ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ
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ブルファンゴ最前線

(……この人達、一体何やってるんだろ)

 

 そんな心の声を呟いた少女は、ますます熱を上げる書士隊二人を差し置いて、少し離れた位置から戸惑いの念と明らかな温度差を放っていた。

 先ほどまでのショシタイという人種二人のやり取りをボーっと見つめながら、少女の華奢な腕はライトボウガンを抱えている。

 

撒き餌(・・・)の準備はできたかミエール」

「アイニャー! でも鼻がひん曲がりそうだニャぁ……」

 

 少女の不思議なものを見るような目線も何のその。テキパキと指示を送るハインツという青年に、文字通り鼻を曲げながら布のような何かにくるまれた球体を運ぶミエールというアイルーの姿。

 撒き餌と言うからには、獲物をおびき寄せるための道具なのは確かだろう。それが痺れ生肉であったり毒生肉であったりと、ハンターが用いる共通規格ではないのも確かだ。

 

「あの……ウチが代わりにやろうか――?」

「だっ、ダイジョブなのニャー! ご主人がくれたこの大役、果たさずして何がアイルーの端くれニャぁ」

「そ、そう……」

 

 仕事を取られると警戒したのか、ミエールは球体を運ぶ足並みを早める。この主人と謳うハインツの指示に対して、嫌な顔せずに……というのは言いすぎであるが、ミエールは強烈な匂いに耐え忍びながら健気にも仕事をこなしていた。そんな姿に感心しつつ、少女は己の役割に準ずることにする。

 

 この少女こそ、今回の彼ら二人の護衛に抜擢されたハンターであり、同時に今回の聞き手役に抜擢されてしまった人物でもあった。

 

 まずこれから二人(と厳密にはもう一匹)がなそうとしているのは、大捕物の如く刺激的かつ命がけの行為だという点は、否定しようのない事実である。

 作戦名はヒューイという書士隊員が声高らかに挙げていた、仮説検証――ブルファンゴ・ハント。

 

 あまりにも直球なネーミング。その名の通り、これから彼らはブルファンゴを捕獲してしまおうというのだ。

 

「捕まえるだけなら、ウチの麻酔弾を使ったほうが早くない?」

 

 少女の口から思わず零れてしまった言葉。いくらブルファンゴが獰猛な牙獣種の一角に数えられるとしても、相手は小型のモンスターに過ぎない。スターレの町所属(・・・・・・・・)のハンターとして日々を過ごす少女の感覚では、大仰な準備を要する相手とも到底思えなかった。それは常日頃から、町のブルファンゴ退治に身をやつしていた少女ならではの感覚でもある。

 

「ごもっともな意見だね。当然麻酔弾の出番はあるんだけど、今回は捕獲そのものが目的じゃないんだ」

「え? 捕獲が目的じゃないって。じゃあなんでウチを雇ったの?」

 

 なおも不思議そうな目線で書士隊一行を見る少女は首をかしげる。その様子にハインツもなにか察した様子で

 

「……もしかしてヒューイ。契約する時の説明、ちゃんとしてないだろ」

 

 と、不満そうに声を漏らす。そして少し遠くに位置したヒューイからは

 

「説明したした。ちゃーんと、"ブルファンゴから俺達を守ってくれ"ってなァ」

 

 と、悪びれた様子もなく答えが返ってくる。

 

「簡潔過ぎるだろっ。その理由が大事だってのに」

「えっと……よくわからないけど、ゴメンナサイ」

 

 そんな少女が何が悪いでもなく謝ってしまったのは、ブルファンゴ捕獲という任務に見合わないような報酬の良さに心を惹かれ、二つ返事で快諾してしまったのも一つの要因である。

 

「いや君のせいじゃないから大丈夫。アイツが大雑把すぎるのが問題なんだ」

 

 呆れた様子で口を尖らせるハインツだったが、その手は止まることなく仕掛けの大詰めに入っていた。少女目線で見ても、やけに小馴れた手付きでだ。

 

「……じゃあ、改めて説明させて欲しい。つまるところなんだけど、今回は捕獲という結果じゃなくて、捕獲に至るまでの過程を重視してるのさ」

 

