四代目火影は死んだ。
彼のことを人々は、
最速の忍。
黄色い閃光。
……と呼ぶ。
敵国の忍達は、
アレに勝る忍はいない。
コイツを見たら、迷わず逃げろ。
……と呼んでいた。
かつて、この世の救世主になるやも知れぬと、あの自来也をして言わしめた忍。
四代目火影、波風ミナト。
だが、その四代目火影は死んだ。
なら、
――今、目の前にいる忍は何者だ。
この試合を見た者、皆が皆…………
「次の試合、例の子よ……」
「嫌だわ……何で木の葉の里に帰ってくるのよ」
「狐のガキか……この試合は砂の忍の勝ちだな」
「運だけで勝ち残った奴は所詮ここまでだ」
ちらほらとナルトを侮蔑する声が聞こえる。
当の本人はまだ到着していないのだが……
が、待っていられる時間は限られている。
ゲンマがもう一人の対戦者の名を呼んだ。
「我愛羅、降りて来い!」
「…………」
腕を組み、無言を貫いたまま我愛羅が歩きはじめた時。
カンクロウがその背中に、少し不安そうな声音で声をかけた。
「おい、我愛羅。いよいよじゃん……けど、アイツが来なければ作戦が……」
そこで我愛羅が前を向いたまま、口を開く。
「来る」
「え?」
「アイツは必ず来る……」
「…………」
無言になるカンクロウを背に、今度こそ立ち止まることなく我愛羅は歩きはじめた。
そして、
その会話を近くで聞いていた長十郎が、ハクに小声で言う。
「は、ハクさん。このままナルトさんが来なければ、水影様に与えられた任務が……」
水影に与えられた任務。
それは中忍試験でナルトを目立たせ、彼が霧の忍であることを各国に知らしめること。
九喇嘛の人柱力であるナルトが、霧の忍であるとを公然の事実にすること。
木の葉と霧の無駄な争いを避けることであった。
だが、肝心のナルトが来なくては……
しかし、不安そうな顔をする長十郎とは対照的に、落ち着いた声音でハクが言った。
「大丈夫だと思います」
「え?」
「先ほど再不斬さんの方に聞きに行ったのですが、連絡蛙から連絡があったようで、間もなく到着すると……」
「ほっ……そ、それはよかったです!」
安堵の色を見せる長十郎。
だが、再び声を小さくして、
「ですが、ハクさん……どうやら砂の忍が……」
「……ええ、何か起こすようですね」
「もしもの時は……」
「わかっています。僕達もいつでも動けるようにしておかなければ……」
暗雲立ち込める試験会場。
我愛羅がステージに降り立つ。
それを見たゲンマが、
「これから五分だけ待つ。それまでにナルトが来なかった場合は……」
「そんな説明は必要ない」
ばっさりと試験官のセリフを両断する我愛羅。
ゲンマはげんなりした顔で、咥え千本をカチッと鳴らし、
「いや、必要ねーってことは……」
「アイツは来る……いや」
途中で我愛羅が言葉を止め、上を見た。
「ん?」
それに釣られてゲンマも空を見上げる。
すると、一匹の蛙が太陽を背に、ステージへと跳んで来て……
ゲンマは見覚えのある蛙に目を見開き、
事態の把握をする間もなく……
そのばあちゃん蛙が、
シマがかけ声とともに印を結び、
「いくでぇー、小僧! 口寄せの術!!」
ド――ン!!
