専業主夫目指してるだけなんですけど。   作:Aりーす

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▶︎2−1【神の舌】

 

 

 

 私はいつしか、自らが認めた者の料理のみを食べ、気に入らない者や気に入らない料理を全て切り捨ててきていた。それは正しい事の一種だとは感じている。しかし、完璧に正しいと言われたならそれは違うはず。

 

 おいしいとまずい、この2つだけが料理の全てではないにも関わらず、私にはどちらかにしか傾かせることができない。いわばコインの裏表。投げれば裏しか出ないし、表しか出ない。

 

 私には、そこからあり得ない様……例えばコインを投げた瞬間に誰かにとられたり、落ちたコインが立ったり……不可能に近い物を自分の中で見下していた気がする。

 

 それは驕りだ。それだとしても頭の中ではそれを否定しきれないし、肯定しきれない。あの日から私は狂い、壊れてしまったのかもしれない。その心情を知る者もいない。私自身が私を殻に閉じ込めさせているから。

 

 救いを求めようとしても、声は出せなくなるし抵抗する気も薄れていく。私はただの人形である事を望んでなんかいないのに。……そしていつか、自由という表現を羨み始めた。

 

 私もいつか、自分の意思で羽ばたく事が出来る日が来るのだろうか。信頼できる人もいる、自分でも腕があると思う。それでも、きっと何かが足りなくなる。

 

 そこを補える、そんな存在を……あの日、入学試験のあの日から求め続けていた。だからこそ、あの2人から目が離せなくなる。心の底から何かの感情が湧き上がって来る。

 

 それは嫉妬でも見下した感情でもない。だけど、この感情を全て知っているわけじゃない。だから私はこの感情の正体を知ることから始めようと思った。きっとあの2人に近づくには、私がそれを知らないといけないから。

 

 それだけじゃない。私は自らが信頼を置いている人物にも、話していないことがある。私自身が知り、学び、変わらない限り近づくのは不可能だ。だけど、変われることができたならきっと毎日が楽しくなる。

 

 その先にはきっと、私が望む世界が広がっているはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の名前は薙切えりな。遠月学園に入学する事が決まっている……だが、私は入学試験の試験官として選ばれた。

 

 私の秘書でもある新戸緋沙子、緋沙子も喜んでいてくれた。そして私を変えるであろう、そんな人達に会った。

 

 「神の舌」といつからか呼ばれ始めた。由来は様々な料理を食べてきた時にほとんどの料理に「まずい」という評価を下し続けたからだ。全てがまずい料理ではない。

 

 私にとって美味しいの基準が高すぎるのだろう。だからこそ、出る言葉は批判の言葉に近いものとなる。まるで仮面のように、私はいつも通りに毒を吐く。

 

 私の噂はかなり広まっている。街を歩けば「神の舌」と噂される日も少なくない。だからこそ、私が試験官であるならばより優秀な者がいるのではないか……という考えだと思う。

 

 しかし、私が試験官と知った時に合格を求めた人達は顔をあからさまにしかめた。やはり良い方向でも悪い方向でも広まっている、ということか。だから私は救済としてある事を提案した。

 

 受けられない人は帰っていい、と。ただそういうだけで蜘蛛の子を散らすように人が減っていく。あまりにも脆い、そう感じてしまった。料理人を目指している人たちが、仮に試験官とは言え、逃げる事は客を捨てていくのと同じ行為ではないだろうか?

 

 私は気づかなかった。多勢を見ていた事により、少数……残った人の存在を。その1人が幸平創真。

 

 あまりにも庶民、そう感じた。彼が作る料理のテーマを聞いた時もふざけているとしか感じなかった。その時点で私は、彼に負けていたのかもしれない。

 

 美味しい、その限りにつきた。心も体も満たされるような、それでいて子供の頃の純粋さを思い出させてくれるような味。だけど、私はどこかから拾ってきた自尊心とプライドが私の心に立ちふさがった。

 

 そして彼には「不合格」、つまり美味しくないと言ってしまった。彼の人柄は私を舐めているように感じてしまった。そこが癪に触った、というべきなのだろうか?

