霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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開戦

滝が割れる。

そのすぐ近くではクナイと刀がぶつかり、火花を散らす。

そして、本体のナルトはハクの助言と分身たちの助けを得ながら、

 

「ぬぅぅぉぉおお!!」

 

右手にチャクラの乱気流を留めていた。

螺旋丸。

言わずと知れたナルトの得意忍術にして、四代目火影の残した遺産忍術。

膨大なチャクラに、針の穴に糸を通すかのような高度なチャクラコントロールを要する、難易度にしてAランクの高等忍術。

それだけでも十分に凄い技なのだが……

 

「ここに、さらに風のチャクラを流し込む」

 

いまナルトの掌の上では、それを超える忍術が完成されていた。

チャクラの形態変化のみに特化した螺旋丸。

そこにナルトが本来持っている風の性質変化を加える。

火・風・雷・土・水の五大性質変化にはそれぞれ基本的な優劣関係と特徴が存在する。

火は風に強く、風は雷に強いといったように。

土が防御面に秀でており、雷が貫くことに特化しているように。

風には風の特徴が存在した。

そして、それは当然ナルトが作り出した忍術にも色濃く影響を生み出していた。

 

「へへっ、ここまでは完全にものにしたってばよ」

 

風の性質変化は近・中距離戦において一番効力を発揮する。

イメージは刃と刃が鍔迫り合う鋭い形。

切れ味抜群の攻撃を誇る風のチャクラが乱回転するチャクラの塊に組み込まれ、螺旋丸の形はただの球体から、まるで小さな手裏剣の刃が突き出るような、見るからに殺傷能力を高めた形状へと変貌を遂げていた。

 

「ここまでスムーズに……ついに完成したんですね」

 

目の前にいるハクが感嘆の声をもらす。

それにナルトは得意気な笑みを浮かべ、

 

「名付けて、風遁・螺旋丸。これにて会得完了! これもハクや長十郎、それに九喇嘛が今まで修行に付き合ってくれたおかげだってばよ」

 

ここは里の外れにある忍の修行場。

修行場といっても、特別に整備されているわけでもなく、むしろ自然がありのままに残っている場所なのだが、今のナルトにとっては最適な環境が整っていた。

流れる滝の前では今も数十人のナルトの分身たちが急流に手をかざし、風のチャクラだけで水の流れを塞き止め、文字通り真っ二つに断ち切っていた。

割れた垂水の前で、はしゃぎながらハイタッチしている様子が見える。

さらにそのすぐ近くでは、風の性質変化を練り込んだ近接戦闘に慣れるため、別の分身たちがクナイを手に取り、ヒラメカレイを担いだ長十郎に挑みかかっていた。

次々と自分の分身が空を舞う光景から目を逸らしつつ、ナルトは螺旋丸を掌から消した。

 

「そんじゃあ、そろそろ戻るか」

「ですね。そろそろ時間でしょうし……」

 

朝日が登り、少し経過した早朝の時間。

普段であれば、任務がない日はここから日が沈む時間帯まで修行に明け暮れるのだが、今日はそういうわけにはいかない。

暁の襲来、そして木の葉の宣戦布告から丸一日。

現在、霧の里は第一級の厳戒態勢を強いられていた。

もうじき木の葉の忍が、ここに攻めて来るのだ。

準備運動を終えたナルトたちは、木陰に佇んでいた再不斬のもとへ歩み寄る。

その時……

逸早く気配を察知した長十郎が言った。

 

「誰か来ます」

 

ここに近づく忍の気配にナルトたちは一度足を止める。

その女性は上空から舞い降り、再不斬の後ろから現れた。

霧の里の中でも、一、二を争う美貌の持ち主。

いつもの里長らしかぬ、ふんわりとした雰囲気はどこへやら……

引き締まった顔立ちをしたメイを一瞥してから、再不斬が口を開いた。

 

「時間か……」

「ええ」

 

僅かな張り詰めた空気の中、ナルトたちは二人の会話に聞き耳を立てる。

 

