エア採掘(Ⅰ)
エリックは足早に帰路へ着いた。
遥か北に位置するフラヒヤ山脈とは対をなす、エルデ地方の大地。
少年エリックの踏みしめる場所はまさに大陸屈指の活火山地帯だ――とはいっても、エリックが踏み込むことを許された領域はその中枢にも至らない。せいぜい村から少し歩けばたどり着く岩場程度。そこでならと、麓の村に住む大人たちから子供の遊び場として大目に見られていたのだ。
火山の奥地には危険なモンスターが徘徊している。村に生まれた人間ならば、小さな頃から耳にタコができるほど聞かされる話。
しかし人一倍好奇心が強いと自負していたエリックは、どうにか大人と一緒の坑道を出入りできないか常々考えていた。すると自分の心を抑えきれずこっそり忍び込もうとしたは良いが、結局見つかってゲンコツを落とされることの繰り返し。あいにくエリックには化かし合いの才能がなかったらしい。
坑道に入るためには"入山許可証"が必要だというのだ。エリックは年齢の基準を満たしていなかった。
ふと硬いゲンコツの持ち主である炭鉱夫の父から、暗くなる前に帰るようにと口酸っぱく言われていたことを思い出すと、エリックは太陽の橋が黄から夕日色に染まり始めたのを見て動かす足を更に早めた。
◆
何の変哲もない故郷に戻ると、エリックは日がまだ沈みきっていないことを確認した。
今日は行商人の定期巡回もない日だから、道草をする必要もない。次来た時に――と、小脇の袋を見やる。思わず笑いがこみ上げてくるのをぐっと堪えると、疲れ知らずの少年はその場でふと立ち止まった。
異変に気がついたからだ。村の様子がなにやらおかしい。
ごく稀に、火山の生息域から外れたモンスターが村の近くに現れることもあるという。しかし最後にそれがあったのは、エリックの物覚えがつく頃よりも前の話だった。幸いハンターズギルドのハンターによって狩猟されると、大きな被害もなく今この瞬間にまで至っているという。
モンスターが出たのならもっと大きな騒ぎになっているはずだという勘繰りから、それはないだろうという決めつけにかかるも、エリックの好奇心はそれを許さなかった。野次馬根性よろしく、異変の中心に向かって真っ先に突き進んで行く。
「よおエリック。今日もあっちか?」
そんな少年に対して気さくに話しかけてくる村人の一人は、誰にでも声をかけることから村の中でも知ってか知らずか随一の情報通だった。ちょうど良いと思ったエリックはすかさず尋ね返す。
「そうだよ。なにかあったの?」
「客だってよ。こんな辺鄙なトコまでご苦労なこった」
客と聞いて少年の胸はどきりとした。その答えを求めようとまた尋ねる。
「客って、もしかしてハンター?」
「ああ、ハンター
どきりとした胸は確実に高鳴っていた。ハンターは村の子供なら誰でも憧れの存在だ。表向きは気恥ずかしさから隠していたが、エリックも例外ではない。
「……ハンターも?」
「ハンターは二人らしい。あとの一人は……よくわからん」
「竜車の御者さんとかじゃなくて?」
「それとは別勘定でだ。ハンターの荷物は多いからな。たぶん荷物持ちかなんかだろう」
ハンターはやはりすごいのだ。
「ふーん。ちょっと見てくる」
「客人に粗相のないようにな」
「わかってるよ」
走る途中、村の竜舎で身を休めるアプトノスの姿が目に入った。さぞ長旅だったのだろう。膝を折ってゴロリと干し草の上で寝転がっている。近くにいた見慣れない三度笠の女性はおそらく御者だ。アプトノスを優しい眼差しで見つめていたから、多分そう。
この村で客人が身を寄せる場所といえば、あまり使われることのないゲストハウスか村長の家くらいだ。エリックは直感を頼りにゲストハウスへ向かった。
ゲストハウスに着くと、いつもはない人の気配が明確に存在するのを感じ取る。閉め切られていた窓を全開にしていたからだ。活火山から少し離れているとは言え、ずっと密封されていたのだから中は相当暑かっただろう。
一体全体どういった人物がハンターになるのだろう。そんな興味からひと目見て帰ろうと思っていたエリックは、開いた窓から話し声が漏れているのに気がつく。聞き耳をたてようか迷ったが、流石に後ろめたさから遠くで覗くだけに思いとどまった。
