ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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激闘の渓流

 転機が訪れたのは一瞬の出来事であった。

 動き疲れて足を止めたロアルドロス亜種に向かって、追いついたリィタの一太刀が浴びせられようとしていた時。

 ハインツとミエールも勝利を確信した時。

 

 その中でもミエールが水辺で揺れる違和感を感じ取ったときには、黄色の巨体が飛沫を上げなら、巨大な質量を振りかぶって無防備になっていた少女に向かい飛び出していたのだ。

 

「リィタさんっ!!!」

 

 ハインツが叫んだときには既に巨体はリィタの間近まで迫っており、最後に気付いた彼女は、眼前の光景が凍りつき硬直した……ように感じていた。

 

「あ……っ!!?」

 

 再び彼女の中で動き出した秒針は目まぐるしく回転し、衝撃とともに意識ごと刈り取られそうになる。次の瞬間、リィタは手放してしまったセンチネルが先に地面へ落下したことに気付くと、かろうじて湿り気ある大地へ受け身の体勢をとっていた。

 ゴスン、と鈍い落下音が地面を通して己の身体に響くと、揺れ続ける視界の中で黄色の猛追が迫っていることを認識し、身体を起こそうとする。

 

(重……っ)

 

 が、身体は己の指示通りに動いてくれない。

 泡状の水弾を放ちながら、もう一つの巨体。水獣ロアルドロスが獲物を仕留めにかかっていた。

 

(あ。だめ、かも)

 

「ミエール!! 本当に出来る(・・・)んだなッ!?」

 

 咄嗟の行動。懐に手を伸ばしたハインツは忍ばせていた球体を放る。すると飛び跳ねたミエールがその小さな体躯をひねりながら、渾身の力を尻尾に込めて撃ち出した。

 

「あいにゃー飛んでっくニャァ!!」

 

 

 

 ――キィィィィィィンッッ!!!

 

 

 

 鞭のようにしなった尻尾が撃ち出したソレは、放物線も描かずに真っ直ぐに、今まさにリィタに鋭い牙を突き立てようとしていたロアルドロスの側頭部にヒットしたかと思うと、瞬く間に擦り切れそうになるほど甲高い破裂音を響かせる。

 ハインツの手から離れて放たれた音爆弾による強烈な高周波は、勢いづいていたロアルドロスの突進ををひるませるに至った。

 

 僅かな隙だ。しかしリィタは、その間に自分の置かれた状況を再度確認する。

 

(ハ、インツさんが? もう一頭いた、なんて。でも片方は手負い。問題は目の前にいる方。身体は……動く。ダメージは、抜けきってないけど問題ない。剣は……)

 

 少し遠いだろうか。ロアルドロスを挟んだ向かいに鉄大剣(センチネル)は落ちている。 

 

(拾わないと。ここで私が倒れたら、ハインツさん達まで……)

 

 リィタは二体一となった現状に臆することなく、立ち向かうことを選択した。

 今度こそ素早く立ち上がると、怯みながらも進み続けるロアルドロスの脇を抜けて、愛剣センチネルまで真っ先に駆け抜けていく。

 

「ミエールッもう一発だ!!!」

「あらほらさっさニャァッ!!」

 

 弾丸となった第二射が再びロアルドロスの側頭部を直撃する。絶妙なコントロールである。

 今度は先ほどよりもたじろぐ隙は短いが、リィタはセンチネルを片手で拾い上げ、構え直す。感覚は全方位に。水辺で傷を癒やすべく再度歩み始めた亜種の背中と、それを遮るかのように現れた通常種。

 にわかに信じがたい話であるが、連携したかのような動きに彼女の中でも小さな驚きが生まれる。

 

「でも……っ! やることは、変わらない……!」

 

 構え直した刃は通常種に向けられる。仕切り直しだ。

 

「僕らも行くぞ!」

 

 後方から音爆弾を放っていたハインツも、焦りの表情でミエールに発破をかける。

 

「書士隊は戦わないんじゃニャー?」

 

 それに対して疑問符を浮かべたミエールが尋ね返す。

 

「ああもちろんっ! ただの援護! でリィタさんを連れ戻すためだ!」

 

 未だ置かれるハインツとリィタの距離。今日という日まで、ハインツは己の小心者ぶりに嫌気がしていた。今すぐにでも向かいたい。奥で戦い続ける少女の姿に、何も出来ない己が無力で仕方がなかった。

 

「悔しいけど僕の肩じゃ投げても届かない! だから頼むぞっ」

「ハチミツ舐め放題」

「現金な奴めっ、ああくそ分かった。認めるから外してくれるなよ!」

「ご主人愛してるニャー!!!」

 