会場に白い大きな煙が立ち込める。
何事か!? と皆が警戒する中、徐々に煙が晴れはじめ……
暫くして、少しずつ見えてきたものに次々と場が騒然となる。
まず、人々の目に映ったのは伝説の三忍、自来也と今は亡き四代目火影の象徴とも言える口寄せ動物。
特徴的な赤い表皮、50m程もある体躯、口に煙管を咥えて現れた大ガマ。
ガマブン太。
さらに、
その頭の上には、口寄せの術を使用した二大仙ガマの一人。
シマ。
そして、最後にもう一人。
四代目火影の羽織をはためかせ、彼と同じ金髪碧眼に、霧の額あてをつけた忍。
うずまきナルト。
三人のこれでもかと言うほど、ド派手な登場シーンであった。
この光景にネジとヒナタは笑みを浮かべて、
「……ふ、来たな」
「……ナ、ナルトくん」
遅刻でナルトが失格にならなかったことに、ほっと安堵する。
そして、その側にいたカカシが事態の把握をしようと再不斬に質問を投げつけた。
「……再不斬」
「……なんだ?」
「なぜ、ナルトが自来也様のガマ達と一緒に……」
「クククク、まぁ教えてやるか。隠すことでもねーしな……この一月間、ナルトがその自来也と修行を積んでたってだけの話だからよ」
「なに!?」
半眼を見開くカカシ。
それに再不斬は口角を上げて、笑いを押し殺しながら、
「一月だけナルトの面倒を任せていた……木の葉の忍に目をつけられないようにしながら、という条件付きだがな」
「……なるほどね」
「クク、コイツはオレも予想できないほどに、成長してるかもなぁ」
口布の上からでもわかるほど、顔を緩ませながら再不斬は周囲を観察して、
(こりゃあ、既にメイの任務は達成されたな)
冷静に会場の雰囲気を感じ取っていた……
会場の人々が色々な意味で口を閉ざし、静まり返る。
先ほどまでナルトを侮辱していた者すら。
なぜなら……
「……ミナト」
そう呟いたのは、三代目火影であった。
ガマブン太に乗り、羽織を羽織るその姿に、殆んどの者が四代目火影、ミナトのことを思い出せずにはいられなかった……
と――
戸惑いの雰囲気が流れる中。
周りのことなど知ったことではないと言わんばかりの態度で、シマが袖を捲り、
「小僧、アイツがお前の対戦相手じゃな?」
いつもの無感情を装いながらも、ナルト達の登場に体を奮わせ、悦びをあらわす我愛羅。
そんな相手を見下ろしながら、ナルトは頷く。
「ああ、あの目の隈瓢箪野郎が、オレの相手だってばよ」
「ふん、嫌な目をしちょる奴じゃわい……」
言い終わると同時に、シマがチャクラを練り、
「さっさと決めるで! 小僧は風遁、ブン太は油じゃ!」
などなど、いきなりトドメを刺そうとする。
そこに今までただ見上げていただけのゲンマが、慌てた様子で静止を呼びかけてきた。
「ちょ! ちょっとお待ち下さい!」
シマが心底嫌そうな顔でゲンマを見る。
「なんじゃ?」
「いえ、あの……一応中忍試験ですのでルールには従ってもらわないと……」
「ルールじゃて?」
「ええ……その、一応口寄せ動物の使用は試合が始まってからで、それより先に口寄せされたものは参加不可の決まりが……」
言いにくそうに話すゲンマに、今度はガマブン太が声を荒げた。
「なんじゃてェ〜!」
滅茶苦茶ドスを利かせた声で……
50メートルvs1.81メートル。
イジメどころの騒ぎではない。
ゲンマは更に頭を低くし、
「いや、あの…その、決まりでして……」
「ほんじゃあ、お前さんは。このガマブン太様がわざわざ出て来おったのを帰れと……そう、言いよるんじゃな……のォ?」
「…………」
さらにドスを利かせるガマブン太。
対戦相手の我愛羅より、先に試験官を踏み潰さん勢いで……
射すくめられたゲンマは言葉を無くし……
そこで、その惨状を見かねたシマが、
「落ちつきんさい、ブン太」
「せやかて姐さん……」
「ここは小僧に任せて、あたしらは帰るで」
「チィ……!」
シマの一声に、渋々ながら従い……
ガマブン太は最後にナルトをギロリと見て、
「ナルト……ワシは先に帰るけんのォ! 何かあったら呼べや!」
「オッス! ガマオヤビン!」
返事を聞くや否や
ボン!!
