ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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過剰摂取のウワサ

 ハインツにとって"疑問符"とは一つの指標(バロメーター)だった。なにせ彼にとっては数少ない、リィタの感情を窺い知ることのできる反応なのだから。

 書士として鍛え上げられた彼の観察眼は、道端に転がっている手頃な大きさの石ころを捉える。そのまま素早く拾い上げると、手慣れた手つきで石造りの地面に擦りつけ、線を描き始める。摩擦で生じる薄い白が形を作ると、みるみるうちに、彼のお世辞にも上手いとは言えない線描(イラスト)が姿を現した。おそらく半日としないうちに落描きと勘違いされ、水をかけられて消えてしまうであろう。そんな人間らしき絵に鬼人薬と思わしき長方形が五つ。

 

「ハンターが現役を引退する時の理由だけど。――その多くが年齢や怪我、心身の限界からだ」

「その前置き、必要?」

 

 ああ始まってしまったかと。そんな心持ちを表情の奥に秘めたリィタは、思わず彼の意気揚々とした台辞(だいじ)に対して口を挟まざる得なかった。明らかに長くなりそうだと、彼女の"対メンドクサイものセンサー"が勢い良く反応を示したからだ。

 

「もちろんだともっ」

 

 ――ダウト。リィタの内心で素早いレスポンスが生じるが、喉から飛び出る手前で飲み込まれる。言葉として飛び出ていくことはない。

 時すでに遅し、賽が投げられていた事を彼女も承知していたし、正確にいえば諦めていた。干乾びていた青年書士の表情が一転、やけに潤いを持っていたのがその証拠だ。

 

「だからハンターとして活動を続けていけばどこかで必ず、壁にぶつかる。限界が訪れる。リィタさんのように軽々と大剣を振り回せなくなるし、派手に動けばすぐに体力(スタミナ)もなくなる。呼吸だって乱れる。長年の古傷も痛むだろう」

「……ウィンブルグさんみたい」

 

 諦めたリィタが真っ先に思い浮かべたのは、彼女ともに目の前で言葉を弾ませる青年を護衛する中年ハンター・ウィンブルグの姿。やたらに腰をさする中年の行動は、彼女の中でも印象に残っている。

 

「そうだね。ニンゲンは換えの利かない消耗品の塊だから。年月(としつき)を重ねれば重ねるほど、やがて感覚に対して身体がついていかなくなるものだ」

 

 良くも悪くもハンターは身体が資本。書士隊だって基本は同じだが、ハンターにとってその比重が一般の職種と比べて極めて重いのは周知の事実。

 自分の体が思ったように動かなくなる感覚が、彼ら(ハンター)にとってどれほど恐ろしいことなのだろうか。

 

「残念ながら僕や君にはまだ無縁の感覚だ。けれど僕らは大自然を相手に真っ向に挑んでいくんだ。ついていけなければ、それは自らに降りかかる。怪我で済めば僥倖――最悪、死にだってつながる」

 

 しごく当たり前のことでもある。生涯現役という言葉は美しいが、それを継続するための労力は如何ほどのものだろう。己の肉体のパフォーマンスを維持し続けるというのは、ことごとく危険に身を晒すハンターにとってどれだけ難しいことか。

 

「……引き際。その見極めは難しいって、ラッセルも言ってた」

「ああ。本当に難しい話さ。狩猟方法が体系化されつつある今、ハンターの数は増加傾向にある。その影響からモンスターの情報や素材も数多く流通するようになって、ある意味書士隊(ぼくら)にとっても本当にありがたい時代になった。

 けど、いい話ばかりじゃない。流通が増えればそのぶん情報や素材の価値は薄まり、単価は下がる。よほどの大物でも狩らない限り、ハンター時代の蓄えで第二の人生(セカンドライフ)を送ることも難しくなっているのが現状だ」

 