「メイ、何故奴らが海を渡っている時に仕掛けなかった。どちらにせよ水辺での闘いになるんだ。そっちの方が殺りやすかったんじゃねェのか?」

「彼らの軽挙妄動に、私たちが付き合う必要はありません」

「あ? そりゃどういう意味だ」

 

これはナルトも疑問に思っていた。

霧の忍は水辺での戦闘を得意とする。

水の上を走る忍者は数多くいれど、水中に潜って戦えるのは霧の特権と言っても過言ではない。

ナルトにはできない芸当だが……

数ヶ月前までは木の葉で過ごしていたのだ。

釣りや橋作りに至っても、この間マスターしたばかりのナルトにとって、水中戦は荷が重すぎた。

ズレた思考を戻し、再び聞き耳を立てる。

 

「追い払うだけでしたら、それでもよかったのですが、それでは意味がありません。例えその場で勝利を納めたとしても、それは一時のもの。本当の意味で木の葉に勝つには、一度彼らをこちらへ誘い込み、その気力を完全に削ぎ落とす必要があるのです」

「……下手を打てば里にも被害が出るぞ」

「それでも彼らを逃すわけには参りません。確かにそれ相応のリスクは伴いますが、長い目で見れば、これが一番被害を抑える選択です」

 

そこまで言い切った後、彼女の視線がこちらに向けられる。

ナルトたちは身を隠していた木陰から姿を現し、

 

「準備は完了したってばよ」

「お待たせしました」

「水影様、お早うございます」

 

それぞれ顔を見せ、次々と挨拶の言葉を口にする。

メイは返事を頷きで返し、最後に目線をナルトに向けた。

 

「ナルト。昨日も言いましたが、アナタとハクは里に居る住民の避難誘導に務めて下さい。くれぐれも里の外から出ないように」

「……わかってるってばよ。昨日、さんざん言われたからな」

 

イタチとの話し合いの後。

やっぱり納得できなかったナルトは戦場に出ると言い張ったのだが、結局のところメイからの許可は下りなかった。

でも、それも仕方のないこと。

木の葉の狙いは他ならぬナルトなのだ。

鴨がネギ背負って歩き回るわけにもいかない。

最終的にだが、ナルトはしぶしぶながらも里に残ることを受け止めた。

しかし、心から納得したわけではない。

そもそも今回の戦争は、ナルトの事情も大きく関わっている。

にもかかわらず、自分は戦うことすら許されない。

そんなナルトの心情を察してか、メイが口を開き、

 

「アナタが霧の忍になってから、もう数ヶ月。いえ、まだ数ヶ月と言うべきでしょうか。覚えていますか、あの日のことを」

「ん、覚えてるってばよ。あの日、念願の額当てを貰ったんだよなぁ」

 

懐かしむように笑うナルト。

だが、メイの表情は真剣そのものだった。

 

「私はあの時、木の葉からやって来たアナタのことを少なくなからず疑っていました」

「え?」

 

信じられない言葉を耳に、ナルトは思わず口を閉ざす。

しかし、メイは言う。

 

「人の上に立つ以上、常に最悪の事態を想定しておかなければならない。スパイである可能性も考慮していましたし、九尾が敵になることも考えていました。もちろん、そんな疑惑はすぐに消え去りましたが……」

 

それからメイは優しく微笑み、

 

「それに比べれば、今回の戦など大したことではありません。アナタは里の皆と一緒に安心して待っていて下さい」

 

と、言った。

そこまで聞いてから、ようやく理解する。

メイは戦争に参加できないナルトの罪悪感を消そうとしてくれたのだと……

 

「わかってるってばよ、メイの姉ちゃん。しっかり任務はやり遂げる。里のみんなのことはオレに任せてくれってばよ!」

 

 

 

