ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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テリトリー

 アプトノスのどっしりとした足取りに並走して、カラカラと回転音を立てながら竜車は進む。やがてハインツ一行を迎えるのは、一面の淡い黄緑色の波々。豊穣の大地より顔を出した葉野菜の結球。辺り一面に広がるミリオンキャベツ畑だ。 

 

「うっひゃぁ! 見てるだけで涎が出てくるなこりゃあ! アレにふんばりポテトと七味ソーセージを合わせたポトフ……いや、マグマトンのロールキャベツもいいなあ。あーもう腹減ってきた。着いたらまず飯にしようぜ」

 

 流れる景色の中で、連なり続ける黄緑の景色は二人の心を鷲掴みにしていた。決して作物を育てるのに適しているとは言えないドンドルマでは、お目にかかることのできない光景だ。途切れない人工と自然の結晶を視覚でおさめながら、ヒューイは口元で溢れ続ける涎を拭いつつ窓から身を乗り出すように顔を出している。 

 

「却下で頼む。でもキャベツが最も生育しやすい冷涼な気候もあって初めて実現する光景、か。うんいい。これはぜひともスケッチブックに収めるべきだよ」

 

 再びハチミツ酔いしていたハインツも、ヒューイの溢れ出る熱気に当てられたのか、思わずスケッチブックを開き返そうとする。

 

「そんなに良いものかニャー?」

「モチのロンよっ。モンスターが闊歩するこの大陸で、ここまで大規模な農業(アグリカルチャー)を推し進められる地域なんて限られるぜ? そーさな。毛色は変わっちまうが、あのキャベツを全部ハチミツだと思ってみろ。どうだ?」

「にゃんと! たしかに最高なのニャー!」

 

 見渡す限りのキャベツ畑を流し見てもピンとこない様子のミエールだったが、ヒューイの言葉にようやく合点がいったのか、改めて眼前の景色を食い入る様に見つめる。その猫目にはおそらく、キャベツがハチミツに置き換わって映っているのだろう。

 

「想像するだけで甘ったるい匂いが……うげ、またちょっと胸焼けしてきた」

「おい、もうすぐで町に入るぞ」

 

 再び青白い顔をするハインツの体たらくを見て、呆れたように振り返った女御者の一声が響くと、程なくして竜車はスターレの町に到着する。

 彼らの前情報通りに町は盛況しており、丁寧に四角いブロックで舗装された道路が竜車を出迎える。長旅の凸凹した悪路から一転、荷車を揺らしていた上下の振動も緩やかなものとなる。

 

「さーて、まずはどう動くとすっかな」

「考えてなかったのか」

 

 来客用の竜車小屋から書士隊一行が出ると、ヒューイが街の様子を楽しげに吟味する。今回の滞在期間は二日と短期のものだ。しかし、無計画な同僚を見るハインツの視線は冷ややかなものではなかった。

 

「現場主義が性に合ってるからな。とりあえず俺はキャベツ畑を近くで見てーと思ってるんだけど」

「僕もそれが良いと思う。実際にモンスターの被害にあった、もしくは被害を受けかけた農家に当たって、直接話を聞いてみようと思う」

 

 行動方針はすぐに決まる。

 彼らの最大の武器は好奇心。根っこの部分が同じなのだ。そして、いわゆる"遠足組"と呼ばれる彼らのもう一つの武器。それが"行動力"。

 

「なら二手に分かれた方が早いなっ。そんじゃ日が暮れる前に、あのレストランに集合なっ」

 

 ヒューイの提案に頷くと、瞬く間にハインツは背を向けて己の興味へ走る。食事どきまでの簡単な仕事だ。少年時代の図書館に通う感覚で、彼の心と足はすでにミリオンキャベツ畑へと向いていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 街の中心から外れて、目の前にあるのは畑。遠目で見るのとはまた格別の、土と水の匂いがハインツの鼻孔をくすぐる。

 

「ほーでなあ。最近は作物を荒らしにブルファンゴが増えてのう。困っちょるんけ」

 

 そんな景観を前に、麦わら帽子を被った人の良さそうな老人と立ち話に洒落込んでいたのは、ハインツが件《くだん》の被害に遭った――厳密には被害に遭いかけた農家を訪れていたからだ。

 

「ブルファンゴの食性は雑食ですからね。キャベツを狙って来ても不思議じゃない。それもハンターが退治されたんですよね?」

「んだ。おかげさまで作物を食い荒らされることなく、本当に助かってるんでのう」

 

 穏やかな笑みを浮かべながら、すくすくと育ち整列したミリオンキャベツを見やる老人は、本当に感謝の念を込めた様子で言い放つ。

 

「ここ何年か前に農地も拡大して、収穫も順当だったんだがのう」

「未遂だったとは言え、ブルファンゴの被害は笑えた話ではありませんからね。それに農地拡大、ですか」

 

 一般的には小型モンスターに分類されるブルファンゴだが、その分類は以外にも偶蹄目――ケルビやモスと同じものに分けられる。しかし、その獰猛さは他の偶蹄目の中でも群を抜いており、今回のような農作物の被害も増えている。小型だとしてもモンスターはモンスター。一般人からすれば十分な脅威である。近年では牙獣種に認定し直すべく、声を上げる書士隊員も増えているほどだ。

 

「町長の意向ですじゃ。ミリオンキャベツ栽培はスターレの村……ではないのう。町の一大産業になるっとおっしゃられてのう」

「そうですか。あとはブルファンゴが増えた時期に変わったことはあったりしませんでしたか?」

「変わったこと……どうだったかのう……」

 

