木の葉の上忍、アスマと紅が何者かと戦闘を行い、重症を負った事件。
この事は夜が明けてから、すぐに里中の忍に知れ渡ったっていた。
もちろん、木の葉最強の上忍。
はたけカカシも、その知らせを受けた一人である。
しかし、今のカカシはそれどころではなかった。
同僚のアスマと紅のことは心配……
だが、それ以上に優先するべきことが、カカシにはあったからだ。
そして、それを伝えるために、カカシは火影室の扉を開けた。
「失礼します」
部屋に入ったカカシの目に映った人物は……
「カカシか……」
体の半分を包帯に包み込んだ男。
次期火影候補――ダンゾウであった。
その我が物顔で、火影椅子に座っているダンゾウにカカシが言う。
「ダンゾウ様。火急の知らせが……」
「うちはサスケのことか」
「……はい」
まさか先回りされるとは思わなかったカカシは、一瞬声を詰まらせる。
が、中忍試験以降、もう一人行方不明となった自分の部下、サイを思い出し、思考を繋げた。
やはりダンゾウは、サイにサスケの監視をさせていたのだと。
しかしそれは、うちはの末裔であるサスケのことを、それだけ重要視しているということでもある。
ならば話は早い。
「昨夜、サスケが何者かに攫われました。忍犬達に臭いを探らせたところ、どうやら大蛇丸……音の忍達による犯行の可能性が極めて高いかと……すぐに私がサスケの跡を追います」
アスマ達を倒した忍はかなりの手練れだったらしく、痕跡すら殆んど残っていなかったが、サスケの方はすぐにアタリをつけられた。
今から追えば、簡単に追いつけるだろう。
しかし……
そんなカカシの考えをダンゾウは否定する。
「ダメだ……」
「!? な、何故……」
「何故…だと? 今、里がどのような状況なのか、お前とてわかっているはずだ。ただでさえ人手が欲しい時に、たかが下忍一人を追跡するために、貴重な人材を割ける訳がないであろう」
「で、ですが、サスケはうちは一族。しかも攫った相手は、あの大蛇丸の部下達。放っておけばどうなるか……」
何とか許可を取ろうとするカカシ。
だが、ダンゾウは一睨みで、それをはね除けた。
「ならん」
「……くっ」
「これは決定事項だ……カカシ、お前には昨夜やられたアスマ達の穴も埋めてもらう必要がある。これが次のお前の任務だ……」
そう言って、Aランクの任務書を突きつけてきた。
「…………」
ダンゾウの言い分はわかる。
確かに、下忍一人に人材を割く余裕は今の木の葉にはない。
だが、ここでサスケを追わないということは、カカシにとっては自分の部下を見捨てると同義であった。
一瞬、任務書をこの場で切り裂いてやろうか……
という考えが頭を過ったが……
「……わかりました」
この場で騒ぎを起こせば、それこそ全てが終わる。
カカシは大人しく書類を受け取り、火影室をあとにした。
木の葉の里。
瓦礫の街通りを、カカシは思考を巡らしながら歩いていた。
任務を遂行するか、処罰を覚悟の上でサスケを追うか。
木の葉の忍として、自分が取るべき選択はどちらか。
顔を下に向け、思考を深く巡らす。
が、考えは定まらない。
どちらの道も袋小路で。
答えのない迷路で。
そんな風に同じ所をぐるぐる回っていると……
途端。
悩み続けていたカカシの耳に、
「カカシ先生!」
女の子の声だった。
声のした方へ振り向くと、慌てた様子でこちらに駆け寄って来る人影が見えた。
「サクラ!」
カカシは目の前に来た部下の名前を呼んだ。
いつもは綺麗に整えてある桃色の髪を乱しながら、サクラが必死な声音を上げる。
「カカシ先生、サスケくんが見当たらないの!」
「ああ……わかってる……」
「わかってる……って!? 先生、サスケくんの居場所を知ってるの?」
「…………」
「カカシ先生?」
首を捻るサクラに、落ち着いて言い聞かせるような口調で、カカシは言った。
「昨夜、サスケは何者かに……攫われた」
「!?」
サクラの目に、悲壮な表情が現れる。
「攫われた…って! すぐに助けに行かないと!」
「ああ……オレもそう思って、ついさっき新たな火影様になる予定の人物に、お伺いを立てに行ったんだが……」
「どうしたんです?」
「……ダメだと言われた」
「……え?」
「サスケを追うな……と……他に優先すべきことがある……そう言われた」
「そ、そんな!?」
そう声を絞り出しながら、サクラの顔がますます絶望に染まる。
涙を溢し始める。
それを見たカカシは、自分の拳を握りしめた。
今、木の葉の里は危機的状況下にある。
これが他国の里に知れれば、好機と判断し、木の葉の里に攻め入ろうとする輩が出て来てもおかしくはない。
それだけでなく、ダンゾウが何やら不穏な動きを見せているのも、カカシは肌で感じ取っていた。
これ以上問題を増やせば、木の葉の里は今度こそ本当に壊滅するかも知れない。
そう考え、何とか踏み止まろうとしていたカカシだが……
「ぐす……っ」
目の前の部下を見て、そんな理屈は横へ置くことにした。
そもそもダンゾウは火影候補であって、火影ではない。
命令を聞いてやる義理も義務もない……
と、普段なら考えもしないことを思いながら、
「泣くな、サクラ。安心しろ、サスケはオレが助けに……」
行く……と、カカシが言いかけたところで、
(……!?)