 だから、騙し騙しやっていくものなんだと。己の持ちうるパフォーマンスの中で、一種の線引きをする。自らの手に負える任務(クエスト)を吟味していき、日銭を稼ぎ続ける。

 

 そして重要なのが、その手段。これからハインツが伝えたい部分でもあった。

 

「例えばそう……足りないものを外から補うように。それがモンスターをより効率的に仕留める強力な武器であったり。大自然の猛威から身を守り生存率を高める堅牢な防具であったり。閃光玉であったりタル爆弾であったり落とし穴であったり」

 

 能力の拡張。道具の使用こそがニンゲンに、ハンターに許された最大の武器であり手段なのだと。

 

「そして――"鬼人薬"のような薬物であったり、って。そう、言いたいんだね」

「あ。先に言うのは酷い……」

「もったいぶるのが悪い」

 

 言いたかった台詞を先に言われたハインツが口を尖らせると、リィタは密かにしてやったりと顔を(ほころ)ばせる。そんな少女の些細な変化にも気付くことのできなかった彼の洞察力もまだまだなのだろう。気付けないのならば関係ないとばかりに話は進む。

 

「僕の楽しみが……いやでもそう。強力な武器や防具を揃えるよりも、よほど手っ取り早い。そんなだから、つい手が届いてしまうのさ。越えてはいけない一線にまで」

「……」

 

「初めは足りないものを補うために。ニンゲンとしての能力をほんの少し、拡張させる目的で。特に肉体強化系のアイテムはハンターの需要も多い。モンスターとの圧倒的な肉体的アドバンテージを少しでも埋めるためにね。

 だからギルドも禁止薬物指定していないし、危険なモンスターと対峙するのに、わざわざ制限をかけるようなこともしていない。結果としてハンターはモンスターと渡り合うことができた」

 

 真っ当に挑めば、ニンゲンはモンスターに遠く及ばないほど、有利不利に差が生じている。だからこそ武器を持ち、鎧を着込み、道具を用いる。

 

「けど、それは……」

「根本的な解決ではなくて、対症療法(そのばしのぎ)みたいなものだ。個人としての力量が上がるわけでもないし、肉体の衰えが止まるわけでもない。でもモンスターと、大自然とは対峙し続けていく」

「……なら、もっと強い武器や防具を作る。薬は使う量が、増える?」

 

 再びニンゲンの模式図に対して、ハインツは何かを書き足していく。さらに鬼人薬を模す四角形が増える。そして、

 

「単純な話ならそうだけど、そうはならない。強力な装備を用意するにも、さらに貴重な素材を集めなきゃならないからね。だから普通はその前に引退って話になるんだよ。

 でも手を伸ばせば届いてしまうモノも少なからず存在する。さっきも話したけど、ニンゲンは換えの効かない消耗品の塊だ。そんなニンゲンという器が受け入れるのにも限界がある。すなわち"過剰摂取(オーバードーズ)"」

 

 人型の模式図からは、四角形が溢れ出していた。

 

「鬼人薬の五本という所持制限ってのは、ギルドが示す境界線(セーフティライン)、経験則からくるものだ。年齢や怪我以外に……割合は少ないけど確実に存在する引退の理由。それが薬物による"廃人化"だ」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 安いのか、高いのかなんて。誰にも解るはずがない。

 

 分不相応な絶対的な差を埋めるために支払う、代償。

 

 鬼人薬。その名の通り、人にヒトならざる力を与える秘薬。

 

 身体的な能力差を埋めようとした、一つの成果。

 

 ヒト瓶飲めば、鬼の如き力を得られると噂され。

 

 その成果は申し分なく効力を発揮し、ヒトはモンスターへと迫った。

 

 一人は言った。重かった大剣が軽々振り回せるようになったと。

 

 もう一人が言った。突貫するランスの一閃が鋭くなったと。

 

 また一人が言った。重弩(ヘビィボウガン)が。ハンマーが。太刀が。etc(エトセトラ)……。

 

