ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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熱砂の歓迎

 これまで二人を運んだ二頭の相棒(ラマラダ)は、集落に到着してすぐオアシスに直行した。その表情は相も変わらず間の抜けた顔で感情が読み取れないが、水源を目の前にした二頭は、首を下げると破竹の勢いで水面を貪り始める。

 

「ご苦労様ラマラダ(オトコマエ)。今日はゆっくり休んでおくれ」

 

 一度ラマラダの水分補給が始まると、十分以上は水辺から離れることがない。熱地獄から開放された二人は、オアシスを中心に造られた集落をぐるりと見渡した。土やレンガを主素材として立ち並ぶ凹凸分かれる家々からは、紛れもなく人々の営みを感じさせる。

 砂漠の過酷な環境から一転、程よい湿気を含んだ空気が全身に染み渡り、途端に体が軽くなるのを感じる。まさに天国と言えよう。

 

「クールアイランド現象さまさま、と言ったところですね」

「うむ。これならクーラードリンク要らずであるな」

 

 砂漠のオアシスは地下水が湧き出たものが大半だという。その地下水が豊富な場所ほど、蒸発した水分が空気中の熱量を奪い、結果としてオアシス周辺の温度は下がる。

 

 二人が水分補給を終えたラマラダから積んだ荷を下ろしていると、現地の村民が表へ出てくるのが目に入った。早速ウィンブルグが赤のヘルムを脱ぐと、異様にヒゲの似合う外面で第一村人へ挨拶を交わし

 

「ごきげんよう。宿の手配と補給をしたいのだが、良いであろうか?」

 

 輝く純白の歯と黄金のヒゲを光らせた。

 

 

 

 

 

――三日前。

 

「――砂漠で雪山草を見た、ですか」

 

 レクサーラ某所。

 小さな驚嘆が漏れたのは、ゲストハウスと呼ばれる村付きのハンターや旅行者が身を休める仮住まい。その一人用の部屋でベッドに横たわる人物こそが、今回ギルドを介して書士隊ラッセルの耳にまで情報を送ったハンターその人であった。

 集落へ発つ前に二人は、情報提供者への接触を図るためにレクサーラまで竜車を走らせていたのだ。

 

「砂漠に雪山草とは面妖な」

「それって本当に雪山草だったんですか?」

 

 砂漠に雪山草という、字面からすでに眉唾な情報を鵜呑みにして良いか分からないハインツは、頭の中で知る限りの知識を雪山草というワードに総動員させる。隣のウィンブルグは、自慢のヒゲを撫でながら話の続きに耳を傾けた。

 そもそも雪山草というのが、その名の通り雪山草なのだ。よく知るわけではないが雪山草。雪山に生えるから雪山草。その自生地域というのがこれまた厄介で、フラヒヤ山脈の山頂付近にのみ生えているともっぱらの話だ。

 もちろんハインツは雪山に足を踏み入れたことはないし、雪山草を見たのは標本の中でのみ。砂漠に生えてるなんて話自体が異常なことなのだ。

 

「ああ。以前に行商人から売ってもらったものとそっくりそのままだった。何事かと思って、念のため連絡することにした」

「ほほう、それで我輩たちに話が回ってきたのであるな。ちなみに現物あるのかな?」

 

 ウィンブルグの瞳は、ベッド上のハンターの右足に注目した。お世辞にも柔らかいとは言えないベッドの上では、包帯で巻かれたハンターが右足を吊り上げられている。

 

「ああ。ギルドに連絡を送った後に回収を試みたんだが……結果は見ての通りだ」

 

 絶対安静を言い渡されたハンターは、天井から吊るされる自身の折れた右足を見やった。

 

「なるほど。どうやら今回の調査、思っていた以上に骨が折れそうであるな。骨だけに」

「……」

 

 

 

 

 日中熱帯・夜間寒冷という過酷な環境だけあり、旅行者はレクサーラに立ち寄るまでは良いのだが、モンスターの生息域に近いオアシスにまで足を運ぶ者は数少ない。

 珍しい旅行者を発見した村民たちは、珍妙なものを見る視線を二人に向けていた。

 

「落ち着かないですね。なんか」

「無理もないであろう。あと少し南へ進めばガレオスの海だ。来るのはよっぽどの物好きである。道を間違えでもしたら笑えないからな」

 

