ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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再会の書士隊、猫を添えて

 彼女の数少ないツテといえば、贔屓(ひいき)にしている鍛冶屋くらいだった。そこでもアイルーを雇っているのだが、如何せん仕事内容は職人のそれ。ろくな訓練や修行も受けていないであろう、現在リィタの目の前で呑気に宙を泳ぐアイルーには到底務まると思えなかった。

 その他で彼女が知り得るツテと言えば、必然的に身近な存在である書士隊支部内の人脈くらい。護衛を専任とするリィタの役割上、一般のハンターと交流する機会が少ないのは致し方ないと言えばそれまでなのだが、今後人脈の拡大は彼女の改善すべき課題となるだろう。

 

 やがて支部前で沈んだ様子二人の存在に気付いたのか、入り口から一人の男が軽快な足取りで歩み寄ってきた。男の顔は両手に抱えられた大袋で隠れているが、すぐに袋脇から目鼻立ちがくっきりとした顔をひょっこり覗かせると

 

「お? おっ? おー?! ハぁインツとリィタチャンじゃーん! 二人とも生きてたか嬉しいぜー! 待機日に支部に寄るなんざぁ珍しいなー」

 

 と、なんとも人懐っこい笑顔で声をかけてくるのである。

 

「ヒューイ! 君も戻ってたのか。無事みたいで何よりだよ」

 

 軽快なステップで二人に近づいてきたのは、両手いっぱいの袋を大事そうに抱えたヒューイと呼ばれる男。彼こそドンドルマ支部に所属する書士隊の一人であり、ハインツの同僚の一人でもあった。

 つい先程、遠征から戻ったと言うヒューイの腕には中身の詰まった大袋が抱えられており、袋の口からは森特有の新緑の匂いが溢れ漂う。

 

「ほい、これ土産のキノコねー。リィタチャンにはハインツの倍あげちゃうよー! もっと、大きくなれよ?」

「……それ、セクハラです。ちゃん付けもやめて下さい。でもキノコはありがたく頂きます」

 

 ヒューイは袋の中から土の匂いの残る特産キノコを取り出すと、適当に二人へ投げてみせる。リィタはタイミングよく両手でキャッチ、ハインツは見事に取りこぼすが、代わりに堕ちたキノコをアイルーが掴んで見せる。

 書士隊の現地調査にもある程度区分けがされており、ヒューイはとりわけ現地の食材、もとい環境調査を主だって担当している。今回はラッセルの命を受け、東の森へ幻の巨大特産キノコなるものの調査に赴いていたのだ。

 

「かーッ!! そのクールな反応、リィタチャンだねえ。今度俺の護衛もしてくれよなー」

「ハインツさん以上に疲れそうなので嫌です」

「僕以上にねえ……ん、あれ?」

「ニャー、なかなかいいキノコだニャー」

 

 ケタケタと笑うヒューイに対して淡白な反応を返すリィタ。その彼女の横では、密かに衝撃を受けた様子のハインツ。

 ヒューイという男は、その場にいるだけで祭りの喧騒のような雰囲気を身に纏っている。そんな外の賑やかさに釣られたのか、また一人、新たな顔ぶれがやってくるのは必然とも言えるのかもしれない。

 新たに現れるのは、見るからに育ちの良さそうな雰囲気をまとう女性だった。

 

「あら、ハインツも戻ってたのね。リィタも久々じゃない」 

「疲れるのか……っと、アンリ。君も戻っていたんだね」

 

 アンリと呼ばれる女性はもちろん書士隊の一人であり、胸には銀色の書士隊証(バッジ)が輝いている。ハインツとリィタの二人を見た彼女は柔らかに微笑みかけると、ヒューイの横に位置を取る。

 これをチャンスだと思ったのか、ハインツは再会を喜ぶのも束の間、現在の彼にとって再優先の要件を早々に切り出すことにした。

 

「まずはお互い、いや三人の無事に感謝を。そしてなんだけどさ、このアイルー、雇わないかい?」

「雇ってくれニャー。報酬はハチミツで良いのニャー。"ねこたくのごとく"なんでもするニャー」

 

 再会早々の言葉にしては、気の利く言葉でなかったのは確かだろう。早急な解決を焦るハインツはなりふり構わず要件を伝えるのだが、アンリは矢庭に放たれた彼の言葉に顔を一度しかめると

 

「あら、ネコタクとはまたブラックね。ずいぶん潔い良いとも思うけど、なによ藪から棒に。あたしにアイルーなんていると思う?」

 

