木の葉隠れの里。
静まり返る深々とした森の中。
千の鳥の鳴き声にも似た、チチチチチッという独特の効果音が鳴り響く。
「うおおぉおッ!」
バキバキ!
大木を破壊する轟音。
憎々しげにそれを眺めながら、サスケは千鳥を収めた。
「クソッ!」
苛立った声。
思い出すのはハクと対戦し、自分が負けた試合。
そして、その後の出来事。
木の葉崩しが始まり、その騒ぎを聞きつけ、まだ治療が済んでいない体を引きずり、なんとか会場に戻ったサスケが目にした光景。
デカい狸に化けた我愛羅と、デカい蛙に乗って闘うナルト。
その二人の姿を、近くにいたサクラ達と同じで、ただただ呆然と見ていた自分。
見ていることしかできなかった自分。
「クソが!」
手近にあった木を殴り飛ばす。
どす黒い感情が渦巻く。
そんなドロドロしたものを吐き出すために、夜中に一人で修行をしていたサスケだが、その想いは晴れるどころか、強まる一方。
サスケ……うちはサスケには、どうしても強くならなければならない理由があった。
それは、イタチを殺すため。
うちは一族を滅ぼした、自分の兄、うちはイタチを殺すため。
しかし、理想は現実にはならない。
「ナルト……何故だ……落ちこぼれだったアイツが強くなれて、何故、オレは弱いままなんだ」
そう、呻いた時。
闇に声が割り込んだ。
「そりゃー、てめーの覚悟が生ぬるいからだろ」
突如、四人の忍がサスケの前に姿を現した。
全員が着物に紫の帯を身に着けるという、似たような出で立ち。
死の森で出会った、大蛇丸を思い出すような格好。
「……何者だ、お前ら……」
四人が一人一人、自己紹介をする。
「音の四人衆。東門の鬼童丸」
「同じく、南門の次郎坊」
「同じく、西門の左近」
「同じく、北門の多由也」
と、最後の多由也が言い終わったと同時に、
「ちゃっちゃっと終わらせますか……いい音奏でろよ」
左近が突進してきた。
なかなかのスピードだ。
だが、
「……ふん」
サスケは、それを余裕の表情で受け止めた。
左近の両腕を掴み、睨みを利かせる。
「オレは今、機嫌が悪いんだ……これ以上やるってんなら、手加減しねーぜ」
「くくく……」
「……何笑ってやがる」
訝しむサスケに、左近は口元を歪めて……
「弱えーくせに、ピーコラ言ってんじゃねーぞ! ド・レ♪」
腕を捕まれた状態で……追撃してきた。
どこからともなく二つの拳が現れて。
左近の拳打がサスケの腹にめり込む。
殴り飛ばされたサスケは、衝撃を抑え切れず、体を後方へと吹き飛ばされた。
「ぐはっ」
背中を木に打ちつける。
心の中で疑問の声が上がる。
左近の腕は、確かに捕まえていた。
なのに何故、自分は殴り飛ばされたのか……
が、そこで思考を停止せざるを得なくなる。
しゅるるるる
細い何かが、体に巻きつく音。
その音を耳にした時、既にサスケは木と背中合わせの状態で、敵に拘束されてしまっていた。
「何だ、この糸……切れねぇ……」
「無駄ぜよ。蜘蛛の巣にかかった獲物は、いくらもがこうとも、絶対に逃げることはできない」
そう言ったのは、サスケを拘束した張本人、鬼童丸。
今、サスケを拘束している糸は、鬼童丸が自身の能力で作り出した物であった。
なんとか抜け出そうともがくサスケ。
だが、細く強靭な糸は一本足りとも切れはしない。
影がかかる。
ふと上を見上げると、自分の前に左近が立ちはだかっていた。
サスケは相手を憎々しげに睨みつけ、
「く……」
「何いっちょ前に悔しそうな面してやがる。てめーみたいな弱虫が、オレ達に勝てるとでも本気で思ってたのか?」
「テメェ……! 誰が弱いだ……」
が、サスケの言葉を遮り、左近が蹴りを入れた。
「てめーだよ!」
「がはっ……」
「ったく……本当にこんな奴でいいのか? 君麻呂の方が百倍マシだったぜ……」
と言いながら、左近が懐から黒い丸薬の詰まった瓶を取り出した。
醒心丸と呼ばれる、呪印レベルを無理矢理1から、2に上げる丸薬。
いわゆるドーピングである。
それを一粒瓶から取り出し、
「オラ!」
サスケに無理矢理飲ませた。
すると、直後。
「うっ……!」
サスケが倒れる。
鬼童丸が拘束していた糸を外した。
転がるサスケを見下ろし、左近が三人に命令する。
「オイ、チンタラしてっと、コイツがコロっと逝っちまうぜ」
丸い棺桶を口寄せし、その中にサスケを入れ、
「位置に着け。始めるぞ!」
四人が一斉に同じ印を結んだ。
「「「「四黒霧陣!!」」」」
黒い煙がモクモクと立ち込み、それが桶に収納されていく。
最後にガコンと音を立て、桶にフタをつけた。
まるで、中に入っているサスケを封印するかのように……
醒心丸で無理矢理サスケを強くする。
