チャクラのうねりとともに、三人の分身が出現した。
本体のナルトは一歩下がり、テンゾウの動きを観察する。
戦闘において重要なのは、自分の力と相手の力を見極めること。
まずは、ほぼノーリスクで扱える分身を利用して、情報収集を行う。
直後、分身たちが目線で合図を送り合い……
散開する。
地を蹴り、駆け出した。
最初の一人は脇目も振らず、真っ直ぐに突っ込み、
「っらあ!」
まだ幼さを残すナルトの見た目からは、想像できないほど素早い拳打が繰り出された。
が、それはあっさりと防がれ、返しの拳を突き出される。
分身もそれを難なく回避するが、木遁で足下を拘束され……
ボン!
煙となって消えた。
次に、今の戦闘の最中、背後に遠回りしていた分身がクナイを片手に、敵の死角から襲いかかる。
それに気づいたテンゾウは、
「速い……っ!」
ギリギリのところで斬撃を躱し、跳躍する。
そのまま空中でバランスを取り……
右腕を突き出し、術を発動した。
「木遁の術!」
加工された木材が、テンゾウの腕から伸び、地上に降り注ぐ。
分身もクナイで応戦するが、抵抗むなしく……
ボン! と音を立て、消えた。
そして、
「はあっ!」
地面に着地したテンゾウは術を維持したまま、木の枝を伸ばし、残った分身を捕らえようと……
しかし……
「…………」
三人目の分身は、瞬身の術を多用し、迫り来る木材を華麗に躱し続けていた。
触れただけで不味いと学習した分身は回避に徹し、擦りさえさせない。
が、それに業を煮やしたテンゾウが、
「逃がさないよ」
左腕からも木材を生やし、左右からナルトの分身を追い詰める。
それでも数秒ほど粘っていたが、ついに逃げ場をなくした分身は攻撃をくらい……
ボンっ! と白い煙を立て、弾けるように消えた。
そして、本体のナルトは……
「…………」
それを黙って見ていた。
分身が得た情報は、分身が消えた直後、術者であるナルトに還元される。
それを元に、ナルトは頭の中で戦術を組み立てる。
未知数だったテンゾウの実力は、今ので大体把握できた。
予想していた通り、かなりの実力者で、間違いなく上忍クラスの忍だ。
しかも、自分の上司である再不斬レベルの……
だが、攻撃を当てることはそう難しくない。
先ほどの戦闘でも、本体のナルトより僅かに性能の劣る分身を相手に、スピードは殆ど五分五分であった。
そう……
手を抜いていた分身と互角だったのだ。
敵の力量を計りつつ、相手はこちらの力量を読み違えるように。
ナルトはこういう戦闘の時、最初わざと手を抜くように癖をつけていた。
まあ、再不斬やハクに、影分身はそういう風に使った方が効果的だと教わっただけなのだが……
それはさておき……
「…………」
目の前の男を見る。
木遁などという、聞いたこともない術を扱う忍。
身のこなしや雰囲気から考えても、テンゾウは手練れの忍者だ。
木遁以外にも、ナルトが知らない術を使用できるかも知れない。
いくら攻撃を当てたとしても、下手に手負いにして、反撃を受ければ元も子もない。
いや、最悪逃げられる可能性だってある。
それだけは避けなければ……
勝負は最初の一撃で決めるしかない。
作戦は……決まった。
あとは実行するだけ。
ナルトは指先を交差させ、再び十字に印を結び、術を発動する。
「影分身の術!!」
チャクラのうねりとともに、横一列に並んだナルトの分身が、八人現れた。
が、そこで。
テンゾウが言った。
「一応聞いておくけど、大人しく捕まる気はあるかい?」
などという、馬鹿馬鹿しい問いに、
「ふざけんな。んなもん、あるわけねーだろ」
ナルトは淡々とした口調で応える。
しかし、テンゾウは無表情のまま、どこか真面目さを感じさせる声音で、
「戦争が過激化すれば、大勢の人間が死ぬことになる。だけど、今ならキミ一人の命で犠牲を最小限に抑えることができる。キミにとっても、そう悪い話ではないと思うけどね?」
なるほど。
確かに、一人の命でより多くの人間を救えるのなら、そちらの道を選ぶべきだ。
だが、ナルトは、
「ふざけんな。殺さなくてもよかった子どもを殺しておいて、最小限の犠牲だと? 大体、この戦争はお前ら木の葉が始めたことだろ。命の大切さを語るなら、なんで戦争なんか始めやがった」
すると、テンゾウはすらすらとした口調で、