 と、見た目の上品さからは予想し得ない力強い口調で返答を述べてみせた。かくいう彼女も現地調査組であり、行動力ある女性なのだ。とある生物(・・・・・)を追って大陸中を回る彼女は、上品なお嬢様だけで通っているはずもない。

 続くヒューイも

 

「あーアイルーだって? キッチン? オトモ? ナンデモ? で、ハチミツ? ……わりーが俺にゃ必要ねーわ。ワケマエが減っちまう」

 

 と、きっぱり言い捨てる。特にアンリは、ハインツの手元の猫には一切の興味が無いと言った様子で、砕けた口調のまま話を続けた。

 

「それよりアンタたちの成果はどうなのよ? 私の方は……そうね、後で見せたげる。フフフ……!」

「アンリさんの顔、なにか見つけたときの顔してる」

「ああ、そういう顔(・・・・・)なのか。じゃあこっちに来たのも――」

 

 リィタの指摘どおり、初めから自分の持ち帰った成果を自慢することが目的だったであろうアンリは、怪しい笑みで彼女の瞳を覗き込む。

 

「さすがハンターよく観てるわ。リィタには特別に第一号としてこっそり見せてあげ――」

「え。……遠慮、したいんだけど。この間みたいなのは、ちょっと……」

「別に遠慮なんて良いのよ? あたしとリィタの仲じゃない」

 

 一瞬青ざめるリィタの脳裏には、とある生物(・・・・・)の調査を専門にしているアンリとの、忘れがたい記憶が蘇っていた。グイグイとリィタに歩み寄るアンリだが、胸元の内ポケットに手を突っ込み何かを弄り出そうとしている。淑女にあらない姿だ。ここですかさずフォローに入るのはヒューイ。

 

「お、そーだ。せっかく三人戻ってるんだし、後で調査の報告会と洒落込もうじゃないのー?」

 

 ハインツもこの件には心当たりがある様子で、苦笑を浮かべながら彼女の制止に加担することにする。

 

「君のは絶賛バラマキ中じゃないか。いやでも、そう。報告会には賛成だ。僕も渾身の一枚を描いてきたんだ」

「……ふーん、ああそう。じゃあさっさと中に入りましょ。話はそれから」

 

 特に疑う様子もない……と言うよりも気にしていない様子のアンリを見て、ホッと安堵するハインツとリィタ。

 

「あ、ああ。その前にちょっとセンセイと話して来てもいいかい?」

「じゃあさっさと済ませてきなさいな。フフフ……きっとこれを見たら、腰を抜かすわよ?」

「それは……楽しみだ、うん。すぐ終わるから待っててよ。……にしても前科持ちの言葉は説得力があるね」

「は? 前科持ちって何よ?」

 

「「「なんでも」」」

 

 咄嗟に三人の声が重なる。

 なにせ、前回が前回であったのだ。そのとある生物(・・・・・)のものと思われる"排泄物(フン)"を嬉々として見せびらす見た目だけ(・・・・・)淑女の姿など、誰も思い出したくはなかったのだ。

 

 上手く話の流れを誘導したヒューイに胸中で感謝の念を唱えると、気を取り直して支部内――つまりは報告書提出以来の上司(ラッセル)との面会になる。

 

「こうなったらラッセルの人脈頼り、だね」

「ああ。他の先輩たちも今は出払ってるからね。ここで駄目だったら、ギルドに頭下げに行くしかないね」

 

 ひそひそ囁きながら、二人は書斎につながる簡素な扉の前に立つ。

 扉を軽く叩く乾いた木の反響音が響き、やや間が一つ遅れて、入って良いぞとシワがれた中にも芯の通った声が壁越しから空気を伝って響く。

 

「入口で待ってるんだよ? 良いと言ったら入ってくるんだ。絶対に(・・・)粗相のないようにね」

「ニャー」

 

 ナーバナ森丘での出来事から念を入れたハインツは、ゆっくり扉を開くと一礼して書斎へ足を一歩踏み出す。リィタも真似して後ろに続く。

 

「外ではずいぶん楽しそうじゃったな」

「き、聴こえてましたか……改めて失礼します。ハインツです」

「リィタ、です」

「うむ。報告書は読ませてもらったぞ。なかなか興味深い体験をしてるみたいで何よりじゃ。そこにワシが居ないのが唯一の不満点じゃがの」

 

