イルカとサクラ。
二人の忍が駆けていた。
ほぼ木ノ葉の国境近くに位置する森を。
駆けていた。
イルカは途中でわかれた部下……生徒達の顔を頭に思い浮かべる。
シカマル、チョウジ、シノ、キバ、赤丸、ネジ。
サスケを追うには、それ以外の方法はなかった。
だが……
これでよかったのか?
本当にこれでよかったのか?
自分は選択肢を誤ったのではないのか?
疑問は尽きない。
なくなってくれない。
それでも。
木を蹴り、地面を走る。
振り返らない、止まらない。
前を向いて……走る。
今の自分は隊長だから。
頭が悩んでは、隊は崩壊するから。
だからわき目も振らず、走った……
そして……
「ようやく追いついたか……」
サスケの入った棺桶を背負う、白髪の忍。
君麻呂に、イルカとサクラは追いついた。
三人の足が止まる。
そこは見渡す限りの平原だった。
辺りが森であることを考えれば、昔、ここで大きな戦でもあったのだろうか……
そんな殺風景な景色で、
「やれやれ……」
背を向けていた君麻呂が、ため息まじりに、
「さて、どのように殺してやろう?」
こちらを見た。
三人が向き合う。
緊迫する空気。
途切れない緊張感。
イルカはキバが言ってたことを思い出す。
『あの君麻呂とかって名前で呼ばれてた奴……かなりヤバいらしい……今までの四人とは桁違いだとさ……』
イルカの額に汗が伝う。
しかし、ここまで来て逃げる訳にはいかない。
横にいたサクラが一歩踏み込み、
「サスケくんを返して!」
君麻呂は目を閉じる。
が、サクラはかまわず、もう一度言った。
「サスケくんを返しなさいよ!」
「……それは僕にではなく、直接本人に言えばいい……」
「え?」
「もっとも、キミ達の戯れ言に、彼が耳を貸すかどうかまでは保証しないが……」
直後。
紫の煙が棺桶から立ち上り始める。
四黒霧陣の封印が解放される。
蓋をしていた結界が破られたのか、それとも役目を終えたのか……
ガコンっ!
開かずの門が、扉を開いた。
中から姿を現したのは……
うちはの家紋を背負った男。
「…………」
サクラが呟く。
「……サスケ…くん…」
やっと会えた……という想いを込めて。
だが……
「ククククク……」
サスケは振り向かない。
自身の手を見つめ……
何かに酔いしれるように……
「ククククク……!」
嫌な笑い声が響く。
サクラに続いて、イルカが声をかけた。
「おい! 何やってんだサスケ! 助けに来たぞ!」
が、サスケは振り返らず……
「フン……」
目の前から走り去って行く。
今だに叫んでいるサクラの方へ、一瞥もくれることなく……
と――
君麻呂が告げる。
「では、そろそろご退場願おうか……」
殺気が溢れ出す。
それを受けて、イルカは呻いた。
「ぐっ……」
ヤバい。
予想外の敵。
さらに、何故かサスケが、自らの意思で里を抜けようとしていて……
そんなサスケの背中を見ながら、イルカは思う。
もう、同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。
ナルトの時には動けなかった。
だから……
だからこそ……
「行け! サクラ!」
イルカの声に、サクラが顔を向ける。
「せ、先生……で、でも」
「コイツはオレがなんとかする。今はもう、キバの鼻を頼りにはできない。ここでサスケを見失えば……それで終わりだ。追いかける手段がなくなる……お前は頭がいいから……わかるだろ?」
「は……は…い……」
「いい子だ……後ろを振り返るな。お前は仲間を見捨てたんじゃない。仲間を信じて前へ進むんだ」
「はい……わかって…ます」
と、返事をするサクラは涙目になっていた。
それを見て、わかってないじゃないか……
イルカは苦笑し、小声で言う。
「オレが隙を作る」
「了解っ!」
ポーチから、赤い縁取の特殊な札を取り出す。
恐らく自分より、この君麻呂とかいう忍は強いだろう。
正面から戦っても勝ち目は低い。
なら、足止めに徹するまでだ。
弱い奴には、弱い奴なりの戦い方というものがある。
「くらえ……!」
無表情で突っ立っている君麻呂を、円で囲むように札を投げ、術を発動した。
「結界法陣!!」
イルカお得意の結界忍術。
罠に踏み込んだ敵の動きを封じ、拘束する術。
それを見たサクラが、
「――っ!」
一目散に駆け出した。
桜髪のくノ一がサスケの背中を追いかける。
イルカはそのサクラの背中を見て、
これでいい……
これで可能性は繋げられた……
「さて……」
それを確認してから、イルカは君麻呂に目線を戻す。
結界に閉じ込めてあるというのに、顔色一つ変えない相手を見る。
で、その君麻呂が……動いた。
「こんな物で、僕の足止めはできない」
ズズズズズズ……
君麻呂の体に、黒い痣のようなものが浮かび上がる。
それが体中に巡り、
バチッ!
