ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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エア採掘(Ⅱ)

 火山の泪(カザンノナミダ)ってなんだろう――?

 

 エリックの心を支配したのは純粋な疑問だった。

 ゲンコツの主は朝早くから採掘に出ていたようで、エリックはじんじん痛む頭頂部をさすりながら朝食にかぶりつく。多少乾燥したパンであっても、熱帯イチゴのジャムをパンに塗りつけてしまえばたちまち彼の好物に変貌する。

 出かける準備をしようと愛用のピッケルを引っ張り出しに物置に向かおうとするが、門限を守らなかったせいで今日は遊び場(いわば)に行くことを禁止されていたことを思いだしたエリックは、どうやって一日を過ごそうか頭を悩ませることになる。

 少しだけ気を晴らしてから昨日の非礼を謝ろうと考えていた少年が思いついたのが、昨日のハンターたちが話していた意味深な単語だったのだ。

 

 少なくともエリックにとって火山の泪(カザンノナミダ)は聞いたことのない単語だったし、知らないということは知りたいという彼の欲求をいとも簡単に刺激してみせた。ナミダと聞いて彼が思いつくのは、炭鉱夫の間でも見つかればかなり上等な品だという"岩竜の涙"なる代物。岩竜バサルモスからのみ採れると言うが、もちろんエリックはバサルモスを直接見たことがない。たまにやって来る行商人が扱っていた"月刊狩りに生きる"に描かれた絵画を覗き見たのだ。

 

 わからなければ誰かに聞くとよい。これまた稀にやってくるネコバアの言葉により、算術を彼女のアイルーから教わったエリックは一つの決意をする。

 その決心を胸に、早速少年は昨日の非礼を謝ろうとゲストハウスへ足を運んだ。が、ゲストハウスの窓は再び締め切られていた。

 

「なんだエリック。今日は岩場(あっち)じゃないのか」

 

 エリックの趣味を知っていた村人の一人は尋ねる。

 

「今日は行っちゃだめだって。ここにきてた人は?」

「客人なら早くから出かけたぞ。山に入るんだとさ」

 

 どうやら彼らは早朝から入山してしまったようで、いつ戻ってくるかは分からないと言う。

 これは困った。これではエリックの胸にはモヤモヤが残り続けるし、たんこぶだってまだ痛んで気になる。門限を守らなかったのは彼の自業自得なのだが、エリックは少しだけ理不尽な気持ちを感じずにはいられなかった。

 

 

 エルデ地方を代表する大きな村(ン・ガンカ)が持つハンターの拠点として機能するような特色を、エリックの住む故郷(ン・ミカ)は備えていなかったのもあって、この村の景観はいくらか寂しいものがある。

それでいて火山の中枢からかなり外れた土地にあるので、村には炭鉱夫を嗜む物好き程度しか根を張らない。腕利き(ベテラン)若手(ホープ)も大体はン・ガンカに流れてしまうのだ。規模の小さいこの村にとってハンターは希少な存在なのである。

 

 仕事を手伝おうにも、この地は農業にも向かなく、もっぱら採掘した品々の取引で生計を立てる者が大半を占める。鍛冶工芸と言った花形はン・ガンカのお家芸だ。それに、あいにくそれらに全く興味を持てなかったエリックは、代わりにぽっかり空いた穴をあの遊び場(いわば)で埋めるように小さなピッケルを振るっていた。大人の坑道に一緒に入れるなら、いくらでも手伝ってやれると考えながら。

 

 仕方なしに村をぐるぐると回っていたエリックは、ネコバアの教えに従い穴あきの情報を埋めることにした。すると一つの事実にたどり着くではないか。

 三人のうちの一人、荷物持ちだと思われていた人物が、実は"書士(ショシ)"なる職業だというのだ。

 そう、ショシだ。それと同時に、誰も書士(ショシ)を詳しく知らなかった。と、いう事実をエリックは知った。

 

 これは困った。本格的にエリックの興味が彼らハンターとショシに移ろいでいくのが分かったからだ。どうにかして彼らを追えないものか。子供ながらに大人を出し抜こうと少年は悪知恵を働かせる。しかし、出てきた答えは何もなかった。すでに失敗済みだったからだ。

 

 

 彼らがわざわざ辺境(ン・ミカ)にやって来た理由はなんだ?

 エリックは自分に質問を投げかける。近くにモンスターが出たなんて話は聞かないし、こんな辺境が目にとまることなんてないはずだ。何故ン・ガンカではなくて、ン・ミカである必要があったのだろう。

 

 ……待てよ。もしかしたら。

 

 エリックの感じていた頭頂部の痛みは、知らず知らずのうちに引いていた。

 あるのかもしれない。自分たちが知らないだけで、実は火山の中に何かが。

 そもそも、ン・ミカという村がこの地にあること自体がエリックにとって疑問だったのだ。この地でなければならなかった理由があるのかもしれない。

 火山には夢とロマンがある。そう、母に愛想を尽かされた父が常々語っていた。

 

 火山の泪(カザンノナミダ)ってなんだろう――?