いま霧隠れは大きく分けて、二つの思想が対立していた。

一つはメイを水影と認め、里一丸となり、手を取り合う者。

一つはそんな和気藹々とした雰囲気を断じて認めず、反乱こそ企てないものの、協力もしないと手を斬り離す者。

特に今まで差別や侮蔑を受けてきた血継限界をはじめ、特殊な力を宿す一部の一族は未だに里に対する反骨精神を隠そうともしていなかった。

他国との戦争が始まるという緊張感から、比較的に多くの人間が纏まりを見せたが、それでも全てではないのだ。

しかし、それでも今は進む以外に道はない。

 

「水影様、既に皆様がお待ちしております」

「ええ。私もすぐに向かいます」

 

数名の暗部を護衛に付け、メイは勝手知ったる簡素な廊下を迷うことなく突き進む。

視界に映る情景は室内から屋外へと移り、霧隠れ特有の冷え切った風が頬を撫でた。

里の中心にそびえ立つドーム状の大きな建造物。

水影邸。

その露台から顔を出し、メイは眼下に広がる景色を見下ろした。

 

「また戦いが始まるのか……」

「相手は同盟を結ぼうとしていた木の葉の連中らしいぞ」

「嫌だ、戦争なんか出たくない……」

「なんで雪忍の奴らまでいるんだ?」

「内戦が終結したばかりだってのに……」

「カッ! 何言ってやがる。忍は殺り合ってなんぼだろーが!」

 

現在、霧の里には里の忍をはじめ、召集に応じてくれた各同盟諸国の勢力も合わさり、総勢一万を優に超えた常時では考えられないほどの軍勢が一同に集結していた。

水の国が保有する兵力は約二万。

その内の半分以上が里に集っているといえば、どれほどの異常事態か理解できるだろう。

しかし、集まった兵の皆が皆、この戦争に乗り気というわけではない。

中には不満を募らせる者、逃げ出したい者もいるだろう。

それでも、静観を決め込むわけにはいかない。

木の葉の大軍はすぐそこまで迫ってきている。

闘う以外に、道はないのだ。

メイは一度背後を振り返る。

そこにはメイを護るように佇む、背にヒラメカレイに担いだ水色髪の少年、長十郎。

そして、大槌を片手に今か今かと待ち構えた同じく忍刀七人衆の一人、餌人の姿が……

さらにその後ろには、各同盟国の里長たちがメイと同じく眼下の様相を見守りながら、静かに時が来るのを待っていた。

メイは決意に満ちた瞳で一つ頷き、顔を前に向け、一歩足を踏み出した。

 

ドォーーン! ドォーーン! ドォーーン!

 

里全体に、身体が竦み上がるほどの重低音が鳴り響く。

餌人が手に持つ大槌で銅鑼を打ち鳴らす。

戦場に赴く忍たちを鼓舞する戦太鼓。

やがて空気の振動が収まり、静寂が訪れたところで、メイの朗々とした声が場を宣した。

 

「お早うございます。霧隠れに集いし、勇壮たる忍者達よ。そして、我らの願いを遠路はるばる聞き届けた親愛なる同胞諸君。僭越ながらこの場を借りて、挨拶の言葉を述べさせてもらいます。私は五代目水影・照美メイ」

 

今この場には霧隠れの忍だけではなく、水の国全土、ひいては同盟国である雪の国からも多くの人々が集まって来ている。

まずは自己紹介をしてから、一拍間をおき、メイは言葉を繋いだ。

 

「情勢が入り乱れ、私利私欲に呑まれ堕ち、疑心に疑惑、無益な差別から生み出された血を血で汚す内戦を終えてから約一年。この里に秩序という名の安寧がもたらされてたのはつい最近の出来事」

 

メイが水影となり、内乱は治まった。

少なくとも目に見える範囲では……

そう、あくまで見える範囲での話だ。

里長であるメイが特殊な忍術、血継限界の使い手であることから、表面的には特異な忍術を使う者への差別はなくなっている。

ただし、霧に眠る血継限界への差別意識は予想以上に根深く……

 

「里とは本来、皆が皆、安心して住まうことのできる土地。心から安らげる居場所でなくてはなりません」

 