大きな音を立て、シマとガマブン太が妙木山へと帰っていった。
大きな巨体が消え、ナルトの体が宙から地面へと落下する。
スタッと、地に足が着かせ、闘いの場にナルトが降り立った。
一陣の風が吹き荒れ、四代目の羽織をはためかせながら、中央へ。
我愛羅と向き合い、相対するナルト。
それにゲンマは、今さらながらのことを確認した。
「さて、確認するまでもないが……名は?」
「うずまき…ナルトだ!」
会場が闘いの始まりを感じ取り、唾を飲み込む。
ゲンマは心の中で、
(ったく、今年の下忍はどうなっていやがる……寿命が縮んだぞ。それにコイツ、金髪にうずまきって……)
ナルトが四代目火影の息子であることは、今まで極秘とされてきた。
だが、ゲンマをはじめ、数多くの者がその秘密に気づき始めていた。
何故、霧の忍がその羽織を持っているんだ! という文句すら言えないほどに……
一度気づけば目を逸らせなくなる。
様々な感情がうずまくだろう……
しかし、今は試験中だと気を引き締め直し……
ゲンマが対戦者の二人を見て、告げる。
「第三回戦。始め!」
闘いの火蓋が切って落とされた。
それと同時に。
ナルトはホルスターからクナイを抜き、そのマーキング付きの術式クナイを我愛羅目掛けて放つ。
そして、すぐさまチャクラを練り上げ、印を結び、術を発動した。
「手裏剣影分身の術!!」
一、二、三……
瞬く間もなく、クナイが数を増やしていく。
最終的には、数十本に増殖したクナイが我愛羅を串刺しにしようと刺し迫っていた。
ナルトは飛雷神のマーキングが付いたクナイを、今はまだ一本しか持っていなかった。
これでは例え飛雷神を扱えたとしても、ここに飛ぶと敵に教えているようなものである。
一つではダメ。
だったら、クナイを増やせばいい。
これが、ナルトの考え出した戦術。
自来也とフカサクとの修行で得た、ナルトの一つ目の成果であった。
と――
無数のクナイが視界を埋め尽くし、敵を貫かんと降り注ぐ。
だが我愛羅は、この状況で指一本動かす素振りすら見せない。
動けなかったのではなく、動く必要がなかったから。
「…………」
瓢箪から砂が噴き出し、幾つもの渇いた低音が武具の進行を止める。
ドスドスと砂に大量のクナイが突き刺さる。
クナイの洗礼に我愛羅は眉一つ動かさず、オートで防御を行う砂の盾が、その全てを防ぎ切っていた。
砂の盾による絶対防御。
我愛羅は無傷であった。
だというのに、ナルトは笑みを浮かべる。
作戦通りだったから。
自分の術中に気づいていない相手に、笑みを浮かべる。
辺り一面に広がる術式クナイ。
これで準備は整った。
そして……
次の瞬間。
印を結ぶことすらせず、
何の予備動作も見せず、
ナルトの体が我愛羅の前から……
――消えた。
「!?」
敵の姿を目で追おうとする我愛羅。
しかし、それは無理な話であった。
ナルトの体は消えたように見えたのではなく、本当に一瞬で瞬間移動したのだから……
「何だ? コイツの動き……まるで見えない」
自身の周囲を見渡す我愛羅。
確かにナルトは我愛羅の近くにいる。
いる……が、見ることは不可能。
姿を捉えるなど不可能。
攻撃をあてるなど、なお不可能。
なぜなら……
「……あれは……」
呆然とした顔で呟くカカシ。
今のナルトの動き、この術を今、木の葉の里で一番よく知るのはカカシであった。
四代目火影の弟子の一人である、カカシ。
しかし、
それは信じられない出来事で、そこでカカシはガイに問いかける。
「ガイ。今のナルトの動き……見えたか?」
マイト・ガイ。
全身緑タイツに、おかっぱ、激眉。
努力・根性・熱血の三拍子が揃った、一見ふざけた容姿の忍。
(本人はふざけてなどいない)
だが、その実力は 木の葉最強の上忍・はたけカカシをしても、ライバルと認めざるを得ないもの。
特に、体術においては、おそらく忍界最強であると……
しかし、ガイはこう答える。
「見えなかった……」
木の葉でガイより速く動ける忍は存在しない。
その彼が厳かな声音で、
「点としてなら見れる……動きが見切れない…とまではまだ言わない。だが……」
そこでカカシが、
「動いている瞬間は見えなかった…か?」
「ああ、まったく見えなかった……目で追えるスピードではない」
ガイは断言した。
冷や汗を流しながら……
いや、一番驚いているのは他ならぬカカシだ。
今、ナルトが使っている術は間違いなく、
「ミナト先生……」
カカシの師が使っていた「飛雷神の術」なのだから……
会場にいる何百、何千という人々が試合に釘付けになる。
そんな中、ナルトが速攻をかける。
「おらぁあ!」
「ぐ……」
右手を振り上げ、我愛羅の頬を殴り飛ばした。
察知すらできずに打撃を受け、我愛羅が地面に背を打ちつける。
それを見て、
「へっ、以前は一発殴るのに殆んど全力出しちまってたが、今は簡単に殴り飛ばせるってばよ!」