 

 朝の疑問が反響してエリックに問いかけてきた。今度は雲のようにぼんやりと浮かぶ疑問ではなく、おぼろげながらも形を伴って、だ。

 少年の頬は紅潮し、村の誰から見ても熱に浮かされていると捉えられても仕方がなかった。

 

 

 ◆

 

 小腹が空いてきたエリックが気付いたのは、ちょうど太陽が山頂にまで昇った頃。

 

「おいこら上げすぎ、傾いてるぞっ、急いで、慎重に!」

「そっちがもうちょい持ち上げればいいだろ」

「馬鹿が! そしたらお前がもっと高く持ち上げるだろ! なんであいつらお前に任せたんだよ!」

「一番力持ちだから」

「なら相方がなんで俺なんだ!」

「一番足が早いから」

「加減できなきゃ意味ねえだろうが! とにかく急げ、急げ!」

 

 山のような大男と、不釣り合いな小男が向かい合って何か赤い物体を運んでいた。身の丈以上はある二本の木棒の間に張られたリネンは、エリックに担架だと気づかせるのに時間はかからない。何よりもエリックが驚いたのは、担架に運ばれる人物にあったのだ。

 

「……むうう、厚かましいのは百も承知であるが、もう少し繊細に扱ってはくれまいか。吾輩はガラス工芸ではないが、人並みの扱いは受けさせて欲しいのである」

 

 少年はハッとして思い出す。この特徴的な口調を知っていたからだ。すぐに気が付かなかったのは、少年が見たいと心待ちにしていた防具を身にまとっていたから。

 

 赤の鎧を着た客人(ハンター)は、不自然に傾く担架に居心地悪そうに呻いていた。

 

「おういたずら小僧、ちょいと避けな。客人様がお通りだ」

 

 明らかに客人への配慮が足りていない担架運びの大男はエリックに呼び掛けた。エリックに注意がそれたために、担架がさらに上に傾いたことには気づいていない。

 

「馬鹿野郎! それ以上持ち上げたら落ちちまうぞ!」

「ああすまん。客人よ、大丈夫か」

「……紳士たるもの、この程度どうってことないのである」

 

 赤の鎧がやせ我慢を言ったのはエリックにも分かった。向かう先にも予想がつく。

 理由はわからないが、ハンターの一人であるこの男は火山から搬送されてきていた。村で唯一の医者である翁のところへ運ばれるのだろう。

 

「なにがあったの?」

「知らん。ただ、とりあえず翁に診てもらわなきゃならんから運んでるんだよ」

 

 大男の回答はずいぶんと適当であった。と、いうよりも大して興味がないように思えた。さらに担架が傾く。

 

「ぺちゃくちゃ喋ってないで足を動かせ足を! お前も見てるくらいなら手伝いな!」

「う、うん」

 

 小男のせわしない口が喚き散らす。

 やたら高く担架を持っていたためか、エリックは張られたリネンの真下に潜り込むことにした。これで手伝えているかはわからないが、ちょうど真ん中あたりを頭と両手で下から支える。その時、赤の兜の中から聴こえる唸り声が強まった気がしたが、エリックは忠告通りに考えるよりも先に足を動かすことにした。

 

 人一人を運ぶのも大変だとは知っていたが、鎧込みになるとさらに大変なものである。なんで鎧を脱いでから運ばなかったのか考えもしたが、それはきっと緊急を要するからだろうとエリックは勝手に決めつけた。

 

「すまぬな少年。吾輩が至らないばかりに、君のような者にも手を煩わせてしまうとは。情けない限りである」

 

 真上からかけられた声は、粗野な担架運び二人とは比べ物にならないほど丁寧だった。やや気取った胡散臭いしゃべり口であるが、発せられる声からは明確な意思を感じ取れる。申し訳なさと感謝、そして言葉通りの情けなさを感じる心といったところか。

 

 想定していたものとはだいぶ違ったが、いよいよハンターの一人と言葉を交わすことになったエリックの内心は高揚していた。それに伴い持ち上げている両手にも力が入るのだが、その時に聞こえた唸り声もまた強まった気がする。

 

「気にしなくていいよ。暇だったから」

 

 照れ隠ししながら返すが、答えは紛れもない事実。しかし、そのあとに謝罪と疑問を続ける気にはなれなかった。

 まずはこの手負いの客人を、一刻も早く診療所に送り届けなければならないのだ。


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