「何を他人事みたいに言っているんだい。確かに、この戦争は木の葉が始めたものだ。そこを否定するつもりはない。だけどね、戦争のきっかけを作ったのは紛れもなくキミだよ、うずまきナルト。九尾の人柱力であるキミが勝手に里を抜け出したおかげで、木の葉は今、滅亡の危機に瀕している。この戦争はその延長のようなもの。つまり、キミが引き起こしたと言っても過言ではないのさ」
なんてことを言ってきて。
それに、ナルトは怒りを覚える。
さっきのように取り乱すようなことはないが、それでも怒気を孕んだ瞳で、
「オレをずっと除け者にしてきたのはてめーら木の葉の方だろ! だから、オレは里を抜けた。そしたら今度は帰ってこい? わけわかんねーこと言ってんじゃねーぞ! オレも九喇嘛も、てめーらのオモチャじゃねェ!」
叫ぶように声を上げた。
しかし、テンゾウは首を横に振る。
「いいや、キミは木の葉の道具だ」
あっさりとそんなことを言ってのけ、
「忍は、人は争う生き物だ。仮に今回戦争が起きなかったとしても、必ず誰かが似たような事態を引き起こしていただろう。そして殺し合い、さんざん屍の山を築き上げた後、争いは無意味だと悟る。だけど、そんな風に痛みで得た教訓も、数年もすれば記憶は薄れ、また里同士の争いが勃発する。しかし、それではいつまで経っても終わらない。だから、それを力で抑え、里同士のバランスを取り、犠牲を減らすシステム。それが……」
が、ナルトはそれを遮り、
「それが、人柱力だって言いてーのか」
すると、テンゾウは感情を映さない瞳のまま、にっこりと嫌な笑みを浮かべ、
「なんだ、ちゃんと知ってるんじゃないか。つまり、キミは勝手に出歩いていい存在じゃない。大人しく木の葉に帰ってくるんだ」
と、言った。
そして、それに対するナルトの返答は……
「…………」
無言でポーチに右手を入れる。
そこから何本もの術式クナイを取り出し、周囲へばら撒いた。
と――
掌を上に向ける。
両隣にいた二人の分身ナルトが、その差し出された右手に自身の掌を重ね合わせ……
ナルトが言った。
「オレの答えは同じだ。ふざけんな! お前たち木の葉の言うことは、口先だけでなんも心に響かねー。人は争う生き物? 犠牲を減らすシステム? ふざけんじゃねぇーってばよ! お前たちはいつも人を傷つけるだけだろォ!」
ナルトの手に、蒼く輝く球体ができあがる。
チャクラの形態変化を極めた、四代目火影の残した遺産忍術。
螺旋丸。
が――
ナルトたちはそこに、さらに風の性質変化を加え始める。
「戦争を始めたのはテメーら木の葉だ! 勝手に責任なすりつけてんじゃねェ! それでも、まだわかんねーってぇなら……」
旋風音。
螺旋丸を核に、小さな四枚の白い刃が生まれる。
僅かに風を切り裂く音。
見た目にそれほど大きな変化はない。
大きさもナルトの掌に収まるほど。
だが……
テンゾウが驚愕の表情を見せる。
今まで感情の一切を表に出さなかった男が、目を見開き、囁くように呟いた。
「……まさか」
螺旋丸はチャクラの形態変化を最高レベルまで高めたAランク忍術。
しかし、そこに性質変化を組み込むことは術の発案者でもある四代目……ミナトにさえ成し遂げられなかったこと。
それが今、ナルトの手に掲げられ……
「オレがてめーら木の葉に――痛みを教えてやる!!」
九人のナルトが一斉に術式クナイを取り出す。
途端、テンゾウから強烈な殺気が噴き出した。
並の忍では息をすることさえ忘れるほどの、強い殺意。
それを全身から放ち、
「交渉は決裂だな。それに……どうやら手加減をする余裕もなさそうだ」
突如、冷たい声が耳に届いた。
冷徹な眼差しが、ナルトの姿を捉える。
「木の葉の肥やしとなれ、九尾の人柱力」
素早く印を結んだテンゾウの手から、大量の木材が放たれる。
威力、速さ、範囲、その全てが今までの技とは明らかにワンランク上の木遁忍術。
一度でも捕まれば、命はないだろう。
しかし、それだけだ。
この程度の術、いくら放とうと今のナルトに届くことはない。
「一瞬で終わらせてやる」
次の瞬間。
電光石火が迸る。
九人のナルトが。
音もなく。
光の速さで。
その場から……
――消えた。
ある者は予めばら撒いておいた術式クナイへ。
ある者は別の分身が持っている術式クナイへ。
ある者は瞬間移動を行いながら、術式クナイを投げ、マーキング場所を移動させ。
