「忍者ごっこする人、この指とーまれ!」
一人の子供が発した声に、他の子供達も集まり始める。
「やるやる」
「オレも、オレも」
「私も……」
そんな中、チョウジも少し遅れて、
「ぼ、僕も」
と、言った。
だが、周りから返ってきた言葉は、
「えー!」
「チョウジもやるのかよ」
「お前は違う遊びしてろよなぁ」
だった。
チョウジは悲しい声音で訊いた。
「どうして?」
「だって、お前が入ったチームの方が、絶対負けちゃうもん。お前鈍感だし」
「う…………」
顔を下に向ける。
心が沈む。
そんな時、その輪の中にいた一人の少年が、
「……けどよ、それじゃ人数合わねーだろ。将棋だって同じ数の駒があっから、おもしれーんだぞ」
そう、言ってくれた。
それがシカマルと友達になった最初の日であった。
秋道一族。
カロリーを用いた忍術を秘伝忍術とした一族。
つまり、自分の一族はデブばかり。
それが理由で、チョウジは子供の頃、なかなか周囲の輪に溶け込めず、困っていた。
忍者なのにデブって……
そう、自分でも思っていたぐらいだ。
そんなチョウジに、声をかけてくれたのがシカマルだった。
嬉しかった。
まあ、シカマルからすれば何気ない一言だったのだろうが……
でも、チョウジは今日まで、その日のことを忘れたことはなかった。
その日から、少しずつチョウジにも友達ができて、自分の世界が広がっていったのだから。
だから……
ドーム状の土で出来た結界が崩壊する。
土埃がおさまる。
そこで、はっきりとした視界に映し出された音忍の一人。
次郎坊が渇いた両手をぱちぱちと叩いて、
「皆さん、よく頑張りました。カス共のわりには……だがな」
挑発した口調。
それをあくまでも冷静に聞き流し、イルカが一歩前に出る。
「随分と余裕じゃないか……状況がわかっているのか?」
「ふん、威勢のいい先公だ……前菜にもならないがな」
と下卑た顔で言い放ち……そして。
突然、次郎坊が地面を拳で殴った。
思い切り殴った。
たったそれだけの動作で、地面が割れるほどの衝撃が発生する。
土埃が舞う。
暫くして、視界が晴れた頃には……
次郎坊の姿が目の前から消えていた。
その直後。
キバとネジが同時に敵を感知し、叫んだ。
「「後ろだ!」」
チョウジも一歩遅れて後ろを見る。
すると、そこには……
10メートルはあるだろうか。
そんなバカでかい大岩を両手に担ぎ上げた、次郎坊がいて……
「土遁・土陵団子!!」
それをこちらに投げつけてきた。
「きゃああーっ!」
「くっ! 全員散れ!」
サクラの悲鳴が聞こえ、イルカが指示を出す。
が、間に合わない。
このままでは逃げ遅れたサクラが、山のような岩に下敷きにされてしまう。
チョウジはすかさず印を結び、
「肉弾戦車!!」
大岩に突撃する。
大岩を粉砕する。
そして、そのまま……
「ごろごろごろぉ!」
転がる。
次郎坊を目指して。
が、その快進撃はすぐに止められた。
回転が止まり、不思議に思いつつも上を見上げると……
次郎坊がニタニタ下卑た笑みを浮かべていて……膝蹴りを放ってきた。
「昇膝!」
「ぐっ」
腹に衝撃がめり込む。
痛みで倍化の術が解ける。
そして、そんな無防備なチョウジを相手が見逃してくれる訳もなく……
続けて、次郎坊がタックルをかましてきた。
「突肩!!」
「ぐあ!」
軽々と吹き飛ばされる。
受け身すら取れず、一転、二転と地面を転がる。
とてつもない勢いで吹き飛び、このまま硬い大木にでも激突してしまったら……
そこで、
「チョウジ!」
イルカとシカマルが、チョウジに飛びつく。
足で土を削りながら、受け止める。
地面を転がりながら、なんとかダメージを緩和させる。
それを見たキバとシノがチャクラを練り、
「やってくれんじゃねーか!」
「……調子に乗りすぎだ」
反撃に出ようとする。
これ以上、こんな奴に好き勝手暴れられてたまるか!
