃焼もいいところ。剣も鎧も、せっかく準備したのに」

「ははは、君は相変わらずだね。まあまあ、モンスターと戦わないに越したことはないんだからさ」

 

 ある種、子供と同じくらいに嘘偽りのない意見を漏らすリィタの姿に苦笑しつつも、彼らは調査終了の旨を再確認するのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 日は落ちる。暮れた橙の世界の刻は短くもあり儚い。

 集落三日目の夜は、砂漠の脅威が排除されたことに対する囁かな宴が催された。

 迎えるは遠路はるばるやって来た書士隊とハンターの計三名。追加でハインツの交渉(・・)した裏商会と思わしき三名。後者は特にバツが悪い顔をしていたのは、あえて指摘されなかった。

 

 宴の主賓は図らずとも諸国吟遊の話の肴となる。特に今回の雪山草発見までの経緯、仮説、事実の三本立て。熱弁するハインツであるが、その趣旨を理解するものはさほど多くはなく、聴き入っていたのはもっぱら落胆した様子の裏商会のメンツだったことは言うまでもない。

 

 ハインツの弁が終われば、今度はサンドボードなるものに夢見る実業家の話が始まる。

 それを話半分に聞きながら、珍味として振る舞われたガレオスの新鮮な魚竜のキモをはじめとして、砂漠特有の郷土料理に舌鼓を打ちながらも宴は続く。

 

 本格的な砂漠の夜になる前に宴は終わり、あっという間に夜も更ける。

 

 明けた頃には新たな一日、変わらぬ人々の営みは合図もなく始まる。

 

 

 帰還への旅支度に時間はかからなかった。

 書士隊一行が集落を後にしようとした時だ。見送りなのか、子供たちが無邪気な笑顔でハインツたちを追ってきたのは。

 

「色々教えてくれてありがとなショシタイの兄ちゃん! ショシタイってすげーんだな!」

「まあ、それほどでもあるんだけどね」

「子供相手に調子に乗らない。大人げないよ」

 

 少なくとも"ハンターの荷物持ち"から"よくわからないけどショシタイ"という認識くらいには変わっていたのだろう。

 その程度ではあるが、すっかり満足してしまったのか、子供たちに対するハインツの浮かれた顔に呆れた様子のリィタ。

 

「ショシタイの兄ちゃん、オイラからも最後にいいこと教えてやるぜ!」

「ん? 世紀の大発見か何かかな?」

 

 意気揚々と声を上げるのは、一番ハインツの青空教室に熱を入れていた少年だった。少年は鼻をすすりながらハインツと彼の騎乗するラマラダを指差す。

 

 それが特大の爆弾になることを予期していなかったのはハインツなのだが……。

 

 

 

「うん! ショシタイの兄ちゃんのラマラダなっ、オトコマエって言ったけ? こいつメスだよっ!」

 

 

「……え?」

 

 

「メェ」

 

 そんなやり取り。無知の知とは恐ろしいものだ。

 すっかり赤面しながら集落を後にしたハインツなのだが、長いようで短かった砂漠調査も終わりを告げる。

 ときに成果は出なくとも、事実という形が記録としてまた一つ、王立古生物書士隊の報告書(データベース)には確実に残るのだ。

 

 ラマラダの鳴き声が「メェ」だったことも含めて。

 

 

                           つづく




砂漠編、これにて終了です。
かなり巻きに入った気もしますが。

注釈なのですが、本来の吐瀉物は酸が混じってるので肥料になりえないそうです。ただ今回はまあ……ファンタジーなので大目に見ていただければ(構想段階で調べてなかったなんて言えない)

※2/21に加筆修正しました。推敲不足すぎました。跡から見ると文章繋がってなくて恥ずかしい……

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