まるで魔法陣を描くかのように、黄色い閃光が縦横無尽に飛び回る。
飛雷神の術。
マーキングからマーキングへ跳躍し続けるナルトたちを見て、テンゾウは呻くように言った。
「うわさには聞いていたが、これほどとは……」
既に木遁はナルトを追い回すことすらしていない。
速さの次元が違う。
テンゾウにはナルトの姿を捉えるどころか、目で追うことすらできていない。
しかし……
彼の目は、死んではいなかった。
チャクラを巡らし、反撃のチャンスをうかがっているのがわかる。
それでも、ナルトの視点から見たテンゾウの姿は……あまりにも隙だらけであった。
と――
九つの光芒が閃き。
背後に回り込んだ分身が、躊躇なく術式クナイを投擲する。
その術式クナイが、テンゾウの鼻先まで迫った――瞬間。
本体のナルトが、目にも止まらぬ速さで飛び込み、
「くらいやがれ!」
奥義を繰り出そうと……
しかし、
「詰めが甘い……!」
ナルトの眼前には、これでもかというほど絶妙なタイミングで……
木材の群れがカウンターの形で襲いかかってきた。
木遁を操りながら、テンゾウが、
「飛雷神の速度にはついていけなくとも、放たれたクナイ程度なら僕でも見切れる。あとはそこに罠を張るだけでいい。目にも止まらぬ速さが仇となったな!」
と、言いながら、木材の矛がナルトに迫って来て。
が……
そんな状況でなお、ナルトは冷静さを失っていなかった。
焦りの表情一つ見せない。
この奥義は、あの自来也とフカサクが太鼓判を押したもの。
対策を練ろうと、対策の取れる技ではない。
刹那。
九人のナルトが戦局を把握する。
十八の瞳が最適解の答えを導き出し……
その直後。
なんの予備動作もなく。
印も結ばず。
相手に一切の選択を与えず。
一筋の閃光が……形勢を覆す。
テンゾウの死角にいた分身ナルトと本体のナルトが、合図の一つもなく、視線すら合わせず、状況判断のみで思考をシンクロさせて。
同じタイミングで、同時に同じ術を発動した。
「互瞬回しの術!」「飛雷神!」
瞬間。
位置が入れ代わる。
降り注ぐ木材は全て分身が受け止め。
本体のナルトは一瞬にして、テンゾウの懐に潜り込み、
「――終わりだ」
右手に掲げた螺旋丸を……
「飛雷神・螺旋乱舞閃光陣の段・玖式!!」
風遁・螺旋丸を叩き込んだ。
「がぁっ……!」
脇腹に術を叩き込まれたテンゾウが、苦悶の声を絞り出す。
腹が捻れ、肉が散り、骨が砕ける。
分身でもなければ、変わり身でもない。
目の前にいるのは、紛れもなく生きた人間。
だからこそ、ナルトはさらに掌を押し込んだ。
「うおおおらあああ!!」
ネジの時のような寸止めはしない。
我愛羅やサスケの時みたいに、加減などしない。
螺旋丸に込められた風の刃が、確実に相手の息の根を止める。
風遁・螺旋丸。
必殺の奥義が炸裂する。
「ああああああ!!」
テンゾウの身体が、凄まじい勢いできりもみ回転を描き、前方へと吹き飛んだ。
枝を折り、森の木々を貫通し、それでも勢いは止まることを知らず、最後には大きな岩に身体を激突させる。
それでもまだ終わらない。
既存の風遁忍術ではあり得ないほどの、膨大かつ鮮烈な風のチャクラが刃となり、テンゾウの身体をズタズタに斬り裂き、斬殺する。
「…………」
最後に残ったのは……
かろうじて原形をとどめた、惨たらしい死体だけだった。
「はあー……」
口から疲労の声が漏れる。
初めて……
人を殺した。
自分の手で。
だけど、後悔はしていない。
自分で決めたことだから。
自分の意思で選択したことだから。
が、そこで。
「…………」
誰かが後ろに立つ気配がした。
だが、ナルトは振り返らない。
ハクは何も言わない。
いつものような鳥のさえずりも、虫の騒めきも、今は聞こえない。
先ほどまで激闘が繰り広げられていた森には、深々とした静寂が広がっていた。
ナルトはその場にしゃがみ込み、地面に落ちていた一冊の本を拾い上げる。
表紙に「ド根性忍伝」と書かれた本。
そこには、ナルト、ハク、長十郎、そして裏表紙の端っこに再不斬のサインが描かれていて……
そのサインは……血で赤く染まっていた。
空を見上げる。
風に流される雲をじっと眺めながら。
誰に伝えるのでもなく、自分に誓うように。
ナルトは告げた。
「木の葉は……オレが潰す」