ドトウ達が逃げ去った後。
今まで隠れるように避難していたスタッフ達が下に降りてきて、殺された者の中に生存者はいないか手分けして探しはじめた。
数分前まで、この場所は白く美しい雪景色だった。
だが、今やその景色は見る影もなく、辺り一面真っ赤な血で染め上げられていた……雪の国の民の血で。
そんな光景に、長十郎は拳を握り、
「酷い……あんまりです……」
「……あれが…諦めなかった結果よ。ドトウに逆らわなければ、こんな目に合うことはなかった」
この光景を見ながら、雪絵は一切の感情をなくした口調で淡々と述べた。
そんな雪絵の元に、ようやく見つかった生存者が運ばれてくる。
その人物は今にも息絶えそうな、三太夫であった……
体中から血を流し、声を出すのも辛そうな三太夫に雪絵は近付き、耳を傾ける。
「姫様、申し訳ありません。こんな事に巻き込んでしまって……私もここにいる者達も、皆、姫様がいたから、諦めずにいられました……幼い頃も、そして今も、姫様は姫様でした……ご自分を信じて下さい。皆、姫様が希望だったのです……姫様……どうか……泣かない…で…………」
三太夫が最期まで持っていた……目薬のストラップを付けた小太刀が――その手から滑り落ちた……
「本当にバカね、三太夫……目薬はあなたが持っているじゃない」
雪絵の目に、涙はなかった。
誰もが沈黙し、口を開けずにいた。
その沈黙を破ったのは、いつも以上に冷めきった表情をした……雪絵であった。
「もう満足したでしょ? 帰りましょ。これ以上この国にいたら、あんた達も無事じゃすまないわ、さあ、帰るのよ」
背を向け歩き出す雪絵に、ナルトは叫んだ。
「何処へ帰るんだよ! あんたの国はここだろうが! どうしても帰るっていうなら、ドトウを倒して、堂々と自分の家に帰りやがれ!」
「何にも知らないくせに……この国には春がないの、涙が氷ついて心が凍えてしまう国なのよ!」
そう、ナルトに言い放つ雪絵。
だが、今回、雪絵の言葉に異を唱えたのは、ナルト一人ではなかった。
ナルトに続き、ハクと長十郎が数多くの亡骸を背に、雪絵に向かって呼びかける。
「でも、あなたなら変えることができるのではないのでしょうか?」
「少なくとも三太夫さんはそう信じていたと思います!」
普段は優しい口調で話すハクと長十郎が、怒気を含ませ、叫んでいた。
しかし、雪絵は一瞬立ち止まるも……
「……無茶いわないでよ!」
再び背を向けて歩き出す。
大勢の人の死に、皆が意気消沈していた。
欺瞞。
不安。
諦め……
様々な負の感情が広がる。
その時だった。
突如、大きな物体が線路の下から出現したのは。
谷底から浮上して来たのは、大型の飛行船であった。
先ほどの闘いで一度引いたとばかり思っていた雪忍達が、今度は飛行船に乗って現れたのだ。
そして次の瞬間。
その飛行船からマジックハンドが伸びてきて、
「え?」
ナルト達から離れていた雪絵をピンポイントで狙いすまし、洗練された動きで捕獲した。
忍の里に飛行船など存在しない。
始めて見る脅威に、ナルト達は意表を突かれ、見事に出し抜かれてしまった。
雪絵を捕まえた雪忍達は、速やかにこの場を離れ、そのまま連れ去ろうとする。
だが、そう簡単に行かす訳にはいかない。
ナルトが十字に印を結び、
「影分身の術」
いくつもの分身をジャンプ台代わりにして、ナルトは飛行船に跳び乗った。
なんとか雪絵を助け出し、あわよくばドトウを倒せればと、一人船内へと侵入するのであった。
船内ではドトウと雪絵の二人が、ついに対面を果たしていた。
興味がないと目を閉じる雪絵とは対称的に、ドトウの方は目的が果たされようとしているお陰か、したり顔で相手に話しかける。
「綺麗になったな小雪。六角水晶はちゃんと持っているのか?」
と、早速目的の物を催促する。
