ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ
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遭遇と観察

 鍛冶屋の提示した三日という数字が、リィタにとってこれほど長く感じたことはない。一日が一月のように感じ、ようやく二人の背中を追いかけることになる彼女。明らかにオーバーペースで歩みをすすめるラマラダに申し訳無さを感じつつも、リィタは砂漠に点在する小さな集落を次々と中継していた。

 このペースならば、残りニ日と待たずに合流出来るはずだ。新調した鎧と剣を纏い、彼女はひたすら前を進み続ける。

 

 そんな出発スケジュールを早めていたリィタのことを、ハインツとウィンブルグが知るはずもない。

 現在二人がいるのは、ガレオスの海を超えた先。岩と砂の入り交じる山が立ち並ぶ岩山地帯、切り立った岩陰に身を潜めていた。

 

「ハインツ君。君を書士隊と見込んで一つ質問があるのだが。良いかな」

「奇遇ですね。ちょうど僕もハンターの貴方に聞きたいことがあったんですよ」

 

 少なくとも彼らは、情報元のハンターと接触した時点で"砂漠の雪獅子"の情報を入手していたし、その時点で過去数件ほど、砂漠に"砂獅子"と呼ばれるドドブランゴの亜種が出現したことがあったという事実も、重々承知していた。

 そんな二人であるが、今は自らが目にしている光景を半信半疑で理解しようと奮闘する真っ只中である。

 

 地面に伏せて気配を押し殺しながら言葉を交わす。互いの顔を見やることはない。なぜなら双眼鏡越しの光景に視線が釘付けになり離せなかったからだ。

 

 そして、二人の疑問は重なる。

 

『あれは――何をしてるんだ?』

 

 まずは視界に入るのは白き巨体。名は体躯を表すとは言ったものか。砂漠に確かに存在したのは、フラヒヤ山脈といった寒冷地帯・雪山を生息の分布とする”雪獅子”ことドドブランゴだった。

 その姿は資料に載るような個体よりも、一回り小さいくらいだろうかとハインツは考える。

 一括りに小さいと言っても、双眼鏡越しでも分かる人間を遥かに超える体躯は、その巨体をのっそりと動かすと、付近の水辺へと向かい屈みこむ。二人の目線ではちょうど後ろ姿が映り込む形だ。

 

「間違いない。情報通りドドブランゴだ。尖爪目・堅歯亜目・鋭牙上科・ブランゴ科……」

「それは呪文か何かかい? 何にせよ、さっきからまた(・・)水を飲んでいるな」

 

 元々は摂氏マイナスを超える雪原での行動を想定されたドドブランゴの肉体は、体内の熱を逃さないための白い剛毛で覆われている。それが今や真逆の環境たる砂漠の暑気だ。この猛暑に耐えうるための身体構造を、果たしてドドブランゴは持っているのだろうか。

 

「――で、あるならば。熱を逃がすための水分を補給していると考えられるけど」

 

 小声で呟くハインツは、己の思考をフル回転させる。

 彼の瞳に映すものの正体は"雪獅子ドドブランゴ"でおおよそ間違いないだろう。かつて砂漠に出現したとされる"砂獅子"は、茶色い体躯を特徴としていたとされる。

 その雪獅子が砂漠で命永らえさせているとすれば、己の生理現象を有効に活用する他ないハインツは考えていた。

 

「熱を外へ逃がすための手段は水分の蒸発。オアシス周辺のクールアイランドと同じだと考えれば理にかなうけど……」

「それだけでは、なさそうであるな」

 

 一点して見ると水を飲んでいるだけのように見える雪獅子は、水面から顔を離すと再びのそりと動き出す。乾いた大地に浮かぶ真っ白なシルエットは、異物この上なく非常に目立つ。

 しばらくは水辺の周辺をゆっくりとした足取りで闊歩したかと思うと、不意に足を止める。双眼鏡越しの二人には、ちょうど白の巨体が壁となり、ドドブランゴが何に向かい合っているかは確認することができない。

 

「もう一回確認しますけど、あれは何をしてるんだろう。……ウィンブルグさんからは何か見えますか?」

「むー如何せん距離があるから断言はできないが、霧吹き――であるかな?」

「霧吹き?」

 

 返される単語にピンとこないハインツは、双眼鏡から視線を外さないまま尋ねる。

 

「ハインツ君はファンゴーマスクを知ってるかな? 立ち絵芝居と言って、菓子を入場料代わり売って読み聞かせる――吾輩が子供の頃に流行った演目だよ」

「いえ生憎と……それが霧吹きと?」

 

 何か関係あるのだと疑問に思う彼に対して、懐かしそうな口調でウィンブルグは返した。

 

「うむ、その敵役で出る怪人イーオスマンなんだがな。口に含んだ水を吹き出して目潰しをする、"毒霧"なんて言う技を持っていたのだ。童心ながら卑怯者だと騒ぎ立てた記憶を、ついつい思い出してしまったのだよ。まあ、最後はファンゴーマスクが勝つんだがね」

