霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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イタチvsダンゾウ 対を成す二つの瞳術

難攻不落の自然要害。

山々に囲まれた自然要塞。

霧隠れの里。

そんな場所に攻め入る方法は、正面から以外あり得ない。

下手な行軍を行えば、敵に辿り着く前に足を滑らせ、死に至るからだ。

しかし……

 

「…………」

 

イタチは一人、そんな山手の裏でひっそりと身を潜めていた。

どれほど時間が経過しただろうか。

山の気配に異物が混ざり込む。

鳥の羽ばたきとともに、その男は現れた。

 

「…………」

 

頭部から右目にかけて包帯が巻かれ、右腕には封呪が施された枷を嵌めた老人。

ダンゾウが静かに呟いた。

 

「まさか、こんな所で会うとはな……イタチ」

「裏に回るのが得意なアナタだ。ここにいれば姿を現すと踏んでいた」

 

戦場にいる木の葉の忍は全て囮。

なら、九尾を欲しているダンゾウがどこに現れるのか。

当然、ナルトを捕獲するには、霧の里に攻め入る必要がある。

そして、正面から入らないのであれば、裏から侵入する以外に選択肢はない。

つまり、ここで待っていれば、向こうから勝手に姿を見せるというわけだ。

淡々とした口調で、イタチは言う。

 

「ダンゾウ、今すぐ引け。今なら最悪の事態は回避できる」

 

彼はここで手を引く男ではない。

この問答は無駄でしかない。

しかし、一縷の望みを託し、イタチは言った。

それが、両里にとって一番犠牲を減らす選択だから。

が、ダンゾウは言う。

 

「何を血迷ったことを言っている。ここで九尾を捕らえることが、どれほど重要なことか……わからぬお前ではあるまい」

「…………」

 

わかりきった返答に、イタチは口を閉ざす。

もう、自分の取れる選択は一つしかなくなった。

一度目蓋を閉ざし、ゆっくりと開く。

朱く染まった瞳に、三つ巴の勾玉模様が浮かび上がった。

それを見たダンゾウが、

 

「どういうつもりだ、イタチ。木の葉を裏切るつもりか?」

「先にオレを裏切ったのはアナタだ、ダンゾウ」

「……お前の弟、うちはサスケのことか。やはりどこからか見ていたな」

「ああ。カカシさんに、シスイの眼を使ったところも含めてな」

「…………」

「ダンゾウ、これが最後の忠告だ。兵を引け」

 

と言うイタチの警告を……

男は無視する。

己の枷を外しながら、

 

「ワシはお前のことを高く買っていたのだがな。木の葉のため、同胞すらも躊躇なくその手にかけた貴様のことを……」

 

ガシャン! と音を立て、姿を見せたダンゾウの右腕には……

目が、埋められていた。

全部で十個の瞳が。

しかも、その全てが淡く、朱い光を放っていて……

写輪眼。

うちは一族のみが、その瞳に発現させる瞳術。

それがびっしりと、ダンゾウの右腕に埋め込まれていて……

イタチは目を細める。

 

「……どこで手に入れた」

「それをお前に話す意味があるのか? 木の葉を裏切ったお前に」

「…………」

「次は貴様の番だ。敵に回ったというのなら容赦はせん」

 

身を屈め、ダンゾウがいつでも動けるような姿勢を取る。

しかし、イタチはまだ一歩も動かず、

 

「オレは木の葉を裏切ってなどいない」

「なら、何故この場にいる?」

「平和のためだ」

 

そう、それがイタチの行動原理。

サスケが平和に暮らせる未来。

それ以外に、望みなどない。

だが、ダンゾウは厳かな声音で言い放つ。

 

「忍とは争う生き物だ。犠牲なくして平和な世界などありはしない。互いに騙し騙され、他者を利用し、里に仮そめの安住をもたらす。それが忍の在り方だ」

「…………」

「木の葉存続のため、九尾を手に入れることは必要不可欠。たとえ、どれほどの屍を築こうともな」

「……霧も甘くはない。この戦、仮に木の葉が勝利を収めたとしても、被害の数が増えるだけだ」

 

