ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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青と紫の衝突-後-

 ロアルドロスの象徴とも言えたタテガミ。身体を一回り大きく見せていたソレは、今ではすっかり縮み萎えている。強大な存在として印象付けていたタテガミの喪失は、遠くで見守るハインツにもはっきりと予感させていた。

 このまま押せば討伐も時間の問題だと。

 

 青の装い(アシラシリーズ)を纏ったハンターの猛追に怯んだのか、ロアルドロスは文字通り尻尾を巻いて逃走を測ろうとしていた。

 

「よし、このまま行けば……」

 

 勝負も見えてくる。毒をその身に宿すロアルドロス亜種とは言え、事前に相手の詳細さえわかっていれば対策も難しくない。ハインツが伝えていた情報が、どこまでリィタの役に立っているかは分からない。しかし、目の前の戦況が有利なのは火を見るよりも明らかだ。

 彼らの視界には足を引きずるロアルドロスを追う少女の姿。背負う大剣の重みを感じさせないほどに軽々と突き進むリィタは、息つく暇もなく次の戦場に身体を運ぼうと動いていた。

 

「アネゴ、スイッチ入ってるのニャー」

「ああ。ただ、このまま移動すると視界から外れるな。僕らも追うぞ」

「あいにゃー」

 

 屈めていた身体を持ち上げると、茂みの中から一人と一匹は飛び出していく。

 一定の距離を置きながら事態を静観する。いつぞやのアオアシラの出来事から、ハインツの警戒心はより一層研ぎ澄まされたものになっていた。隣にいるミエールが、余計にそうさせているのかもしれない。

 

 そんな彼らの追うロアルドロスの行動は至極単純なもの。傷つき、失われたタテガミを形成するのは大多数が豊富に吸収していた水分だ。今や見る影もなくなってしまったタテガミの水分を補給すべく、水を求めて川へ向かおうとしていた。

 

タテガミ(アレ)の水分に含まれる主成分は――狂走エキス、だったかな。なら、茹でた野菜みたいに(しな)びた今がチャンス)

 

 追走するリィタは、逃げる足に対して剣を振るうしか有効打を与える手段がない。投擲は苦手なのだ。しかしスタミナには自信がある。日々の鍛錬は自身を裏切りはしないからだ。

 対するロアルドロスの巨体。あの巨大な体躯を動かすには膨大なエネルギーを要する。圧倒的な肉体的アドバンテージを持つ代わりに、ヒトほど持久性に富んではないのである。

 だからリィタは焦ることなく、あの巨体が疲れて足を止めるまで追い続ければいい。そう考えていた。

 

 その考えに行き着いたのはハインツも同じだった。

 

「でも、よく怖がらずに後ろを追えるのニャー。行った先に他のやつらがいるかも知れないのニャー」

「ああ、普通ならそう考えるだろう――けど! ロアルドロス亜種の特性として、その身に宿す毒性はもちろんのこと、もう一つ大きな特徴があるんだ」

「特徴ニャー?」

 

 走りながら器用に首を傾げるミエールに、ハインツは前を向いたまま言葉を返す。

 

「そうさ。通常のロアルドロスは周囲にルドロスを侍らせた群れでの行動が多いんだ。けど亜種の場合、毒を持つせいか常に一体で行動している。ルドロス自体も毒に対する抗体は持ってないからね。つまり」

「ぼっちなのニャー!」

「……まあ、意味は間違ってないな」

 

 使う言葉は粗雑であれど、ミエールの理解は正しい。

 満身創痍のロアルドロス亜種が先を行く。それをハインツは、やや不憫そうな感情も含んだ視線で追い続ける。

 

「それなら楽勝なのニャー!」

 

 ハインツの歩幅に合わせるように、ミエールは(はしゃ)ぎながら四本脚を総動員させる。並走する一人と一匹は、渓流の緩い地盤に足を取られながらも進んでいく。

 

「……ああ。これで、川の汚染も止まるだろう。自然の浄化作用で、時間はかかるけど再び生き物たちの楽園は戻ってくる」

「ニャー! ……あんまり嬉しそうじゃないニャー?」

 

 今こそが討伐の好機。

 ただその場で生きていただけのロアルドロスには申し訳ないが、存在するだけで災害となりかねない紫水獣は、彼ら人間にとってあまりにも大きすぎる脅威となる。

 

 

 ――あまり同情はしない方がいい。判断を鈍らせかねんよ?