 考え悩むように麦わら帽の翁は目を細めるが、天を仰ぐばかりで言葉は出てこない。困ったようにハインツも頬を撫でるが、そのうちに畑の中からもぞもぞとアイルー色が一つ、現れる。

 

「ご主じーん!」

「どうした?」

「走り回ってたらクモの巣が引っかかったニャー。取ってくれニャァ……」

 

 短い前足でワシワシと頭を丸めるようにひっかくミエール。それを呆れながらハインツは見下ろすと、仕方なしに

 

「ったく、申し訳ありませんけど、手袋をお借りしても?」

 

 と、直接ミエールに触れないようにクモの巣を手際よく外してみせる。

 

「バイキンみたいな扱いニャー」

「仕方ないだろ。お前に直接触れたら痒くなるんだし」

「ニャー」

 

 一件目の農家の話はここまでだった。

 やって来たブルファンゴの数。その足跡。退治した際の戦闘の痕跡。そして、遥々やって来た書士隊(ショシタイ)という不思議な職業の人間に対して、ねぎらいの意を込めてのお土産キャベツ。

 

「もって行ってくれい。ショシタイさんや」

「いえ、でも」

 

 これから市場に出されるものは悪いと一度ハインツは断るが、人の良さそうな老人は客人に対して、土産の一つも持たせなくては男が廃ると言ってのける。仕方なくハインツは、年々豊作が過ぎてそのままでは破棄されてしまうという、少し前に収穫された型落ちのキャベツを受け取ることとなった。

 

「スターレのミリオンキャベツを、これからもよろしくのう」

「こちらも貴重なお話、ありがとうございました」

 

 常温保存で二週間が賞味期限とされるキャベツ三玉が入った袋を抱えながら、ハインツは次の農家へ向かおうと足を運ぶ。

 

「三つもなんて太っ腹だニャー」

「ああ。それだけ、ここの農作が上手くいってるって話なんだろう。この調子だと、ヒューイは僕の何倍もらって来るのやら……」

 

 食に関しては自分を抑えることをしない同僚を思い浮かべながら、帰りの荷がキャベツだらけになりそうな雰囲気を、この時点でハインツは感じ取っていた。

 

(だけどここでも書士隊のこと、あんまり知らないのかあ……)

 

 そして、そんな事も考えながら心の隅で肩を落とし、次の目的地へ。

 

◆◆◆

 

 一日目の調査も夜が来れば打ち止めとなる。ちょうど人で賑わい始めるレストラン内の雰囲気は、足での調査を終えて戻ってきた二人には十分すぎるほど、空腹に働きかける魔性の香りだった。

 

 なによりも彼らが惹かれるのが、特産品のミリオンキャベツを中心としたメニューの数々。

 熱々の湯気が漂う七味ソーセージとふんばりポテト入りのアツアツポトフに舌鼓(したづつみ)を打ちながら、これまたスターレ産のパンプキンパイを頬張る二人。

 

「あーもうこの町に住みてえくらいだっ。で、農家だけに収穫はあったかよハインツ」

「ウケないぞそれ。まあ、ひとまず情報は集めてみたけど足りないよね」

「そりゃな。だけど――」

「ああ」

 

 料理に夢中になりながらも思考は回り続ける。書士隊はときに限られた情報でも導いていくしかない。

 

「ズバリ――」

 

 仮説という形で。

 

「「縄張り(テリトリー)」」

 

 重なるように同じ言葉を吐いた二人は、再び料理を口に運ぶ作業へと戻る。

 

「ハインツも真っ先に思いついたか」

「まあね。と、言うより君だって出発前からこれは疑っていただろ?」

「よくある話だからな。開拓に伴ってテリトリーに侵入。モンスターと衝突した村の一つや二つ、聞いた話でも珍しくねえ。しかし――」

 

 一本丸ごと入った七味ソーセージを木製のフォークで刺すと、そのまま豪快にかぶり付くヒューイ。弾力のある皮の歯ごたえとともに現れるのは、香辛料のきいた肉汁たっぷりの肉の層。程良く振られた塩気は仕事疲れの身体に染み入り、食欲を減退させることなく次から次へと口に運んでしまう。

 

「「おそらく原因は農地拡大ではない」」

 

 そしてまた二人の口調が重なる。

 今度はハインツが口にするのは、少し大きめに切られたふんばりポテト。コンソメ色に染められながらも、型崩れを起こすことなく一品の中に溶け合うそれは、彼の胃袋を掴んで離さない。

 

「ここの町長は良く分かってるぜえ。モンスターの縄張り《テリトリー》をよ」

「僕もそう思う。見る限り、ちゃんと棲み分けがなされてる印象だ。しかも農地拡大の時期は数年前で、ブルファンゴ出現が多発し始めたのはここ数ヶ月。時期が微妙に噛み合ってないのも、この考えに至った要因の一つだ」

「まー証明はできねーんだけどなっ」

「そりゃ好き勝手に言ってるだけさ。なにせただの仮説だ」

 

 そして再びほんのり甘みのあるパンプキンパイに食らいつく。

 

「困ったことになっちまったなー。アテが外れたぜ」

「でも事実としてブルファンゴは出現し、被害は拡大しつつある。人里側に問題がないとしたら、山の方で異変が起きたと考えるべきか? それこそミエールが言ってた、"ピリピリ"しているって」

「んだな……って、そーいやそのミエールはどこ行った?」

「ん? ああ、あれを見てくれ」

 

 ハインツの指差す方向には一言。

 

『ペット禁止』

 

 

 

「……お腹、空いたのニャー」

 

 

 


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