そこまではいいが、何のリスクもなく、時間をかけずに強くなれる訳がない。
当然この醒心丸にも、それ相応のリスクがあった。
しかし、音の忍達に時間の猶予がないのも事実。
だからこそ、サスケを急激に強くし、大蛇丸の新たな器として相応しくするために、次郎坊、鬼童丸、多由也、左近。
結界忍術に秀でたこの四人を、カブトはサスケの奪取に向かわせたのだ。
この結界、四黒霧陣は、サスケにかかる副作用のみを抑え込み、段階を和らげ、ゆっくりと力を覚醒させる封印術。
これで工程の第一段階が完了した。
目的を遂げたのを見計らい、多由也が次郎坊に言う。
「おい、さっさと運べ、デブ」
「多由也……女がそういう言葉を……」
「るっせーよ! デブ」
「…………」
月夜の夜。
四人の影がサスケを攫い、人知れずひっそりと木の葉の里をあとにした……
時を同じくして。
木の葉里の外れに位置する屋根の上。
血をイメージする赤い浮雲が描かれた漆黒の衣に身を包み、頭に笠を携えた、特徴的な装束を纏った人影が二人。
一人は、闇夜も照らす朱い瞳。
写輪眼を双眸に宿した忍。
サスケの兄にして、うちは一族・真の継承者。
うちはイタチ。
もう一人は、白い布で隠された大きな大刀・鮫肌を背に背負った男。
再不斬と同じく、元忍刀七人衆の一人。
かつて、霧隠れでは“尾の無い尾獣”と呼ばれていたほど、膨大なチャクラを有する忍。
干柿鬼鮫。
その二人が、夜空に浮かぶ月を背に、残骸の山となっている木の葉の里を見下ろしていた。
「壊滅は免れたものの、被害は甚大なようですね」
「栄華を極めたこの里が……哀れだな」
そんな風に、少ししんみりした声音で返事を返してきたイタチに、鬼鮫は尋ねた。
「ガラにもない……故郷には、やはり未練がありますか? アナタでも……」
「いいや……まるでないよ」
と、イタチは言った。
だが、鬼鮫はその返事に僅かな違和感を感じた。
イタチと鬼鮫がチームを組んでから、まだそれほど時は経っていなかったが、それでもそれなりの時間は費やしてきたのだ。
少なくとも、上手なウソを見抜けるぐらいには。
しかし、
「…………」
鬼鮫はそれを口にしなかった。
親しき仲にも礼儀ありという。
故郷のことに足を踏み入れるのは、野暮というものだろう。
が、それでも一つだけ聞いておかねばならないことがあった。
「イタチさん。九尾は既に木の葉の里にはいません……だというのに、何故こんな瓦礫の山を見に来る必要があったんですか?」
「……少し気になることがあってな」
「気になること?」
「…………」
イタチが無言で、森の方角を見る。
それにならい、鬼鮫も同じ方向を見ようとした……その時。
ひゅん!
風を切る音。
自分達に、一本のクナイが放たれる音が届いた。
それを当たり前のように二人が避け、地面に降り立つ。
すると……
「…………」
「…………」
そこに、二人の忍が立っていた。
男女の二人組みだった。
一人は、髭面にくわえ煙草の男。
猿飛アスマ。
もう一人は、才色兼備の新米上忍。
夕日紅。
こんな人気のない所で、何をしに来たのかは聞くまでもない。
里に不法侵入したイタチと鬼鮫を捕らえるか、抹殺しに来たか、二つに一つだ。
四人の間に、緊迫した空気が流れる。
そして。
そんな張り詰めた空気の中、最初に口火を切ったのは……
「お久し振りです……アスマさん、紅さん」
イタチだった。
気負い一つない、平坦な声音で話す。
それに対し、目の前にいたアスマの方は、睨みを利かせた敵意剥き出しの表情で、
「お前ら、里の者じゃねーな……一体何しに来た? オレ達のことを知ってるってことは…元、この里の忍ってところか?」
と、尋ねてきた。
笠をしているため、こちらの顔がはっきりとは見えないようだ。
イタチはその問いに応えるため、頭の笠を取り、素顔を見せた。
「…………」
双方の眼に、写輪眼を露にしながら。
朱の瞳に、三つ巴の勾玉が浮かび上がっていた。
それを見たアスマが舌打ちを漏らし、
「……お前は……うちは…イタチ」
イタチのことを知っていた二人組みが、身体を硬直させ、冷や汗を流す。
続けて、隣にいた自分の相方が、
「……イタチさんのお知り合いですか? なら、私も自己紹介しておきましょう」
頭の笠を取り、
「干柿鬼鮫。以後、お見知りおきを」
自己紹介と同時に、顔をさらけ出した。
鮫のような、残忍な笑みを浮かべて……
それを見たアスマと紅が、さらに身体を硬直させる。
決して油断していい相手じゃない……
一瞬の油断が命取りになる……
……などと考えているのだろう。
そんな表情をしていた。
とてもわかり易く、明快な仕草であった。
写輪眼など使わずとも、簡単に読み取れてしまうほどに。
