ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ
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四章開始です。今回は短めで終わる予定です。


▼レポート4:『ミリオンキャベツとブルファンゴ』
美味しい話


 ドンドルマのまたまた一角。モダンな雰囲気とクラシカルな味わいを融合させたような店構え・火竜の尻尾亭。木目の細かい開き戸の隙間からはモクモクと多種多様な風味入り交じる、香ばしい匂いが漏れだし、道行く人々に空腹の鐘を鳴らして誘惑する。

 一度香りに釣られて足を運んだが最後。その豊富なお品書き(メニュー)を見て決めるに決めかね、注文までに多大な時間を弄すことは間違いない名店だ。

 それでも最高級店とは違い、民草に配慮された絶妙な価格は、毎日毎週とは言わずとも月に一度は必ず、財布の中身を奮発する気にさせてしまう。

 

 そんな魅力に囚われた人間は今日もやはりというべきか存在している。その二人は木製のカウンター席で隣り合って掛けていた。

 

「う、美味い!」

「はっはっはー。そぉだろそうだろー」

 

 カウンター席で口いっぱいに料理を口に溜め込んだハインツと、その隣で自慢げに笑いながら、また馳走を頬張る彼の同僚ヒューイの姿。

 未だ熱を帯びた(プレート)の上には、じわりと肉汁滴るブロック状に断たれた半生焼き(ミディアムレア)の肉の切り身が転がっている。付け合せの色とりどりの野菜とともに作品となった火竜の尻尾亭の定番料理の一つ。味付けは塩コショウを軽く振られたシンプルなものだが、食指をそそる鮮やかな香りは例外なく目の前に座る二人の鼻孔を刺激し、抵抗する間もなく魅了する。それは二人の手に持つナイフとフォークを動かす手の勢いが、全く衰えないことが証明している。

 

「このサイコロミートの締まった肉質と程よい脂身。噛めば噛むほど広がる豪快な味わい。コイツにドライバターをちょこっと乗せて、半分溶けたところでまた頬張る! これだけでココットライス三杯はいけるよっ」

 

 感動とともに分析を乗せて、ハインツは考える間もなく直感的な感想を述べる。普段は頭を経由して言葉を放つというのに、この瞬間だけは食べた瞬間に舌が喋りだしていると錯覚するような、脊髄反射で言葉が漏れ出ている感覚であった。

 

「いい目線だぜハインツよ。だがよう。コイツを本当のメインディッシュへ引き立てるための、影の主役食材(バイプレーヤー)が分かっちゃいねえっ」

 

 それを満足気に見て話すはヒューイだが、まだまだ甘いなと言うかのように、鋭い視線を更に向ける。

 

「影の主役だって?」

「おうよ! そいつがこいつ、ミリオンキャベツさっ」

「ただのキャベツだろ?」

 

 ヒューイの向けた視線の先を追うハインツだが、見えるのは至って普通の、付け合わせにある葉野菜の千切りだった。

 

「バーカ言っちゃいけねえっ。コイツは奇跡みてえな葉の重なりが織りなす、これまた奇跡みてーな食感が最大の武器っ、そいつを熟達した料理人は層を崩さないよう千切りにしてみせる。この付け合わせを、形が崩れないように口へ運ぶんよっ。シャッキシャキ、フワッフワ。この最高のクッションに塩気と肉の脂身のみでソテーされたサイコロミートを合わせてやれば――うおおおおおおうっめえええええええよ!!」

 

 思わず叫びだすヒューイに、周囲の客もどよめき始める。騒ぎを聞きつけたウェイターが近くまで寄ると、静かに、それでも力強く咳払いしてくる。

 

「ああ、美味すぎてつい心の声が漏れちまった」

「コホンっ、また(・・)ですか。いくら常連とは言いましても、他のお客様の迷惑になりますのでご自重下さい」

「すまねえ」

 

 給仕(ウェイトレス)が流し目で警戒しながらその場から離れるのを確認すると、ヒューイは一息ついた。

 

「あのウェイトレスさん良いこと言うね。君にぴったり必要な言葉だ。まあ、たしかにこの食べ合わせはG級だけど。ミリオンキャベツ恐るべしと言ったところかな」

 

 続いて真似するように口へ運んだハインツも、その味を堪能する。さすがは環境調査にかこつけて、現地食材を食べに食べまわる男ヒューイである。食の楽しみ方をハインツの数倍、いや数十倍は分かっている。

 

「あの塩対応も癖になるってもんよ。でも美味いんだから仕方ない。うっし、もう一口」

「知りたくなかった君の性癖の一端を垣間見ちゃったよ。とりあえず僕も」

 

 もう一度、形を崩さないように付け合せを口の中へかき込むと、肉汁滴るサイコロミートを放り込んで、

 

「「う、美味いいいいいいいいっ!」」

 

 と、噛みしめた思考が直接言葉に変わる。そしてギラリと瞳を光らせた一言も同時に、

 

「お客様。お静かに」

「「すみません」」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ウェイトレスにきつめの(コトバ)を据えられたところで、二人は一通り料理を胃に落とし終えていた。またしばらくカウンターで談笑を続けている。少しばかり周囲の視線が刺さるのは愛嬌だと思い込みながら。

 