全員が闘志を剥き出しにする。
一瞬触発の空気が張り詰めて……
しかし、そこで。
そんな部下達にイルカが、
「待て! お前達!」
「!?」
下忍達は動きを止める。
イルカが立ち上がり、言った。
「今回の任務はコイツを倒すことじゃない。ここで無闇に戦闘を行って時間をかければかけるほど、奴らの思うツボだ」
それにキバが後ろを振り返り、イルカに尋ねる。
「じゃあ、どーすんだよ! イルカ先生!」
「ここから二手にわかれる。コイツの相手は……オレが一人でやる。お前達はサスケを追え……」
温厚なイルカが珍しく、厳かな声で言った。
それを、
「くくくく……」
次郎坊が見下しながら、笑い、嘲笑う。
「貴様のような大した取り柄もない先公一人で、このオレを殺れるとでも本気で思っているのか?」
「…………」
「その上、お前の生徒は見るからにカスばかり。数だけ揃えた下忍を編成部隊に組み込むとは……木ノ葉は余程の人材不足と見えるな……カス共の傷の舐め合いなど見るに耐えん」
「貴様っ……オレの生徒達をバカにするとは……覚悟しろ……お前は……」
イルカが身体を震わせ、前に出ようとする。
が――
怒りに震えていたのは、イルカだけではなかった。
次郎坊の仲間をバカにする発言に、どうしても我慢できず、
我慢できず……
「僕だ!!」
気づけば叫んでいた。
「コイツは僕がやる!!」
全員の視線がチョウジに集まる。
シカマルとイルカが目を見開き、
「……! チョウジ……」
「何を言ってるんだ……」
だが、チョウジはそれには取りあわない。
黙々とポーチから兵糧丸の入った袋を取り出し、
「シカマル……これ、みんなで食べて」
袋ごとシカマルに渡した。
それを受け取りながら、シカマルが戸惑った声音で、
「お前……まさか!」
「そう、僕にはとっておきのアレがあるからね……」
「け、けど……」
狼狽するシカマル。
そこにイルカが、
「チョウジ。何をやっているんだ。コイツはオレがなんとかする。お前達は……」
が、チョウジはそれを遮り、
「イルカ先生……先生は隊長だ。他のみんなにもまだまだ指示を出すために、サスケを追わなきゃいけないでしょ?」
「そ、それは…そうだが」
「このままサスケを見逃しちゃったら、僕達は何のために覚悟を決めて集まったのかわからないよ……それこそアイツの言うように、傷の舐め合いをする……ただのカス共になっちゃうよ!」
「ぐっ……」
イルカが強く目を閉じる。
どうするべきか判断に迷っているようだ。
そこへ、シカマルが、
「はぁ〜」
ため息を一つ。
長いため息を吐いてから……
イルカの方を向き、
「じゃ、オレも残りますんで、先生達は先に行ってて下さい。すぐに追いつきますんで……」
「なっ! シカマル……お前まで」
「イルカ先生はチョウジ一人残して行くのが不安なんでしょ? だったらオレも残れば、二対一。これなら……まぁ、何とかなるっスよ」
「…………」
イルカは暫くの間、沈黙していた。
が……
貴重な時間を無駄にする訳にはいかない。
最後に、チョウジとシカマルの目を見て、頷いた。
「チョウジ、シカマル……無茶だけはするなよ……必ず追いついてこい!」
二人が、次郎坊の前に立つ。
「うん!」
「ったく……めんどくせーことになりやがったぜ……」
イルカ、サクラ、キバ、赤丸、シノ、ネジ。
五人と一匹の心配そうな視線を背中に感じながら、チョウジは叫んだ。
「行けぇーっ!! みんなぁ!!」
六つの気配が背中から去って行く。
それを感じ取りながら、横にいたシカマルを見て、
「何かごめんね、シカマル」
「……別に構わねーよ。まぁ、お前があんなこと言うとは思ってなかったから、ちょい驚いたけどな……」
「あんなこと?」
「……何でもねーよ……そんじゃ、ぼちぼちやりますか」
「だね」
と。
掛け合いが終わったところで……
「ふん……カス共が! さっさと片付けて、全員食らってやる!」
次郎坊がこちらに向かって、突進してきた。
デブのくせに、なかなかの速度だ。
チョウジはもう一度、シカマルに視線を送る。
本来、敵と戦う前には、作戦を立てたりするものだが……
チョウジはシカマルと頷き合う。
たったそれだけの動作で全てを終わらせた。
長年コンビを組んできたんだ。
互いにやれること、やれないことは、もうわかり尽くしている。
チョウジが前衛。
シカマルが後衛。
しかし、今回は相手があまりにも強敵だ。
それぐらいのことは、シカマルのように頭がよくない自分にでもわかった。
だから、ポーチからとっておきを出す。
三色の丸薬が入ったケース。
秋道一族の秘薬中の秘薬。
チョウジの切り札。
そのうちの一つ、青のホウレン丸を口に放り込み、
カリ!