 切り替えるように声色を柔らかく変えたハインツは、頭上にクエスチョンマークと混乱の空気を浮かべる少女ハンターへ優しく言葉を紡ぐ。

 

「か……家庭?」

「ん? そう過程」

 

 そして一瞬の間が落ちる。妙な噛み合わなさを感じたハインツだったが、深く追求せずに言葉を続けようとする。少女も新たに疑問を口にすることはない。話が長くなりそうだと本能的に感じたからだ。

 

「まずはじめに。なぜ最近になって、ブルファンゴの被害が急速に増えたのか。最初は農地拡大からくる縄張り問題かと思ったんだけど、どうやら事情が違うみたいなんだ」

「え、そうなの? ウチら(ハンター)の間だと、町長が考えなしにキャベツ事業拡大したせいだーって、もっぱらの話だったよ?」

 

「ニュアンスは間違ってないけどね、町長の名誉のためにも話しておくよ。この町に限った話ではないけれど、他の村や町では、いわゆる"里山"がモンスターに対する緩衝材になっているんだ。正確に言えばキャベツ畑も"里山"に含まれるんだけど、この町ではざっくり二層の里山体制を敷いていた。素直に徹底してるんだ。で、ここで例を挙げると、

①スターレの町←→②キャベツ畑(里山)←→③人の手が入った雑木林(里山)←→④ブルファンゴ達の生息する山や森

ってな具合に、人とモンスターの合間に里山が、ある種の境界線を引いてくれている」

 

 言葉だけでは足りないと思ったのか、ここでハインツは久方ぶりに出番のなかった愛用のスケッチブックを用いて、少女に対して説明しようと試みる。

 

「そ、そうだったんだ……。じゃあ、なんでブルファンゴは畑まで降りてくるようになったの?」

 

 お世辞にも上手い絵とは言えないが、それでも形がある分、少女の頭にはすんなり入ったようだ。そして、新たな疑問符を浮かべる少女の"これは聞いても問題ないだろう"と思った問いに対して、良いとこを突いたとばかりにハインツの口角はニヤリと釣り上がる。

 

「そこなんだよ。本来、里山みたいに"人手の入った場所へは野生動物やモンスターは踏み入りたがらない"。そんな物理的な境界線が敷かれている中で、ブルファンゴが畑まで進出するようになった原因。この一帯は特に飛竜や中型以上のモンスターとは無縁の土地だ。新たにモンスター同士の縄張り争いが勃発するとは考えにくいし、なによりそういった話なら君らハンターにすぐ流れるはずだ」

 

 モンスター事情に関しては現地のハンターほど情報に富む者は早々居ないだろうと、ハインツの視線はそのまま少女に向けられる。少女側も納得したように頷くと、

 

「……たしかにドスファンゴが現れたなんて話、ウチも他の子も聞いてない。じゃあ、ウチらのキャベツ畑に問題はなくて、でも山側のモンスターたちにも問題はなくて……あれ? つまり、どういうこと?」

 

 と、納得したかに思えたがやはり途中で混乱し始めてしまう。その様子を見て苦笑するハインツだが、見かねた外野からは野次が飛ぶ。

 

「長ったらしい説明に定評のあるハインツ君よ。いったん〆て、そろそろ始めよーぜー」

 

 しびれを切らし始めているヒューイだった。

 

「おいそこ。今の説明は君の仕事だったろ。……つまり、これからやることは――」

 

 それは明確な推理ではない。ただの仮説であり、証明するためにブルファンゴ一匹をとっ捕まえてしまおうという、これが推理小説ならば邪道甚だしい強引なやり口だった。調査手法としては美しくない。がしかし、そんなことを言っていられないほどに、残された時間はあまりにも短かった。

 

「……っていうかね、もう来てるんだなぁこれがっ!」

 

 ヒューイのダメ押しの一声。

 彼の視線の延長線上で姿を現していた。焦げ茶色の硬そうな表皮に、顎骨から突き出るように伸びた白い牙。スターレにやって来た二人を出迎えたモスよりも一回り大きい、森のお騒がせ者。ただいま町のハンター総出で撃退にかかっていた――牙獣の一角、ブルファンゴ。

 

「……それを早く言ってくれよっ! 準備はっ」

「完了ニャー!」

「ウチもおっけーですっ!」

 