演説を続けながら、人々の顔をさっと見回す。

すると、やはりと言うべきか、一部の一族に名を連ねる者たちは霧の忍でありながらも、この場に参列すらしていなかった。

それも仕方のないこと。

殺し合いや暴力による対立こそなくなったものの、心の中では互いに許し合っていないのだ。

だが、関係を修復している時間はない。

何故なら……

 

「しかし、今再び、この地が赤く染め上げられようとしている」

 

戦争が起きようとしているから。

霧隠れの里が、半刻を待たずして戦場になるから。

 

「敵軍の名は忍五大国の一つ、木の葉隠れの里。彼らは両里の平和を願い果たされた我らとの同盟条約を破り捨て、我欲を満たすという無知蒙昧を振りかざし、三千という大軍を率い、この里に攻め入ろうとしています」

 

兵たちの間に不安の色が広がる。

相手はあの木の葉の里。

しかも、日頃から頻繁に行われている小競り合いなどではない。

三千という大規模な侵攻作戦。

紛れもない宣戦布告。

血気盛んな霧の忍ですら、恐怖を感じずにはいられない数の暴力。

他の同盟諸国からすれば、なおのこと冷静ではいられないだろう。

しかし、ただ黙していても結果は変わらない。

メイは拳を握り、力強い声で言い放った。

 

「それを座して待つのか。否、断じて否!」

 

覚悟を秘めた、翡翠の瞳が兵たちの不安を払い退ける。

こちらを見上げる彼らの顔を、真摯な眼差しで見つめ返し、

 

「私が水影に拝命されて約一年。このような知恵の浅い小娘の戯言に耳を貸さぬ者もいるでしょう。かつて血霧の里と畏れられたこの里を信じられない者もいるでしょう」

 

現実はままならない。

どれだけの善行を重ねようと、過去の行いが消えることはない。

血を血で洗ってきた霧隠れの歴史は、今もなお人々の脳裏に焼きついている。

それでも前に進むと決めたのだ。

影の名を背負った時から……

その気持ちを風化させてはならない。

だからこそ、メイは叫んだ。

 

「ですが、此度の闘いは今までのものとは違います。他者から奪い、辱めるための戦ではありません。国を、里を、仲間を、友を、そして愛すべき家族を護るための闘いなのです!」

 

続けざま、叫ぶように声を上げる。

 

「今日! 今ここで水の国が一丸となり、本当の意味で手を取り合う日がやって来たのです。国の未来のため、未来を担う子ども達を護るため、そして平和な明日を掴むために。皆さん、どうか私に力を貸して下さい!!」

 

暫しの静寂の後……

 

「「「オォォォォォォオオ!!」」」

 

怒号のような歓声が上がった。

五代目様! 水影様! と、自分を讃える声がいくつも聞こえてくる。

その光景を目の当たりに、メイは密かに安堵の息をもらし、次に繋がる言葉を述べた。

 

「続きまして、同盟国代表。雪の国の君主、風花小雪姫から御言葉を賜りたいと存じます。謹んで、ご静聴されますよう――」

 

 

 

壇上からメイの姿が消え、代わりに一人の女性が姿を現す。

誰もが一度は目にしたことのある女性。

美しく長い黒髪。

汚れ一つない綺麗な戦装束を身に纏い、疾風に裾をはためかせ歩く姿は一枚の絵となっていた。

下には軽装型のチャクラの鎧を着込み、腰には目薬の印籠が入った小刀。

胸元からは雪の国の秘宝、六角水晶を覗かせて、小雪は意志の強い瞳をこちらに向けた。

 

「おお……」

「あの御方は……!」

「オレ映画で見たことあるぞ!」

 

ちらほらと、先ほどとは違った意味で溜め息混じりの歓声が兵たちの間に広がる。

あまりの美しさに人々は息を呑む。

そんな中、小雪は壇上の上に立ち、ゆったりとした動作で言葉を紡いだ。

 

「かつて、私が住まう雪の国には、春という言葉がありませんでした」

 

鈴の音を思わせる、彼女の綺麗な歌声が静まり返った霧の里に響き渡る。

そんな声に耳を傾けながら、ナルトは、

 

