川を渡るそよ風が、滴る髪を揺らす。
夕日が差しかかり始めた頃。
木に囲まれた小川の上。心地よいせせらぎの音だけが耳に届き、まるで人気を感じられない大自然の中。二人の男が相対していた。
「……くっそー」
川の中に身を沈め、そこから這い上がるように声を絞り出したのは、金髪碧眼の少年だった。水を滴らせながらも立ち上がった少年の名はうずまきナルト。
ナルトは激闘の疲れで今にも倒れそうな体にチャクラを巡らし、何とか水面上に立ち上がる。
「まだ、時間は残ってるってばよ……」
その声を内側から聞いていたナルトの相棒にして、友の九喇嘛が言葉を続ける。
『ナルト! 根性見せやがれ! てめーはこの程度で挫けるようなタマじゃねーだろ!』
『へへ……わかってんじゃねーか、九喇嘛』
友の激励にナルトは笑って応える。このツーマンセルは最後の最後まで希望を捨てない。
空元気でもあったのだろうが、その顔にはまだ笑みが消えていなかった。
二人は眼前の敵を見据える。
「諦めるがいい…観念するがいい。うずまきナルト」
その上から目線で、ナルト達に勝ち誇った声を発した主の名は伝説の三忍。自来也。
多彩な忍術を扱い、一時間もの激闘を繰り広げた後だというのに、その着物に身を纏った身体には汚れ一つついていなかった。
「自来也…先生……」
「諦めろ…お前ではワシから鈴は取れんのォ」
前方から、繰り返すようにナルト達の敗北を宣言する声が――少年の耳に響き渡る。
だが、ナルトの碧眼には一部の翳りもなかった。そのまっすぐな瞳で自来也を見返す。
「オレは諦めねェ!」
ナルトが決意の言葉と同時に印を結び、ボロボロに傷ついた身体からチャクラを捻り出そうとする。
「この命ある限り、その全てを力に変え、必ず道を切り開いてみせる!」
次の瞬間。ナルトの全身からオレンジ色のチャクラが溢れ出した。
本来、チャクラとはただのエネルギーの塊だ。
しかし、ナルトの発するチャクラの奔流は、川の水を弾き、空気を震撼させ、ありえないことに――その形を具現化までさせていた。
『行け! ナルトォ!』
九喇嘛が文字通り、ナルトの腹の底から激励を飛ばす。それにナルトは一言、『ああ』と応え、風を切り、その身を駆け出した。
前方へ、一般人では見ることすら困難な速度で走り出しながら、ナルトは手を前に突き出し、十字の印を結ぶ。それは彼のもっとも得意な忍術であった。
「影分身の術!」
ボン! チャクラのうねりとともに、二人の分身ナルトが左右の後方に突如現れた。
本体のナルトはそのまま両手の掌を後ろに突き出す。分身ナルトもそれに応えるように、掌を重ね合わせ、ナルトの手にチャクラを注ぎ込んでゆく。
ギュイ――ン! と、回転音が響き渡る。
次第にそのチャクラの流れが乱回転を始め、急速に形を成していく。それはさながら小さな台風であり、ナルトの両手にはいつの間にか二つの球体が載せられていた。
「笑止!」
だが、自来也は迫り来るナルトを鼻で笑い、掌を掲げ、そこにチャクラを集約させていく。次第にチャクラが圧縮され、その右手にはナルトとまったく同じ球体が出来上がっていた。
その光景にナルトは一瞬、目を見開く。
しかし、それでも足を止めることはしない。水を蹴り、雄叫びを上げながら、自来也に突っ込む。
自身の奥義とともに、左手を突き出した。
「くらえー! 螺旋丸!!」
「何のォー! 螺旋丸!!」
同じ技。まったく同じ忍術がぶつかり合う。その衝突は、短い時間とはいえ、川の水を吹き飛ばすほどであった。
「「ハァアァアアア!!」」
お互い一歩も譲らない。両者ともに引けば負けるとわかっていたからだ。五分五分の接戦。
しかし、ナルトの片手にはもう一つの螺旋丸が託されていた。これをぶつければ勝てる。ナルトは踏み出せないはずの一歩を無理矢理進ませた。
「決めてやる! 螺旋連丸!!」
二つ目の螺旋丸を放つ。自来也の片手は塞がっており、印も結べない。ナルトは頬を緩ませ、自身の勝利を確信した。
だが、相手は忍の世界で伝説とうたわれる自来也。この程度の動き予想済みであった。
「甘いのォ、ナルト! 螺旋連丸!!」
「なっ! 自来也先生、左手も片手で作れるのか!?」
驚きで顔を歪ませるナルト。しかし、こうなってはもう後には引けない。
「「ハァアァアアアアア!!」」
四つの螺旋丸が激突する。ナルトと自来也は互いの意地を懸け、最後まで一歩も引かなかった……
そして、遂に闘いは終わりを迎える。
螺旋丸の衝突は轟音を立て、消える瞬間に暴風を周囲へと撒き散らした。耳を劈く突風が二人の体を弾き飛ばす。
両者の体は後方へ吹き飛び、水柱を上げながら、川の底へと沈んでいった――
この光景を。
真剣な表情で、
真剣な顔で、
真剣に迫真の演技で、
高等忍術をぶつけ合う二人の姿を、
遠くから見ていた再不斬は一言。
「何やってんだ、あのバカ……」
時は少し遡り。
ナルトが今までの出来事を自来也に話し終えた後。
(まさかここまで大きな話を聞かされるとはのォ……
ナルトの里抜け話を気軽に聞いたんだが、まさか12年前の事件が、人為的に引き起こされたものだったとは……
