表面の氷が割れ、表に現れた一枚の大きな鏡を中心に、
――雪の国に魔法がかかる。
先ほどまで辺り一面、白銀の雪景色だった雪の国に、一瞬にして花が咲き誇り、暖かい風が吹き、蝶が舞い踊り、虹の橋が架かる。
だけど、実際に触れて見れば冷たさも感じられた。
そう、これは……
「こりゃー、まさか……立体映像ってやつか!?」
マキノがメガホンを振り回しながら、驚きの声を上げた。
だがそれも無理はない。
何故なら、雪の国、いや、忍五大国にすら本来存在しない技術。
それが今目の前にあるのだから……
そして。
雪絵の父、早雪が残したものはこれだけではなかった。
次の瞬間。
虹の氷壁にある六つの大きな鏡の中央に、二人の人物が映し出される。
さながら、映画のスクリーンのように……
みんなの視線がそこに集まる。
雪絵は、その信じられない光景を、ただ呆然と見上げていた。
そこに映し出された二人とは、幼き日の自分の姿と、かつての雪の国の君主、風花早雪の姿であった。
二人は過去に話し合った未来の夢を語りはじめる。
「未来を信じるんだ、そうすればきっと春が来る。小雪は春になったらどうしたい?」
雪絵の記憶にある、二度と聞けないはずだった早雪の声が、そのまま耳に届いた。
「小雪はね、お姫様になるの!」
小雪が元気一杯に言った。
「ん〜、どんなお姫様?」
早雪の質問に、小雪は考え込む仕草をしながらゆっくりと答える。
「ん〜とね、優しくて、強くて、そんでもって、正義の味方のお姫様!」
「はははは、そりゃあ大変だな……でも、諦めないで、その夢をずっと信じていれば、きっとなれるさ」
早雪は小雪に六角水晶のペンダントをかけながら、娘の肩に手を置いて、
「見えるだろう? ほら、ここにとっても綺麗なお姫様が立っている……」
そっと前を見るように促した……
二人の父娘がまっすぐに雪絵を見る。
その光景を見ていた雪絵の視界は、いつの間にやら温かい物で満たされていた。
「でもね、小雪悩んでるの。もう一つなりたいものがあって」
「ん? なんだい、それは?」
小雪は早雪に振り向き、笑顔で言い切った。
「女優さん!」
それを見ていた雪絵は口を大きく開けて、満面の笑みを浮かべながら……
目から涙を流していた――
「へへへ……これで、ハッピーエンドだぜ」
三日後。
新たな国の誕生記念日。
雪だるまの国旗が立てられ、花びらが舞い、数多くの人々に祝福を受けながら……
新たな雪の国の君主が誕生した。
風花小雪姫様である。
御輿が担ぎ上げられ、人々からは笑顔の花が咲き誇り、国全体が希望に満ち溢れていた。
そして今……
国中が賑わう中、姫様と雪の国を救った英雄達は、ひっそりと別れの挨拶をしていた。
「結局、あの装置はまだ未完成だったの……」
「じゃあ、また冬に逆戻りなのでしょうか?」
小雪の言葉に、ハクが残念そうに尋ねる。
その質問に、小雪は微笑みを浮かべて応えた。
「いいえ、あの装置を元にして開発を進めれば、雪の国はきっと春の国と呼ばれるようになるわ」
それは素晴らしいことであった。
ずっと雪に覆われていた国に春が訪れようとしていたのだから。
しかし、一つだけ無念極まりないことがあった。
長十郎が残念そうな声音で、
「ですが、少し勿体ないですよね。こんなにヒットしているのに、女優さんをやめる事になってしまい……」
長十郎の言葉に、小雪はまたも微笑みで返す。
いたずらっ子のような顔で『風雲姫完結編』と書かれた台本を見せて、
「誰がやめるなんて言ったの? 雪の国の君主も女優も両立させるわよ。ここで諦めるなんてバカみたいじゃない」
そう応えた小雪の表情は、自信と希望に満ち溢れていた。
そして、歓談の時間も終わりが近付き……
最後に小雪はナルトの方を見て、
