黒い鳥。
無数のカラス達が間延びした鳴き声を上げ、あちらこちらへ飛び交う。
そんな大自然の森林を……
一人の忍が駆けていた。
「……間に合ってくれ」
カカシは駆ける。
サクラのもとへ。
サスケのもとへ。
今回のサスケ奪還には、中忍の中でも優秀な忍、イルカが力を貸してくれていた。
とはいえ、相手はあの大蛇丸の部下達。
何が起きてもおかしくはない。
楽観視できる相手ではない。
だからこそカカシは、自身の任務を急いで終わらせ、イルカ達のもとへと向かっていた。
そして……
そろそろ木の葉の国境に差し掛かるのでは?
という所で、
ゾワッ!
とてつもないチャクラを感知した。
「このチャクラは!?」
一つは……恐らくサスケのものだろう。
呪印を使用し、力に溺れたのか、そのチャクラは禍々しいものであった。
もう一つは……
こちらも普通のチャクラとは、明らかに別格なものであった。
決して、サクラのものでも、イルカのものでもない。
この膨大なチャクラは……
「どういうことだ……これは九尾? ナルトか?」
訳がわからなかった。
なぜ霧にいるはずのナルトが、サスケと闘っているのか?
カカシは木を蹴り、思考を巡らす。
それから……
はっとした顔になり、一つの可能性に辿り着いた。
「そうか……自来也様か……」
火影椅子に座っているダンゾウは、なぜかサスケを助けることに否定的であった。
他里に援助を要請するなどありえない。
となると、今の木ノ葉の里で霧に頼み事を頼める忍など……自来也をおいて他にいない。
「なるほどね……」
カカシは独りごちる。
元々、カカシは一人で解決するつもりでいた。
援軍を呼ぶという選択肢は、頭の中になかった。
自分がなんとかしなければ……と……
「…………」
しかし、状況が緊迫していることに変わりはない。
鼻で臭いを嗅ぎ、距離を計る。
「近いな。サスケ…早まってくれるなよ……」
最後の木を蹴り、一気に跳躍した。
――終末の谷。
木ノ葉の国境。
そこに辿り着いたカカシが、最初に目にした光景は……
「……えーと……どうなってんのかな?」
倒れたサスケを囲むように、イルカ、サクラ、シカマル、チョウジ、シノ、キバ、ネジ、ナルト、再不斬、ハク、長十郎。
十一人の忍が、ぐるっと円を囲んでいる姿であった。
事態を飲み込めず呆然となるカカシに、イルカが憔悴し切った顔で近づいてきて、
「カカシさん……!」
「えーと、もしかして……もう解決しちゃった感じですか?」
「はい。サスケもこのとおり……」
イルカが体を反らし、道を開ける。
カカシはうつ伏せに倒れているサスケに近付き、脈を測って……
安堵の息を漏らした。
「…………」
生きている。
命に別状はない。
どうやら幻術で無理矢理眠らされているだけのようで……
確認を終えた後、カカシは側に立っているサクラに顔を向け、
「サクラ、これはお前が?」
「はい……サスケくんを止めるには……」
「そうか……」
少し目を腫らしているサクラの頭に、ぽんっ、と手を置き、
「よくやったな」
「は、はい……っ」
色んな感情がない交ぜになり、涙を流すサクラの頭を、もう一度だけくしゃりと撫でてから……
「あ〜」
カカシは霧の忍達を見る。
四人の忍を見回し……
一番背の高い忍に視線を止めて。
再不斬に訊いた。
「えーと、大体想像はつくけど……何でいるの? キミ達……」
「フン、暇潰しだ……」
「…………」
「…………」
うん。
カカシはナルトの方に顔を向け、
「もしかして……サスケを助けに来てくれたのか?」
すると、ナルトが少し困った表情で、
「ん〜、そうなんだけど、何でかサスケをぶっ飛ばすことになっちゃって……」
それだけのやり取りで、カカシは大体の顛末を把握した。
先ほどの衝突は、やはりナルトとサスケだったか……
小さなため息を漏らす。
波の国の任務以降、サスケはナルトやハクに感化され、力を身につけることに対し、かなり焦りを見せていた。
そのナルトが目の前に来たら……
サスケがどのような行動に移るのか、それは火を見るより明らかで……
だが、
「…………」
ナルトの身体をチェックする。
服に汚れこそ見られるが、怪我などはしていない。
つまり、呪印に身体を蝕まれ、暴走した状態のサスケを、ナルトが圧倒したということだ。
(さすが先生の息子だ……やはり天才か……)
続いて、倒れたままのサスケに視線をやる。
