専業主夫目指してるだけなんですけど。   作:Aりーす

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▶︎6-1【秘書】

 

 

 

 宿泊研修が始まった。5泊6日の地獄の日程が組まれた、宿泊研修という言葉を謳った悪魔のような存在。だが私は落ちる訳にもいかない、地獄のような日なら私だって過ごしてきている。

 

 だが私でも予想はあまりしていなかった。まさか審査員となる方々がこの遠月学園の卒業生達だとは。甘い物ではない、そうは分かっていたがここまでの面々を集めるとは思っていなかった。

 

 元十傑第一席や二席だっている。私たちからしてみれば先輩であり、その場所まで辿り着いていない世界だという事。自らが自分の城、店を持っている面々ばかりだからだ。

 

 特に四宮シェフ、彼はプルスポール勲章を受け取ったことのある日本人として有名かつ、外国でも活躍する一流の中の一流。卒業すれば地位は約束されるだろうが、ここまでの地位は自らの力を卒業後も磨かなければ辿り着けないだろう。

 

 今の状態では、私では到底辿り着いていない。えりな様であっても辿り着いてはいないだろう。認めたくはないが、幸平も私……いや、それよりは上、えりな様よりは下の場所にいるだろうが、辿り着いていない。

 

 可能性がない訳ではない。誰しも才能を持つ訳ではないが、努力という世界で補い上に立っている人間だっている。だからこそ可能性がゼロである料理人はいないだろう。

 

 一つあり得るとするならば、千崎だろう。千崎は私や幸平、えりな様よりも上にいるだろう。えりな様も自分より上だと認めている。だからこそ、私やえりな様は千崎を気にかけている。

 

 それは幸平も同じだろう。だが周りはそれを認めようとしない。料理にその日の運が関係する事はほとんどない。それは実力の内に入るはずなのに、それを認めようとしない故に千崎を下に見ている。

 

 それは編入生だと言うだけか、それとも自らの力が足りないと自覚したくない故の、嫉妬なのか。そこはわからないし、分かる気もない。千崎自体も気にしてはいないからな。

 

 ……話が脱線し過ぎているな、1日目はいつものように審査だ。だが審査員が卒業生というだけで周りの緊張はかなり高まっている。

 

 普段はA判定を貰えれば良い、すぐに退学になる事はそうそう無いが……今回は彼らに退学させる権利が存在している。だからこそ緊張し、いつもの料理ができない人も居るだろう。

 

 私は取り乱さない。目の前にいるのは審査員ではなく、1人の客であり、料理人。この程度の壁を超えられないでえりな様の隣に……ましてや千崎に追いつけるわけがない。

 

 1日目など始まったばかり、その程度で落ちればその程度の人間というだけ。周りよりも早く、そして誰よりも上の評価をもらう為に……誰にも負けやしない為に、ただ上に行くのみだ。

 

 自分の料理を作り、評価は合格。……予想外だったのはその後に呼ばれた方々に50食を作る、という課題だ。量も味も保証できなければ不合格、さらに制限時間も短い。

 

 そして1日目は終わった。かなり早い段階で私も課題を終わらせることができたが、えりな様や千崎はそれよりも早くに終わらせていた。えりな様はお風呂を後にしていたし、千崎とも会ったと言っていた。

 

 さらにトランプをする約束をしたらしい。千崎やえりな様はやはり余裕があるようだ。……えりな様や千崎とトランプ、か。心のどこかで楽しみにしている自分がいる。

 

 ちなみに千崎が来る前にえりな様と裏で繋がり、千崎に何回も負けてもらった。……若干涙目だった気がしなくもないが、楽しくなってきたので無視して続行した。

 

 えりな様も同じ気持ちだったと思う。えりな様はSだな……まぁ千崎限定なら弄るのが楽しいのは同感できる事だがな?

 

 

 

 

 

 

 

 2日目も同じだったが、3日目からは一気に展開が変わった事がある。……いや、2日目もかなり驚く事はあったのだが私には直接関係していないからな。

 

 2日目は幸平が田所恵という女の為に、四宮シェフに食戟を挑んだらしい。3日目はその噂がかなり広まっていたし、千崎もそれを見ていたらしい。

 

 水原シェフに誘われ、その審査員として呼ばれたらしいが……むしろなぜ呼ばれたのか。非公式の食戟だから普通なら生徒を呼ぶはずはないのだが……確か1日目で水原シェフの課題だと言っていたな、千崎は。

 

 つまりは、私やえりな様と同じだろう。彼の料理を食べ、彼の腕前を、努力や才能の一面を見てしまった。だからこそ、彼を普通として認識できないから呼んだのだろう。

 

 ……私達とのトランプより優先されたのは、少し悔しい気もする。仕方ない事だが、こう、なにかやるせない何かを感じてしまうのは何故だろうか?

 

 3日目の内容は夜からだったが、そこには何も書かれていなかった。その日に初めて内容を告げられたからだ。課題は卵料理だったが、条件はそれだけではない。

 

 次の日の朝食としての卵料理を一品考え、出す。さらにそれを制限時間内に200食食べて貰わなければいけない、という事だ。朝という事は時間がほとんど無いに等しい。

 

 寝る時間などは存在しないも同じだ。さらに卵料理にそこまで種類はない。卵料理、ではなく卵を使った料理ならば視野は圧倒的に広がるだろうが……そこに気づかない人もいるだろう。

 

 新メニューを考える、それは1日なんてものでは考えつかないものだ。他とは重ならないように、しかし味も良く様々な人に食べてもらえるような料理でなければいけない。

 

 各自、様々な厨房を作り夜通し考えている生徒が多かった。だがその中にえりな様や千崎は含まれていない。えりな様はかなり早い段階でお帰りになられた。

 

 千崎は一旦部屋に帰って戻ってきてから作り、一回作っただけで帰っていった。その試食係を私に頼んできたから、驚いたが。

 

 作っていたのは茶碗蒸し。これなら確かに朝食にはキツすぎず、知名度もあるから取られやすいだろう。試食という事で一口食べたが、言葉では表せなかった。

 

 味はもちろん、おそらく誰に対しても美味しいと感じる味だ。だがそれだけではない。出汁も素材の味も何もかもが、ここまで一つの皿で生きるものなのだろうか?