結界を破壊した。
ただの片足の一歩で……
道端に落ちているゴミを踏み潰すかのように……
信じられない力であった。
二、三秒程度しか、動きを止められなかった。
だが……
サクラを追わせる訳にないかない。
イルカは即座に動く。
「お前の相手はこのアカデミー教師。海野イルカだ!」
背中から、折り畳み式の巨大手裏剣を出し、
「風魔手裏剣・影風車!!」
君麻呂へ投げつけた。
旋回音を立て、巨大手裏剣が君麻呂に迫る。
しかも、ただの手裏剣術ではない。
手裏剣の影に、もう一枚の手裏剣を隠し、二段階構えで敵を狙う手裏剣術。
イルカにとって結界法陣と対になる、もう一つの奥の手であった。
が……
「……子供騙しだな……」
と吐き捨て、君麻呂が自身の体から……
肉を裂き、背骨を引きずり出し……
それを剣のように掴んで……
「…………」
一振り、二振り。
真っ二つになった二枚の手裏剣が、地面に落ちる。
たったそれだけで、君麻呂はイルカの奥義を切断した。
鉄をも切断する骨の刃。
しかも、体から骨を引きずり出したというのに、傷も、痛みもなく平然としている君麻呂を見て……イルカは絶句する。
「な、何だ……その術は……」
イルカの問いに、君麻呂が淡々と答えた。
「かぐや一族……今や僕だけの能力」
「お前だけの能力…だと……血継限界か!?」
「その通りだ。僕は自身の身体の骨を自在に操ることができる。カルシウム濃度すらコントロールし、形や硬度すらも思いのままだ」
言うや否や、君麻呂がこちらに手を掲げ、
「十指穿弾!」
指の骨を利用した弾丸を飛ばしてきた。
十発のうち、なんとか八発は避けたが……
「ぐあっ!」
二発。
左腕と左足に、命中させられてしまった。
傷口から血が流れる。
接近戦も遠距離戦も可能。
まさに、隙のない変則的な能力を有する敵に、イルカは膝をつく。
「く、くそぉ……」
剣を片手に、君麻呂がゆっくりと迫る。
冷めた瞳がイルカを見下ろし、
「これで終わりだ。何か子供達に言い残す言葉はあるか? お前の遺言を、手向けとして届けておいてやろう……」
「……悪いが、オレはこれでも教師でね……生徒達のことは……誰よりも信じているのさ……それがオレにできる…唯一のことだからな」
「ほう……素晴らしい教育者だな……」
「はは、そんな大層ものじゃないさ……ただ、オレは最期まで教師としてあり続けたい……ただ…それだけの…ちっぽけな人間さ」
「……いいだろう。その言葉、子供達の墓前にでも添えてやろう……」
君麻呂が剣を振り上げる。
それをスローモーションで感じながら……
(ここまでか……)
イルカが覚悟を決めた時。
突如――
二人の声が聞こえた。
最初に届いたのが、鬼のような怒声。
「よえーくせに、相変わらず言うことだけは一丁前でいやがるな……木ノ葉の連中はよォ!」
続けて、イルカのよく知る子供の声が、
「こっからは真打ちの登場だぜ!」
と、言った……直後。
嵐のような渦潮に、風の刃が弓矢の如く放たれる。
「水遁・破奔流!!」
「風遁・真空波!!」
「「颱遁・水天渦紋風刃矢零式!!」」
水の激流。
範囲を絞った渦潮のような回転が、イルカの前を過ぎ去り、君麻呂を吹き飛ばした。
そこへ、
「「待たせたな!」」
一人は身の丈程の大刀を背負った男。
一人は金髪碧眼に、橙色のジャージを着た少年。
再不斬とナルト。
二人の霧の忍が、イルカと君麻呂の間に立ちはだかる。
そんな夢のような光景に、イルカは目を見開き、
「な、ナルト!?」
少年の名を呼んだ。
だというのに、ナルトはいつも通りの表情で、
「よ! イルカ先生。助けに来てやったぞ」
「な、何でお前達が……ここに……」
「う〜ん……まぁ、色々あったんだけど、難しい話をしてる場合じゃねーんだろ?」
「そ、それは……そうだが……」
今は緊急事態。
救援は確かに有難い……
のだが……
と、イルカが困っていたところで……
それを察した再不斬が、ナルトの代わりに説明する。
「オレ達は自来也の救援を受けて、ここへ来た」
「自来也様の!?」
思いもよらない名前に、またも驚きの声を上げる。