 

 彼はそのまま出て行った。後ろ姿が、不思議と過去に会った方の背中に見えた気がしたのは、私の気のせいだろうか。

 

 そして、それでも私は気づかなかった。もう1人、幸平創真が作った料理『化けるふりかけごはん』を食い入るかのように、それを焼き付けようとしている1人の姿に。

 

 名前は千崎雪夜。顔立ちも極めてカッコいいだとか、かっこ悪いなんて訳ではない。しかし目つきが少し悪い所が欠点と思えた。それが第一印象。

 

 彼も入学試験を受けにきた1人。淡々と料理を作り始めた。……そして作り方を見て何かを感じた。それは一流の料理人であったとしても気づけない、ほんの少しだけの何か。

 

 作り出したのはプレーンオムレツ。基本の料理の1つだが……そこから自分なりのアレンジを入れる、それでより料理人の腕が引き立つ物でもあるだろう。何もしないまま出すという事は、自信の表れか何も知らない愚者か……2択だ。

 

 そして気づく。あれはただレシピ通りに作っている物だと。レシピ通りに作る、聞こえは簡単だが実は難しい。それは焼く工程があるならば焼く時間だ。本にも詳しく書いてある事は少ない。約〇〇分、何火で……なんて事しか書いていない。

 

 焼く、切る、蒸す……料理には様々な工程があるけれども、全て1つのミスで味は格段に落ちる。1秒多く焼けば旨味は逃げるし、1mm切る場所がずれれば繊維が落ちたりと細かな所こそが料理人の真価を発揮する。

 

 そんな事を考えていればすぐに出来上がる。……私には食べる前から結果が分かっていた。これは「美味しい」と。

 

 そしてそのまま結果を伝えた。だが彼はその表情に喜びはほとんどなかった。幸平創真よりも早く部屋から出ていった。結果なんて聞くまでもなかった…という表れだろう。

 

 彼には自信がないのだろう。だがそれは、自信という物を持つ必要がないという事だ。「当たり前に美味しい」から「当たり前に合格する」には成り立つ事はない。世界はそんなに甘くはないのだから。

 

 だが彼にはそれが成り立っている。自分にとっての「当たり前」は他者にとっての「当たり前」ではない。逆もまたそうだと思う。だからこそ彼の普通ではない点が見えてくる。

 

 当たり前の基準が高すぎるのだろう。……彼の動作以外にも見ておくべきだった。彼は必ず未来の料理の世界を担える人間だ。彼という存在を見極めないといけない。

 

 私も負けるわけにはいかない。私は薙切えりなだからこそ、彼のような人に負ける訳にはいかない。彼は試験中もどこか上の空だった。私はその程度としか見られていなかった、その事実は私の胸を締め付ける。

 

 そして奮い立たせるのを感じる。目の前に広がった強者と圧倒的な壁。それを超えるという目標と、その先に何が待つのか……あぁ、楽しみで仕方ない自分がいる。

 

「緋沙子、帰るわよ。報告もしないといけないからね」

 

「はい、えりな様」

 

 緋沙子もどこか雰囲気が違う気もする。私と同じで負けず嫌いの子だから、何か思う所があった、という事。

 

 明日からは、良い日になりそうだ。ひたむきに何かに向き合える、そんな日がやってくるような気がしてならなかった。

 

 




過去だったり心情だったりは原作でもよく出てくるけど、えりな様はあまり語られてない気がする…独自解釈が含まれてたりしますよねこれ絶対…
後続きます。次は入学式の日からの薙切えりな視点ですね。うちの主人公は何も知らない愚者の方かも知れない、自分の腕の良さを分かってないから。
ウチのえりな様少し丸いかもしれないな……勘違い系主人公はラノベの鈍感主人公より鈍感……お気に入り4000件突破致しました。ありがとうございます!

追加です。転生要素は必要なさそうですし、意見も多数寄せられてるので転生要素を消す方面で、1話を再構成したいと思います。みなさま、ご意見ありがとうございます。

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