霧隠れ第一班はキバ達から巻物を奪った後、塔の方角へと足を進めていた。
まだ天地両方の巻物を揃えていなかったが、こういう試験では必ずゴール地点を最初から目指すチームがいる。
そんなチームから地の巻物を奪えれば、そのままゴールできるというハクの提案であった。
「!? ハクさん、ナルトさん……止まって下さい……」
キバ達と別れてから五分ほど走ったあたりで長十郎が二人に静止を呼びかける。
二人もすぐに状況を理解した。
すぐ近くに敵がいると。
「どうする? 闘うのか?」
ナルトの問いにハクが応える。
「少し様子を見ます。もし地の書を持っていそうであれば、奪い取りましょう……」
「よっしゃー!」
三人は木の陰へ身を隠し、敵に気づかれないだろうというギリギリの距離でターゲットの様子を観察することにした。
敵対しているのは砂隠れのチームと雨隠れのチームであった。
チャクラを練り込んだ砂をいつも瓢箪に入れて持ち歩いている我愛羅。
黒の服で身をまとった傀儡使いのカンクロウ。
大きな扇子を武器に使う風使いのテマリ。
砂隠れの忍達は三人ともこの中忍試験では屈指の実力者であり、チームワークを除けば下忍では最強の班であった。
だが、雨隠れの忍達はそのことに気づかず、バカ正直に正面からの戦闘に入ろうとしていた。
「砂のガキがオレ達に真っ向から挑んでくるなんてな……死ぬぜ」
「ご託はもういい、早くやろう。雨隠れのおじさん……」
雨隠れの挑発を意にも介さない我愛羅。
だが、同じチームのカンクロウは違った。
無駄な戦闘はしない方がいいと苦言する。
「おい我愛羅、後を尾けて情報を集めて狩るってのがスジじゃん。巻物の種類が同じなら争う必要はないし、余計な闘いは……「関係ないだろ」」
カンクロウの言葉を遮る我愛羅。
敵をまっすぐ見据えて、淡々と己の殺るべきことを述べる……
「目が合った奴は皆殺しだ」
「「「!?」」」
天地どちらの巻物かなど関係ない。
巻物を持っているかどうかも関係ない。
相手のことなど関係ない。
殺してしまえば全て解決する。
我愛羅はそう言ったのだ。
何の躊躇もなく、何の躊躇いもなく。
ただ殺すと……
しかし、そう思ったのは我愛羅だけではなく、雨隠れの忍も同じようで……
両者の殺気が膨れ上がる。
先にしかけたのは雨隠れの忍であった。
「ふん、じゃあ早く殺ってやるよ!」
と、言うと同時に雨隠れのリーダーが動いた。
背中に担いであった複数の傘を上へと放り投げる。
傘が上空で開き準備が整ったところで、すかさず印を結び術を発動する。
「死ね、ガキ! 忍法・如雨露千本!」
上空をふわふわと飛んでいた傘の一本一本から大量の仕込み千本が飛び出てくる。
その数、数百。
上下左右からチャクラで統制され、死角の見当たらない千本の雨が我愛羅に降り注ぐ。
ズドドドドっ!!
腕を組んだまま、避けることすらしなかった我愛羅を見て、雨隠れの忍は完全にしとめたと自分の勝利を確信していた。
だが……
「それだけか?」
我愛羅はまったくの無傷で、変わらず腕を組んだ状態でただそこに立っていた。
砂の盾で自分の体を守りながら……
見たこともない術に、自分の術を防がれた雨隠れの忍は驚きと困惑の表情を浮かべ、
「そ、そんな一本も……無傷だと……砂の壁で守ったのか?」
その質問にカンクロウが答える。
「そうだ、砂による絶対防御! 瓢箪の中の砂を操り、己の体の周囲を防御する。我愛羅にだけ許された術。しかもそれは全て我愛羅の意思とは関わりなく、なぜかオートで行われる……つまり我愛羅の前では全ての攻撃が無に帰す」
「そ、そんな……あの千本は厚さ五ミリの鉄板でさえ貫く力があるってのに」
「お前らじゃ、ウチの我愛羅は殺れないよ」
カンクロウの説明を聞いた雨隠れの忍達は我愛羅の強さを理解し、顔を歪ませる。
我愛羅の絶対防御。
