ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ
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▼レポート2.5:『ドンドルマの休日』
書士隊はいつか夢を見ていた


 

 栄光ある"ハインツ探検隊"が初めて結成されたのは、もう十年以上前の話になる。

 

 

 

 ある日、町で噂された"赤いアオキノコ"なるものの噂を聞いてから、幼きハインツ少年は踊るような気持ちで図書館に篭り、記念すべき第一回のターゲットとして密かに準備を重ねていたのだ。

 作戦班長のハインツは町郊外の地図を引っ張り出して、事前に調査で回るルートを書き込んでいく。

 食料班長でもあるハインツは、厳しくも優しい母が管理していた台所の目を盗み、フルーツジャムを粒麦でふんわり焼きあげられたパンで挟んだサンドイッチをくすねてみせる。

 戦闘班長も兼任するハインツは、虎の子であるコショー爆弾を、サンドイッチと重ならないよう、カバンに忍ばせもする。

 

 さあ、準備は万端だ。

 

 まるで本の中で生きる物語の主人公のように、ロマン溢れる冒険に自らを駆り立てるのは、誰しもが通る大人への階段なのかもしれない。

 

 もしかすると、これから自分が見つけるアオキノコは何か特別なものであり、世紀の大発見になるやもしれない。

 きっと大陸中から取材なんかが来て、"月刊狩りに生きる"の表紙を飾ってしまうのかもしれない。

 

 恐ろしく前向きでたくましい妄想を膨らませば膨らませるほど、ハインツ少年の胸は高鳴り、心は町郊外の森へ引き寄せられる。寝る前の枕の位置だって、ずっと森へ向けていた。

 普段は立ち入ってはならないと釘を差されていた筈の言葉の楔すら、当時の彼を縛るには不十分で、いとも容易く好奇心を優先させるに至っていたのだ。

 

 決して普段から素行の悪い子供ではなかったのだが、こと興味に駆られると自分を忘れてしまうのが悪い癖である。父からもよく(たしな)められたものであった。

 

 

 

 さあ行こう。進もう。見つけよう。

 

 

 

 かくしてそれが、小さな探検隊の第一歩になるのだ。栄光ある発見の喜びへ向けて。

 

 

 

◆◆◆

◆◆

 

 

 

 しかし、運が悪かったのだろう。

 

 

 

「……あ……」

 

 

 小さな探検隊を前に立ちはばかったのは、幼きハインツ少年ではどうしようもないほどに、決定的なほどに、あるがままに為す術もない。巨大な障害だったのだから。

 

 

 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 彼の一生で、最初に見ることになる"モンスター"と言うものが、かの空の王者・リオレウスだったのだから。

 

 

「~~っ!!!?」

 

 声にならない悲鳴が漏れたのも、その時が初めてだったのだろう。

 カバンに潜ませたはずのコショー爆弾の存在は頭からすっかり飛んでしまい、少年の思考は逃げの一辺倒から軸がブレることはなかった。ひたすらに、息の続く限り走っていたのだ。

 

 短い手足を懸命に振りながら、前へ、前へ。

 

 足場の悪い森ではあったが、事前のルート設定が功を奏したのか、そびえ立つ樹木たちを盾としてリオレウスの視線を掻い潜り、町へと続く森の外を目指す。

 もちろん、町への被害など考えてもいなかった。大人たちがなんとかしてくれるなどと言う、甘い考えがそこにはあった。

 そしてもちろん、町につくまで全力で走りきる体力など、幼き少年にあるはずもなかった。

 

 やがて短い手足を振り回すスパンは更に遅くなり、体中へ巡らせる酸素も足りなくなる。

 

 霧掛かり始める思考の中で、そう言えばと、ハインツ少年は準備を進める中でアオキノコのウワサ話の他に、森で凶暴な飛竜が出没したという話も、思い出したように浮かび上がってきた。

 

 何故今更になってそんなことをと、後悔先に立たずとはこのことだろうか。

 

 いつの間にやら彼が当初想定した逃走ルートからも外れ、森でも開けた平地へ迷い込んでいた。

 中心に一本だけ立った樹齢百年を超える巨木を背に、空の王者と対峙……ではなく、追い詰められた小さな探検隊隊長の姿がそこにはあった。

 

 年貢の納め時なんて言う言葉を彼は知らない。

 

 祈りなど済ませてはいない。

 

 何かもわからないままに疑問符を浮かべるだけだ。

 

 後悔するほど彼の人生は長くもないし、今の彼の思考を支配するのは直感だけ。

 

 ――やられる、と。

 

「た、助けて――ッ!!!」

 

 声を上げた。なるべく大声で。それしか出来ることがなかった。

 

 今日はハインツ少年の初めて尽くしだ。そして、その出来事を生涯忘れないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 幻想と現実を分かつ、空間を切り取るような閃光が走った。

 

 

 光の中で何かを少年は見た気がした。一瞬だった。走馬灯を形成するにも、彼には経験が足りなさすぎた。

 

 彼が本の中で読んだ、リオレウスが放つとされる火球だろうか。答えは当然わからない。知らないのだから。

 

 

 走馬灯の代わりに想像が膨らむ一方だが、一向に少年を襲うはずの膨大な熱量はやってこない。

 むしろ彼を包んだのは熱くもなく、暖かくもなく、むしろ冷たい金属特有のヒンヤリとした感覚であったのだから。

 

 むしろ温かみがあったのは、その声色だった。

 

 

「待たせたな、少年よ」

 

 ハインツ少年の目は人工の光に焼かれたせいか、すぐにはまぶたを開くことができなかった。しかし、その声色は間違いなく、優しく力強い持ち主のものであり、何よりも恐れていなかった。

 

「アーティーッ! 子供は任せた、俺はコイツを抑える!」

「頼んだぞっ、退避させたら俺も加勢する」

「バカヤロウ! 文官は黙って後方に下がってろっ!」

「いまさら過ぎるなっ……任せたぞ!」

 

 かろうじて見開いた目に映るのは、二つほどの後ろ姿。どちらも恐怖に慄くことなく、眼前の巨大な飛竜と相対している。

 

 

 

「たす、かった……?」

 

 

最後に彼は、赤いアオキノコと飛竜調査のため、王立古生物書士隊が派遣されたという話を思い出した。

 そこでハインツの意識は途切れている。

 

 再び目を覚ましたのは自宅のベッドの上。起きた瞬間、最初に目に入ったのは、今にも泣き出しそうな顔で我が子を愛おしげに見つめていた母の姿。それもすぐさま視界から消え、今度こそ暖かなぬくもりが少年の全身を包み込む。

 

 遅れて理解したハインツの頭は、言葉よりも先に、感情が溢れてきた。

 

 止まらない涙と嗚咽。泣き疲れた少年は、再び眠るようにベッドへ沈み込んだ。

 

 

 今思い返せば、きっとその出来事が彼の始まりだったのだろうか。

 

 末席ながらも王立古生物書士隊、ハインツとしての。

 

 

 

 

 かつての少年は出会った。

 そして、彼は憧れてしまった。

 

 もう一度言う。

 

 かつての少年は出会ってしまった。

 そして、彼は憧れた。

 

 その日から彼の人生をきっと、変わってしまったのだろう。

 

 だって、どうしようもなく憧れてしまったのだから。

 

 あの背中に。

 

 

 奇しくも当時の少年が気づかなかったのは、アーティと言う名が愛称であり、本名がアーサーだったという真実。

 

 彼は出会っていた。

 

 かの、ジョン・アーサーに。

 

 




第三節開始です。
物語としては、これが第一話なのかもしれません。







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