ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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望まない探索

「こ――いや。なんでもない。まずは状況を確認すべきだ」

「……」

「リィタさんも――」

 

 それは別段、珍しい出来事ではなかった。

 

 この世は良くも悪くも弱肉強食。眼前にあるがままの現実がすべてを物語っていた。その事実を受け止めようとするハインツは、かつての記録で数々の村が自然の猛威に為す術なく、地図から消えていったという報告が昨日の話のように脳裏をかすめる。

 

 決して珍しくはないのだ。しかし若き書士隊の胸の内では、どうしようもなくやりきれない気持ちで一杯になっていた。

 

「……リィタさん?」

「む? どうかしたのかな二人共」

 

 不意にハインツは、いつも話しかければ淡々とした態度ではありつつも、最低限の返答だけはするリィタの様子がおかしいことに気付く。例え返答が淡白であっても、無言を貫くことはしない娘なのだ。二人の様子を気にした感じたウィンブルグも、すぐさま駆け寄る。

 

「……なんでも、ないです」

 

 間もなく普段どおりの表情、声色で返答する少女の姿。しかしやはり、ハインツは彼の知りうるリィタの様子と比べて違和感を感じざるを得なかった。

 

「すこし顔色が悪いんじゃないかい?」

「うむ。長旅で疲れたのであろう。少し休んではどうかね?」

「ハチミツ舐めるかニャー?」

 

 それはハインツだけが持った印象ではなく、ウィンブルグをはじめとして、出会って日の浅いミエールですら何か思うところがある様子だった。

 心なしか顔色は青白く、息も荒い。そうハインツは思えた――というよりも、いつもの癖でそう観察していた。

 

「じゃあ少しだけ、休ませて……もらいます」

 

 一息つくには異様過ぎる雰囲気が辺りを漂う。その入口前で静かに屈むリィタ。今回の調査のために(こしら)えた青の防護服(アシラシリーズ)に背負われた大剣は、この時に限って言えば彼女に似つかわしくない。普段は軽々と扱う大剣の重みにさえ押しつぶされてしまいそうなほど、彼女の姿は弱々しかった。

 

「ミエール。とても不本意だけど、君にひとつ仕事をお願いするよ。リィタさんを看ててくれるかい?」

 

「あいあいニャー!」

 

 沈んだ雰囲気を他所に、ミエールは妙に興奮した様子でハインツの依頼を二つ返事で受ける。合流して日が浅いとは言え、この猫は壊滅したであろう村を前にしても、なにかが変わる様子はなかった。

 豪胆と呼ぶには些か頼りない。あえて言葉を当てはめるとすれば、能天気。

 

 ハインツは目を凝らす。

 目線は人気のなくなった寂れきった集落の跡。時間が止まってしまった廃村の姿だ。

 土で盛り固められた道の合間から顔を出すのは、何年もかけて膝上まで伸び切った雑草。道の先に繋がる木と藁でできた簡素な家々は、帰ってくるはずの主をひたすら待ち続けて今という時に至る。

 その場で新たな時を刻むのは来訪者であるハインツ一行と、水源豊かな環境を最大限利用するために作られたであろう、苔の生えた水車がゆっくりと回転し続けているだけ。その回転は秒針を刻む速さよりも遅く、異音を立てながらかろうじて回っている状態。長らく整備もされていない様子だ。

 

 探索の基本は第一印象から始まる。人間観察と同じだ。最初の印象から徐々に掘り下げることで、その人物、あるいは物、現場の状況を追求していく。

 

 しかして、彼の五感すべてを使って探索したとしても、人の気配は感じられそうもないほどに村は荒れ果てていた。

 

 渓流という豊かな水源溢れる環境の周りに立てられた、ドゥーヴの村。かつてはそう地図に記された痕跡は、すでに過去の事実である。

 

 

「どうやら荒事が起きたわけでなさそうである。村人も何処かへ避難したのであろう」

 

 先んじて村に入っていたウィンブルグが、雑草を切っ先が欠けた剣(フレイムストームの片割れ)で切り開きながら戻ってくる。(アグナシリーズ)越しで表情はわからないものの、芯ある低いトーンの声色が響く。

 

「放棄した、ということですか? であればギルド辺りに情報が回ると思いますけど……」

 

「よくよく今回の任務を思い出してみたまえ。十年近く地図の更新がされなかった地だ。ギルドの助けを必要とせずに生き続けた地。つまり、そういうことなのであろう」

 

「確かに能動的に動かなければ、この地域の情報は停滞したまま……双方からの行き来があれば地図や情報も自然と入りますからね。だけどこれは」

 

「しがらみと言うものであろう。最初は誇りだったのかもしれんがね」 

 