 焦りはあるが素早く反応、思考を切り替える一行。元野生のミエールも、ハンターである少女もその辺りの心構えは実践慣れしている。冷や汗をレザー装備の下で噴出させていたハインツも、自身の体が普段どおりに動かせることを確認した。

 

 相対するは、興奮した様子で前足を地面にこすりつけるように蹴るブルファンゴ。作戦開始の合図などはない。それはただ、結果を求めるための検証作業なのだから。自然相手に能動的にコトを進められるなどとは、初めから考えてもいなかった。

 

 ――ブッヒイイイイイィィィィィ!!!

 

 蹴られた前足が構えから推進力に変わったときから、作戦は始まっている。モスとは比べ物にならない獰猛さ。そして種族的な骨格からコンパクトにまとまった筋肉質な全体像(フォルム)。その血走った眼は、ただ一点に向けられ、迫っている。

 

「行ったぞハインツ!」

「広げろおおおおおおおおおおお!」

「ニャアアアアアアアアアア!」

 

 散開していたヒューイが声を張り上げる。

 ハインツとミエールも、ブルファンゴの進行方向に対して直角に、それぞれ逆方向へと走り出す。その手には、先ほどまで丁寧に伸び縮みを確認していたとある道具(アイテム)。一人と一匹を挟んでバサリと真横に広がっていくソレは、竜車は急に止まれないばりの速度で突き進むブルファンゴの前に立ちはだかった。

 

 そして程なく接触。

 

「も、持ってかれる――!」

「ニャニャニャぁー!」

 

 接触。接触。そして、接触し続ける。突進の威力を殺すように接触し続け、ブルファンゴの進行を妨げるモノ。伸縮し、絡め取るは狩猟用に用いるアイテムが一つ。

 

 "ネット"。

 

 モスと遭遇した際にヒューイが足を取られたツタの葉を回収し、ミエールの絡まっていたクモの巣で補強した、ハインツお手製の物。

 ハインツとミエールの一人と一匹がかりで、ネット越しのブルファンゴを抑え込もうと踏ん張るも、馬力の違いから足がずるずる地面を削りながら、少しずつ撒き餌側に引っ張られていく。

 

「良い強度じゃねえか! ハンターちゃん出番よろしくっ」

「まかしといて!」

 

 そんな異種間の綱渡りに結末を告げるのが、ズガン、と一回だけ小さく響く銃声。軽弩の先端に取り付けられたサイレンサーが、森へ残響音が伝播するのを防いでいる。

 少女が引き金を引いて放たれた捕獲用麻酔弾がブルファンゴの脇腹に命中すると、突進し続けていた焦げ茶の動きが止まる。やがてブルファンゴは豪快な寝息を立てて沈黙。狩猟用の麻酔弾だ。ちょっとやそっとの刺激では目覚めない。

 

「……まずは一頭」

 

 握りしめていたネットを持つ手を緩めると、額の汗を拭いながらハインツがポツリと呟く。

 

「ヒューイ。これを後、何回やるって?」

「あと半日、日が暮れるまでずっとだ!」

「正気かよ」

「あの。ウチこれ、効率悪い気がするんだけど……」

 

 そんな少女の問いに対して、片や引きつった笑みで、片やニヤリと不敵に笑い、

 

「「大正解」」

 

 と、とてもニュアンスの異なる同じ一声を返した。

 少女はげんなりした顔を……依頼人である二人に対して見せることはなかったが、代わりにもう一つ尋ねることにする。

 

「このブルファンゴ、撒き餌に向かって真っ直ぐ進んでた。この撒き餌って何なの?」

 

 初めにミエールが鼻を摘みたい気持ちに駆られながら仕掛けていたもの。ブルファンゴがそれに向かって突き進んでいたのは、その場に居た少女を含めて全員が明確に感じ取っていた。

 

 だからこそ、今度こそ二人は手応えを掴んだように堂々と、

 

「「キャベツ」」

 

 と、答えるのであった。

 

 

 

 




※里山(さとやま)とは、集落、人里に隣接した結果、人間の影響を受けた生態系が存在する山をいう。深山(みやま)の対義語。
~wikipediaより抜粋~





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