それはほぼ全ての物理攻撃を完封し、しかもオートで行われるという理不尽極まりない能力であった。
そして我愛羅の強さは何も防御だけではなかった。
「千本の雨か……じゃあオレは……血の雨を降らせてやる……砂縛柩」
ずずずず……
砂がまるで意思があるかのように動き、雨隠れの忍の一人を捕らえる。
その体を砂ごと宙へ浮かす。
我愛羅は地面に落ちてきた傘を手に取り、それを開き、自分の体に影をさす。
これから降り注ぐ物に汚されないように……
「く、くっそ……」
なんとか砂から脱出しようと雨隠れの忍が試みるが、その行為は無駄に終わった……
かざしていた手を握り潰し、我愛羅が息の根を止めたからだ……
「砂瀑送葬!」
辺り一面に人間一人分の血の雨が降った。
「苦しみはない。与える必要もないほど圧倒した。使者の血涙は瀑瀑たる流砂に混じり、さらなる力を修羅に与ふ」
我愛羅の目に残り二人の敵が映る。
次はお前らだと……
「ひぃいっ!」
「巻物はお前にやる、だから……」
地の書を差し出し、命乞いをする雨隠れの忍に砂の手が迫る。
「「やめてくれーー!」」
「砂瀑送葬!」
圧殺。
追加で二人分の血が地面に降り注いだ。
雨隠れの忍三人を我愛羅は圧倒的な力で一人で殺した。
敵がいなくなった後、カンクロウは戦利品の巻物を手に取り、
「ちっ! 地の書じゃん……そう上手くはいかねぇか……取り敢えず戦闘をして目立ち過ぎたし移動しよう。ここにいたら、いつ敵に気づかれてもおかしくない」
「黙れ、愚図が」
カンクロウの提案をバッサリと断ち、我愛羅は少し離れた木の陰を見る。
ナルト達が隠れている木の陰を……
その視線に気づいた霧隠れ第一班は、互いに目線を合わせて頷き合い……
即決。
先手必勝とばかりに、挨拶がてら術を発動しながら我愛羅達へと飛び出した。
まずはナルトが十字に印を結び、お得意の術を発動する。
「影分身の術!」
ボン! ボン! ボン!
三人の分身ナルトが我愛羅、カンクロウ、テマリにそれぞれ襲いかかる。
気配を消していたナルト達による完全な奇襲。
他の班であれば、それだけでも楽に勝てたかも知れないが……
しかし、砂の三人は違った。
いきなりの奇襲に、我愛羅以外の二人も驚きはあるものの冷静に対処する。
我愛羅は相変わらず腕を組んだまま、ナルトの攻撃を砂の盾で防ぐ。
テマリとカンクロウもナルトの体術に同じく体術で完璧な対応をする。
下忍にしては破格の動きであった。
しかし、
それはナルトも計算づくで……
体術の応酬でカンクロウとテマリを上手く我愛羅から引き離したのを確認し、
予定通り、目眩ましを兼ねた術を発動する。
後ろに下がっていた本体のナルトが片手で印を結び、
「分身・大爆破の術!」
「「くっ!」」
予め分身につけておいた起爆札を爆発させた。
これで倒せたらラッキーだが、砂の忍の実力から見てまず無理だろう。
だが、分身が消えた時に出る煙が我愛羅達の視界を一瞬、遮る。
煙が晴れるまでの一瞬。
そこをハクと長十郎が突く……
「秘術・千殺水翔」
突如。
空中に現れた水が刃となり、起爆札を避けたばかりで体勢の整っていないテマリに向かって、容赦なく降り注ぐ。
テマリはいくつかの刃を扇子で叩き落とし、
「くっ! コイツら……」
うめきながらも、残りの攻撃をステップで後退するように避けた。
ハクの術を防いだ彼女だったが、その顔には焦りが見える。
いつもなら余裕を持って、それこそ遊び感覚で闘うテマリだが、この敵は明らかに強敵だと今の攻防で判断し、
「私達相手に闘いを挑むなんて、いい度胸じゃない!」
身の丈ほどの扇子を広げ、ハクと相対した。
一方、長十郎の方は初手で必殺の一撃を放っていた。
姿を現したと同時に、
――抜刀。
「チャクラ解放!」
彼の刀がチャクラを帯び、青い輝きを刃に宿し、
一閃の斬撃を放つ。
スパッ!