二つの気配に気づく。
そちらへ目線を走らせる。
クナイの入ったホルスターに手をあてる。
いつでも動けるように。
すると……
警戒するカカシの前に、気配を発していた忍の一人。
鼻の中心にある、横線の傷が特徴的な男。
忍の登竜門、アカデミーの敏腕教師。
海野イルカが、カカシ達の前に姿を現し……
「話は全て聞かせて頂きました」
と、言ってきた。
続けて、イルカがカカシの前に立ち、直立不動の姿勢で言う。
「カカシさん、事情は大体わかりました。後の事は私に任せて下さい」
しまった!
いくらサスケのことで頭が一杯になっていたとはいえ、盗み聞きされていたことにも気づけないとは……
カカシは自分の迂闊さを悔いながら、平静を装って返事を返す。
「イルカ先生……任せて下さい…とは?」
「サスケのことは私が何とかします。それならカカシさんは命令に背いたことにもなりませんし、問題ありませんよね?」
「で、ですが……」
という、カカシの戸惑いをイルカが遮り、
「カカシさんは、木の葉の里切っての上忍。カカシさんにしかできないことも山ほどあります。今の状況では身動きも取りにくいでしょう……ですが、私は違います。万年中忍の私でしたら、ある程度融通も利きます」
「……しかし、勝手にサスケを追った後、上の連中にアナタが何と言われるか……」
やはりリスクがデカすぎる。
他人に任せず、自分が行くべきだ。
と、カカシが言おうとした時……
イルカが先に口を開いた。
「私はナルトを助けられなかったことを、今だに後悔しています……」
「……あれはアナタのせいでは」
それを言うなら、恩師の息子を助けられなかった自分の方に非がある。
だが、イルカは首を振り、
「いいえ……私が気づくべきでした。確かに今のナルトは元気に過ごしています。それを思えば、この考えは私の傲慢かも知れません。ですが、私は、もう…自分の生徒を見捨てる訳にはいきません。二度と同じ過ちを繰り返す訳には……ですから……私が行きます」
と、言った。
真剣な表情をして。
覚悟を決めた目をして。
その顔を見て、もう何を言っても、この決意は変えられないだろう……
そう察したカカシは、頭に手をやり、ため息一つ。
「ハァ……まさか、アナタがここまで頑固だったとは……」
「はははは……」
「わかりました……私も任務を終わらせた後、すぐに追います。それまでの間、サスケのことをよろしくお願いします」
「ええ、お任せ下さい!」
と、イルカが言ったところで、今まで黙って話の成り行きを見ていたサクラが、涙を拭って……
イルカに申し入れた。
「……イルカ先生」
「なーに、心配するな、サクラ。オレがちゃちゃっと……」
「私も連れて行って下さい!」
「な、なにぃ!」
「サスケくんは、私の仲間です。人任せにして、自分だけ待っているなんて、もう嫌です!」
決意の言葉を口にするサクラ。
それをイルカは困り顔で聞いて、カカシを見る。
それにカカシは、さらに困り顔で言った。
「ま、仕方ないでしょ……こうなったサクラは、人の言うことなんて、全然聞かないですし……」
「って! カカシさん。アナタ、まさか……」
「いや〜、流石イルカ先生。頼りになりますね〜」
「さ、サクラを連れて行けと言うのですか!?」
困惑した声音でイルカが叫ぶ。
カカシは飄々とした雰囲気から一転、真面目な顔で話す。
「実は、サスケを攫って行った奴ら……痕跡から考えるに、四人一組の小隊みたいなんですよね……」
「四人……ですか……」
基本、忍は四人一組で任務にあたる。
だから、サスケを攫った忍達が四人いるというのは、至極当然の話。
しかし、四人いるということは、それだけの忍を相手にしなければいけないということで……
イルカは唾を飲み込みながら、カカシに尋ねる。
「敵が四人いる……ということですね……」
「ええ……そうなります。そして、木の葉の里は見ての通り人手不足。そんな中、自由に動けるサクラを使わない手はないでしょ?」