拳を握り、己の成長を実感するナルト。
「…………」
我愛羅は殴られた箇所からポロポロと砂をこぼし、立ち上がる。
死の森で闘った時と同じような光景。
以前と殆んど同じ光景であった。
ナルトが急激な成長を遂げたところを除けばの話だが。
「わりーが、お前だけに時間を使う訳にもいかねーからな…オレの新術で一気に終わらせてやる」
十字に印を結び、
「多重影分身の術!!」
チャクラのうねりとともに、八人の分身ナルトが現れた。
本体のナルトが分身ナルトに指示を出す。
「みんな、あれをやるってばよ!」
「「「おう!」」」
分身ナルトの一人が、本体のナルトの右手にチャクラを圧縮していく。
チャクラの回転→威力→留めるを極めた四代目火影が残した難易度Aランクの超高等忍術。
螺旋丸がナルトの手に託される。
その直後。
九人のナルトが一斉に術式クナイを手に取り、
「「「行くぞォオ!!」」」
チャクラを足に集め、加速し、駆け出した。
螺旋丸の威力は我愛羅も予選で見ており、
「チッ!」
舌打ちしながら、瓢箪から大量の砂を取り出し、自身の体に纏わせ、さらにその周囲にも砂の輪を作り、360°の警戒態勢を敷く。
が、
そんな警戒では、今のナルトは止められない。
我愛羅を円で囲むようにナルト達が分散し……
一瞬。
瞬く間もなく、九つの光芒が閃く。
本当に一瞬で、九人のナルトが再び姿を――消した。
ある者は予めばら撒いておいた術式クナイへ。
ある者は別の分身が持っている術式クナイへ。
ある者は瞬間移動を行いながら、術式クナイを投げ、マーキング場所を移動させ。
まるで魔法陣を描くかのように――黄色い閃光が舞い踊る。
その光景に会場全体が混乱の色を見せた。
喧騒とした雰囲気の中、試験官のゲンマはカランと、咥え千本を地面に落とし、
「……なんだ…これ。これじゃあ、本当に」
狼狽した表情の上に、期待やら、驚愕やら、様々な感情を隠しきれていなかった。
彼がそう思うのは当然である。
不知火ゲンマは木の葉隠れの特別上忍で、元々は四代目火影、ミナトを守る護衛小隊の忍だった。
その役職の影響もあり、ゲンマは四代目火影から飛雷神の術を学んでいた。
だが、ゲンマにできるのは精々三人一組で、誰か一人を飛ばすのがやっとである。
だというのに。
今目の前にいるナルトはたった一人で、しかも何十回と連続で飛雷神を行っているのだ。
会場全体が狐につままれた気分となっていた……
そんな空気を切り裂くかの如く、自身のスピードに欠片もついて来れていない我愛羅に向かって、分身ナルトが術式クナイを投げ込んだ。
その一閃が一筋の光条を描き。
本体のナルトが光の矢と成りて。
閃光――
神速の速さで我愛羅の懐に飛び込み、
「くらいやがれ!!」
螺旋丸を片手に、
「飛雷神・螺旋乱舞閃光陣の段・玖式!!」
新術を叩き込んだ。
「ぐぉおぉおぉおお!」
体を強烈に回転させ、我愛羅が吹き飛ぶ。
その勢いは止まることを知らず、最後には壁に激突し、砂埃を巻き上げながら、ドサッと音を立て
……赤髪の少年は地面へと倒れ込んだ。
倒れ伏す我愛羅に、ナルトは肩で息をしながら、
「へっ……見たか!」
勝ち誇った顔を見せる。
砂の防御の上からとはいえ、螺旋丸を叩き込んだのだ。
試合終了。
ナルトは自身の勝利を確信していた。
今の技をくらえば、どんな奴でも立てるはずが……
「あは、あはハハ…アハハハハハ!!」
口から吐血を流しながら、
「そうか! お前はオレを傷つけるほど強いのか! アハハハハハ!!」
目を血走らせ、闘いに飢えた叫びを響き渡らせる我愛羅。
螺旋丸を受けたにもかかわらず、立ち上がるどころか、さらに好戦的な態度を見せてくる。
確かにナルトは、相手を殺してしまわないように……と、少し手を抜いて奥義を放った。
だが、それでも必殺には変わりない。
変わりないはずなのに……
ナルトは得体の知れない相手に唾を飲み込み、
「な、なんだってばよ……コイツ……螺旋丸をあてたのに……」
ジリジリと無意識に足を後退させる。
そんなナルトとは対称的に、我愛羅は舌を舐めずり回し、
「次はオレの番だ! さあ、最高の殺し合いを始めよう!」
印を結び、最後に両手をパンっと打ち、
「流砂瀑流!!」
術を発動させた。
突如。
瓢箪だけではなく、会場の地面の砂も使用した巨大な砂の津波が発生する。
「な!?」
数十メートルはあるだろうか?
突然発生した津波に、驚きの声をあげるナルト。
正直言って、逃げるだけなら難しくはなかった。
ただクナイを投げて、飛雷神の術を使用すればいい。
しかし、それで場外などと理由をつけられ、敗けにされてはたまったものではない。
どうするかナルトが思案していた時、
『ヤバそうだな……ナルト』
腹の底から、愉しげな声で、九喇嘛が話しかけてきた。