「坊主、お前の勇姿はしっかりと撮ってやる! 行ってこい!!」
「押忍!」
ナルトはマキノからの激励を背に、スノーモービルから飛び降りた。
ただ真っ直ぐ、ドトウに向かって走り出す。
その姿を見つけた雪絵が、
「ナルト!」
と、言った直後。
ドトウは自分に向かってきたナルトに対し、怒りを込めた表情で素早く印を結び、
「くっ……氷遁・黒龍暴風雪!!」
術を発動した。
ドトウの拳から一匹の黒龍が出現する。
それは膨大な黒いチャクラの唸りを迸り、
「ぐはぁっ!」
直撃したナルトを軽々と吹き飛ばした。
ドトウの攻撃をもろに受けナルトは、爆風とともにその身体を遥か上空へと舞い上げられた。
「あぁっ」
「ナルトォォ!」
マキノと雪絵が悲鳴をあげる。
術をまともに受けたナルトは、あまりの衝撃に受け身を取ることすら出来ず、体を上空から湖の氷上へと落下させ、激突し、倒れ伏した。
激痛に全身が呻き声を上げる。
が……
敗ける訳にはいかない。
ここで意識を失う訳にはいかない。
ナルトは軋む身体に力を込めて、
「どうした……全然……効いてねえぞ」
力のこもった目でドトウを睨みつける。
だが、その身体は雪の国に来てから、これまでの闘いで既にボロボロであり、いつ限界が来てもおかしくはなかった。
雪絵の悲痛な叫び声が響き渡る。
「ナルト! やめて! 今度は本当に死んでしまう!」
しかし、ナルトはゆっくりと立ち上がり、
「オレを信じて、そこで黙って見てろ……姉ちゃんはこの国のお姫様なんだ。姉ちゃんが信じてくれるなら、相手が誰だろうと、オレは絶対に……負けや…しねェ!!」
直後。
チャクラの制御装置にヒビが入った。
朱いチャクラが少しずつナルトの身体から漏れ出し始める。
制御装置を付けられた状態で、なおチャクラを捻り出す。
それは、ありえないことであった。
あってはならないことであった。
ドトウは驚愕に目を見開き、首筋に冷や汗を流して、
「バカな!? チャクラが漏れだしているとでもいうのか……う、ウゥゥゥォオオ!!」
得体の知れない相手に向かって走り出し、拳を振り上げ、
「死ねえぇえええ!!」
振り下ろした。
ナルトは咄嗟に腕を上げるが、
「ごはっ!」
到底防ぎ切れる力ではなかった。
勢いを押し殺すことすら出来ず、氷の地面を突き破り、身体は水柱とともに、水中へ叩きつけられ、ナルトの意識は水底へと沈んでいき……
その光景を見ていた雪絵とマキノは絶望に膝を折った……
くそ、くそ! チャクラさえ使えれば、あんな奴! このままじゃ、姉ちゃん達は……
『随分と苦戦しているようだな、ナルト』
九尾!?
『ククク、あの小雪とかいう小娘の言うとおり、そろそろ諦めたらどうだ?』
諦められる訳ねーだろ! っていうか、お前も力を貸してくれよ! とうちゃん以外の奴に封印なんかされるな!
『ワシは封印なんかされとらん! その気になればそんなガラクタすぐに壊せるわ』
だったら、また力を貸してくれよ。
『フン、以前にも言ったはずだ。ワシは人間が好かん。そう何度も尻尾を振ってたまるか』
お前のことは水影の姉ちゃんから聞いた……
『…………』
確かに人間を憎む気持ちはオレにだってわかる! けど、ここでオレ達が頑張れば、そんな奴らだって見返せるんじゃねーのか?
『そんな事をして何になる? 大体、人間がワシらを見る目を変えるとは到底思えないがな』
そりゃあ、そりゃあさ、最初はそうかも知んねーけど、どっちかが歩み寄らなければ、ずっとこのままだってばよ。お前はそれでいいのか…九尾。
『……そのガラクタだけは取り外してやる。あとは自分でなんとかしやがれ』
あははは。お前目付き悪いくせに、やっぱ結構いい奴だな!