怪しいとは睨んどったんだが……ミナトがナルトに九尾を封印したのも、来るべき戦いのためか。
これはワシも色々と覚悟を決めんとのォ……)
そんな風に思考の海に沈んでいた自来也に、ナルトが言う。
「自来也先生、オレにも父ちゃんみたいに修行つけてくれよ! さっきのカエルとか、オレも口寄せしたいってばよ!」
「ん? お前、口寄せはまだ覚えとらんのか?」
「うーん、物を喚ぶ奴は少しだけ練習したけど、あんな風に、どーんって出る奴はまだだってばよ」
「ほう、そうかそうか」
ナルトの答えに自来也は頬を緩ませる。
その会話を聞いていた九喇嘛は、ナルトが自分以外の者から手助けをしてもらうのが気にいらず、少し拗ねていた。
だが、八卦封印のこともあり、後々のことを考えて口を挟まないことにした。
ナルトは続けて、
「本当は飛雷神の術を練習しようと思ってたんだけど、口寄せも覚えたいんだ。オレってば!」
「ほぉー、飛雷神は修行中だったわけか……ふむ、いいだろう」
「え!? 教えてくれるのか?」
自来也の返答に顔を輝かせるナルト。
だが、自来也はそこに手をかざし、
「待て、待て。口寄せをお前に教えるのはワシも吝かではない……しかし、タダでは教えられんのォ……」
「じゃあ、どうすれば教えてくれるんだ?」
「それはのォ……」
懐から自来也は一つの鈴取り出し、
「これだ!」
「鈴?」
「そうだ。今からワシと鈴取り演習をしてもらう。もし、ワシから鈴を奪い取れれば、口寄せでも何でも教えてやる」
「ほ、本当!」
「ああ、ワシはウソは吐かん」
「そんなの楽勝だってばよ!」
「ふふ……それは頼もしいのォ……時刻は夕日が落ちるまで。今から約一時間ってところかのォ」
「よっしゃー! やってやるってばよ!」
そして、時は現在に戻る。
川で濡らした髪を振り回しながら、
「くっそー! 全然鈴取れねーってばよ……」
「確かに中々やるが、その程度では一生かかってもワシから鈴は取れんぞ、ナルト」
悔しがるナルトに、自来也は余裕綽々の態度を見せる。
時は刻一刻と進み、残された時間も残り少ない。
どうすれば鈴を取れるか……とナルトが思考していた時。
ふと一つの考えが頭に浮かんだ。
元イタズラ小僧の発想。
ナルトはニヤニヤと笑みを浮かべ、
「多重影分身の術!」
20人の分身ナルトが自来也を囲む。
「ここに来ても、なおこれだけのチャクラを捻り出すのか……もう少し闘い方を覚えれば化けるのに……もったいないのォ」
「「「変化」」」
自来也の言葉を聞き流し、分身ナルト達が変化の印を結ぶ。
なぜ変化? と、首を捻る自来也の周囲に現れたのは……
「「「自来也先生〜」」」
金髪の美少女に変化したナルト達だった。
「オォ――! 何だこの素晴らしい術!! ここは天国かのォ!! 大ガマ仙人よ! ワシの取るべき選択はハーレムだったのか!!」
自来也は鼻血を流し、手をわきわきさせ、隙だらけになる。
もの凄く隙だらけになる。
あまりの効果覿面にナルトは心の中で、コイツ…アホだ…と微妙な気分に包まれながら、
「先生……私、その腰につけている鈴が欲しいなぁ……」
「うん、うん、あげちゃう、あげちゃう!」
チリーン♪
あっさり取れてしまった。
ボン! ボン! ボン!
ナルトは分身達を消し、右手に鈴をチリーンと鳴らして、何とも言えない表情で言った。
「え……と、取れました……」
自来也は鼻をティッシュで詰めながら、両手の親指をグッと突き出し、
「お前、天才だのォ!!」
絶賛、ナルトを褒めちぎる。
そんな自来也にナルトは苦笑いを浮かべて、
「あははは……えーと、一応鈴取れたし、これで口寄せ教えてくれるのか?」
「まぁ、約束だからのォ……だが、その前に」
と、自来也は木の陰に顔を向け、
「早く出てこい。ずっと見ていたのはわかっておる」
「ふん……さすがは三忍の一人。自来也ってところか……」
様子を観察していた再不斬が姿を現した。
それを見て、ナルトは驚きの声を上げる。
「再不斬! 何でここに?」
「お前、自分がなぜ外に出かけたのか忘れたのか?」
「あ……」
「買い出しほっぽり出した上に、こんなところで水遊びとは、いいご身分だなァ」
「わ、わりー……酒買うの忘れてた……」
完全に忘れていたため、素直に謝るナルト。
そこへ、自来也が再不斬に問いかける。
「ほおー、宴会でもするのか?」
「……今日、コイツの本選出場が決まったからな」
「やるのー、ナルト。まぁ、この実力なら当然の結果か……ふむ……再不斬よ」
「あ? 何だ?」
「その宴会、ワシも参加してもいいかのォ?」
「はあ?」
驚きの声を上げる再不斬に、自来也はくいっと酒を煽る仕草で、
「なに、ナルトの件もあるし、色々聞いておきたいこともあるからのォ。酒の席でなら話し易いと思ったんだが?」
「……いいだろう。ただし、酒の代金は全てそちら持ちだ」
「……意外と顔に似合わず、ちゃっかりしとるのォ……」
こうして、自来也を霧隠れ第一班の宿に招き入れることになった。