ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ
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マーブル・エフェクト・メモリーズ

◆◆◆

 

 

 

 

 

『今回の件の全貌――と言っても、ロアルドロス亜種が渓流に住み着いただけ、というのが実にらしい話ですよ。本当に、ただそれだけなんですから』

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 鈍く、重く、暗い場所。

 一切の光から遮断された空間に、ハインツの意識は落ちてきた。なぜそうなったのかは、彼自身が一番良く理解している。ロアルドロス亜種の猛攻からリィタをかばったとき、あのとき跳ねた紫の飛沫が原因だ。すぐに拭ってはみたものの、あくまで応急的な処置。褒められた対応ではない。始めは身体に異常をきたすことはなかったが、囮役として走り回っているうちに、気化した猛毒が徐々に彼自身の体を蝕んでいった。

 

 それでも無我夢中に走り続けて全てが終わった時、緊張の糸が切れた瞬間に訪れた、冷たくて苦しい感覚。体の奥底からの不快感が全身に波及していくのを感じ取る。本当はすぐにでも解毒薬を服薬すべきだったのだろうが、そんな余裕はカケラもなかった。

 荒れる呼吸のリズムを整えて服薬するため嚥下(えんげ)に移行するには、時間が足りなすぎる。焦って飲みこもうとしても、むせて終わりだ。それでもハンターは出来てしまう、全くもってどういう身体構造をしているか、彼としても興味が尽きない。

 

 おそらく今、彼は自身が死の淵を彷徨っているであろうことを自覚していた。そして彼がいかに自分に力がないことを痛感していた。

 

 立ちはだかることはしても正面へは向かわずに、逃げることを主として選択したのだ。

 それが結果的に紫の巨躯を沈める一因になったとしても、功労者の一人となったとしても。彼の心は終始恐怖との戦いだった。

 

 ああ、身体が言うことを聞かない。動きの反応は鈍く、重い。まるで他人の身体だ。この暗く冷たい空間に、自分はいつまでいれば良いのだろう。

 

 書士隊らしからぬ選択をした、そうは思っている。自分は守られる側であり、決して守る側にはいないのだ。有り体に言えば、欲張りすぎてしまった。

 

 なんでこうも無謀な選択をしてしまったのか。おそらく普段の彼なら彼女を連れ戻し、逃げることを選択したのだ。それでも今回は違った。

 

 違った。違ったのだ。そして改めてハインツは自分を認識し直す。

 自分がなんて感情的に動くニンゲンなのだろうか、と。

 

 何故ならば。時間を止めた村を見たときに。荒れ果てた風体を目の当たりにしたときに。隣の彼女を覗き込んでしまったその時に。

 

 彼は見てしまった。

 彼女のとても、とても苦く、苦しそうな表情を。

 

 見なかったフリを出来なかった。知らぬ存ぜぬで通せるほど、彼はできたニンゲンではないし、それどころか不謹慎にも安心してしまった。彼女も同じニンゲンなんだ。年相応の少女なんだ、と。それと同時に、いつかの願いも垣間見てしまった。

 

 自分は間違っていたのだろうか。答えなんかあるはずもないのに、体に染み付いた癖から解答を欲しがってしまう。

 

 

「……――さん」

 

 声が聴こえる。とても心に染み渡る温かい声色。

 酷く懐かしく感じるその声と、彼は再び邂逅することを望んだ。

 

 二手に分かれる前に言っていたウィンブルグの一言を反芻する。

 

 リィタという少女に刻まれた記録。記録でしか知らない、彼女が背負うもの(バックボーン)。パーティを結成する時に、ラッセルから聴いていた彼女の経緯(いきさつ)

 

 

 かつての彼女も庇護されるべき立場にあった。庇護する場所が存在した。地図上に。

 

 そして今はない。いつのまにか消えていた。更新はない。記録はただ、それだけ。

 

 

「……――ンツさん」

 

 また声が聞こえる。凛と、芯を持った強く吹き抜ける声色。

 

 そのあと暗闇から引き上げられるように温かな感触が彼に伸びると、一筋の光が降りてくる。

 

 邂逅一番、何から話そうかと彼の心は思い悩む。彼女の人となりを考えれば、責任を感じていても不思議ではない。心配かけたね、なんて言葉選びは少々安直すぎるだろうか。

 