 

 

 砂漠でウィンブルグに言われた言葉を思い出しながら、ハインツは二律背反の気持ちに分別を付けるべく、走る足により一層の力を込めた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ハインツらが登る渓流とはまた異なる場で、ひとり赤の装い(アグナシリーズ)で身を固めたウィンブルグがヘルムの下に険しい表情を隠していた。

 

「"ジャニス"の容態はどうかね」

「勝手に名前をつけるな。あらかた抜けてはきているよ」

 

 ウィンブルグの隣には竜車の女御者が、同様に硬い表情で眼前に沈み込む一頭のアプトノスの頭を撫でている。

 

「しかし参ったのである。まさか目を離した隙にジャニスが川の水を飲んでしまうとは」

「だから名前をつけるなと……ああ、アタシのミスだよ。すっかり油断していた」

 

 女御者は悔しげな顔でアプトノスの頭を撫で続ける。そんな彼女の震える手から後悔と申し訳なさといった感情が漏れているのは、ウィンブルグにもひと目で分かった。

 どうやら汚染された水を口に含んでしまったアプトノスは、その場でうずくまりながら弱々しく大地に鎮座していた。

 

「うむ。この村もどうやら避難済みのようだ。ひとまずもう一度合流したいところではあるが……」

「まだ無理強いはさせたくない。行くなら一人で行きな」

「そんな御無体な。腰痛持ちに長距離の徒歩での移動は毒なのだよ。歩いてるうちに痺れと痛みがねえ」

 

 腰をポンポンと叩きながら、大仰な仕草で女御者に向き直るウィンブルグ。

 

「あんた、そんなに酷いなら引退も考えればいいじゃないか?」

「ふっはっは、まだまだ吾輩は現役である。それに今はリィタ君もいるから、だいぶ楽させてもらっているのだよ」

 

 陽気に笑い飛ばすウィンブルグを見て、女御者も呆れた様子でもう一度アプトノスの顎を撫でる。

 

「……ふぅ。壊滅した村、であるか。彼女には嫌な思い出だろうに……むぅ?」

 

 女御者に聴こえない程の声で小さく呟くと、ふとウィンブルグは川辺で光る何かに気付く。特段気になったわけではないが、なぜだか妙な予感を感じ足を運んでいく。

 

「おい、アンタまで腹を下しに行くつもりかい?」

「冗談きついのである。いや、しかしてこれは……」

 

 女御者のきつめのジョークを受け流すと、ウィンブルグの胸にざわついた感覚が生じ始める。

 ウィンブルグが特段目を引いたのは、川底に光る物体。川の様子は既に落ち着いた青を取り戻しており、警戒しつつも水中へ手を伸ばし、拾い上げる。

 

 そして

 

 

「黄色い、鱗……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「り、リィタさん!?」

 

 

 

「ぐぅう……っ!」

 

 

 

 歪む表情はリィタのもの。

 宙を舞う身体。身にまとうは青の装いは、重力に為す術なく引き寄せられる。かろうじて湿り気のある柔らかい大地が彼女を受け止めるが、受けた衝撃まで逃がすわけではない。

 衝撃に揺れる視界の中で、リィタは今までの自分の考えを恥じていた。

 

 この程度の相手なら、問題なく狩れると思っていた。

 

 

 

 ロアルドロス、一頭だったなら。

 

 

 

 ロアルドロスは一頭じゃない。

 

 

 

 もう一つ、黄色い巨体が怒りに身をうねらせ、少女を飲み込まんと迫る。




なんだかんだで十万字まで到達しました。
相変わらず誤字・脱字は多いですが、これからものんびり書き続けられればと思います。

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