『この目は産まれてからずっとこんな……チッ、さっさと行け! 溺れ死ぬぞ』
ああ!ありがとうな!
『ケッ』
ドトウはナルトの死亡を確認しようと、水の中を覗き見る。
しかし、そこにあるのは静寂に包まれた、どこまでも穏やかな湖面であった。
暫く眺めていたが、人が浮かび上がって来る様子はない。
ようやくくたばったか……
そう判断を下し、背を向け、その場を離れようとした……その時。
轟音。
地面が揺れる。
水面は波打ち、地響きを鳴らし、異常なまでの朱いチャクラが脈動を始める。
異変に気付いたドトウが、再び振り返った……瞬間、
「なっ、なに!?」
その目に信じられない光景が映った。
「「「今までの借り! 利子付けて返してやるぜ!!」」」
チャクラを封じられていたはずのナルトが多重影分身を使い、百を超える大群で現れたのだ。
常識外れな無数の影分身。
畏怖さえ感じさせる光景。
だが、チャクラを使えるようになったからといって敗けを認めるドトウではない。
すぐに印を結び、術を発動した。
「世迷い言を! 氷遁・双龍暴風雪!!」
暗黒のチャクラを纏った二匹の黒龍が出現し、周囲を巻き込みながら、とぐろを巻いた。
それは次第に竜巻へと姿を変え、ナルトの影分身を次々と飲み込んでいく。
圧倒的なまでの黒いチャクラの奔流。
このままでは分身達は全滅し、いずれ本体にも攻撃が当たってしまう……
と、ナルトが立ち往生していた時……
「水遁・水龍弾」「氷遁・破龍猛虎」
「「氷遁・氷虎水龍弾の術!!」」
水の龍と氷の虎がコンビネーション攻撃を仕掛け、二匹の黒龍と相殺する。
白龍と黒龍が空中で踊りくねり、最後に激しい激突を繰り返した後、大気へと還り、霧散した。
誰と誰の術かは言うまでもなく……
「ふん、クライマックスシーンってところか!」
「今度は遅れずに済んだようですね、ナルトくん!」
「ぼ、僕だって、まだまだやれます!」
再不斬、ハク、長十郎の三人がナルトの前に降り立った。
霧隠れ第一班が、虹の氷壁へ集結したのだ。
「再不斬、ハク、長十郎。みんな来てくれたのか!」
ピンチに駆けつけた再不斬達に、ナルトは満面の笑みを浮かべる。
もはや恐れるものは何もなかった。
そんなナルト達に、再不斬が雪の国で最後の指令を言い渡す。
「ハク、ナルト、長十郎。今からオレ様が時間を稼いでやる。その間にあの悪の親玉面した糞野郎をぶっ飛ばせる作戦を立てやがれ」
「「「了解!」」」
その返事を聞くや否や、再不斬は忍刀七人衆の象徴、首斬り包丁を手に、ドトウに突っ込んで行った。
ドトウも再不斬に合わせて構えを取り、
「再不斬」
「よぉ、久しぶりだな親分さん。暫くオレと遊んでもらうぜ」
「舐めるなあ!」
再不斬とドトウが一進一退の攻防を繰り広げる。
そんな中、ナルト達も自分にできることをやり始めた。
長十郎は自身の刀に、もう一度チャクラを溜め、いつでも動けるように、準備を整える。
それを見たハクが、ナルトにあることを提案した。
「ナルトくん、ここはやはり僕達の中で一番威力が高い忍術だと思われる螺旋丸を使いましょう」
「で、でもさ、実はオレってばまだあの術、使いこなせていなくて……」
波の国では、九尾がチャクラの放出をしてくれたお陰でなんとかできたが、ナルトは未だに一人では螺旋丸を作れずにいたのだ。
だが、そこはハクも折り込み済みで、
「はい、それはもちろんわかっています。ですからチャクラの留める係は僕が手伝います」
「ハクがか?」
「ええ、そうです。安心して下さい。伊達にナルトくんと一緒に修行をしてきた訳ではありません」
「そうか! ああ、じゃあ、よろしく頼むってばよ!」
作戦が決まった後、ナルトとハクは互いの両手を使い、乱回転するチャクラの球体を作りあげ、今一度、四代目火影の遺産忍術を完成させる。