しかし、ダンゾウは言う。

躊躇いのない口調で、

 

「木の葉のために死ねるのだ。奴らも本望であろう」

 

そんなことを言ってのけた。

ダンゾウの言っていることは……

決して、全てが間違いではない。

少なくとも、それがイタチの考えであった。

木の葉のため、九尾を取り戻す。

そのために忍の命を天秤にかけ、他里に侵略行為を行い、力を復活させる。

決して、間違っているとは言えない。

世の中、綺麗事だけではまかり通らない。

いつの時代も、犠牲になるものは存在する。

だけど、だからこそ、イタチは思う。

 

「自己犠牲こそ忍の本分。それは確かに正しいのかも知れない。だが、最初から犠牲の上に成り立つものを、平和とは断じて言わない」

 

しかし、

 

「戯言だな」

 

イタチの言葉は届かない。

彼に話が通用するのなら……

あの日、うちはは滅びの道を辿ってなどいない。

そこで……

イタチは覚悟を決めた。

 

「やはり戦いは避けられないか」

 

全身にチャクラを巡らせる。

ただ立っているだけにもかかわらず、そこには隙一つなかった。

交渉が決裂した今、互いにやるべきことは一つしかない。

それを肌で感じ取ったダンゾウが、

 

「よかろう、では兄弟揃って眼を頂くとしよう」

 

途端。

凄まじい速さで印を結び、術を発動した。

大きく息を吸い込み、

 

「風遁・真空大玉!!」

 

口から空気の砲弾を放つ。

が、それを上回る速さで、イタチは印を結び、術を発動した。

大きく息を吸い込み、

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

口から炎の砲弾を放つ。

瞬間、二つの忍術が衝突する。

だが、術の強さは同じではなかった。

炎の砲弾は、あっさりと風を吹き飛ばし、そのままの勢い……

いや、風を受けた影響か、さらに熱量を増幅させ、ダンゾウに襲いかかった。

そして……

 

「あああああ!!」

 

その身体を全身丸焦げにする。

イタチは予想外の事態に、慌てて口から炎を吐き出すのを止めるが、火の勢いは増すばかりか、そのままダンゾウの身体を黒焦げになるまで焼き尽くした。

その光景に、

 

「……どうなっている?」

 

イタチは疑問の言葉を口にした。

あまりにも呆気なさ過ぎる。

というより、ダンゾウがこの程度で死ぬはずがない。

ない、のだが……

 

「偽物ではない……」

 

写輪眼。

それはあらゆる忍術・幻術を見破る瞳。

イタチは当然写輪眼を使っていたが、あのダンゾウは紛れもなく本物で、目の前の死体は間違くダンゾウのものであった。

つまり、ダンゾウは確実に死んだということだ。

 

「ここで殺すつもりはなかったのだが……」

 

これでは作戦の変更を余儀なくされることになる。

どうするべきか、イタチが頭を悩ませた……

瞬間。

後ろから、強烈な殺気が押し寄せてきた。

 

「風遁・真空波!」

 

風の刃が鞭のようにしなる。

イタチは、その場で伏せるようにして、それを躱し、

 

「そこか」

 

懐から数枚の手裏剣を取り出し、木の裏に潜む存在に向けて、一斉に投擲した。

すると、人に手裏剣が突き刺さる音が聞こえ……

その直後。

木陰の奥から、無傷のダンゾウがイタチの前に姿を現した。

 

「…………」

 

イタチはその朱い瞳で、状況を冷静に観察する。

後ろを振り向くと、そこにあったはずのダンゾウの死体は跡形もなく消えていて。

目の前には……

ダンゾウが言った。

 

「ワシを殺した幻覚でも見たか?」

「…………」

 

幻覚?