(せめてポーカーフェイスぐらいしたらどうなのか……)
などと、思わずため息が出そうな口を閉ざしながら、イタチは冷静な瞳で、目の前の二人組みを観察する。
彼が、鬼鮫に怪しまれるのを百も承知の上で、それでも木の葉の里に立ち寄ったのには、理由があった。
何か胸騒ぎを感じたから。
まるで嵐の前触れのような。
時代の節目が到来するような。
そんな予感を感じ取り……
だから確めに来たのだ。
自分の弟の安否を。
サスケの姿を一目見ようと……
イタチが木の葉に立ち寄った理由は、それだけであった。
決して戦争をしに来た訳ではない。
だというのに……
目の前にいるアスマが、
「以後なんてのはねーよ。お前らは今からオレがとっちめる!」
臨戦態勢に入る。
鬼鮫だけではなく、同じ里の忍だったイタチにまで敵対心を向けてくる。
そんなアスマの烈々たる言動に、鬼鮫が軽薄な薄笑みを浮かべて、軽口を叩いてきた。
「イタチさん……アナタも里じゃ、相当嫌われてるよーですね」
それにイタチは、抑揚のない声音で応えた。
「どうやら、そのようだな……」
上忍二人に命を狙われている状況で、焦りすら見せない二人。
アスマがそのうちの一人、イタチに視線を向け、
「イタチ……あれだけの事件を起こしておいて、里に再び足を踏み入れるとは、いい度胸だな……」
あれだけの事件。
それは、イタチが木の葉の里を抜けるきっかけとなった出来事。
うちは一族の全抹殺。
より正確に言えば、サスケを除いた一族殺し。
イタチが一夜にして、木の葉最強と名高かった“うちは”を亡ぼした事件のこと。
同胞を殺しておいて、よく木の葉里に足を踏み入れられたな……と、アスマは言ったのだ。
だが、イタチはそんな話に眉一つ動かさず、
「……アスマさん、紅さん。オレには関わらないで下さい。アナタ達を殺すつもりはない」
「同胞殺しのお前が言うセリフじゃねーな…そりゃあ。何の考えもなく、こんなところにノコノコ来るはずがないことぐらいわかってる……目的は何だ?」
と、ぺらぺらと口を動かすアスマに、とうとう痺れを切らした鬼鮫が、背に背負った鮫肌を抜き放ち、
「この方、結構うるさいですね……殺しますか?」
殺気を放った。
すぐさま、アスマと紅も身構える。
前衛がアスマ、後衛が紅という陣形。
セオリー通りだが、隙の少ない良い構えだ。
イタチは一度、森の方角を見て。
すぐに視線を、アスマ達に戻した。
できれば穏便に事を進ませたかったのだが、どうやら戦闘は避けられないらしい。
それを察したイタチは、淡々とした口調で、鬼鮫に返事を返した。
「素直に見逃してはくれないようだ……だが、派手にやり過ぎるな。お前の技は目立つ……」
「決まりですね」
四人が一瞬、沈黙し……
直後。
鬼鮫が駆け出し、鮫肌を振り下ろした……
数分後。
イタチは目の前にいる、アスマと紅を……
いや、下に倒れ伏し、ボロボロになった二人組みを、静かに見下ろしていた。
紅の方は、イタチが分身・大爆破の術を用いて瞬殺した。
手加減はしたので、殺してはいないが。
そして、もう一人。
アスマの方は、鬼鮫がいつの間にやら倒していた。
あっさりと戦闘終了。
同じツーマンセルでも、実力が違いすぎた。
鬼鮫が鮫肌を背に戻し、物足りない顔をイタチに向け、
「歯応えのない方達でしたね……」
「油断は禁物だ……ここは敵地。何があってもおかしくない……」
「そうは言いますが、私とアナタならこの程度の相手、いくら来ても問題ないと思いますがね……」
「…………」
イタチは黙る。
鬼鮫の言い分に同意した訳ではない。
しかし、間違いでもない。
実際、アスマや紅レベルの忍なら、本気を出さずとも負けることは、まずないだろう。
アスマと紅が弱い訳ではない。
むしろ上忍の中でも、この二人はかなり強い忍だ。
敵に問題があるのではない。
ただイタチと鬼鮫が、それをものともしないほど規格外の強さを持っていた。
それだけの単純な話であった。
「鬼鮫……どうやら少々暴れ過ぎたようだ」
どうやらタイムリミットらしい。
人の気配がこちらに近づいてくる。
十人ほどの忍の気配が。
それに気づいたイタチは、鬼鮫に言った。
「ここで見つかるのは面倒だ……」
「では、帰りますか?」
「……ああ」
木の葉の夜中。
その一夜に、二つの事件が起きた。
一つは、音の忍による、サスケの誘拐。
もう一つは、イタチと鬼鮫による、アスマと紅の戦闘。
アスマと紅。
二人は一命こそ取りとめたが、重症を負い、一月ほど入院生活を余儀なくされることとなる。
ただでさえ人手が足りない木の葉には、かなりの痛手であった。
この二つの事件は、次の日の朝。
里中の忍達に、瞬く間に広がることとなる。