「で、ですが、この任務は危険なものとなります……下忍のサクラには、まだ早すぎ……」
と、イルカが言いかけたところで、サクラが割って入る。
「イルカ先生……心配してくれるのは嬉しいです。だけど、私だって、もう一人前の忍です。役に立ちます! だから……」
「……サクラ…し、しかしだなぁ……」
イルカがどうするべきか、うんうんと悩んでいたところへ、カカシが、
「ま、こう見えても、サクラはここ最近で言えば、うちの班でも一番伸びています。足手まといにはなりませんよ」
そう、笑顔で言った。
サスケやサイには、まだまだ及ばないだろう。
しかし、幻術を教えてからのサクラは、目覚ましい成長を遂げていた。
だからこそ、カカシは自信を持って、
「サクラ……行ってこい」
部下を送り出す。
今度は、サクラもその顔を笑顔にして、
「了解!」
一つ返事で返した。
その後。
一度準備を整えるということで、イルカとサクラが慌ただしく解散し、カカシの前から姿を消した。
辺りが静まり返る。
瓦礫の廃墟を見渡し。
人の気配を念入りに探って。
異常がないのを確認してから。
カカシは話を盗み聞きしていた、もう一つの気配に視線を送り……
「で、どうされましたか? 自来也様」
すると、ずっと物陰に身を潜めていた人物が姿を現す。
高価な着物の腰に、でっかい巻物を携えた、白髪頭の忍。
伝説の三忍・自来也。
その自来也がしかめっ面で、
「何やらメンドーなことになっとるようだのォ……カカシ」
「ええ。まさかアナタが木の葉の里にいらっしゃるとは……」
「ふん、白々しいことを言いおって……」
「……できれば、力を貸して頂ければ有難いのですが……」
自来也は、三代目火影・ヒルゼンの弟子の一人。
その実力は伝説の三忍とうたわれるほどのもの。
忍の生ける伝説。
そんな自来也が手助けしてくれれば、万事解決するのだが……
という、カカシの淡い期待に、自来也は首を横に振る。
「あいにく、こちとらやることが山ほどあってのォ……」
「……やること?」
カカシの怪訝な声音に、自来也は睨みすら利かせた厳かな声で、
「ダンゾウの奴が……霧に喧嘩をふっかけようとしておる」
「な!?」
突然の情報に、カカシは半眼を見開く。
確かにダンゾウが不穏な動きをしているのは、カカシも察していた。
だが、そこまで大それたことを。
しかし、ダンゾウには一つだけ、霧に執着する理由があった。
カカシも、既にそれに目星はつけてあり……
「自来也様……それは……やはり」
と訊くと、自来也はそれに頷く。
「まぁ、大方、ナルトの九尾目当てだろーのォ」
「…………」
「ナルトは遅かれ早かれ、背中に気をつけて生きねばならんようになる。それはナルト本人も理解しとるだろーが、その狙う相手が木の葉の忍とは……皮肉なもんだのォ、カカシ……」
その自来也の問いに、
「…………」
カカシは何も言えなかった。
火影の息子が、木の葉の忍に命を狙われる。
悲劇としか言い様がない。
それに、今、木の葉が霧と争えば、どのような事態になるか。
それは火を見るより明らかで……
そこで自来也が、
「そーいう訳だから、ワシは暫く木の葉を離れられん。すまんが、サスケのことはお前達で何とかしてもらうしかねーのォ」
そう言った。
つまり、木の葉と霧で戦争が起きるようなことがないようにと、ダンゾウを止めようとしてくれている訳だ。
カカシはそれを理解して、
「わかりました。そういう事でしたら仕方がありませんね……自来也様も、重々お気をつけ下さい」
「わかっとるってーの! まだまだヒヨッコ共に心配されるほど、落ちぶれちゃーおらんのォ」
「……では、私はこれで。すぐに任務を終わらせて、サスケの跡を追跡しなければいけませんので……」
と言い残し、カカシはその場をあとにした。
それを見送った自来也は、アゴに手を添えて、
「ふむ……ワシは動けんが、駄目元で手を打っておくかのォ……」
自分の弟子の姿を頭に思い浮かべながら、一人呟くのであった。