ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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調査開始一日目

 不安に駆られたハインツの予感は果たして的中するのか。

 気掛かりとは裏腹に身体は正直なもので、疲労困憊の彼が過ごしたオアシスの一夜はあれよあれよという間に過ぎ去っていた。気付けば硬いベッドの上で、目覚めを歓迎するのは熱砂の日差しだ。

 

 簡易的に朝食を済ませた二人が目指すのは、集落から更に南下した先。つまりは岩礁地帯を超えて超危険地帯、ガレオスの海を渡ることになる。

 そこへ足を踏み入れるためには、これまでの道中を支えたラマラダの足を置いて行く必要があった。理由は至極簡単。砂海の怪物たちにとって、ラマラダが蓄えるコブの栄養は御馳走同然。わざわざネギを背負って行くなど愚行も良いところだ。

 

 一日休んだことで己の体力が全快しているのを確認すると、若き書士隊と熟練ハンターの二人は、調査開始(フィールドワーク)の一歩を踏み出した。

 

 

 

 例のハンターの情報では、雪山草はモンスターが徘徊する水辺で見かけたそうだ。まずはそこまで徒歩での移動となる。

 歩くのはガレオスが好む粒の細かい砂地ではなく、なるべく足場がしっかりとした現地民のみ知る隠れ道。陸から上がってこない限り、足場から急に襲われてポックリ、なんて自体はひとまず無いと言っても良い。

 

「……ウィンブルグさん。今回の件、どう思いますか」

「うむ?」

 

 砂漠の道中、雪山草の件でずっと思考を巡らせていたハインツ。今も砂に足を取られながら、書士隊の癖が抜けないせいか、ついつい移動時も考え込んでしまう。なかなか彼の頭から離れてくれないのだ。

 経験が浅いハインツにとっては、考えれば考えるほど仮説の数々は頭の中で立ち往生し始め、疑問の悪循環が生じ始める。こうなると思考の筋道は途端に定まらなくなる。

 一度思考のリセットも兼ねて、先行する熟練ハンター(ウィンブルグ)の経験と勘を頼りに、ハインツは十分定期の声掛けで尋ねてみることにした。

 

「うーむ。行ってみれば分かるであろう?」

「……現場主義のハンターらしい答え、なんですかね」

 

 現場慣れしたウィンブルグらしい答えでもあるのか。余計に考えるよりは、現物を確認する方がたしかに手っ取り早い。

 

「そうではないさ。ハインツ君は少し、考え過ぎるきらいがあるからね」

「うっ」

 

 今まさに思考の雁字搦めに陥っていたハインツが、ウィンブルグの言葉にぎくりとする。

 

「ここはだな、リィタ君が合流する頃には『もう終わったよ』って、言ってやるくらいの気概で良いのだよ。きっと不貞腐れる顔を見れるぞ?」

「それは……」

 

 彼の脳内では、普段は淡々と仕事をこなす少女が、無表情ながらもムスリと不貞腐れた顔を想像して――。

 

「はは、それは少し見てみたいかも。リィタさんには悪いけど俄然やる気が出ましたよ。さくっと終わらせてやりましょうかっ」

「うむ。その意気だ」

 

 ほんの少しだけ、頭の中にあった引っ掛かりが取れた気のしたハインツの心は、先を歩く炎戈竜の鎧に頼もしさを改めて感じる。

 そして少しだけ、その背中を羨ましくも感じていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 時間は少し遡り、ちょうどハインツ達が砂漠を目指して出立した頃。

 未だドンドルマの町に留まるリィタは、贔屓にしている鍛冶屋へ立ち寄っていた。絶えず鳴り響く鉄を鍛える反響音。追従して空へと立ち昇る煙は、現在進行形で鍛冶場が稼働していることを示している。

 

「親方。私の鎧と剣、まだ?」

「まだ最後の仕上げが終わってねぇな。たしか納期は五日後だったろ?」

 

 ガタイの良い鍛冶屋の主を前に、リィタは心の中で酷く後悔していた。

 何故よりにもよって、帰還した翌日に新たな任務が入ってしまったのかと。何故、自らの武具の納期をあと五日後にしてしまったのかと。

 ナーバナ村の滞在が長いことを見越して、納期を長めに設定してしまった自分を悔いていたのだ。

 

 彼女は求めていた。

 それはハインツが求めていた休日ではない。新たな任務をだ。

 

 生憎とリィタは、火山や砂漠といった地帯の狩猟に関しては疎く、装備も整っているわけではなかった。ナーバナ村へ寄る際に着込んだ金属製の鎧(アロイ・シリーズ)も砂漠の環境で活動するには不向きである。そんな時に備えて、密かに熱帯地方向けの装備を(こしら)えてはいたのだ。

 

 しかし、如何せんタイミングが悪い。悪すぎる。

 置いて行かれた、などと心の何処かで感じていたのだろうか。移動を含めて、ナーバナ村に一ヶ月近く滞在していたのが原因か。付かず離れずハインツやウィンブルグと行動していた身が、急に別行動となったのだ。彼女としても多少は思うところがある。

