イルカは準備を整え、「あ・ん」と、デカデカと大きく書かれた、木の葉の正門まで来ていた。
ここら辺は特に戦争の影響を大きく受け、見渡す限りの景色が瓦礫の山と化して……
いや。
瓦礫すら残っていない。
文字通り、砂で埋め尽くされた更地と化していた。
奇跡的に、赤く大きな正門だけはその形をとどめていたが、それだけだ。
いつもは必ずいる受付員の座る場所すら、吹き飛び、跡形もなく消し飛んでいた。
そんな何もない場所で。
イルカは静かに待ち人を待っていた……
これからイルカが向かうのは、大蛇丸の部下達が待っているであろう激戦の地。
何があってもおかしくはない。
息を大きく吸い込み、気合いを入れる。
「よし!」
と、自身を鼓舞したところへ、
「すみません、遅くなりました」
桃色髪のくノ一。
サクラがやって来た。
準備万端といった表情だ。
イルカはそれを見て、
「じゃ、行くか!」
と、言った。
気合い十分に。
が――
その声に返事をしたのは、サクラではなく……
「イルカ先生とサクラじゃねぇーか。どこ行くんだ?」
「ワン!」
相棒の赤丸を頭に乗せた、キバであった。
いや、キバだけではない。
「イルカ先生が外に出られるとは……珍しいですね」
そう、言ったのはネジ。
続けて、眠そうな顔をしたシカマルとポチテ片手にチョウジが顔を出す。
「あぁ〜……ん? サクラとイルカ先生?」
「どこか行くの?」
続々と、かつての生徒達が集まる。
まだ教師を始めてから、それほどの年月は経っていないイルカだが、そんな自分でもわかるほど、去年と今年の卒業生は優秀な人材が揃っていた。
黄金世代と言っても、過言ではないだろう。
そんな教え子達が、集団で何かをしていたようで……
今は班もバラバラのはずなのに、ぞろぞろと集まって来て……
それを見たイルカは、集団の先頭にいたキバに訊いた。
「お前達……どうした?」
「あ? いや〜、里もこんなんだしよ……オレらもやれることやろーぜって、みんなで話し合ってたところに、変わった組み合わせの二人がいたからな……で、どこ行くんだ?」
「…………」
「……ん?」
沈黙するイルカに、首を傾げるキバ達。
だが、今からイルカとサクラがやろうとしていることは、正規の任務ではない行いだ。
事情を話す訳にはいかない……のだが……
隣にいたサクラが答えてしまった。
「サスケくんが……音の忍に攫われちゃったの……」
「「「は?」」」
生徒達が頭に?マークを浮かべてから、代表してキバが叫んだ。
「なっ!? 攫われた!」
「……うん」
「……なるほどねぇ……通りでサスケバカのお前が、いつもベッタリのサスケくんじゃなくて、イルカ先生と一緒にいるわけだ」
「ちょっ! 誰が……」
キバとサクラが、不毛な言い合いを始める中。
その話を冷静に聞いていたシカマルが、
「じゃあ、イルカ先生とサクラは、サスケを連れ戻す任務を言い渡されたってことっスか?」
当たり前のように言った。
それにイルカは、何と答えるか一瞬悩んだが、
「……いいや、これは任務じゃない。オレ達の独断だ……」
ここまで話が進んでしまえば、隠しても意味はない。
正直に言った。
その答えに、シカマルは驚いた表情をして、
「え!?」
「新しく火影になる予定の方が……サスケを見捨てろとおっしゃられてな……」
「いや……何で? 確かに里が大変なのはわかるっスけど、いくら何でも、仲間を助けられないほど人材不足じゃないっスよね?」
シカマルの的確な質問に、イルカは心の内で、
やっぱりコイツは頭いいなぁ……
アカデミーの時、絶対手を抜いてただろ……
などと、場違いな感想を抱きながら、
「悪いが、それに関して、オレから言えることは何もない」