そんなイルカに、再不斬が続ける。
「まあ、そんなのは建前だがな……」
「え?」
「コイツが……ナルトが助けに行きたいと言ってな……こっちはそれに付き合わされただけだ」
「ナルトが……」
「ったく、まだ同盟国でもねーってのに、助けを呼ぶ声が聞こえりゃ、そこが雪だろうが、木ノ葉だろうが助けに行っちまいやがる。とんでもねークソガキだ。まったく忍に向いてねー……通りでアカデミー試験に落とされちまう訳だ……なぁ、アンタもそう思うだろ? 先生さんよォ」
「は、はは…は、はははは……」
気づけば……イルカは泣いていた。
自分の命が助かって……ではない。
シカマル、チョウジ、シノ、キバ、ネジ、サクラ、ナルト……
かつての自分の教え子達の成長を、ありありと見せつけられて……
しかし、今は泣いている場合ではない。
目を拭い、痛みを無視して立ち上がる。
そして、やるべきことをやる。
再不斬とナルトに、簡潔に状況を伝えなくては……
「恐らく残った敵はコイツだけです。ですが、何故か攫われたはずのサスケが……自らの意思で音の里へ向かって行ってしまい……」
そこでナルトが言う。
「あれ? そー言やぁ、サクラちゃんは?」
「サクラは……一人でサスケを追っている」
「えぇ〜!?」
ナルトが驚きの声を上げた後、すぐさま君麻呂を見て、
「だったら、早くアイツをぶっ飛ばして、サクラちゃんとサスケを追うってばよ!」
十字に印を結ぼうとした……ところで……
再不斬が片手をナルトにかざし、
「待て、ナルト」
「ん?」
「お前は先に行け。コイツの相手はオレがやる」
「……ん、わかった。じゃあ、先に行く」
「ああ。うちはの小僧を叩きのめしてこい!」
「まだ闘うと決まった訳じゃねーぞ」
「どうだろーな……」
即決。
イルカはその光景を唖然と見ていた。
まだまだ子供の雰囲気を纏っているナルト。
見た目はアカデミーにいた頃と、差ほど変わってはいない。
だというのに……
「そんじゃあ再不斬、イルカ先生。サスケとサクラちゃんのことは、オレに任せとけってばよ!」
そう言うナルトの姿は、明らかにイルカの知るナルトとは別人であった。
中忍試験予選の時にも感じたが、それよりもさらに成長している……
が、そこでイルカは思考を戻し、
「ナルトを先に行かせるのなら、どうにかして奴の隙を作らないと……」
しかし、どうやって?
正直、自分では……
そんなイルカの不安に、再不斬が応えた。
「そんなもん必要ねーよ」
「で、ですが、あの君麻呂って奴、かなりヤバい奴でして……」
「ああ、だろうな」
「でしたら……」
「グチグチ喚くんじゃねーよ。ナルトの心配ならいらねェ。だからこそ、メ、……水影はこの任務の許可を出したんだからよ」
「え?」
「黙って見てろ……今のアイツが…ナルトが本気を出せば……はっきり言って、このオレ様でも捕まえらんねェからな……」
「…………」
そんなバカな……
再不斬のことは、イルカも耳にしていた。
忍刀七人衆。
霧隠れ最強部隊の一角を担う忍。
その再不斬が……捕まえられない?
そんな訳が……
と――
ナルトが動く。
「わりーが、先に進ませてもらうぞ」
クナイ片手に駆け出す。
それを当然のように、君麻呂が追いかけ、
「……無駄だ」
ナルトを剣で叩き斬ろうとする。
が、それよりも速く、
ひゅんっ!
ナルトが遠くにクナイを投げ――飛んだ。
次の瞬間。
「あばよ〜」
ナルトは平原を越え、サクラが向かった道へと進んで行った。
イルカはそんな信じられない光景に、
「なっ!?」
とだけ口にした。
印を結ぶことすらせずに、空間移動を行う時空間忍術。
あれは間違いなく……
四代目の使っていた術で……
開いた口が塞がらないイルカ。
に、再不斬が口元を緩ませ、
「クククク……だから言っただろーが」
「あ、あれは四代目様の……」
そのイルカの言葉には取り合わず、再不斬が背に背負った大刀を抜き放つ。
忍刀七人衆の象徴。
首斬り包丁を構え、切っ先を君麻呂に向けて、闘いの火蓋を切り落とした。
「さて……こっちもおッ始めるかァ!」