いや、そんな生易しいものではない。

あれは紛れもなく死体だった。

確かに、幻術を使えば、死を錯覚させることは容易い。

しかし、傲りでもなんでもなく、ただの事実として、その可能性はあり得ない。

ダンゾウの力量では、イタチを幻術にかけることはほぼ不可能だ。

それだけの力量差が二人の間にはあった。

なら、残る可能性は一つだけだ。

ダンゾウの右腕、写輪眼が埋め込まれた右腕を観察する。

すると、そこにあった目のうちの一つが目蓋を閉ざしていた。

それを見て、仮説を確信に変え、イタチは言った。

 

「イザナギ、か」

 

ダンゾウは僅かに目を動かし、

 

「……知っておったか。流石、シスイに次ぐ、うちはの忍だな」

 

続けて、ダンゾウが言う。

 

「イタチよ。先ほども言ったが、ワシはお前を高く評価している。だが、いくらお前とて、このイザナギを破ることはできん。九尾の捕獲に協力しろ。その命、こんなところで散らせるべきではなかろう」

 

しかし、

 

「…………」

 

イタチは何も言わない。

無言を以って、返事を返す。

だが、ダンゾウは言う。

 

「なら、お前の弟。うちはサスケの身柄とならどうだ?」

 

その言葉に、イタチは初めて心を動かされる。

イザナギという、禁術中の禁術を見せられてなお冷静さを保っていた心に、静かな荒波を立てる。

イタチは冷酷な声音で、

 

「ダンゾウ、貴様には何も見えてはいない。己の矮小さも、オレの器の深さも、そして、オレと貴様の間に分け隔てて存在する、決して越えようのない力の差を」

「な、に……」

「貴様は三代目火影、ヒルゼン様とは違う。枯木がいくら根を伸ばそうと、その身が高みに届くことなど未来永劫ありはしない」

「き、貴様ぁ!」

「安心しろ。貴様は悪党などではない。悪徳すら成せない、生まれながらの敗北者。その一言が、貴様の全てだ」

「イタチィィ!! 貴様ァァ!!」

 

激昂したダンゾウが、クナイを片手に突進する。

その斬撃は、滑るようにイタチの腹に刺し込まれた。

しかし、イタチは苦悶表情一つせず、

 

「今から貴様に、うちはの本当の力を見せてやろう……」

 

直後。

カァー、カァー、カァー。

と、けたたましく鳴き声を上げる、無数のカラスへとその姿を変える。

降り注ぐ黒い羽を払い退け、ダンゾウが、

 

「うちはの本当の力だと? どのような術を隠し持っているのかは知らんが、ワシのイザナギを破れはしない。覚悟しろ、イタチ。今までは木の葉の役に立つと思い生かしてやったが、貴様はもう用済みだ」

 

などと言いながら、辺りを見回している。

そこへ、カラスの群れが襲いかかった。

ダンゾウは鬱陶しそうな顔で、

 

「チッ、邪魔なカラスどもめ……」

 

そう呻いた、瞬間。

イタチが姿を現す。

朱い瞳を、三つ巴から、三枚刃の手裏剣のような模様に変えて。

それを見たダンゾウが、

 

「万華鏡写輪眼か!?」

 

目を見開くが、もう遅い。

イタチはダンゾウと目を合わせた瞬間、彼に幻術をかけた。

すると……

ダンゾウの前に一人の老人が姿を現す。

最初に目に映ったのは、黒を基調とした鎧。

火影の字を背負い、漆黒の忍装束に身を纏った好々爺然とした男。

三代目火影にして、ダンゾウのライバルともいえる存在。

ヒルゼンであった。

そして、そのヒルゼンが、

 

「何をしておる、ダンゾウ」

 

と、問いかける。

しかし、ダンゾウは荒々しい仕草で印を結び、

 

「解!!」

 