その軌跡は一瞬にしてカンクロウの首をはね飛ばした……
「自身の力=斬った数。だから切らなきゃ!」
コロコロ……
はねた首が地面に転がる。
頭をなくした体の方も、どさりと音を立て地面に倒れる。
長十郎はすぐさまカンクロウが所持している地の書を奪おうと、敵の死体に触れた時……
「不意討ちとはやってくれるじゃん!」
首のないカンクロウの体が、カタカタと音を立て動き出した。
否。
それはカンクロウではなく、よく似せた人形であった。
そのまま人形の手足が長十郎の体を捕らえ、
「このまま、締め殺してやるじゃんよ」
長十郎の体を徐々に締め上げる。
カンクロウは、自分自身と傀儡人形をこういう時のために入れかえていたのだ。
傀儡人形を扱う忍は近接戦闘に弱い。
それを補うための戦術だった。
捕まった長十郎が、
「くっ! コイツ、傀儡……」
「今頃気づいても遅いじゃん!」
傀儡人形が敵の体を絞め殺そうと動く。
だが、策を練っていたのはカンクロウだけではなかった。
捕まえていた長十郎の体がパシャっと音をたて……
水へと還る。
今度はカンクロウが驚きの表情で、
「なっ! 水分身!」
「今頃気づいても遅いですよ……」
直後。
隠れていた本体の長十郎が、忍刀で傀儡のチャクラ糸を切断しながら現れた。
その動きは明らかに傀儡師との戦い方を理解した戦法である。
傀儡師はチャクラの糸で人形を操り戦う忍。
ゆえに傀儡師本人や糸の方を狙われると苦戦を強いられる忍であった。
このままでは不味いと再びチャクラ糸を作り傀儡を操ろうとするが、そんな暇を敵が与えてくれる訳もなく……
そのまま流れるような動きで、
長十郎が駆け、
「はっ!」
カンクロウの腹を目掛けて、蹴りを放った。
我愛羅やテマリ達のいる方向とは逆の方向へ蹴り飛ばされるカンクロウ。
地面に手をつき、腹を押さえながら、
「ぐっ! このガキ……!」
「すみませんが、あなたのような強い方相手に、手加減はできません……ハクさんやナルトさんにも負担をかけさせたくありませんので、すぐに終わらせてもらいます」
「上等じゃんよ……」
第一班の作戦はナルトとハクが時間を稼いでいる間に、長十郎がカンクロウから巻物を奪い、即離脱するというシンプルなものであった。
シンプルがゆえに、上手くいけば狙い通りの成果を獲られる可能性が高い。
ここまでは完全にナルト達の作戦通りに事が運んでいた。
そして砂の忍の三人目、我愛羅の相手はナルトが受け持っていた。
我愛羅は腕を組み、
「これで終わりか?」
「コイツ、マジで何者だ?」
起爆札で倒せるとは思っていなかった。
しかし、先ほどの雨隠れの忍達の闘いから一歩足りとも動いていない我愛羅に、ナルトは冷や汗をかいた。
視線だけで人を殺せるのではないかと錯覚するほどの存在感。
それが砂の我愛羅という化け物。
忍が産んだ化け物。
それでも長十郎が巻物を奪うまでは、なんとしてもコイツを足止めしなければと、ナルトは自分を叱咤し、印を結ぶ。
「てめーらに恨みはねぇが、こっちにはどうしても負けられない理由があるんだ! 一気にケリ、つけてやる! 多重影分身の術!」
術の発動により煙が発生し、その中から。
我愛羅を囲むように50人ほどのナルトが出現する。
それをチラッと見た我愛羅が漸くナルトを敵と認めたのか、組んでいた手を下ろし、
「……少しは遊べそうか」
「余裕かましてるんじゃねーってばよ! 行くぞ、みんなー!」
「「「おりゃーあぁぁああ!」」」
分身ナルト達が突撃する。
50人もの足音が、
一斉に。
突貫。
砂の盾はそんなナルト達の攻撃を完全にオートでガードする。
無表情で、無感動に。
「とりゃー!」
「おらー!」
分身ナルト達が他の分身の足をつかみ、ブンブン振り回して我愛羅へと投げつける。
別のナルト達は四方八方から手裏剣を投げつける。
クナイを手に取り接近戦を挑むナルト達。
様々な戦術を試すナルトだが……
我愛羅に傷一つ与えられずにいた……
「くっそー! 全然攻撃があたんねー!……それに……」
(なんて目してやがる……まるで昔のオレみたいな……)
我愛羅の目は冷たく、孤独だった。
孤独。
憎しみ。
怒り。
殺意。
他者を拒絶する様々な感情が入り交じった瞳だった。
そんなナルトの心を読んだかのように、我愛羅が初めて、相対する者の目を見て話しかけてきた。
「お前……オレと同じだな……」
「!?」
同じか? ではなく、同じだと断言した我愛羅。