「はあ……。つまり、含んだ水をブレス状に吐き出していると? 一体何に向かって?」

 

 確かにハインツの知識の中で、雪山に住むドドブランゴは雪を吹き出して攻撃する習性があると認知していた。しかし、現在雪獅子の周りにその存在を脅かすモンスターの姿は現状一匹たりとも存在していない。おそらくドドブランゴが存在する一帯は、暫定的にもあの雪獅子の支配する領域になっているのだろう。

 

「そこまでは近づいてみないと分からんな。ひょっとすると例の雪山草であるかもな」

「それを知るためにも――うん、なんとかして近づけないものかなあ……」

 

 双眼鏡で視認するにしても距離には限界がある。しかし、近づきすぎれば気取られる危険がより一層増すのだ。

 気付かれそうで気付かれない。この絶妙な距離感を保つというのは存外難しい。その裁量は今現在、ウィンブルグにすべて一任している。

 

「やめた方が良いと進言するよ。ドドブランゴの縄張り意識を甘く見てはいけないな。迂闊に近づけば気付かれる。かといって、事を構えるのも早計というもの」

「それじゃあ僕らの取る戦略は」

 

 

「うむ――得意の我慢比べと行こうじゃないか」

 

 

 

 一体どれほどの時間が経ったのか。天井に瞬く熱源に晒され続けて干物にならないのも、ひとえに人類の英知の結晶たるクーラードリンクのおかげなのだが、集落で補充した予備も残り少なくなっていた。

 心もとない道具袋(ポーチ)の中身を確認しつつ、日陰に退避したハインツは一息つく。

 

「やっぱり暑……あのドドブランゴ、よく見ると身体のところどころに傷跡がありましたね」

 

 汗を拭う腕も重く感じ始めたハインツは、下ろした双眼鏡から離れた瞳でポツリと浮かぶ白い点を見やる。今も尚もぞもぞと動く白の毛塊は、再び水面へ頭を突っ込んでいるのだろうか。

 

「おそらくは雪山での縄張り争いに敗れたのだろうな。牙も失っているようだ」

「ええ。牙を失ったとなると」

「ブランゴを束ねる求心力も失っているだろうな」

 

 もともとドドブランゴは、金魚の糞のように取り巻く子分こと、ブランゴという小型モンスターを束ねる親玉である。基本的にブランゴはリーダーに絶対服従の存在であるが、それには一つ条件があるとされている。

 それがリーダーとしての威厳を象徴する、異常に発達した二対の牙の存在であった。

 

「生存競争の敗者、ですか。それでも砂漠まで落ち延びたのなら、大した生命力だと感心するところですよ。少し不憫にも感じますけど」

「確かに不憫だろうが、あまり同情はしない方が良い。判断を鈍らせかねんよ?」

 

 その一瞬、紅のヘルム越しから光る瞳が鋭いものに変容したことに、すぐさまハインツは気付く。口調は物腰の柔らかいものであるが、その内に含むものは真に迫るものがある。

 この熟練ハンター(ウィンブルグ)は本気で忠告しているのだ、と。

 

「それはまあ……もちろん。同情どころか自分のことで手一杯ですよ」

 

 つい昨日の出来事のように思い出したのは、ナーバナ森丘でハインツが間近で感じ取ったモンスターの鼓動・本能・執念。一匹のアイルーを助けようと思ったのは、彼の独りよがりな判断に過ぎなかった。結果、彼は危うく命を落としかけたのだから。

 

「余計なお節介だったかな。何にせよ、今すぐにあのドドブランゴをどうするかは決められまい。あの様子じゃあ夜まで粘られそうだ」

 主にギルドがモンスターの討伐を依頼として斡旋する場合、いくつかの条件が存在する。例えば人の生存圏とモンスターの生息圏、つまり縄張りが極端に近づいたり重なったりした時。またはその環境の生態系に悪影響をもたらす存在であると認識された時、など。

 無闇矢鱈に乱獲を行うと生態系に異常を来す恐れもある。とは言うのの、気軽に相対できるものでないのも事実だが。

 もしもギルドの規定を超えて狩猟を継続しようものなら、世の影から手痛い制裁を受けることになる――と噂されている。

 

「それはまずいですね。ホットドリンクの備えは心もとない。それに夜行性のガレオスだって活発になります」

「うむ。一度出直すとしよう。こちらから干渉しなければ、向こうも襲ってくることはあるまい。今後の対応は集落の村付きと話し合うとしよう」

「まったく。……これだと雪山草どころじゃありませんね」

 

 砂漠は昼と夜で見せる表情を大きく変える砂漠では、考えなしに行動することほど愚かなことはない。 

 何度も何度も、まるでルーチンワークのように繰り返されるドドブランゴの奇行の答えを出すには、ハインツにとってまだまだ情報が少なすぎるのも事実。

 リィタの到着を待たずに解決を試みてはみたが、なかなか上手くことは運ばないものだと彼は感じていた。

 

 もと来た道筋へ踵を返すと、ハインツ達は一日目における現地調査を無事終える事となる。






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