 なるべく重く受け止めないように書士隊(ハインツ)らしい言葉を。その瞬間、ハインツが思いついた一言はとても気が利いていないくて、すぐに渋い顔をした彼女の姿が思い浮かんでいた。

 

 温かく熱を帯び、軽くなった意識は浮上を開始する。

 

 たとえそれが蜘蛛の糸だろうと、ハインツは意識へ手を伸ばす選択肢以外考えなかった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 今にも泣き出しそうな顔をする――猫の姿。

 生きる実感は猛烈な痒みから始まる。半泣きの猫の後ろに広がった、晴れやかな渓流を青空を、今のハインツはゆっくりと堪能していたかった。

 

「ご主じーん!!!」

 

 それでも穏やかに息つく暇はない。顔面にベシャリと抱きついてきたミエールを引き剥がすために、反射的に本能(アレルギー)が身体に動くように司令を下す。

 

「は、離れろ!! か、かゆいっ痒いんだけどっ!!」

 

 思っていたよりも彼は自身の身体が軽いことに気付く。毒の後遺症なんてものはなく、すぐにでも全力疾走できる気分だった。こればかりは、解毒薬の作成者であるヒューイに感謝と言ったところだろう。

 ドンドルマへの帰還後、ヒューイに何と礼を言おうか考えながら、ハインツは無理やり顔面のミエールを引っ掴むと、問答無用に振り払う。それでもハインツの手に掴まれたまま、半泣きで前足をバタバタさせながら迫ろうとするミエールの姿。

 

 本人に意思があったか定かではないが、今回の影の功労者は間違いなくミエールだ。ミエール(こいつ)のせいで調査が進んでしまった、と言っても良い。

 

 感謝すべきなのか、忌避すべきなのかハインツの気分はえらく複雑だ。リィタの元へ向かう際に、妙に息があってしまった点も含めてだ。素直に認めたくない側面もあるというもの。

 

 痒みの残る顔全体を触らないように意識すると、やがてハインツはゆっくりと上半身を空間に晒す。そのまま視線を猫から外し、解毒薬の入った小瓶を片手に持ったまま佇むリィタに向けて、開口した。

 

 

「ここで豆知識。実はロアルドロスの毒って、無臭なんだ。経験談だから胸を張って言えるよ」

 

「……知識バカ」

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ロアルドロスとの交戦から数日後。書士隊一行を乗せた竜車はドンドルマへの帰路に向かっていた。竜車内ではウィンブルグがアグナヘルムを脱いだ軽装で、普段通り異様に似合うヒゲを光らせる。

 

「うむ。ハインツ君の睨んだ通り、中流から中規模に汚染は広がっていたのである。そしてどの村も避難済み。更に外れた場所に新しく集落を築き上げていた、と」

「ニンゲンもタフだニャー」

 

 汚染水を飲んでダウンしていたアプトノスもすっかり元に戻り、荷を牽く足取りも軽い。その様子を安心した様子で、御者の女主人が見守りながら手綱を引いていた。

 

 ハプニングに見舞われたものの、渓流マッピングは予定よりも早く終わりを迎えていた。その理由が、ハインツにとっても予想外に嬉しいものであった。

 

「それにしても、この古い地図を村の人達も持っていたなんて驚きですよ」

「昔、ラッセル殿が調査に来た際に置いていったらしいのだ。これを元に川の流れを読んで、より安全な場所に拠点を移せたそうである。村の人々も感謝していたのだよ」

 

 古びた地図を撫でながらハインツは穏やかに微笑む。使い込まれた地図の隣には、また一つ真新しい紙が広げられている。

 

「流石にいい仕事しますね、センセイは」

「ああとも。おかげで更新の手間も省けたのである。村の者たちがラッセル殿の測量ノウハウを生かして、新しいものまで作成していたのだからね」

 

 ロアルドロス討伐以降、再び渓流に猛毒の流れが再来することはなかった。それどころか、一日としないうちに再度、新たな縄張りが形成されていたのだ。姿を見せなかったガーグァは更に上流に生息圏を移しており、自然と下流へと移動を始めている。

 川自体に命舞い戻るのは今しばらく先とは言え、渓流の恵みは順当に大地を潤しつつあった。

 

 心配の種が一つなくなったところで、ハインツは最後まで残る一つの種に頭を悩ませる。その大元、つまりは彼の斜め向かいに視線を向けると

 