幻術を解いてしまった。

幻であったヒルゼンの姿は霧散し、天を昇るように消えていく。

そして、鋭い視線をこちらに向け、

 

「ヒルゼンはもう死んだ。今はワシの時代だ」

 

しかし、イタチは抑揚のない声音で、

 

「それを決めるのは貴様ではない」

 

言った直後。

目にも止まらぬ速さで印を結び、術を発動した。

 

「火遁・鳳仙火の術!」

 

イタチの口から、十数個の炎の弾丸が放たれる。

それらは寸分違わず、ダンゾウの身体に命中し、

 

「ぐっ……」

 

彼の身体に火傷の痕を負わせる。

しかし、

 

「無駄だ。イザナギがある限り、ワシに敗北はない」

 

ダンゾウの右腕に埋め込まれた、二つ目の瞳が閉じると同時に、そのダメージはなかったことになる。

うちはの中でも禁術中の禁術。

幻と現実の狭間をコントロールし、ほんの僅かな時間だけ、術者にとって不利な事象を夢に書き換え、有利な事象を現実とする。

己自身にかける究極幻術――イザナギ。

それが、ダンゾウの使っている瞳術の正体。

しかし、この術には大きなリスクが存在する。

それは、発動中こそ無敵に近い力を発揮する代わりに、術の発動後、その幻術に使用した写輪眼は光を失い、失明する。

そして、その眼に光が宿ることは二度とない。

だが……

 

「…………」

 

イタチはダンゾウの右腕を見る。

そこに埋め込まれた、写輪眼の数を見る。

残り八個の朱い瞳がそこには存在した。

とてもじゃないが、そんな長い時間を、こんなところで浪費するつもりはない。

既に、種は仕込み終わった。

イタチは右の朱い瞳、万華鏡写輪眼となった瞳で、ダンゾウを静かに見据える。

すると、ダンゾウが、

 

「ゆっくりと時間をかけてやるわけにはいかん。そろそろケリをつけさせてもらうぞ」

 

今度は風遁のチャクラを纏わせ、殺傷能力を高めたクナイで、イタチに斬りかかってきた。

その一太刀は、あっさりとイタチの身体を真っ二つにして……

 

カァー、カァー、カァー。

 

カラスへと変貌させる。

そして、カラスの影に隠れたイタチの写輪眼がダンゾウを捉え、幻術に嵌める。

直後、姿を現したのは……

 

「ダンゾウ、お前は何をしておるのだ」

 

先ほど姿を消した、ヒルゼンであった。

だが、ダンゾウは己の友と目を合わせることすらせず、

 

「解!!」

 

幻術を解除してしまう。

再び、ヒルゼンの身体は霧散し、その場から消え去った。

それを見届けてから、ダンゾウが、

 

「イタチよ、同じことの繰り返しではないか。時間稼ぎのつもりか?」

 

と、訊いてきたが、イタチはそれには応えず、目にも止まらぬ速さで印を結び、

 

「火遁・豪火球の術!!」

 

炎の砲弾を口から放出した。

だが、それにダンゾウは、

 

「また同じ術か。何度もくらってやるつもりは……」

 

が、その言葉を遮って、

 

「いや、これで当たりだ」

 

イタチが言った。

写輪眼の洞察力でダンゾウの動きを先読みし、逃げた方向へ先回りし、加速のかかった足で思い切り蹴り飛ばす。

そして、吹き飛んだダンゾウは、炎の射程範囲に戻されて……

 

「ぬおおおおお!?」

 

その身を業火の炎で焼き尽くす。

が、そんな現実は、すぐさまなかったことになる。

ダンゾウは無傷のまま姿を現し、

 

「無駄だと言うのがまだわからぬのか。ワシはお前のことを、少し買いかぶっていたのかも知れんな」

 

などと言いながら、たった今、“二つ目”の瞳が閉じた自身の右腕を見て……

余裕の表情から一転、ダンゾウは驚愕の表情をあらわに、

 

「……何をした?」

 