(んー。にしても、サスケの奴。こりゃあ里に連れ帰った後も、当分荒れるなぁ……)
などと心の中で呟いてから、視線をナルトに戻して、
「ま、何にしても助かった。礼を言っとくよ。ナルト」
「おう! これぐらい、どーってことねーってばよ!」
「あはは……サスケと闘った後だってのに、まだ元気なのね……」
ナルトに礼を言った後、その隣にいるハクと長十郎にも感謝を述べる。
「ハクくんと長十郎くんも…ね。今回は本当に助けられたよ」
それに、ハクと長十郎が、
「いえ、お気になさらず」
「困った時はお互い様です」
小気味良い返事で応えた。
何でこんな子達の上司が、あの鬼の再不斬なのか……と、疑問に思いながらも。
カカシは再度、再不斬に顔を向け……
ちらり――
視線だけを、森の方へ走らせた。
すると。
それに再不斬は、わかっていると目で頷く。
そして、すぐさま部下達に指示を出した。
「ハク、ナルト、長十郎。これで任務は達成した。オレ達も霧へ戻るぞ」
それに、ハクと長十郎が頷き、
「はい」
「了解です」
が、ナルトは不満げな表情で、
「え〜ぇ! せっかくここまで来たんだし、一楽ぐらい寄って行ってもいいじゃねーかよ」
と、抗議の声を上げるが……
だが、再不斬は首を横に振る。
「ダメだ。霧を出る前にも言っただろ。今、霧と木ノ葉は不安定な情勢になっていやがる。今回の任務にしたって、正式な任務じゃねェ。ある意味オレ達は、木ノ葉に不法侵入しているようなもんだ。てめーだって、わかってんだろ?」
「う……」
「ガキみてーにグチグチ我が儘言うんじゃねぇ。けーるぞ!」
「う……ラーメン……オレのラーメン……」
カカシが到着した時とは真逆に、元気をなくし、どんよりと沈むナルト。
そんな少年との別れを惜しんで……
サスケを囲んでいた下忍達が、今度はナルトを囲むように集まり……
はじめに、シカマル、チョウジ、キバ、赤丸、シノが、
「ま〜、また遊ぼうぜ…ナルト。里が離れたって、そんくらいの機会はあんだろ」
「大丈夫! ラーメンは代わりに僕が食べておいてあげるからさ」
「へっ、今回は引き分けにしておいてやるよ。次、もし一緒に任務することがありゃあ、このオレと赤丸が、てめーより目立ってやるから覚えときやがれ!」
「ワン、ワン!」
「キバ……その言い方はよくない。なぜなら、セリフの全てが負けフラグになっているからだ……」
続けて、サクラとネジが、
「ナルト……ありがとう。本当に助かったわ。いくらお礼を言っても、言い足りないくらい……」
「……木ノ葉に立ち寄ることがあれば、いつでも日向家を訪れるがいい。ヒナタ様もお前に会いたがっていたからな」
最後に、イルカがナルトの前に立ち、
「ナルト……正直、何を言えばいいのかわからんが…………ありがとうな。それから、霧の方でも元気にやれよ。ラーメンばかり食べるんじゃないぞ。それから……」
などなど……
沢山の言葉を聴いて……
ナルトは笑う。
そして、言った。
「こっちこそ、みんなと任務やれて……よかったってばよ……」
その言葉に、どんな意味が込められていたのか。
任務を無事に終えたことによる安堵か。
友達と久し振りに会えたことによるものか。
それとも、もし、自分が木ノ葉にいたら……などと、想像したのか。
カカシには……わからなかった……
と――
ワイワイと二、三分ほど過ごして……
いつまでもこうしてはいられないと。
再不斬達が、別れの言葉を告げる。
「じゃーな」
「皆さん、失礼します」
「失礼します」
「みんな、またなー!」
再不斬、ハク、長十郎、ナルトの順で、四人の背中が遠退いて行った。
そして……
それを、木ノ葉の面々が最後まで見送った後。
名残惜しさを振り払い、カカシは振り向き、
「じゃ、オレ達も帰りますか」
「「「了解」」」
余韻に浸っていた下忍達が、迅速に動き出す。
サスケを無事に奪還できたのだ。
あとは里に帰るだけ……
の、はずなのだが……
「…………」
カカシは神妙な顔つきで、サスケを背負ったイルカの横にそっと忍び寄り……
他の者に聞かれぬよう、耳打ちで言った。
「イルカ先生……すみませんが、先に行っててもらえますか……」
それに、イルカが首を傾げて、
「え? どうしてです?」
カカシは視線を森の方へ向ける。
「どうやら、私にお客さんがいるらしくて……」
「……わかりました」