 そして第三射は放たれる。

 

 三つ目の音爆弾もズレることなく、動き続けるロアルドロスの側頭部を撃ち抜く。その神業とも言える芸当に、リィタも久方ぶりに舌を巻く他なかった。

 こんな芸当をハインツができたかと、(はなは)だ疑問に思うところではあるが、今の彼女にその結論を出すまでの余裕はない。素直に現実を受け止めるだけだ。

 

 ハインツの思惑とは裏腹に、リィタの闘志も再び沸々と湧き上がる。

 三つ目の隙は攻撃の合図だ。振りかざした大剣を動き回る頭部を捉えようとタイミングを見計らい、振り下ろされる。さすがに的中(アジャスト)とまでは行かないが、亜種同様にタテガミの左半分を掠め抉る。

 

 続く第四射。アジャスト。

 今度は追撃の合図だ。敵に対して背を向けるのは御法度のハンティング。しかし、今この瞬間だけは構わず使うことが出来る。先ほどのミエールと同様に、全身を軸にした回転撃。遠心力すべてを載せた、大剣の中でも強力な一撃。すべてを薙ぎ倒す質量の暴力――回転斬り。

 

 切り裂いた感触とともに、代償とも言える反作用が彼女の全身にも響き渡るが構わない。強大な体躯を持つモンスターに対して、それに比例するかのように作り出された大剣の特性(アイデンティティ)

 

「はあああああああああっっっ!!!」

 

 地面に落下した時から続く鈍痛に耐えながら、リィタの闘志が雄叫びと形を変えて渓流の大地に響かせる。

 右の側腹部に深く抉りこまれたセンチネルの刃は、ロアルドロスの四足を一瞬だけ地面から離したと錯覚できるほど強烈なもの。

 

 

 ――グォォォッェェッェッェ!!

 

 

 ロアルドロスから漏れた苦痛の唸り声とともに、溢れた水弾のなり損ないがリィタの周囲を濡らす。

 

 そして、第五射。

 

「頼むから……止まるか逃げ帰ってくれよ……!」

「栄光のハチミツシュートニャァ!!」

 

 祈るようなハインツの言葉を乗せながら破裂する金切り音。しかし音爆弾としての効力は、少し前からロアルドロスに対しては失われていた。

 

 怒りに燃えるロアルドロスの瞳は、殺気立って彼女を見据える。怯むことは、もうない。

 

 だから音爆弾の作用する方向は、今や一つだけ。

 

 五つ目はトドメの合図。

 

(頭……潰す……っ!!)

 

 怒りの視線ごと断ち切った鉄大剣の一撃は、文字通り水獣を渓流の地へと沈めるものだった。

 大剣の空気を薙ぐ摩擦音は、ほんの少しだけ遅れて響く。先に響いたのは、肉と骨を砕く、命を断つ一撃。

 

 力業。その一言に尽きると言っても良い。

 

 音は止まない。リィタの剣はもう一度、振り上げられていた。

 

 

 

 

 

 

 無我夢中という言葉が正しく、すっかりハインツが己の距離感を忘れてリィタの横顔を捉えた頃には、原型が分からなくなるほど滅多斬りにされた、水獣の変わり果てた姿。

 アシラヘルム(フード)越しの横顔でリィタの表情は見えないが、彼女が振り返った時、ハインツとその隣にいたミエールは得体の知れない感情に襲われる。背筋からは意図せず凍るように嫌な汗が噴出する。

 

「……ああ、ハインツ……さん」

「リィタ……」

 

 返り血を大量に浴びた青と赤の装い。彼女の見えない表情の上からは、張り付いたように冷たい笑みが浮かび上がっていた。

 

「何してるんだ!!!」

「……?」

 

 ハインツの叫び声。得体の知れない感情はリィタに対してで間違いはなかった。だがしかし、滝のように噴出する汗の出処は、更に彼女の後方にあったのだ。

 

「早く、そこから離れるんだ!!!」

 

 

 そしてその後ろには、怒りに燃える紫水獣の猛る姿。激闘の第三幕が上がる。

 




珍しく連続更新です。「!」の乱用です。
今回の戦闘シーンでR15タグを追加しようか考えましたけど、どうなんでしょう。

それにしても今更ながら執筆していて文体が自分の好きだった作品の影響をすごく受けてるなーと、改めて感じました。
やっぱり先人は偉大。追いつけないジレンマ。でも好きなんです。
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