メイは戦場が霧の優位に進んでいるのを確認し、一人駆け出した。
この戦争の首謀者、ダンゾウの元へ。
イタチに任せることとなったものの、やはり里長である自分も参戦すべきだと考えて。
しかし……
その足はぴたりと止まる。
そして、敵の気配がした方へ振り向く。
すると……
「アナタの相手は、僕が務めさせて頂きます」
目の前の男が、そう言った。
二十歳前後と思われる顔つき。
計算高く、狡猾そうな瞳に眼鏡をかけた音の忍。
大蛇丸の右腕、薬師カブトだ。
そのカブトが、メイの前に立ち塞がり……
メイは言った。
「アナタが私の相手を?」
すると、カブトが返事を返す。
「ええ、まあ」
それに、メイは眉をひそめる。
相手を観察し、分析して、やはり顔をしかめた。
一流の忍は、相手を一目見ただけで、その力量の大体を把握することができる。
カブトの実力は……なるほど。
確かによく訓練されていた。
身のこなしも、そのチャクラも、並の忍ではありえないもので……しかし。
とてもメイの相手になるレベルではなかった。
向こうも、それはわかっているはず。
では、何故わざわざ自分から姿を現したのか。
「自ら命を絶ちにきたのですか?」
しかし、カブトは眼鏡をくいっと押し上げ、薄笑みを浮かべる。
「ご冗談を。僕も自分の命は惜しいですから」
再不斬たちから得た情報が正しければ、カブトは大蛇丸の右腕と呼ばれていたはず。
その音の忍が、何故この戦場にいるのか。
メイは警戒を怠らず、相手に尋ねた。
「何故、音の忍であるアナタがこの場に? 裏で木の葉と結託でもしているのでしょうか?」
「さて、どう思いますか」
「質問に答える気がないのなら、それでも結構。アナタをこの場で……」
が、そこでカブトは両手を上げて、
「冗談ですよ。それぐらいの質問でしたらお答えします。まあ、聡明なアナタのことだ。殆ど理解されておいでかと思いますが……」
「…………」
「手を組んでいるのか、という問いにはイエスとお答えします。正確にいえば、木の葉というより、ダンゾウと……ですがね」
「やはりそうでしたか……」
メイは得心のいった顔で呟いた。
以前、ナルトたちが増援に向かった、うちはサスケの奪還任務。
あれには色々とおかしな点が山積みであった。
木の葉側の誰かが、あえてサスケを見逃さなければ、あんな事態は起こり得ない。
それを裏づけるように、カブトが、
「僕たちには、どうしてもサスケくんの身体が必要でして。今回の戦争に協力すれば、その彼をこちらに引き渡してくれると」
「なるほど。そちらの事情は理解しました。ですが、あのダンゾウがアナタ方との約束を素直に守るとは思えませんね」
メイの疑問に、カブトも当然といった表情で応える。
「でしょうね。ですが、それはそれで構わない」
「……どういう意味です?」
「確かにサスケくんの身柄は確保したい。ですが、それはダンゾウが死んだ後でも構わない……という意味です」
続けて、カブトが、
「いまダンゾウは、あのうちはイタチと対峙している……でしょう?」
「……!?」
メイは内心驚きの声を上げた。
だが、表には一部も出さないようにして。
相手に情報が漏れないように……
しかし、カブトを片手をひらひらと振り、
「ああ、別に確認を取りたかったわけではありません。僕にも情報源がありまして、今回、霧隠れが暁の手を借りたことは既に知っていますから」
なんてことを、あっさりと言ってのけた。
それに、メイはカブトに対する警戒を一段階上げる。
すると、カブトは丁寧な口調のまま、
「あと、あえてこの戦争に参加した理由を述べるなら、サスケくんを倒した彼。うずまきナルトくんにも興味がありましてね」
その発言に、メイは目を細める。
僅かに殺気すら込めた声音で、
「九尾が狙いかしら?」
「それももちろんありますが、ナルトくん本人にも少し、惹かれるものがありまして」
「アナタ方にナルトを渡すつもりはありません」
そう言い放つと同時に、メイは会話を打ち切った。
聞きたい情報は大体聞き出せた。
これ以上この男に用はない。
それに、生かしておくと後々厄介な存在になりそうだ。
忍としての、メイの直感がそう告げていた。
だから、早急に始末しようと……
しかし、メイが動き出す前に。
カブトが言った。
緊張感のない声音で、
「やれやれ、やんちゃな御方だ」
途端、カブトが動き出す。
見たこともない印を素早く結び、最後に手のひらをパンッと合わせ、
「口寄せ・穢土転生!!」
その瞬間、土が盛り上がる。
地面の中から、四の数字が記された不気味な白い棺桶が出現して……
ガコンッ!