しかし、イタチは何も応えない。

ダンゾウは続けて、

 

「ワシに幻術をかけたのか? いつだ?」

 

しかし、イタチは応えない。

すると、業を煮やしたダンゾウがクナイを取り出し、

 

「ワシをなめるなァ!」

 

イタチの身体を斬り刻む。

そして、その身体は先ほどと同じように。

 

カァー、カァー、カァー。

 

カラスへと姿を変える。

無数の黒い羽が、ダンゾウの頭上へと降り注ぐ。

そして、また朱い瞳がダンゾウを捉え、

 

「ダンゾウよ。少しはワシの話に耳を傾ける気になったか?」

 

ヒルゼンが姿を現す。

だが、ダンゾウは一瞥も向けることなく、印を結び、

 

「解!!」

 

幻術を解除する。

だが、次の瞬間。

その身に巨大な炎が襲いかかり……

 

「ぐおおおおおお……」

 

ダンゾウの身体を焼き尽くす。

そして、その直後。

ダンゾウの身体は傷一つなく、蘇る。

右腕に埋め込まれた、“二つ目”の写輪眼を犠牲にして……

イザナギで使用した写輪眼は、二度とその眼に光を宿すことはない。

にもかかわらず、これで二つ目の写輪眼は、三回もイザナギを使用し、光を失い、またイザナギを使用し、失い……

時間の逆行という、あり得ない事象を目の当たりに、ダンゾウは叫んだ。

 

「何をした!? ワシのイザナギは完璧なはず!?」

 

取り乱すダンゾウを前に、イタチは淡々と応える。

 

「お前の術ではない。うちはの瞳術だ。同時に、その歴史が生み出した術でもある」

「ぐっ……」

「そして、完璧な術などでもない。光あるところに影があるように、どのような術にも、明確な対処法というものが必ず存在する。お前のイザナギを打ち破る術。それが……」

 

瞬間、イタチが駆け出す。

それに、言い知れぬ恐怖を感じたダンゾウは、クナイを手に取り、がむしゃらに薙ぎ払った。

イタチの身体は真っ二つになった直後、またカラスへと姿を変え、黒い羽を羽ばたかせる。

そして、朱い瞳の中心に浮かんだ、三枚刃の手裏剣が風車のように回転をはじめ……

イタチが告げた。

 

「イザナミだ!」

 

次の瞬間。

またもヒルゼンが姿を現す。

 

そして……

それを永遠と繰り返す。

 

ヒルゼンが姿を現し、幻術を解除して、炎に身を焼かれ、その事実をなかったことにして、腕に埋め込まれた二つ目の写輪眼が光を失い、イタチの身体をクナイで刺して、カラスが舞い、ヒルゼンが姿を現す。

多少の違いこそあれど、それらの事象を何回、何十回と繰り返す。

 

 

 

そして……

どれだけのループを体験しただろうか。

ダンゾウの前に、忍装束を身に纏ったヒルゼンが姿を現す。

しかし……

ダンゾウは幻術を解除しなかった。

目を逸らさず、真っ直ぐに前を見据える。

すると、ヒルゼンが言った。

 

「何故、霧隠れと戦争になっておる」

「綺麗事で世界は回らん」

「お前はただ己の野心で動いとるだけじゃ」

 

それを、お前が言うのか!

ワシと違い、火影に選ばれたお前が!