 身体的な基礎能力の向上は、狩猟効率にも如実な結果を残すことになる。

 

 当然、書士隊にも報告が上がり、一躍鬼人薬は画期的な発明として世に知れ渡る。

 

 そして往々として、黎明期ならではの話。

 

 その名声は同時に、一つの事実を覆い隠すほどに。

 

 

「ヒトへ戻れなくなる」

 

 美味しい話には裏がある。そんなこと世の常なのだ。鬼人薬はモンスターとの能力差を埋める画期的な発明ではあるが、世紀の大発見ではなかった。

 

「どういうこと?」

「代償だよ。鬼人薬はいわば、強制的にヒトとしての生理機能を活性化させる薬、劇薬さ。そんなものを制限することなく服用し続ければどうなるか」

「どうなるの?」

「鬼になる」

「うそつき」

「……」

 

 一瞬の間が空く。何を言っているんだこの書士はとばかりに、リィタが冷ややかな視線を向ける。が、けっしてハインツの表情も嘘八百をのたまう人間の顔ではなかった。

 

「誇張した表現でもないんだよ。なにせ、"ヒトとしての普通"に戻れなくなるんだから」

 

 そう述べたハインツは、もう一度地面に向けて視線を落とす。行く先は彼の残した落描き(イラスト)へ。

 溢れんばかりの四角形が、ヒトの模式図を埋め尽くし、元の形もわからないほどに上書きしている。

 

「ヒトとしての機能が狂ってしまうんだ。より過剰に摂取すれば――結果、肉体と精神に著しく乖離が生じて廃人ルート。文字通り鬼に近付く薬。鬼人薬ってね」

 

 ここでハインツの言葉は止まる。話したかった内容を言い終えたのか、満足しつつも、内容が内容だけに複雑な面持ちで眼前の少女を見やる。

 

「……つまり、飲み過ぎは良くないって話?」

「その一言で片付けられるなら、そうかもしれない」

「長かったね。話」

「頑張ってまとめたけど、そうかもしれない」

「じゃあ、もう一周走ろっか」

「あ、さっき飲んだ元気ドリンコのせいかお腹が痛く……」

「大丈夫。これは普通のトレーニングで、鬼じゃなくて人として強くなれるから」

「普通って、なんだろうね……」

 

 

 

 過去があるからこそ現在がある。生きた情報が大陸を駆け巡るようになった今、過剰摂取(オーバードーズ)による廃人化の例はほんの一握りの話。知っていれば避けられる話なのだから。

 しかし、それでも手を伸ばしてしまう者が少なからずいるのも事実。理由は千差万別。衰えに恐怖したか。依存したか。もしくはどうしても狩りたいモンスターがいたか。

 

 価値観は個人に準ずる。

 

 その想いが、過程がどれほど単純であろうと、複雑であろうと、卑しいものであろうと、尊いものであろうと、現実には結果でしか残らないのは多々ある話。

 

 だからハンターズギルドが示すのはあくまで警告であって、禁止ではない。

 

 

 

 

「「「用量・用法を守って正しく飲んで! ビーヴズ商会の新型元気ドリンコ、ご高評につき大特価販売中だよお!」」」

 

 歓声賑わう市場の一つで、負けじと轟く商いの声。

 賑わいが右肩上がりなったのは、つい数十分前に立ち寄った少女ハンターを皮切りにしてからだった。上位ハンターでもある、街では密かに有名な彼女が怖いもの知らずで購入していったその後。怖いもの見たさからか、飛ぶように売れ始めたおそらく合法であろう元気ドリンコを、ビーヴズ商会の売り子が三人組は懸命に捌き続けていた。

 

 

 

                                   つづく




時間がかなり空いてしまいました。
ショートエピソード第二弾、終了です。単純な疑問から話に起こしてみましたが、いかがでしたでしょうか? ガバガバなのは言うまでもありません……。
次回からは、本筋を動かしていく予定です。

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