きっぱりと拒絶した。
そして、
「そういう訳だから、お前達は早く戻れ。これ以上、この件に関わるべきじゃない。何も見たり聞いたりしなかったことにして……」
そう、イルカが言おうとしたのだが、その言葉をキバが遮る。
「そりゃー、無理ってもんだろ……イルカ先生」
「……キバ」
「こんな話を聞かされて、おめおめ里に戻れるかよ! オレと赤丸も連れてけよ!」
「な、何を言ってるんだ!」
だが、キバはイルカの言葉をはね除ける。
「サスケを追跡する必要があんだろ? だけど、忍犬もなしにどうするつもりだ?」
「そ、それは……」
「オレと赤丸がいれば、楽勝で追跡できるぜ! な、赤丸?」
と、いうキバの声に、
「ワン!」
赤丸は一つ返事で応えた。
それにサクラは、少し目元に涙を滲ませる。
「キバ……」
続けて、キバの後ろにいたネジが、
「フッ」
鼻で一笑する。
キバは後ろを振り向き、
「んだよ!」
「いやなに。雨でも降れば、臭いも消えて、追跡できないのでは? と思ってな」
「な! んなの、雨が降ってくる前に追いつけばいい……」
「駄目だ。お前の鼻だけでは不安要素が残る……」
ネジはそこで、イルカの方を向き、
「という訳ですから、オレも同行します。臭いで追跡し、いざという時には白眼のサポートもあれば、任務の成功率も上がるでしょう」
それに今度は、キバが笑う。
「ほぉ〜。お堅いだけの奴かと思ってたが、意外と話のわかる奴じゃねーの」
「誰がお堅いだ……本人を目の前に……いや、今までのことを考えれば、ある意味正しい評価…なのか?」
などと言い出し始めた二人と一匹に、イルカは今度こそ叫んだ。
「な、何を言ってるんだ! これは遊びじゃないんだぞ!」
それに、シカマルも続く。
「そうだ。理由はわかんねーが、里の上の連中が行くなって言ってんだ! 下手に首を突っ込んだら……」
が、その途中でキバがサクラを親指で指し、
「で、サスケを見捨てろってか?」
シカマルは、それにサクラの方を見る。
すると、そこには。
いつも、いのと言い争っていたくノ一の姿はなく……
「…………」
涙を目にためている女の子がいて……
「ハァ〜ったく、これだから女は苦手なんだよ」
シカマルは、ため息を漏らしながら、
「仕方ねぇ。めんどくせーけど、ここでサスケを追わなかったら、いのの奴が任務から帰ってきた後、ぜってーどやされるしな……」
やれやれという口調をありありとさせて、言い訳するような仕草で頭に手をやる。
横にいたチョウジが、肘でシカマルの横腹を突っつき、
「で、どうするの? シカマル」
「めんどくせーけど、しょうがねーだろ……」
と言いながら、シカマルがイルカの方を見て、
「じゃ、そういう訳なんで、ちょっとだけ待っててもらってもいいっスか?」
などと、勝手に話を切り上げ始める。
それにイルカは、慌てた声音で静止を呼びかけた。
「ま、待て! お前達、一体何を言っているのかわかってるのか! もう一度言うが、これは遊びじゃないんだぞ! 下手をすれば、どうなるか……」
必死に呼びかける。
里の連中の意思に反するだけではない。
そもそもサスケ奪還そのものに、危険が付きまとっているのだ。
だが、そんなイルカの声に、シカマルが振り向き、
「じゃあ、どうしてイルカ先生は、サクラの味方をしてるんっスか?」
「それはもちろん……!」
「オレ達が味方するのも、それと同じ理由っスよ……じゃ、準備整えてきますんで」
そう言い残し、シカマルと、その後を追ってチョウジが一度姿を消した。
続けて、キバ、赤丸、ネジの二人と一匹が、
「ひゃっほおお! オレ達も行くぞ、赤丸!」
「ワン!」
「オレもヒナタ様に挨拶をしてくるか……」