「……ええ」
「結構、あれこそが風花家を結ぶ唯一の絆だからな。そして、秘宝を開ける鍵となる」
「秘宝の鍵?」
「ワシがお前の父からこの国を譲り受けた時、この国には何の資産も残っていなかった。早雪はどこかに財産を隠したのに違いないとワシは睨んだ。そして、ついに見つけた。それは虹の氷壁にある。その六角水晶に合う鍵穴を見つけたのだ」
自慢気にひけからすドトウ。
そこに、少し息を切らしながら、
「そうそうお前の企み通りに進ませるかよ!」
雪絵を追いかけて、飛行船に飛び乗り潜入していたナルトが現れた。
だが、ここは腐っても敵の本拠地である。
すぐに敵に囲まれ、狭い船内での戦闘ということもあり、抵抗むなしくナルトはすぐに捕まってしまった。
扉の向こうからも、予め散りばめておいた分身達が、縄でぐるぐる巻きにされた状態で転がり込んで来る。
ナルトを拘束し終わった後、ナダレがドトウの横で片膝をつき、
「申し訳ありません。この小僧、意外に手こずらされました……」
「ほう……雪忍をたった一人でここまで……さすが再不斬の部下というわけか……だが、その小僧も捕まってしまった。さあ、小雪、六角水晶を渡して貰おうか」
小雪は抵抗しても無駄なのを理解し、ドトウに望みの物を渡す。
それは小雪がいつも首から胸元にかけていた六角水晶ペンダントであった。
ドトウはそのペンダントを手に取って確認し、邪悪な笑みで口を歪ませ高笑いをあげた。
「くはははは! ついに手に入れたぞ、風花の秘宝を! これさえあれば、我が国は忍五大国すら凌駕する軍事力を手に入れることができる! さあ、行こうか! 虹の氷壁へ!」
雪忍達の手に六角水晶が渡り、理由はわからないが、それがこちらにとって不味い事態であることを悟ったナルトは、予め仕掛けておいた術を発動させる。
「分身・大爆破の術!」
ドーン! と、轟音が一つ。
分身の一体に付けていた起爆札を起動させ、船の一部を破壊した。
それを見た雪忍の一人が慌てて、何やら丸い装置を取り出し、
「このガキ! 大人しくしやがれ!」
ナルトの腹部に押し込んだ。
装置を付けられ、抵抗しようとナルトがチャクラを練り上げた瞬間、
「ぐわぁあああぁあ!!」
その体に電撃が走り、あまりの痛みに倒れ込んでしまった。
その様子を見ていた小雪はドトウに問いただす。
「何なの、あれ!」
「チャクラの制御装置だ。装着された者のチャクラを吸い上げ、強固な壁を作り、さらにチャクラを練ろうとすれば体に電撃が浴びせられるようにできている。さらに、この装置は取り外すことも破壊することもできない。絶対にな」
ナルトが無力化したのを確認してから、ミゾレが状況の報告をする。
「ドトウ様」
「どうした?」
「それが、船の一部が破壊されたため長時間の飛行は無理かと……」
「なるほど……まあいい、六角水晶は今やワシの手にある。だが、途中で霧の忍者どもに邪魔をされても面倒だ。この二人を餌に我らの城で迎え撃つとしよう」
ドトウの城。
その最下層にある牢屋の中で、ナルトは両手を上に、両足を下に鎖で結ばれた状態で拘束されていた。
なんとか縄抜けの術で抜け出そうとするが、制御装置の妨害も相まって、チャクラを上手く練ることができない。
再不斬やハクとの修行でも、単純な戦闘に必要な訓練しかしてこなかったため、脱出するのに困難を極めていた。
「こんな事なら縄抜けの術の練習しとくんだったってばよ……でも、どんな状況でも切り抜けようとするのが本当の忍者だよな」
ナルトは重りの付いた足を何とか持ち上げ、靴底に仕込んであった忍者用のヤスリを口で引き抜き、行動に移ろうとしたところで……
人の足音が聞こえ始めた。
咄嗟に目を閉じ、気絶した振りをする。
ガチャガチャとナルトの正面にある牢屋に誰かが放り込まれた後、足音が去ったの見計らい、再び目を開けると……