 オアシスを求めて集うのは、何も人だけじゃない。

 この名もなき集落が今日(こんにち)まで栄え続けた理由の一つが、砂海を人々の生息圏と断絶する岩礁地帯にある。

 砂海に埋もれる堅い岩と粘土の入り混じった地層が、ガレオスを中心とした砂の中を移動する生物を遮蔽する盾代わりになっているのだ。

 

 ハンターから一通り話を聞き終えた二人の前には、珍客の来訪に我慢の尾をきらせた現地の子供たちが寄って来た。

 

「おじちゃんたちハンターさん? その鎧なに? かっくいいなー!」

「僕は違うよ。ハンターは隣のヒゲの人。僕は書士隊さ、知ってるかい?」

 

 村の子供は、こぞって物々しい装いをしたハンターに興味を惹かれてやってくる。王都やドンドルマなどの都会では特段珍しくもない格好も、辺境の住人にとってはすべて刺激的なものだ。

 

「ショシタイ? なにそれ知らないよ? ハンターさんの荷物持ちかなんか? ねえねえハンターさん!」

 

 そしてこぞって、ハンターは知ってるけどショシタイは知らない、という世知辛い答えが待ってるのである。

 子供の輝く視線は、若き荷物持ち(ショシタイ)の隣りにいるヒゲ(ハンター)が一心に受け止めているのが良い証拠。

 

「に、荷物持ち……そ、そうかい。子供は率直のない意見を言うね。ぼ僕、先に行ってますね……」

「む。そうであるか。……んん如何にも! 吾輩こそ溶岩の海をも制した男であり、ウィンブルグ家の長男にして――」

 

 そんなときはハンターがうまく立ち回るほうが、話がまとまりやすいとハインツの経験は語りかけていた。

 大仰な仕草と高らかな名乗りを上げたウィンブルグは、その元来の性質から現地民と打ち解けるのが速い。あとはウィンブルグの"ツレ"として、信用できる人間という立場をいただき利用させてもらうのだ。

 人知れずハインツは情けない気持ちに駆られるが、勤めを果たすためなら手段を選んではいられない。一刻も早く休日を手に入れるため、ここはグッと気持ちを飲み込む。毎度僅かな期待を込めて、現地民や子供たちに尋ねる(たび)傷心する彼も、懲りてないと言えるのか。

 

 

 ラマラダ(オトコマエ)を納屋に預けたハインツは、改めて頭の中で情報をまとめ始めた。

 まず最初のキーワードが『砂漠の雪山草』。

 明らかに既存のデータベースとは合致しない異質な情報は、いくつかの可能性を彼の脳内で想起させる。

 

(話を聞く限り、あまり良い状況じゃないな)

 

 一番望ましいのは、この村付きハンターが見かけたものが"雪山草ではなかった"という結末。砂漠まで来たことは無駄足になるが、何事もないというのは存外悪いものではない。

 しかし(くだん)のハンターの話を聞く限り、雪山草を見間違えることも考えにくい。暑さで幻覚でも見たのではないかと頭をよぎるも、砂漠を拠点にするハンターがそんなヘマをするとは到底思えなかった。

 ホラを吹くようなメリットもないし、簡易的な仮説をたてるとすれば、雪山草の突然変異体。モンスターで言う"亜種"のようなものか。

 もしくは、砂漠の気候自体が何らかの要因で変化しているのか。

 いずれにしても、砂漠の雪山草という言葉が持つ意味は、想像以上に厄介な事態へと繋がり兼ねない。

 二の足を踏んでいては、余計な面倒事がたちまち増えるだろう。

 

『よし、ならば現場検証(フィールドワーク)だ』

 と、上司(ラッセル)が日ごとに呟く幻聴が聞こえる気がした。ときどき自分がワーキング中毒に陥ってるのではないかと不安になるが、今回は砂漠の暑さのせいだと自分に言い聞かせる。

 

「……って言いたいところだけど」

 

 問題が一つ発生してしまった。

 出立前にラッセルから聞いた情報は、砂漠に雪山草らしきものが発見されたらしいと、曖昧な情報だけであったが、到着してみればそのハンター、雪山草よりも厄介な爆弾を抱えていたのだ。

 

(これ、僕の手に負えるんだろうか……)

 

 




次回より本格的に調査開始です。
導入部分書くの面ど……げふんげふん

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