 書斎に居座るかつての調査隊随一の偉丈夫は、少し曲がり始めた背筋を伸ばして二人に向かい合うと、冗談交じりに顔中に刻まれたシワを微笑ませる。そして若き書士隊とハンターに対して、上司としてのねぎらいと個人として心から無事を喜んでいた。

 隣で静かに佇む秘書の女性も、微笑みながら二人を歓迎する。

 

「年を考えてくださいよ。センセイが居なくなったら、ここは誰が回すんです?」

「王都の連中を呼べばいいじゃろうに。あの腑抜けどもめ、研究室に引きこもりおって良いご身分じゃ」

 

 けしからんと、ラッセルは思い出したように丸い背中を椅子でふんぞり返らせる。事実、現在の書士隊は二つの大きな派閥に別れてしまっている。すでに埋めようのない溝ができつつあり、ゴシップ関連の特集でもしばしば話題に取り上げられる始末だ。

 

「仕方ありませんわ。実際、王都の研究班は新しい文献を次々と発表していますもの」

 

 秘書の女性は落ち着いた優しい声色で老人(ラッセル)を宥(なだ)める。

 

「早いだけでなんという! 情報の確実性はワシらのが上じゃわい! フンっ、奴らが代わりをやってくれるなら、ワシだって現地に……現地にぃぃぃぃ!!」

「……それは、やめた方が良いと思う。引退前の頃でも、あのウィンブルグさんが振り回されてたって聞いてる。今度こそ、あの人の"腰が"もたない」

「リィタまで何を言うか! ワシはまだ引退しとらんわ! それにあやつは鍛え方が足りんのじゃ!」

「落ち着いて下さいセンセイ」

 

 これはある種、このドンドルマ書士隊支部長ラッセルのルーチンとも言えるやり取りであった。

 一通り吠え終えたラッセルの興奮は冷きらない様子ではあるが、やがて咳払いを一つ唱えると、彼方王都へ向けていた感情を押さえ込み、意識を目の前の二人へ向き直した。

 

「んオッホン……と、ハインツよ。ワシになにか用があるんじゃなかったかの? まあとっくに聴こえてたんじゃが、せっかくだから言ってみい」

「はい、実はナーバナ村に調査へ行った時の件で一つ――」

 

 ハインツが語るはナーバナ森丘での一部始終。もちろん彼がハチミツで危うく命を落としかけた件は隠蔽済みだ。

 その出来事を報告書で読み返しながら、ラッセルは若き書士隊の言葉に耳を傾ける。

 つまるところ、行き場を失った猫の行き先をどうにかしてほしいと、いわゆる部下の尻拭いの嘆願であった。

 

 ここでハインツは入り口で待たせていた猫を呼ぶと、待ってましたかと言わんばかりに、猫は鼻をスンスン鳴らしながらラッセルの前に躍り出る。

 

「ニャー雇ってくれニャー。三食昼寝付きおやつにハチミツで構わないニャー」

「お、おいこらっ!」

「……おませさん」

 

 入室早々に猫はハインツとの口約束を破ってしまう。口約束なのだからペナルティはないが、彼としては果たしてこの猫が働ける口があるというのだろうかと、改めて頭を悩ませることになりそうだ。

 常識的に考えて無理だと思ったハインツだが、ラッセルの口から出た言葉は予想外なもの。

 

「ふむわかった。なんとかしよう」

 

 なんともあっさり快諾してみせたラッセル。対してハインツはぽかんとした顔である。

 

「え、良いんですか」

「当たり前じゃろう? まずはこのアイルーくんじゃが、ひとまずこの書士隊ドンドルマ支部で預かるとしよう。処遇はおいおい考えるとするかの」

 

 どうやらラッセルはドンドルマ支部付きのアイルーとして、この猫を雇うつもりらしい。配属先はこれから決めると、そう言っているのだ。

 

「助かりました――本当に。危うくストレスで全身発疹だらけになるところでしたよ」

「私も(面倒事から解放されそうで)助かった」

「なに、部下の尻拭いをするのも上としての務めじゃ。とりあえず猫も連れて下がって良いぞ。それに、お主らが戻るのを、扉越しで待ってる奴らもいるようじゃしの」

 

 

 猫の雇い主探しはひとまず終わりそうだ。ハインツとリィタは猫を連れて一礼すると、書斎を後にした。

 

 




会話と地の文とのバランスが難しい(○回目)

ネコタクの仕組みは今でも理解しきれません。

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