「あー食べた。ほんとに良いのかい、奢りだなんて」

「気にすんなって。最近お前、元気ねーしな。リィタちゃんとも気まずそうだしよ。なんかあった?」

 

 と、人懐っこい笑みを浮かべながら核心を突くようにヒューイが返す。思わずハインツはギョッとするが、

 

「べつに何かあったわけじゃないけど、変に気を遣われちゃってるみたいでさ。調査続行を判断したのは最終的に僕で、前線に飛び出したのも僕の判断なのに。気にしてるみたいなんだ」

 

 と、また返す。事実だけで述べれば、森丘に続いて渓流調査でも、リィタは護衛対象である書士隊(ハインツ)を危険にさらしてしまった。もちろん文面だけでの結果的にという話なのだが。

 しかし、護衛ハンターの肩書きを持つ彼女からすれば、その事実が許せない側面もあるのだろう。

 

「そーかい。でもその空気を次の調査まで持ち込むのはマズイと思うぜえ? 早めにケリ付けたほうが良いと思うけどよぉ」

「……はあぁぁ。そりゃ僕だってそう思ってるけど。じゃあ何かいいアイデアとかあるのかい?」

 

 ヒューイの指摘に対してドコに溜め込んでいたのか、ハインツは大きなため息をつくと冗談半分で彼に向けて尋ねてみる。

 そしてすぐさまヒューイは

 

「飯! 飯に誘えば一発解決よ!」

 

 と、意気揚々に自身の答えを返してみせる。

 

「ヒューイらしい解決方法だよ。悪くない。けど、あー……中々ハードルが高いね」

「照れて尻込みしてんじゃねえよ。仲直りしたいんだろ?」

「子供の喧嘩みたいに言ってくれるなよ。あの子も仕事仲間(プロフェッショナル)として気をかけてくれてるのであって……」

「あーへいへい。んじゃ、その話は一旦置いておこうぜ」

「一旦っておい、解決は速いほうが良いって言ったのは君だろ?」

「俺から言わせてみれば、なんとかなる問題ってことだよ。そ・れ・よ・り・も、だ。と言っても、本題はここからなんだがよ。さっきの付け合わせ、覚えてるよな?」

 

 やや強引に話の流れを断ち切ると、ヒューイは新たに問いを呈示する。付け合わせと言えば、サイコロステーキの隣においてあったアレ。

 

「ったく。ああ、ミリオンキャベツのことだろう? アレは美味しかった、ほのかに甘みのある水分が噛む度に口全体に広がって――」

「おうよ。でな、最近その生産地の方で、ちょいと気になる情報が入ってきてるんよ」

「気になる情報?」

 

 疑問符を浮かべるハインツに対して意味深な笑みを浮かべると、ヒューイは言葉を続ける。

 

「そそ。こいつの特産地になってる町の一つが最近賑わってるらしくてな」

「いいことじゃないか。相乗効果でそりゃ街も賑わうだろうさ」

「ああいい話だとも。でもな、それと同時期に町周囲のモンスター退治の依頼がな、急激にギルドまで来るようになったんだとよ」

「へえ、そりゃ大変だ。ハンターズギルドも火の車ってわけだね」

 

 モンスターが出ればハンターが出る。言わずもがなの道理だ。ギルドからの斡旋も増えてWin-Winじゃないかと誰でも思う話ではあるが。

 

「……問題は、その原因って話か」

 

 ハインツが頬を親指で撫でると、念を押すようにヒューイが畳み掛けてくる。

 

「そそ。気になるだろ?」

「……いや全然」

「無理すんなって。顔に出てるぜ? 直接行って確かめたいって。実際気になるだろ?」

 

 ヒューイが攻めるのは、ハインツ――もとい、書士隊最大の武器でもあり弱点。

 

 ――好奇心だ。

 

「いやでも」

「でも。リィタちゃんの件がまだ解決してない。って、そう言うんだろ? さっきも言ったろ、俺から見れば些細な問題よ。上手く行けばこれで解決も夢じゃねえ」

 

 見透かしたようにニヤリと口角を釣り上げたヒューイは、ハインツのそう固くもない牙城に対して亀裂が入る手応えを感じていた。

 

「気分転換。そう気分転換だハインツ! お前さんのお硬い頭を、少しでもこねこねして妙案が浮かぶように手助けしたい、優しい同僚の配慮がわからないお前じゃねーだろ?」

「……もう一度、さっきのウェイトレスさんを呼びたい気分だよ。確かに気になることは気になる。当然だ。でもさヒューイ。君、最大の懸念を忘れてるよ」

 

 困りつつも呆れたように言葉を漏らすハインツは続ける。

 

「なんで君と行かなきゃならないんだ?」

 

 その一言を耳にした瞬間。ヒューイの瞳は力強く煌めく。

 ならば――と。まるで不思議なことを聞かれたようにヒューイが目を丸めると、ハインツはその意味に戦慄することになる。

 

「だって、食ったろ?」

 

 結論の一言。

 

「悪魔かよ」

 

 こうしてハインツの新たな任務は唐突に決まる。料理は仕込みが命というように、ヒューイの入念な準備がなされた成果とも言えるのだろうか。

 

 

 

 ▼レポート4:『ミリオンキャベツとブルファンゴ』

 

 

 

 

 

 








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