イルカは頷き、下忍達を連れ、木の葉の里へとカカシより先に帰って行った。
と――
みんなの後ろ姿が見えなくなったところで……
カカシは少し警戒した声音で、
「いつまでもコソコソ隠れてないで……いい加減出てきたらどうだ?」
すると……
茂みの奥から、一人の男が姿を現す。
「…………」
森を駆けていた途中、カカシは自分が尾行されていたことに気づいていた。
だが、一刻を争う事態だった上に、相手の忍からも何故か敵意すら感じられなかったため、姿を確認する余裕もなかったが……
それでも、追跡者がかなりの手練れであるということは、容易に想像がついた。
なぜなら……
カカシが単独でサスケを奪還しようとした理由。
それは、何も人に助けを求めることを選択肢から外していた……
というだけの話ではない。
そもそも、助けを求める必要がなかったのだ。
助けを求める以前に、カカシは自分の力だけで、大抵の事態は始末できる……
それだけの能力を、有していたから……
忍犬と同じく、臭いだけでターゲットを追跡できる、優れた嗅覚。
人並み外れた体術。
どんな状況にも、即座に対応し、対策を構じられる頭脳。
如何なる術をもコピーし、使いこなしてしまう瞳術……写輪眼。
どれか一つなら、各スペシャリストの忍であれば、有していても不思議ではない。
だが、これら全てを一人で補える忍は、そうはいない。
だからこそ、カカシは――木ノ葉最強の上忍。
と、呼ばれているのだ。
そして、そのカカシについて来れる忍など、本来かなり限られているはずなのだが……
「なるほどね……」
相手の姿を見て、カカシは納得した。
半眼の、やる気のない目を、木陰から出てきた男に向ける。
「まさかお前とはね……テンゾウ……」
吸い込まれるような、大きな黒目をした、二十代前半の男。
木ノ葉で唯一の木遁の使い手。
恐らく木ノ葉暗部の中でも、ダンゾウを除けば……一、二位を争う手練れの忍者。
それが、テンゾウ。
カカシを尾行していた忍の正体であった。
そのテンゾウが口を開く。
「流石、カカシ先輩。バレてしまいましたか……」
「……何でお前がオレを追跡なんかしちゃってる訳……ダンゾウ絡みか?」
「さて、どうでしょう……」
「……目的は何だ?」
「うーん……困ったなぁ……えー、ここは一つ。何も見なかったことにはできませんかね?」
と、のらりくらりと躱すテンゾウ。
が、そんな話聞ける訳がなく……
カカシは問い詰めるのをやめずに、
「そりゃ無理ってもんでしょ。ほれ、言ってみろ」
テンゾウがハァと嘆息を吐き、観念した声音で言った。
「先輩を追っていれば、九尾に辿り着ける可能性がある……と、さる方から言われまして……」
その発言にカカシは、やはりか……
と、げんなりしながら、
「狙いはナルトか……」
「ええ、より正確に言えば、彼の中にいる九尾…ですがね……」
「ナルトは既に霧の忍だ。迂闊に手を出せばどうなるか……お前だってわかっているはずだけどね?」
「まぁ、先輩の気持ちはわかりますよ。なんたってナルトは……あの四代目が遺した……たった一人の息子ですからね……」
「………………」
押し黙るカカシ。
ナルトには、できれば幸せに過ごしてもらいたい。
カカシは密かにそう想っていた。
自分の恩師の息子なのだ。
当然である。
だが……
テンゾウが言った。
「ですが……もう既に、木の葉の里はそんな悠長なことを言っていられる情勢では……なくなってきているんですよ……」
それにカカシは、怪訝そうに問いかける。
「そりゃ、どういう……」
が、テンゾウはカカシの言葉を遮り……
「…………」
こちらをじっと見ていた一羽のカラスが、不吉に羽ばたいた……
「…………」
「…………」
静まり返る景色。
二人しかいない場所で。
二人の忍の石像が向き合い、絶えず止まることを知らない滝が流れ続ける中。
木ノ葉の木遁使いが、淡々と――告げた。
「恐らくですが……もうじき……木の葉と霧が
――戦争を始めることになります」
*
*
*
後書き
読者の皆様、いつもありがとうございます。
これにてサスケ奪還編終了です。
取りあえず、キリのいいところまで物語が進みました。
そして……
一つお知らせが……
ここからの投稿はかなり不定期になります。
色々と忙しくなってきまして……(>o<")
なんとか少しずつでも投稿はしていきたいので、暇な時間にでも閲覧して頂ければ、幸いです。