“父が言ってたの……諦めなければ、いつか春が来るって……でも、この国に春はない”

 

ある任務での会話を思い出していた。

捕われた牢屋の中で小雪と行われた、口喧嘩に近い言い合いのような会話の数々を……

すると……

小雪がゆっくりと目蓋を閉じる。

まるで、遠い過去に記憶を馳せるように、

 

「心は凍てつき、涙は枯れ果て、魑魅魍魎が跋扈する一条の光すら差さない闇と絶望に覆われた廃国、それが雪の国」

 

そのまま静かに、語りかけるような口調で、

 

「閉鎖的な水の国では、似たような話を耳にしたこともあることでしょう」

 

ナルトが霧の忍になった時、既にメイが水影に就任していた。

そのため実際にその目で確認したことは殆どないのだが、海に囲まれた地形状、他国との交流が排他的になりやすい水の国は、国内の情勢が不安定になることが多々あったのだ。

かつて、ドトウに支配されていた雪の国と同じように……

しかし……小雪が言った。

 

「ですが、そんな雪の国にも先日、永い永い冬を越え、花乱れ蝶が舞い踊る暖かな日差しの中――春の季節が訪れました。四人の霧の忍達の手によって……」

 

開かれた双眸は、希望の光で満ち溢れていた。

その光が、何万という兵の影に埋もれた一人の少年。

ナルトの姿を捉え、

 

「彼らは諦めの言葉を口にする私を叱り、励まし、私の代わりに涙を流し、笑みを浮かべ、決してこの手を離そうとはしなかった」

 

そう語りかけてきた。

ナルトは無意識に自身の手を胸にあてる。

心臓がどくどくと鼓動を打ち、熱くなっているのを感じた。

小雪の発する言葉の一つ一つが、ナルトの、みんなの心を揺れ動かす。

そして……

 

「私は貴方方に心配の言葉も激励の言葉も贈るつもりはありません。ただ信じています」

 

優美な身のこなし。

時代劇がかった口調。

映画のワンシーンを見ているような錯覚。

しかし、その言葉は作り物ではなかった。

想いの込められた生きた言葉だった。

雪の国の君主と映画女優。

二つの夢を叶えた小雪が、

 

「何故なら、私は身をもって知っている。霧の忍者の強さを! 雪の民の底力を! 水の国の団結を!」

 

叫ぶように言葉を発する。

続けて、

 

「我らは今まで互いを蔑み、憎しみ、時には刃を交えてきた。中には同じ水の国であろうと手を取り合うことに嫌悪感を抱く者もいるやも知れません」

 

彼女の意見は正しかった。

戦争が始まろうとする中、戦える力を持っていながらもこの場にいない者がいるのだ。

しかし……

 

「だが、思い出して欲しい。人は美味しい物を口にすれば笑い、魂を揺さぶる劇には心を動かし、親しい者が傷つけば涙を流す生き物なのだと! どれほど巨万の富を有していようと、どれほど巨大な力を宿していようと、そこに違いなど在ろうはずがない! かつての私のように目を閉ざしてはなりません! 自身の檻に想いを隠してはならない! 目蓋を開き、己が眼で周囲を見回して欲しい……」

 

参列していた兵たちが一同にどよめき、周囲に視線を向ける。

その間、小雪は何も言葉を発しなかった。

ただただ眼下の様相を静かに見守る。

そして、再び静寂が訪れた時。

彼女は朗々とした声音で……

韻々と……

 

「貴方の映る瞳に、心の無い人間はいますか?」

 

瞬間――空気が変わった。

 

戦の空気に呑まれ、死の恐怖に襲われる感覚が……

怯えを孕んだ表情が……

兵たちの間から瞬く間に消え去った。

が……

霧隠れに起きた変化はそれだけではなかった。

ナルトの隣にいたハクが口元を押さえ、目を見開く。

 

「あ……!」

 