「……ところでリィタさん。そろそろ機嫌、直してくれない?」

 

 と、恐る恐ると言った口調で尋ねる。

 

「……」

「いや、あのときは君を心配させまいと考えたジョークだったんだ。冗談さ冗談」

 

 無言のリィタ。ハインツも思わず苦笑しながら目線をそらしてしまう。

 あの一件依頼、リィタは己を責め続けていたのだ。それはハインツの予想通りであり、結局回避することは叶わなかった。

 

「でも、あそこであの言葉はない、かなと思います。不謹慎です。ドン引きです」

「笑えない冗談なのニャー。センスの欠片もなかったニャー」

 

 と、一人と一匹からの糾弾。結果的に討伐まで繋がったものの、あの時点でハインツ自身も冷静でなかったという証拠だろうか。

 そして続く少女の唇はわずかに震えながら、

 

「……心配、させないでください」

 

 と、感情を漏らした。

 

「あ……ごめん」

 

 まっすぐに投げられたリィタの感情(コトバ)

 竜車内ではちょっとした気まずい空気が流れる。誰かが間違っていたわけではないが、個人の思惑はそれぞれ別のところにあるもの。

 

 

 

「まーまー二人共! そこは一つ置いておこうではないか。それに勝手に調査を進めたことに対しては、我輩もすごーく怒ってはいるのだが、選択した理由というのかな。誰かのために動く、そういうのは中々できないものである。結果良ければ全て良し、命あっての物種なのだよ」

 

 と、ウィンブルグが颯爽とフォロー。しかし、それでも少しだけ口を尖らせながら二人を諌める。

 揺れる竜車で心静かに語る口。ハインツが向かい合って座るリィタとミエール、隣にはウィンブルグが座っている。

 

「ヒゲのだんにゃは前向きなのニャー」

「ふっはっは、でないとこの年までハンターなんぞやっていないのである。ではハインツ君に弁解の機会を与えるとしよう」

 

「べ、弁解ですか?」

「そうである。今度こそ気の利いたジョークをダネ、紳士的に」

 

 キラリと光るヒゲと白い歯でハインツに要求してくるウィンブルグ。

 

「紳士的にって……うーん。じゃあ、気になったことをひとつだけ」

 

 無茶な要求である。それでもハインツは思考を総動員させて、向かいの少女への言葉を考える。やはり気の利いた文句など浮かびはしなかった。

 なぜなら彼の胸の内は、リィタに対する申し訳無さ。自分への不甲斐なさ。そしてもう一つ、思考を邪魔するに至る要素が占めていたからだ

 

 そして選ばれた言葉は、

 

「リィタさん、この前気になることを言っていたよね」

「……気になること?」

 

「そう。ロアルドロスのツガイ(・・・・・・・・・・)ってね」

「……それが?」

 

「実はロアルドロスって、生物学上オスしか存在しないんだ。メスは取り巻きでいるはずのルドロスだけなんだけど――」

「……うん」

 

「ここで問題。あの二頭は、群れから外れてなんで二頭だけでいたんだろうね。そして、あの行動」

「……え」

 

「あの二頭は、ツガイだったのかな?」

「……」

 

 長い沈黙。それもそのはず。答えなど知る由もないのだ。やがて最初に口を開いたのは

 

「ハインツ君。紳士ポイントゼロ点」

 

 ウィンブルグの憐憫を帯びた微笑みだった。

 

 

 

 かくして渓流調査は終了する。十年以上更新されなかった地図は、多少村の配置が移動したが、それでも力強く命が芽吹き続けている。

 心の何処かで引っかかるハインツだったが、結果的に村の人々に感謝された事実は変わらない。

 

 あれがもし、毒性のない気性の穏やかなモンスターだったらなんて考えない。

 

 あれがもし、オス同士であろうと禁断の恋を巡ってたどり着いた二頭だったなんて妄想は、真実と呼べる代物ですらない。

 

考えても尽きることのない未完の真実は泡沫に消えていく。モンスター側のバックボーンを配慮する余裕なんてない。そんなものだと割り切ると、ハインツは次の任務に思いを馳せた。

                               つづく




自分の中のポエム力を全開にして書きました。こんなこと書いてる時が一番筆が乗ってます。なんてこった。
兼、伏線回収という名の本筋で拾いきれなかった説明会です。

追記。
微妙に修正中です。暑さにやられて推敲を怠りました。








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