中にいるのは情報通の村人の言う通り、三人と一匹。ハンターの象徴とも言える武器や防具は脱いでいたので、誰がハンターかは正直わからない。
まず目に入ったのが、火山ではあつ苦しいことこの上ないであろう立派なヒゲをこさえた中年の男。
もうひとりが、そんな中年男とは対照的に清涼感の漂う栗色の髪に幼さの残る顔立ちをした少女。
その二人と比べて身なりに気を遣っていないのか、ボサボサになった灰色髪の青年。
最後の一匹が、一心不乱に小瓶をひっくり返してチロチロと舌で舐めているアイルーの姿。
それぞれがテーブルを挟んで何やら話し込んでいる。少なくとも荒くれの
遠くからまじまじと見ていると、今度は会話の内容が気になってきてしまう。しかし行儀が悪いのではと思いとどまる――のも一瞬。吸い込まれるように窓の近くに吸い寄せられた。一見、外で遊ぶ子供を演じながら、背中に抱えていたピッケルを空振りさせる。家で暇な時によくやっていた"エア採掘"。
エリックは少しだけ虚しい気持ちを感じたが、それを上塗りするように興味が溢れてくる。空気を採掘しながら、エリックは窓から漏れる僅かな音に耳を澄ませた。
「――アタリ、だといいですね」
凛とした芯のある声。少女のものだ。
「そうだね、これなら"月間狩りに生きる"に載るのも夢じゃないよ」
見た目のだらしなさに反して、青年の声は長旅の疲れを感じさせないように弾む。
「なかなか心躍る話であったからな。まあ、明日からは吾輩に任せるといい。火山は吾輩にとって庭のようなものだからね」
年長者である中年の男は柔らかな物腰で話すが、異様に似合う黄金のヒゲと口調が胡散臭さを助長する。
アイルーは相変わらずチロチロ小瓶を舐めていた。中身はなんだろう。
「もちろん頼りにしてますよ。ようやく入山許可が降りましたけど、僕らは初心者ですから」
青年が少女を見やりながら朗らかに笑う。
……間違いない。この一行は入山するつもりなのだ。
エリックの中で胸の高まりが収まることはなかった。
「噂が本当なら――」
"エア採掘"にもいい加減飽きていたので、エリックは最後にもう一度窓の中を覗き見ようとした。その時、
「……あっ!?」
目線を伸ばそうとしたら、エリックに何かが突き刺さった。物理的なものではない、感覚的なもの。
表情の見えない少女の碧眼が、少年の姿をはっきりと捉えていた。
まさかの出来事にエリックは慌てると、踵を返してその場から走り去ろうと体勢を整える。背中にまだ視線が残っているのを感じたが、聞き耳を立てた後ろ暗さと気恥ずかしさからそれ以上何も考えずに全力疾走してその場を後にした。
驚いた。いや、"エア採掘"なんておかしな挙動をしていたのだから見られても不思議ではない。それでも、視線と視線ではっきりと捉えられるとはエリックも思っていなかった。それこそ話で聞くハンターのような鋭い――少女がハンターなのだろうか。
まだ胸の鼓動が響き続けている。
火山の麓の村でもここはかなり外れた地に位置する。わざわざそんな場所を選んでハンターたちがやってくる。素直に嬉しかったのだ、エリックは。その気持ちが溢れすぎてしまっただけ。
覗き見、聞き耳の言い逃れはできないだろうが、明日は謝りに行かねばと少年の心は反省に向かっていた。いい趣味でないのは自覚していたのだ。"エア採掘"にしろ、村の同年代の子供がエリックの
『噂が本当なら――で―そうだよ。"火山の泪"』
エリックが逃げ去る直前に聞いた言葉は、彼にとって馴染みのない言葉。
暗くなる前に家へ戻れなかったエリックは、結局大きなたんこぶを頭に生やして一日を終えた。
▼レポート6:『火山の泪を掘り当てろ』
遅ればせながらモンスターハンターライズ、発売おめでとうございます。
まだ村☆2ですが、ちょくちょく進めていきたいと思ってます。
気づく方は極少数だと思いますが、諸事情でレポート6「密林に白き願いを」のお話は一度リセットさせていただいています。
一度書いたものを取り下げるのは心苦しいですが、まずは自分の書きたいものを、とのことで火山のお話を書かせていただいています。更新間隔が1年おきなのは流石にマズイと思ったので……。
リハビリがてら懲りずに趣向を変えながら書いていますが、よければお付き合いくださいませ。