ナルトの右手には完全な形となった螺旋丸が蒼い輝きを放っていた。
それを見た再不斬がドトウから距離を取り、
「おいしいところはテメーらにくれてやる! さっさと決めてこい!」
部下達の背中を押し出した。
そして……
最後に、確信に満ちた声で、雪絵が叫んだ。
「ナルトーー!! 私はあなたの言葉を信じるわ!! あなた達は風雲姫が認めた最強の忍者よ!!」
笑顔で、ナルト達を信じて送り出す。
それに長十郎、ハク、ナルトは隊列を組み、
「そんなことは」
「言われなくても」
「わかってるってばよ!」
足並みを合わせて、ドトウに突撃していく。
まずは一番槍の長十郎が、自慢の刀を抜刀し、
「チャクラ解放!!」
刀身が蒼い光を放つ。
そこから、一瞬だった。
ナルトでは到底真似できない速度で、長十郎がドトウの胸部を狙いすまし、一閃の剣戟を繰り出した。
だが……
ガギィン! と甲高い音を立て、その刃は途中で止まる。
ドトウの鎧はナダレ達の物より丈夫だった物らしく、体を貫通するまでには至らなかったのだ。
刀が動かなくなったところで、ドトウは拳を握り、
「ふん。その程度のなまくら刀で、この儂が殺られるか!」
「かはっ」
胴体に横薙ぎの一撃を受け、長十郎の体は軽々と吹き飛ばされた。
が、ドトウの鎧に付いた刀傷を一目見てから、長十郎は僅かに笑みを浮かべ、
「ナルトさん、今です!」
「おう」
後続を走っていたナルトが、螺旋丸を片手にドトウに突っ込んだ。
しかし、その動きは完全に読まれていて……
ドトウは印を結ぶと同時に、術を繰り出し、
「風遁・大突破!!」
「ぐわあぁああ」
突如巻き起こった突風に、ナルトの体は吹き飛ばされ、地面を転がりながら……
ボン!
と消えた。
「影分身だと!?」
影分身だったとは予想していなかったドトウが、本体のナルトはどこにいるのか? と、辺りを見回した……その時。
その注意が散漫になった僅かな隙間を、ハクは逃さず、
「氷遁・氷牢の術!!」
「なっ!? しまっ……た」
地面から出現した氷の柱が、ドトウの動きを一瞬止める。
チャクラの鎧を纏っているドトウには、一瞬しか効果がないが、その一瞬が欲しかったのだ。
「ナルトくん、 今です!」
「ああ、これで決めてやる」
右手に螺旋丸を掲げた、本体のナルトが返事を返した。
再不斬がドトウの相手をしている間に、ナルトとハクは螺旋丸を本体と分身の両方に作っていたのだ。
夜が明ける――
ナルトが駆け出した瞬間、雪の国に朝日が昇り始めた。
陽光が氷の柱だと思われていた六つの大きな鏡を照らし、輝かんばかりの希望の光が雪の国全土に、七色の虹となって降り注ぐ。
それは見る者全てを感動させる、幻想的な風景だった。
そして、その虹の氷壁が生み出す光は、今まさに駆け出していた、金髪の少年にも力を与える。
まるで、雪の国そのものが、ナルト達を祝福するように、螺旋丸に七色の光が集まり出したのだ。
「ナルトくんの手に……!」
「七色のチャクラ!? 映画と同じです」
ハク、長十郎、再不斬、マキノ、助監督……
そして雪絵が見守る中、ナルトがドトウに最後の一撃を――七色に輝く螺旋丸を叩き込んだ。
「くらえ! 螺旋丸!!」
「ぐわぁぁぁぁぁぁああ!!」
もし、再不斬が時間を稼いでいなければ、
長十郎が鎧に切り傷を与えていなければ、
ハクが敵の動きを止めていなければ、
周りの心からの応援がなければ、
どれか一つでも欠けていれば……勝っていたのはドトウ達の方だったかも知れない……
螺旋丸をまともに受けたドトウの体は、強烈な回転を描きながら上空へと吹き飛んでいった。
最後にその体は、虹の氷壁の大きな鏡に激突し、その表面の氷を砕いて、地面へと崩れ落ちた。