「…………」
「…………」
そこには予想通り、雪絵が捕らわれていた。
「いい様ね」
「あんたこそな」
「そうね……」
いつものように言い合う二人。
短い沈黙の後。
ナルトはどうしても聞いておきたかった質問を口にした。
「春が、春がないってなんだよ?」
ナルトの問いに雪絵は少し間を空けてから、遠い記憶を探るような目で語り始めた。
「……父が言ってたの……諦めなければ、いつか春が来るって……でも、この国に春はない。父が死んで、この国から逃げ出して、私は信じることをやめた。逃げて、逃げて、ウソを吐いて、自分にさえウソを吐いて、自分を演じ続けて来て、こんな私には女優ぐらいしかなれるものがなかった……」
ナルトはその答えに口では返事をせず、先ほど取ったヤスリを口に咥えて、懸垂の要領で体を持ち上げ、両手の鎖を削ろうとする。
雪絵はそんなナルトを冷めた目で見ながら、
「そんなことしたって、何も変わらないわ」
ナルトはその言葉も無視して、さらに鎖を削り続ける。
少しずつだが、鉄の鎖に切り込みが入り、脱出の糸口が見えてきた。
と、思ったのだが……
現実はそんなに甘くはなかった。
鎖を切断するのはやはり難しく、咥えていたヤスリの刃は潰れ、ついには口から溢してしまい……
金属の破片は無情にも音を立てながら、ナルトの手の届かない床に転がっていった。
それを冷めた目で見ていた雪絵が、自嘲するような声音で、
「……ほらね……結局、諦めしかないのよ……」
「…………諦めちまったら……楽なんだろうな……きっと……」
木の葉にいた頃を思い出す。
周囲の蔑んだ目線。
隣に誰もいない悲しみ。
「誰にも相手にされなくて、別にいいやって思っても……なんかすげぇ辛くって……世の中にオレのいる場所なんかないんだって気がしてた……でも」
無理矢理、チャクラを練り上げる。
「ぐわぁあああぁあ……」
しかし、腹に付けられた制御装置がそれを許さない。
ナルトのチャクラに呼応して、電撃が迸る。
それでも……
「でも、だけど、仲間が出来て、諦めないで頑張ってきたら、いいことがあった!」
ハクに、再不斬に出会い。
業頭、冥頭も加わっての修行の日々。
最初は敵対しながらも、最後は一緒に戦ったカカシ達。
メイに額あてをもらって、念願だった忍者になって、再不斬、ハク、ナルト、長十郎の四人でチームになった日。
今のナルトには楽しい思い出が一杯あった。
「諦めたら、夢も、何もかも、そこで、終わりだァ!!」
さらに電撃が迸り、身体に悲鳴が上がる。
そんなナルトを見て、雪絵が立ち上がり、思わず叫んだ。
「やめて!!」
いつものような凍てついた声音ではなく、感情の込もった声で。
しかし、ナルトはその声を遮り、むしろ、さらに力を込めて言い放った。
「あんたのとうちゃんが! 三太夫のおっちゃんが! 間違ってねえことを、オレ達が証明して、やるってばよ!!」
「……ナルト」
無理矢理チャクラを練り、制御装置から電撃を浴びせられながらも拘束を外そうとするナルト。
そんなナルトを悲痛な顔で、しかし一瞬たりとも目を逸らさずに、雪絵は見守っていた。
そしてついに、その瞬間が訪れた。
電光が周囲を包み、甲高い音と同時に、ナルトを拘束していた鎖が砕け散った。
「いてててて……」
急に外れたため、地面に投げ出されたナルトは、両手を使って立ち上がり、
「へへへ、今助けてやっからよ」
牢屋から出ようと、扉に手を触れた……瞬間。
「ぐあっ!」
二重トラップを仕掛けていた雪忍達の罠にかかり、電撃を浴びてしまう。
その電撃をくらって、
「…………」
今度こそナルトは本当に気絶してしまった。
だけど、そのナルトを見ていた雪絵の表情は――今までのような無表情ではなくなっていた……