 足甲(アグナグリーヴ)に纏わり付いた草をほろいながら、ウィンブルグは酷く落ち着いた様子で言葉を漏らした。経験と言うものなのだろうか、まるで同じような光景を目にしたことがあるような物言いだ。

 

「あまり長居をすべきではない。リィタ君も本調子ではなさそうだし、一度竜車と合流しようではないか」

「そうですね。少し離れていますけど、他の村へ厄介になりましょうか。きっとこの村についても何か知っているでしょうし」

「うむ」

 

 行動方針を再確認したところで、ハインツとウィンブルグは切り開いた道を辿ろうと踵を返す。その二人の視界に飛び込んだのは小さな影。

 

「ハチミツ舐め過ぎたらのど渇いたニャー。水飲みたいのニャー」

 

 ミエールだ。

 

「って、リィタさんのこと頼んだはずだろ?!」

 

 ミエールがスンスン鼻を鳴らしながら集落に足を運んでいた。

 その小さな影の後ろにもう一つ、膝下まである革製のブーツ(アシラグリーヴ)に、大胆にもさらけ出された肉付きの良い大腿が目に入る。すぐさま目線のやり場に困ったハインツが顔を上げると、彼の目の前には顔に血色がすこし戻り始めたリィタの姿が映る。

 

「私ならここに。少し休んだから、もう大丈夫」

 

「あ……いや、まだ休んでても良かったんだよ?」

 

「そうである。若いからと言って無理は良くないぞ?」

 

 先ほどの弱々しさはないものの、全快の彼女と比べるとまだ違和感を拭えないハインツ。対するリィタは、遅れて村の状況を確認しようと周囲を見回すため前に進もうとしていた。

 

「心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫。調査を続けて」

 

「いやストップ。ストップだ。一度戻るって、ウィンブルグさんと話してたところなんだ。体勢を立て直して、探索範囲を再確認しよう」

 

「……そう」

 

 これは決定事項だ。不可解な要素を孕んだ状態での探索は愚策も良いところ。安全マージンの確保は最優先と言える。

 ハインツの決定にリィタは一言返すのみ。その声に含まれる感情は――彼には察することが出来なかった。

 

 

 

「ぎ、ギニャアアアアア!????」

 

 

 

 絞り出されるような悲鳴が上がったのは、ちょうどその時だった。悲鳴の主をハインツは予想せずとも導き出していた。ミエールだ。

 こんな時までと、慣れない舌打ちをしたハインツは声の方向を探る。伸び切った雑草が視界を遮るが、先ほど耳に入ったミエールの一言を思い出す。

 

「何事であるか!?」

「ミエール君の、声……!」

「ハチミツ、のど、水……川か! ったく、何してるんだあの猫は」

 

 草をかき分けて進んだ先には、見覚えのあるアイルー色。しかし、その様子は明らかにおかしい。

 

 ハインツたちが見たのは泡を吹いて悶えるミエールの姿だった。

 

「ミエール君?!」

「っ何してるんだ!? しかもこれ、中毒症状じゃないか!」

 

 すぐさまミエール駆け寄り症状を診断してみせると、ハインツは胴に回したアイテムポーチの開き口を弄り、紫色の液体が入った小瓶を取り出した。

 瓶の口を締めるコルク製の蓋をすばやく引っこ抜くと、ハインツは人差し指を立ててミエールの小さな口めがけて迷いなく突っ込む。ぐにゃりと生暖かい感触とともに泡をかき分けると、その指は一瞬のうちにポツポツと蕁麻疹が広がる。

 それでもお構いなしにと、ハインツは小瓶の中身を指に伝わせるように流し込ませた。

 

 そして数秒後、嗚咽とともに泡と液体を吐き出したミエールは、大きくその息を吹き返す。

 

「にゃ……川だニャああああああ!!!」

「戻ってきたか。迂闊すぎるぞ……君って本当に野生だったのかい?」

 

 やれやれと一息つくハインツは、人差し指についた液体を入念に拭き取りながら言葉を漏らした。

 

「解毒薬? 市販のものとは違うみたいだけど?」

「ヒューイ特製のさ。毒に関して言えば、彼ほど造詣が深い人間は中々いないからね。効能も(初めて使ったけど)バッチリさ」

 

 リィタの問いに対し、特製解毒薬の蓋を締め直しながら答えるハインツ。

 

「にゃ、にゃあぁぁ……二度も命を助けられるとは、にゃんたる感激の極み、一生ついていくニャー」

 

 すっかり涙目になったミエールが擦り寄ろうとハインツに近づくが、いち早く蕁麻疹として反応した彼の身体は一歩退く。

 

「鳥肌が立つから冗談でもやめてくれ。それで、なにがあった?」

 

「水、水飲んだら、川、見えたニャー……」

 

 涙を拭いながらたどたどしく漏らすミエール。対して険しい表情を見せたのはハインツ――の、隣に立つリィタだった。

 

 


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