と口々に言って、その場から姿を消した。
そんな生徒達の後ろ姿に、イルカは少し感動を覚え、涙を滲ませ、
「まったく……先生の言うことを聞かないところは、相変わらずだな……アイツら」
嬉しさを隠せずに、笑った。
それから、十分後。
「…………おい」
イルカは、こめかみをピクリと動かす。
目の前に集合した、下忍達を見て。
「どうしてこうなった……」
サクラ、ネジ、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸。
ここまではわかる。
いや、本当はダメなのだが、わかる。
だが、
「…………」
そこにもう一人。
ポケットに手を入れ、グラサンをかけた、寡黙な虫使い。
シノの姿を見て、イルカは教壇に立つ自分をイメージせずにはいられなかった。
「何で、人が増えてる……」
その疑問に答えたのは、張本人のシノであった。
「……話は全て聞かせてもらった。オレも同行しよう。なぜなら、仲間外れはゴメンだからだ」
「…………」
イルカは額を押さえる。
やっぱり全員帰した方がいいのでは? と、真剣に悩む。
だが、
「ハァ……」
仕方ないか、と諦めた。
先生の言うことを素直に聞く奴らじゃないのは、イルカが一番わかっていたことだからだ。
だからこそ、最後にもう一度だけ確認を取る。
六人と一匹の目が、イルカに集まる。
「もう一度だけ言っておく。これは里から出た正規な任務ではない……それでもついて来るのか?」
その問いに、
「…………」
全員が無言で頷いた。
その生徒達の目を見て、
「わかった」
イルカはその一言だけで、話を終わらせた。
もう何も訊く必要はない。
言うことを聞かないところ、
まだまだ詰めが甘いところもあるだろう。
だが、かつての生徒達がしていた目は、忍のものだった。
覚悟を決めた、忍の目だった。
ならば、もう何も言うまい。
イルカも覚悟を決めた。
生徒達の成長が嬉しいやら、少し寂しいやら、複雑な気持ちだが……
それを全て飲み込んで、イルカは任務の説明を始めた。
「では、時間も有限ではないことだし、任務の説明を始める。まず、今回の任務達成条件は、サスケを連れ戻すことだ」
そこにシカマルが、質問を挟む。
「イルカ先生、ちょっといいっスか。サスケは攫われたんですよね?」
「ああ、そうだ」
「だったら、敵もいる……しかも、向こうはこちらを気にかけて、待ち伏せや罠を仕掛けてある可能性もある……つまり、先手を取られ易いってことっスよね?」
イルカは目を丸くした。
明らかに理論立てたシカマルの質問に、驚きを隠せず、
「お前……アカデミーの時、テストで手を抜いてやがったな……」
思わず、呟いてしまった。
そのイルカの褒め言葉? に、チョウジはニコニコして、シカマルはバツが悪そうに、
「いや、今はそんな話をしてる場合じゃ……」
と、少し顔を背けた。
確かに、時間がないと言ったのはイルカの方だ。
すぐに話を戻す。
「まぁ、シカマルの言った通りだ。だから、このチームで、状況に合わせたフォーメーションを決める」
そう言って、イルカは懐から巻物を取り出し、図を書きながら、説明を続ける。
「フォーメーションは変則的な二列縦隊で行く。まず先頭は、オレとキバ、お前だ」
イルカはキバの方に顔を向け、
「お前は鼻が利くから、敵の臭いを追えるだけでなく、敵が仕掛けてある罠などにも気づき易い。追跡任務では要のポジションだ……頼むぞ!」
「へへ……オレと赤丸なら楽勝だぜ!」
「ワン! ワン!」
イルカは一つ頷き、
「二番目は、オレの後ろにチョウジ、キバの後ろにシノだ。
チョウジ、お前はこの隊の中で一番打撃力がある。そして、オレの方は少しだが敵の動きを止められる結界忍術が使える……つまり、お前がトドメ役だ……いけるな?」