途端。

ダンゾウは怒りを力に換え、チャクラを巡らし、凄まじい速さで印を結ぶ。

そして息を大きく吸い込み、術を放った。

 

「風遁・真空大玉!!」

 

が、しかし。

ほぼ同時にヒルゼンも印を結び終え、こちらに合わせるように術を発動する。

 

「風遁・真空大玉!!」

 

瞬間。

衝撃波が発生した。

二つの巨大な風の塊がぶつかり、周囲に突風を巻き起こす。

 

「…………」

 

ヒルゼンは風遁に有利な火遁忍術を使いこなせる。

にもかかわらず、同じ風遁、同じ術で迎え撃ってきた。

その事実に、

 

「……ヒルゼン」

 

ダンゾウは己のプライドを刺激する。

瞳孔を開き、鈍い光を宿らせ、抑えきれない感情の赴くままに吼えた。

 

「死んでもなお、ワシの前に立ちはだかるのか、ヒルゼンッ!」

「好き好んで死神の腹から出てこんわ」

 

ダンゾウが風遁を纏わせたクナイを振り下ろした。

が、どこから出してきたのか、その渾身の一撃はヒルゼンの如意棒によって、いともたやすく受け止められる。

二人は刃を鍔迫り合いながら、叫ぶようにして言い合いを始めた。

 

「ワシが木の葉の救世主に!」

「皆を導くだけが火影ではない、皆に助けられ、支えられてこそ火影だ。お主のやり方ではいずれ誰もついてこなくなる」

 

ガキーンッ! と、甲高い音を立て、クナイと如意棒が交差する。

ダンゾウはクナイを振り上げ、

 

「里が何を成すかではなく、自身が里のために何をできるかを問う。それが真の火影だ」

 

しかし、その一撃もあっさりと受け止められる。

そして、身体を回転させながら如意棒を振り回し、その遠心力を利用したまま、ヒルゼンが重い一撃を叩き込んできた。

 

「火影は里の柱だと言うたはずじゃ、その柱とは、信頼で成り立っておる」

 

が、それをダンゾウは正面から受け止める。

逃げるわけにはいかない。

老体に鞭を打ち、返す刃で迎え打つ。

 

「ヒルゼン、お前の考えはいつも甘いのだ。世界に変革をもたらせるのなら、己の信望すら道具として切り捨てる。それがワシのやり方だ。誰にも邪魔はさせん」

 

瞬間。

互いの武器が弾けるように宙を舞った。

ダンゾウは一度距離を取り、新たなクナイを取り出そうと……

しかし、

 

「誰が柱をへし折れと言った」

 

それよりも速く、ヒルゼンが一歩踏み込み、

 

「この」

 

腰の入った、力強い拳を……

 

「たわけが!! 」

 

顔面に激痛がのめり込む。

ヒルゼンの拳が、左の頬に入ったのだ。

しかし、ダンゾウは倒れない。

拳を握り、ヒルゼンに向かって絶叫する。

 

「ヒルゼーーンッ!!」

 

相手の顔を殴りつけ、次に自分の顔を殴り飛ばされる。

老人の拳とは到底信じられないほど、一発一発が鋭く、重い。

しかし、それでも倒れない。

互いにノーガードで殴り合う。

もはや根気と根気の勝負。

意地と意地の張り合いであった。

 

その喧嘩は、互いに一歩も引くことなく、いつまでも、いつまでも続けられたのであった。

 

 

 

イタチは光を失った右目を閉じ、静寂を取り戻した山の中で、時が満ちるのを待っていた。

ダンゾウは今、イタチのかけた幻術の中を彷徨っている。

イザナギと対を成す、うちはに伝わるもう一つの瞳術。

イザナギと同じく、目の光を代償に発動する禁術中の禁術。

運命を決める術――イザナミ。

イザナミは、運命を変える完璧な瞳術と呼ばれたイザナギを止めるために作られた術。

対象を一定のループにかけ、現実から目を背けないよう、己と向き合わせるもの。

うちはの傲慢や怠慢を戒める術でもあった。

だが……

 

「あとは二人に託すしかない」

 

忍には、誰しも役割というものがある。

そして、ダンゾウの目を覚まさせる役目は自分ではない。

彼と同じ目線に立ち、語り合える相手。

それは三代目火影・ヒルゼンをおいて他にいない。

ここまでくれば、あとイタチにできることは待つことだけだ。

だから……

その時を、イタチはただ待ち続ける。

 


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