 

 さらに遊び心も含まれている。かまぼこを花の形に切っているからだ。これは審査員が子供だったりすれば手に取られやすいだろう。決して目につくような工夫ではないが、不思議と見てしまう。

 

 舌触りは濃厚かつ、溶けるような味わい。温かさが私の何もかもを溶かしてしまいそうなほど、暴力的に、しかし繊細に私を少しずつ溶かしていくような甘みと味わい。

 

 ただ一つの料理でここまで何かを感じさせる、そんな料理を作れる人は早々存在するものではない。それを食べ感想を述べて千崎がいなくなった後も、しばらく料理に集中出来なかった。

 

 あの暴力的な味わいがずっと、口の中に残り続けているからだ。胃の中からも私に語りかけてくるような、そんな。これは言い過ぎなのかもしれないが、こうでしか表せないのだ。

 

 料理に対する評価をうまく言えない私を呪う。あの料理を全ての深さを味わえる舌でない自分を、とにかく呪いたくなるレベルだ。

 

 おそらく、いや、確実に千崎は200食を優に超えるだろう。えりな様も超えるだろうが、もしかしたらそれよりも早い可能性もある。誰よりも早い、というのは言い過ぎだとしても……

 

 ……いや、私がなんでこんなことを考える必要がある?千崎やえりな様は簡単に超えてくる、それなら問題は私だろう。私が不甲斐ない結果を出すわけにはいかない。課題は200食だが、私は300食を目指す。

 

 えりな様や千崎は400食いくかもしれない。決してその世界にはまだ私は踏み入れていない。だからこそ、他の者に簡単に負けるわけにはいかないんだ。上に、ほんの少しでも確実に上に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4日目も終わり、5日目は卒業生の方々が組んだフルコースを食べる事となった。だが私の心は葛藤が生まれていた。

 

 不甲斐ない結果を出してしまった。結果は298食、2食分目標に届かなかったのだ。……たかが2食、されど2食だ。その差は大きい。200食と300食ではまるで話が違う。

 

 えりな様は気にしなくてもいい、と言っていただけたが……やはりどうしても気に病んでしまう。情けなさ、不甲斐なさに甘えを生じさせてしまっている。

 

 悩んでいる間、時間が経っていた。ふとした時、私の部屋のドアをノックする音が聞こえた。えりな様?だがこの時間にここにくるとは言ってなかった……不思議に思いドアを開けると、意外な人物がいた。

 

「……どうも、新戸さん」

 

「……千崎?なぜわざわざ私の部屋に……」

 

「少し話があるんです。明日、帰るじゃないですか」

 

「まぁ、な。バスの座席はまだ見に行ってないが……」

 

「俺が、新戸さんの隣なんです」

 

「む、そうなのか。……それを報告に?」

 

「……その、言いにくいんですが……」

 

「言いにくい事?千崎にもあるんだな」

 

「……どういう事ですか。……俺、バスが苦手なんです」

 

「……に、がて?」

 

「……嫌いです。気持ち悪くなるし、泣きそうになります」

 

「……ち、千崎が?……ふふっ……」

 

「笑わないでくださいよ……迷惑かけたくないので、謝りに来たんです、先に」

 

「ふふふっ……!わ、わざわざそんな?」

 

「……む……笑いすぎです」

 

「はははっ!仕方、ないだろう?そんな事のために来たし、まさかバスに弱いとは思わなくてだな……ふふふっ」

 

「……別に弱くても良いじゃないですか」

 

「ふふ、拗ねるな。悪いとは言ってないぞ?」

 

「……なんで、撫でてるんですか」

 

 少し拗ねさせてしまったので千崎の頭を撫でる。身長差もあるが手が届かない範囲ではないし、撫でてしまう。こう、何かをくすぐられるような気持ちになる。

 

 少し子供っぽいところもある。しかもそれをかなりの頻度で私に見せてくるから、どこか満たされるような気持ちになっている。……会った時なんて、千崎に癒されるなど微塵も思ってなかったけどな。

 

 もう少し話していたかったが、少し眠たそうな目をしていたので早めに別れた。子供っぽい一面も最近知り、少し知りたいという欲求が強くなっている。私、らしくないか?

 

 ちなみにバスの中ではこっそりだが、横に倒れてきたので膝枕の要領で寝かせてあげた。おそらく千崎は完全に寝ていたから気づいてはないと思うが。

 

 こっそり、写真を撮ったのも私だけの秘密だ。

 

 

 

 




お気に入り7000件イッターーーーー(*0ω0从*)
次は秘書子との買い物日記です。秘書子視点っている???ただのラブコメ風味な視点になるだけなんですがそれは。
視点募集したら竜胆先輩や幼女先輩()、幸平視点のリクエストがありました。ここは予想してたんですが、主人公の親視点と美作視点がリクエストで来るとは思ってませんでした(´・ω・)
ついでですけど投稿し始めてから1ヶ月が経ちました。

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