「うん! 大丈夫!」
チョウジの返事に、イルカはよしと応えた後、シノを見る。
「シノ、お前はキバの後ろだ。まだ数ヶ月とはいえ、一緒の班にいたんだ。チームワークはバッチリだろ? それにお前の寄壊蟲を用いた戦術は、森の中でこそ真価を発揮する。他の者が気づきにくい所もサポートしてくれ」
「問題ない。任されたことはやり遂げてみせる」
次にイルカは、シカマルとサクラを見る。
「三番目は、チョウジの後ろにシカマル、シノの後ろにサクラ、お前達だ。
シカマル、お前は頭が切れる。そして、チョウジとの連携攻撃もお手のものだ。敵の動きを止める影真似も、前衛にこれだけ人数がいればやり易いだろ? それから、万が一オレが命令を下せない状況に陥った場合……副隊長はお前だ! しっかりと頼むぞ」
「マジかよ……まぁ、なるよーになるか」
と、微妙に気の抜けた返事を聞いてから、
「次にサクラ、お前はこの隊で唯一の幻術使いだ。できる限り後方の方がいいだろう……お前もシカマルと同じで、接近戦は苦手だが、頭がいい。その頭脳を使って、皆のサポートをしてくれ」
「了解!」
はっきりとした返事を聞いて、イルカは最後にネジに言う。
「そして最後尾。最も警戒の難しい後方は、ネジ。お前にやってもらう。こちらが追う側だから、そこまで心配する必要はないかも知れないが、油断は禁物だからな……お前なら、白眼があるし、常に警戒できるだろ?」
「ええ、オレに任せて下さい」
ネジが淡々とした声音で応えた。
これで一通りの説明を終えた。
図面を使い、シュミレーションも兼ねた説明も行い、各自準備が完璧に整ったところで。
「それじゃあ……最後に、オレから一つ大切なことをお前達に教えておく。アカデミーを卒業し、下忍になったお前達だからこそ、伝えられる言葉だ。よーく、聞くように!」
イルカの言葉に、サクラ、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸、シノ、ネジ。
皆の視線が集まる。
イルカは、その眼差しに、真っ直ぐ応える。
「確かに今回の任務は、任務と呼べるものではないのかも知れない。それどころか、下手をすれば、里に逆らったと捉えられてもおかしくはない。教師として、お前達の先生として、オレの取っている行動は間違いかも知れない……けどな……」
イルカの後ろに、木の葉が舞う。
「自分の生徒を見殺しにする奴に、教師を語る資格はない。
そして、仲間を見捨てるような奴は、木ノ葉の忍ですらない。
オレはそう思っている。そう信じている。
忍者の世界では、任務遂行のため、仲間を切り捨てる考え方をよしとする里も多い。だけど、この里は違う。仲間がピンチに陥れば、無条件で手を差し伸べる。そこに理由なんかいらない。
それが木ノ葉の忍だ! これが木ノ葉流だ!
だから、サスケはオレ達の手で連れ戻す。
――全員、覚悟は決まったな?」
その言葉に。
イルカの言葉に、生徒達は力強く応えた。
シカマルが、
「こりゃあ……オレも、めんどくせーとか言ってらんねーなぁ」
チョウジが、
「うん。絶対助けなきゃ」
キバと赤丸が、
「へっ、今までで一番頼もしいじゃねーの。イルカ先生!」
「ワン!」
シノが、
「ああ……このチームでやれない訳がない。なぜなら、全員の心が一丸となっているからだ」
ネジが、
「ふ……たまにはこういったのも、悪くない」
サクラが、
「ありがとうございます……ありがとう……みんな……」
全員が決意の想いを口にした。
そして、ついにサスケ奪還に向けて、イルカチームが門をくぐる。
「よーし! お前達、行くぞ!!」