食べた。
あんまり美味しくない……
が、効果は絶大。
自分の体に、膨大なエネルギーが駆け巡るのがわかる。
そして……
「オラァ!!」
「バカな! 力でオレに!?」
驚愕の表情を見せる次郎坊の突撃を止めた。
そのまま、チョウジは次郎坊の腰帯を掴み、
「うおおおおお!!」
木に打ちつけるように投げ飛ばした。
巨体の次郎坊が、弧を描くように飛ばされ、
「ぐわっ」
地面に倒れる。
だが……
「ぐっ」
チョウジは腹を押さえる。
体に激痛が走っていた。
それを見たシカマルが心配そうな声音で、
「チョウジ、お前! 薬の副作用が……」
が、チョウジはそれを手で制した。
「…………」
それでシカマルは押し黙る。
何のデメリットもなく、パワーアップなど。
そんな都合のいい話はない。
チョウジの食べた丸薬にも、それ相応のリスクがあった。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
だから、シカマルは冷静な口調で言う。
「チョウジ、時間はかけらんねぇ。短期決戦に持ち込むぞ」
「うん」
しかし、次の瞬間。
次郎坊を投げ飛ばした方向から……
禍々しい気配。
チョウジ達は肌がピリピリするほど、強烈な殺気を感じ取って……
少しビビりながら、そちらを見ると……
「図に乗るな…カス共が……!」
全身奇妙な痣だらけの次郎坊が立っていた。
チョウジとシカマルはその姿に、恐怖を抱かずにはいられなかった。
「何なの……あれ……?」
「おいおい、ここにきてパワーアップかよ……冗談キツいぜ」
次郎坊から放出されるチャクラの量が、明らかに先ほどまでとは違っていた。
感知タイプの忍ではないチョウジやシカマルですら、思わず身震いしてしまうほどに。
しかし、止まっている時間はない。
悩んでいる時間はない。
この任務はサスケが火の国の国境を越えた時点で終わりだ。
途中の結果がどうであれ、それだけでこちらの負けなのだ。
だから、チョウジは打って出る。
ポーチに手を入れ、クナイを取り出す。
しかも、取り出した数は一本や二本ではない。
数十本のクナイ。
両手では数えきれないほどの数。
それらの全てがワイヤーに通されてあり、数珠繋ぎとなっていた。
そして、それを体に巻きつけ、
「倍化の術!」
ボン!