 だからと言って感情を表に出すことはないのだが、表情に出ない分、内側から漏れ出るなんとも形容し難い雰囲気が彼女には纏わり付いていた。

 

「嬢ちゃんが急いでるなんざあ、珍しいな」

「そんなことない――とは言わないけど。せめて納品を明日にできない?」

「明日ぁ!? 無理言うんじゃねえ!」 

 

 リィタが望んでいるのは無理難題な要求だ。それに対して親方も目を見開いて慌てふためく。

 ドンドルマはハンターの街。必然的に鎧や武器の需要は高く、鍛冶屋は火の車のような忙しさだ。奥で話を聞いていた鍛冶師助手のアイルーたちも、目をぱちくりさせながら話を聞いている。

 

「……せめて三日後だ。三日後ならできねえこともねえ。だがな……」

「ならそれで。お金も割増で良い」

「お、おう……」

 

 早く、一刻も早く二人の元へ向かいたい。今すぐにでも砂漠へウマを走らせたい。そんな食い気味で迫るリィタの気迫に負けたのか、追加料金を請求しようとしてした鍛冶屋の主も、大人しく首を縦に振る。

 すでに奥のアイルーたちは、忙しくなるぞと言った様子で、進めていた作業の手を更に速く動かし始めていた。

 

「ごめんね。じゃあ、お願い」

 

 簡潔に一言そう言うと、リィタは鍛冶屋を後にする。そして次に向かうのはドンドルマの入り口たる街門の一画に構えた、王立古生物書士隊の支部である。目的は支部内で黙々と事務仕事をこなす、ハインツの上司(センセイ)ことラッセルとの接触だ。

 

 

 

 

「あー暇じゃ。この案件行きたいんじゃがのう……」

 

 支部の事務所内では、書類で造られた塔が何本も、土台となっている机で積み重ねられていた。その山積みの書類を前に、げんなりとした様子で老人(ラッセル)がひっそりとぼやく。

 このラッセルという老人。かつてはジョン・アーサー同様に、片手に剣を携えて大陸中を廻った偉丈夫だったという。しかし幾重もの年月には抗えないようで、現在は支部内での事務作業が主だった業務としてこなしている。

 口々に興味深い情報が耳に入ると『よろしい、ならば現場検証(フィールドワーク)じゃ』と、旅の支度を始めては周囲から猛烈な反対を受け、渋々事務作業に戻るのがお約束となっている。

 

「駄目ですよセンセイ。そっちはスタンレイさんに任せるんですから」

「じゃあこの案件はどうじゃ? 幻の巨大特産キノコの件、食べたいのう……」

「そっちは……ヒューイ君でも十分でしょう」

 

 近くで同様に書類をまとめていたラッセルの秘書と思しき女性は、眼鏡越しに光る鋭い目線を光らせながら、年甲斐もなく不貞腐れる老人を(たしな)める。

 

「ならこっちはどうじゃ?」

「その案件を盗ったら、アンリちゃんから恨まれますよ? いい加減諦めて下さい……」

 

 ドンドルマに滞在する書士隊たちをまとめる立場にあるラッセルは、四方から飛び交う真偽のわからない情報群をかい繕い、検証のため書士隊を各地に派遣している。ハンターたちの活躍が顕著になった今、その傾向は更に加速していると言っても良い。

 

「じゃあこの砂漠の雪山草の件は? ワシ的にはこれが本命なんじゃが」

「だから諦めて……って、この件、また新しい情報が入ってますね。これは……」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして時間は現在の砂漠に至る。

 砂漠の風は乾きひりつくような熱を纏い、焦がすような感覚を肌に擦り込んでいく。暑さから既にハインツは二本、ウィンブルグは一本のクーラードリンクを飲み干し、絶えず押し寄せる熱風を耐え凌ぎながら進んでいた。

 やがて目標のポイントまでたどり着いた二人は、早速件の雪山草を捜索し始めていたのだが――。

 

「ねえウィンブルグさん。あれって……僕、幻を見てるわけじゃないですよね?」

「うむ。吾輩も今同じことを思ったぞ。誠に嘘偽りなき情報だったというわけだな」

 

 彼らの目には、にわかには信じがたい光景が写し込まれていたのだ。

 

 

 

 同時刻、砂漠の海を一頭のラマラダが駆け抜ける。

 その背には、ハンターズギルドから緊急で発注された"砂漠の雪獅子"討伐の命を受けたリィタが、険しい雰囲気を纏いながら騎乗していた。

 

 

 




初めて予約投稿を使ってみました。
ついでに作者名も変えました()
それと、こっそり砂漠編での誤字修正と追加描写を増やしています。

①にて 誤:デデ砂漠 → 正:ブブ砂漠
②にて 情報提供者のハンターとどこで接触したのかわかりにくかったので、レクサーラ内と追記してあります。

デデ砂漠ってなんだったんだろう……

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