「ナルト……あなたには色々と助けてもらったわね」
「気にしなくていいってばよ、姉ちゃん! オレも今回の任務やれて嬉しかったし、逆にお礼を言いたいぐらいだ」
「……ありがとう。最後にこれ、今までのお礼よ」
と言って、小雪はあるプレゼントをナルトに贈った。
「ん? なんだってばよ? これ?」
「じゃあ、またね!」
ナルトに虹が描かれた封筒を渡した後。
小雪はサインをせがむ子ども達に向かって、走り去って行った……
その光景を見たナルトは、小雪と最初に出会った時のことを思い出していた。
あの時とは違い、子ども達に笑顔でサインを贈る小雪に、ナルトも知らず知らず笑みをもらして……もらして……
重大な事実を思い出し、叫んだ。
「あぁぁあぁああ!? オレもサイン貰っておくんだったてばよぉ」
目一杯、悲しみに嘆く。
が……
そんなナルトを、再不斬達がニヤニヤしながら見ていることに気付き、
「な、なんだってばよ? みんな?」
「ククク、ナルト。先ほど姫さんに貰った封筒を開けて見ろ」
「ん?」
何の事かわからないが、取り敢えず封筒を開けて、中身を取りだす。
すると、そこに入っていたものは……
「あ! あ〜〜、ん〜、どうせなら、もっとかっこよく撮ったやつにして欲しかったってばよ」
そこに入っていたのは、一枚の写真だった。
ナルトが任務のあと、ベッドで寝込んでいる間に、小雪がその頬にキスをしている瞬間を撮った……
もちろん、サイン入りの――
水の国・霧隠れの里。
ナルト達は任務終了後、霧隠れへ帰還し、現在、水影室でその報告を行っているところであった。
今回の任務はCランクからAランクの任務へと、任務終了後にランクが変わるという異例のものとなった。
「皆さん、初の長期任務ご苦労様でした」
メイがナルト達の労をねぎらう。
それにナルト、ハク、長十郎は満足そうな顔を浮かべているが、再不斬だけは……
「オイこらァ、メイ! 今回の任務、明らかにCランクなんて生易しいもんじゃなかったぞ」
「ええ、まさかあの名女優が正真正銘、本物のお姫様だったとは……任務の報告を受けてから私もはじめて知りました」
「なに? そうなのか? オレはてっきり最初から仕組まれてたんじゃねーかと……」
「いいえ、私もというより、雪の国民以外は知らなかった事実かと」
「そ、そうか……」
「ですが、終わってみれば素晴らしい任務ではありませんでしたか? この子達も満足しているようですし」
と、水影はナルト、ハク、長十郎を見回す。
「ああ! 水影の姉ちゃんの言うとおり、すげぇいい任務だったってばよ!」
「はい。僕も凄く勉強になりました」
「ぼ、僕も、お姫様を守れてよかったです」
三人の反応にメイは微笑みを浮かべて、もう一度再不斬を見る。
「それに再不斬。これであなた達は雪の国と水の国だけでなく、各隠れ里にも名が轟く有名人になったのですよ?」
「はあ? 有名人? なんだそりゃ」
「もしかして聞いていなかったのですか? あなた達の今回の活躍はそのまま映画館に上映されることになったのですよ」
「「「映画!?」」」
「ええ、大ヒット公開している風雲姫の完結編として、この度同盟を結ぶことになった雪の国との合意のもと、火の国、風の国、雷の国、土の国にも今頃公開の準備が進められているでしょうね。ふふふ」
「「「「………………」」」」
ただでさえ有名であり、最近、霧隠れの里に戻った忍刀七人衆の再不斬。
その再不斬ですら、殆んど斬れなかった鎧に明確な傷を負わせた長十郎。
多彩な氷遁の血継限界を自在に使いこなすハク。
四代目火影と同じ忍術を使う金髪の少年ナルト。
彼らの名は忍ですらない者にも覚えられるほど有名となり、霧隠れ第一班は発足から僅か一月ほどで雪の国を救った英雄として、世に語られることとなっていった。