だがナルトはその言葉に頷くことはしなかった。
代わりに質問で返す。
「……何のことだってばよ」
「とぼけても無駄だ……お前の目には憎しみがある」
「……オレに憎しみなんかねぇー」
「……決めたぞ……お前はオレの獲物だ……さあ、感じさせてくれ!」
話しが噛み合わず、我愛羅の中で勝手に完結されてしまい再び戦闘が動き始める。
縦横無尽に動く砂。
しかも先ほどまでとは違い、我愛羅は手を動かし、自らの意思で砂を操りナルト達に攻撃を与えてきた。
こちらの攻撃は砂の盾に防がれ、分身達は着々と減らされていく。
一方的な闘い。
このままではじり貧だと考えたナルトは賭けに出る。
オートで攻撃がガードされる以上、砂より速く動けないナルトには、我愛羅にダメージを与える手段は一つしかない。
砂の盾を突き破るほどの強力な一撃。
あの術しかない――
「ハァアァアア!!」
ナルトは右手にチャクラを集中させ、もう片方の手でチャクラをコントロールし、螺旋丸を作ろうとする。
チャクラの塊が渦巻き、螺旋を描く。
なんとか丸い形状になったところで、残った分身達を陽動に我愛羅に突っ込む。
左右から突っ込んだ分身が砂のムチに叩かれボンッと音を立て消える。
正面から突っ込んだ分身達も同じく。
しかしチャンスは訪れた。
次々に突撃する分身達に注意が逸れた我愛羅。
50人もの分身と一人で闘い、初めて見せた隙。
その我愛羅の後ろへ、
一瞬。
ナルトが瞬身の術で移動し、術を叩き込む。
「くらいやがれー!」
「!」
我愛羅の砂がオートで防御を行うが今までの攻撃とは違い、その程度では防げない。
ナルトの術が砂の盾を霧散させ、ガードを突き破った。
勝利まであと一歩だった。
だが敵を目前に、チャクラの球はしゅーと音を立て消えてしまう。
まだ螺旋丸が未完成だったからだ。
ナルトは予想外の事態に慌てながらも、
「ここで消えるのかよ!……けど……!」
それでも砂の盾は越えた。
初めてできたチャンスを逃すわけにはいかない。
拳を握り、ナルトはさらに一歩踏み込み、
「つぅあらぁああ!」
「ぐぅっ!」
我愛羅を殴り飛ばした。
ナルトは地面を転がる我愛羅を見て、
「はあ、はあ……やっと一発かよ……」
息を切らせながらも笑みを浮かべる。
しかし、
我愛羅は何事もなかったかのように起き上がる。
ポロポロと殴られた頬から砂をこぼれ落としながら……
「砂?」
ナルトの攻撃はヒットしたかに思えたが、我愛羅は体そのものにも砂の鎧を纏い、二段構えの防御をひいていた。
……我愛羅は無傷であった。
そして、
「今度はオレの番だ……」
「なっ!?」
いつの間にかナルトの足元に砂が接近しており、足を捕まえられる。
ナルトは先ほどの雨隠れの忍達を思い出す。
ヤバいと思ったが、砂の拘束力は予想より強く抜け出せない。
我愛羅が無表情のまま手を握りしめようとした時……
『……ケッ!』
ナルトから一瞬朱いチャクラが噴出し、足を拘束していた砂を吹き飛ばした。
「「!?」」
なにがあったのか?
二人とも一瞬動きを止めたが、拘束が解かれたチャンスにナルトが我愛羅から距離をとる。
それを我愛羅は追撃する。
「砂時雨!」
無数の砂が弾丸となり、直線的にナルトを襲う。
「くっ……」
回避しようとしたナルトだが、先ほど砂に捕まった時、少し足を痛めたらしく普段よりスピードが落ちてしまい、怪我した足に何発か攻撃を受けてしまった。
「いってぇー」
それでもなんとか距離をとり、どうするかと考えていた時……
テマリの相手をしていたはずのハクが援護射撃に入る。
突如。
渦巻く水流が発生し、
「水遁・破奔流」
鉄砲水が砂の盾を濡らし、少しだが我愛羅の体を押し出し、ナルトとの間が広がる。
しかし、
「……邪魔をするな……」
緊張は途切れない。
この程度で獲物を逃がす我愛羅ではない。
印を結び、さらに追撃しようとする……が、
そこへ、ナルトとハクの後ろから一つの影が迫ってきた。
それは目的を遂げ、地の書を手に入れた長十郎であった。
作戦通り、ナルトとハクに撤退を促し、
「ナルトさん、ハクさん、行きます!」
二人が目を閉じたのを見計らい、長十郎が閃光玉を投げた。
発光。
ピカーっと強烈な光が一面に広がり、
「「くっ!」」
我愛羅とテマリがその光に思わず目をつむる。
いくら砂の防御とはいえ、光までは防ぎようがない。
辺りに、静けさが戻る。
静寂の中。
砂の二人が再び目を開けた時には、すでにナルト達の姿はどこにもいなかった……