チョウジの体がデカくなる。
クナイを巻きつけたその体は、まるで魚のフグのようなナリをしていた。
そこから繰り出される術は、そんな可愛いものではないが……
「肉弾針戦車!!」
クナイをスパイクにして、回転力と破壊力を上げた肉弾戦車が、次郎坊に迫る。
チョウジの得意忍術の一つ。
が……
そのチョウジの渾身の一撃を……
「カスが!」
ただその一言だけで、次郎坊が受け止めた。
正面から……
何の小細工もなしで。
チョウジはスピードも技術もない。
唯一の取り柄といえば、力が強いということ。
だが、それを正面から止められたのだ。
次元が違う。
次郎坊が余裕の顔で嘲笑う。
「デブが! この程度でオレに勝てると思っていたのか? 笑わせてくれる」
お前が言うな! そう心の中で反論しながら、チョウジも笑った。
「勝てると思ってなきゃ、わざわざ残る訳ないだろ……デブ!!」
やっぱり、口でも言い返した。
それに次郎坊が、ピクリっと血管を浮かべて、
「舐めるなよ! カス……が……な、何だ……体が!?」
ぴたりと動きを止めた。
否。
強制的に止められたのだ。
ゆっくりとシカマルが近づいてくる。
それと同時に、次郎坊も動く。
「何だ……体が勝手に……」
狼狽する次郎坊に、シカマルはめんどくさそうに、でも何処か勝ち誇った声音で、
「影真似の術……成功」
「ぐっ……最初に見せたのと同じ術か……」
「わりーな。オレはガチンコ対決はごめんなんでね……後ろからコソコソと捕まえさせてもらったぜ」
「ドカスがぁ!!」
「おいおい、あんまり吠えるなよ。もう、テメーの敗けは決まったんだからよ。オレらが、弱い者いじめしてるように見えるじゃねーか」
「…………」
次郎坊が沈黙する。
シカマルの挑発にも乗らず、目を閉じて……
何かに集中しているようで……
先ほどまでうるさかった口まで閉ざしており、不気味なまでの静けさが辺りに漂う。
途端。
次郎坊の全身から、研ぎ澄まされた殺気が噴き出した。
獣の殺気……いや、そんなレベルではない。
圧倒的な破壊の力。
近くに立っているだけで壊されてしまうほど、圧倒的な圧力。
それを受けて……シカマルが、
「ちっ! チョウジ!」
「うん!」
そのやり取りだけで、自分のやるべきことを理解した。
印を結び、術を発動する。
「部分倍化の術!!」
チョウジの右腕が巨大化する。
全身のチャクラを右腕に集中させる。
これでトドメだ!
と、言おうとしたところで……
次郎坊の体に、大きな変化が現れ始めた。
「カス共がぁああ!! 調子に乗りやがって!! 粉々に打ち砕いて、ぶっ潰してやる!!」
全身が赤く染まり始め、今までとは比べものにならないほど、膨大なチャクラの奔流。
側にいるだけで、恐怖を、死をイメージさせられる。
命を握られる感覚。
だが……
チョウジの方が、一歩だけ早かった。
普段の十倍ほどに巨大化した腕で、
恐怖を振り払い、
「お前が潰れろぉぉお!!」
次郎坊の頭上から、拳を振り落とした。
技を食らう直前まで、影真似で縛られていた次郎坊は、その一撃に防御の姿勢すら取れず……
「くそ……っ……が……」
地面に……倒れた。
何やらおかしな痣も治まってゆく。
先ほどまで感じていた凄まじいチャクラの放出も、突如消え失せていた。
それを確認してから……
チョウジとシカマルの二人は、同時に。
「「ハァ……」」
大量の汗を流しながら、どさりと地面にへたり込んだ。
チョウジは、自分と同じく満身創痍のシカマルに顔を向け、
「さ、最後のあれ……一体何だったの?」
「さあな……兎に角、ヤバかったのは間違いねーが……つーか、まだ膝がガクガクしてるぜ……」
「へへ……じ、実は僕も……」
死にかけた。
それを闘いが終わってから理解したチョウジとシカマルは、体が震えるのを抑えられなかった。
だけど……
チョウジは笑顔を見せて、
「で、でも……ぼ、僕達、頑張ったよね?」
「はは、何当たり前のこと言ってやがる……四人のうち、一人を倒したんだぞ。しかもオレらがだ。桂馬と香車を使って、こちらの駒を落とすことなく、金を取ったようなもんだろ……文字通り、大金星ってな」
「へへ……そっか……よかった……」
チョウジは、さらに笑みを深めた。
将棋の話はよくわかんなかったけど、自分達がみんなの役に立ったことだけは理解できたから。
「マジで疲れた……みんなを追うのは、少し休憩してからにすっか……」
そう言って地面に横たわり、仰向けになったシカマルの言葉に、チョウジは、
「そうだね……ポテチぐらい食べてからでもいいよね」
同じように快晴の空を見上げて……
間食タイムに入ったのであった……