小雪の演説を聞き、ハクと同じように今まで霧の里で迫害にあってきた者たちが、一人、また一人、この場に集まってきたのだ。

そして、それを拒むことなく、当たり前のように、霧の忍たちが受け入れる。

信じられない光景だった。

ありえない光景。

霧の内情を知る者からすれば、夢だと断ずるに余りある情景を目の当たりに、だからこそナルトは理解した。

霧隠れにも――雪解けの季節が巡って来たのだ、と。

静かに涙を流すハクを横目に、ふと気づく。

自分の視界がぼやけていることに。

ナルトは自身の目に溢れる熱い何かを無視して、小雪の話に耳を傾けた。

 

「内乱続きであった水の国はここ一年、徐々に平和の形を取り戻しつつありました」

 

少し離れた場所で演説を聞いていた人々が、さらにこちらへ押し寄せて来る。

全員、特殊な血を持つことから里に疎まれ、いつしか互いに憎しみ合ってきた者たちだ。

それらの一族がこの場に足を運び、会場の人数はさらに膨れ上がる。

人が密集することにより、汗をかくほどの熱気が充満する。

それでも誰一人として、小雪から目を逸らそうとする者はいなかった。

本当の意味で、一丸となった霧の里が、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「しかし、今再び、この国が戦火の炎に呑まれようとしている」

 

もうすぐ戦争が始まる。

だが、兵たちの間に不安の色はなかった。

ここに集った皆が皆、精悍な顔だちへと変貌を遂げる。

しかし……

ナルトには一つだけ思い悩むことがあった。

 

「木の葉は自国の利益のため、里に蔓延る邪欲に身を堕とし、修羅と化した彼らは今一度、戦乱の時代を幕開けようとしている」

 

木の葉の里。

そこはナルトが生まれ育った忍の隠れ里。

そして……

自来也にカカシ、サスケにサクラ、シカマルにネジ……

そこには何人もの先生や友達がいて。

いまナルトの心は、二つの里の間で板挟みになっていた。

できることなら、争いたくなんてない。

だが、木の葉が止まることはない。

何かを護るには、闘う以外に道はないのだ。

それをかつて、ナルトたちから学んだ小雪が、

 

「義を見てせざるは勇なきなり。何が正しく、何が間違いなのか。各々、心に刻み込んだ揺るぎない答えがあることだろう。ならば、あとはそれを示すのみ!」

 

力強い、自信に満ち溢れた言葉が響き渡る。

数万という人数。

それらの視線を一身に受け止め、風雲姫の衣装を身に纏った小雪がさらに一歩足を踏み出し、

 

「敵は五大国最強・木の葉隠れ。だが、怯える必要などありはしない。何故なら、此処に集った貴方方は既に大いなる一歩を踏み出しているのだから!」

 

澄んだ声が、まるで神話を語るように。

小雪の口から出る言葉の一つ一つが、人々に勇気を与える。

手振りの所作一つで、周囲の心を引きつける。

 

「人は壁にぶつかった時、その道を二つに分ける。一つはそこに壁があるのが悪いと罵り、自らの歩みを止める者。一つは壁に求めず、自分に求め、たとえ地に這い蹲ろうとその歩みを止めず突き進む者」

 

彼女は応援の言葉など、一切口にしていない。

ただ、信じているだけ。

だからこそ、その言葉は人々の心に刻み込まれるのだ。

 

「困難に立ち向かう道を選んだ貴方方は、最初からただの勝者でしかない――それ故に断言しよう」

 

全ての視線が小雪に集まる。

霧の忍、雪の民、同盟国の軍勢。

万を超える眼差しを前に、一切怯むことなく、小雪は言い放った。

 

「約束された勝利を!!」

 

一瞬の静寂。

しーんと静まり返った、耳が痛いほどの空白の――直後。

 

「「「オォォォォォォォォォオオオオ!!!」」」

 

里を覆い尽くさん咆哮が天に轟く。

銅鑼の音が鳴り響き、兵の士気が最高潮に達する。

あちらこちらから水龍が立ち昇り……

 

「さあ、参りましょう。虹の向こうへ!!」

 

七色の虹が――空を架けた。

 

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