音を鳴らし、蓋を開いた。
そこには、一人の人物が納められていた。
「…………」
メイは目を大きく見開き、その人物の名を口にする。
「先代……四代目水影・やぐら様」
紫の瞳に、左目の下には特徴的な縦傷。
背中に緑の花があしらわれた、黒い棍棒を背負った忍。
四代目水影・やぐら。
しかし、彼は一年ほど前に死亡が確認されていて……
にもかかわらず、やぐらは生前と変わらぬ姿で、メイの前に現れた。
その光景に、
「……!」
メイは奥歯を噛みしめ、怒りをあらわにする。
が、カブトは悪びれた様子もなく、飄々とした声音で、
「霧隠れとの戦争に、先代である水影を使う。どうです? なかなか良い演出でしょ」
「……ここまで怒りを覚えたのは、いつ以来でしょう」
そして、理解する。
木の葉から得た情報と、たったいま目の前で使われた、死人を呼び寄せる術。
これが……
「穢土転生。この術で大蛇丸は、火影様を殺めたのですね」
と、メイが訊くと、カブトは薄い笑いを浮かべたまま、
「その通り。とはいえ、今の僕には大蛇丸様ほど、この術を使いこなすことはできない。四代目水影も、戦うこと以外は何もできないし、力もかなり制限されている。ですが……」
顔つきが変わる。
カブトの表情は、相変わらず薄笑いのそれであったが、そこにある瞳の奥には冷血な光が宿っていた。
そして、その両手に淡々しい青色のチャクラを纏わせて、
「二人で挑めば……水影ェ! アンタだって討ち取れる!」
次の瞬間。
二人が左右に分かれ、襲いかかってきた。
カブトが左、やぐらが右。
実戦を想定していたのか、その連携は完璧だった。
しかし……
あまりにも個々の能力が低すぎた。
まずは左からきたカブトの手刀を華麗に回避し、
「ハァッ!」
その勢いを利用して、鳩尾に鋭い蹴りを叩き込む。
見事にメイの一撃を貰ったカブトは、
「がぁっ……!」
吐血を吐きながら、地面を水平に、もの凄い勢いで吹き飛んでいく。
次に、反対側からやぐらが迫ってきて、
「…………」
ただ、棍棒を振り下ろしてきた。
その動きは、生前とまるでかけ離れたものであった。
太刀筋、速度、威力、精度、反射神経……
その全てがお粗末なもので……
メイは、それに悲しげな眼差しを浮かべながら、目が霞むほどの速さで印を結び、術を発動した。
「溶遁・溶怪の術!!」
口から強い酸性の液体を放出する。
広範囲に放たれた粘質の高い液体を、やぐらは回避すらできず、
「…………」
全身に受け、その身をドロドロに溶かしていく。
しかし、やぐらは身体を溶かされるという、常時であれば想像絶する攻撃を受けてなお、悲鳴一つ上げない。
痛みがないのか、それとも声を出すことすらできないなか。
どちらにせよ……
メイは油断ならない視線のまま、
「……酷いことするわね」
すると、視界の端で、カブトが立ち上がる様子が見えた。
腹に医療忍術を施しながら、
「酷いのはアナタの方ですよ、水影様」
「若い男が傷つく姿はあまり見たくはないのだけど……アナタは私の好みじゃないわ」
メイは吐き捨てるように、そう言って。
そして、
「そろそろご退場願おうかしら」
凄まじい速さで印を結び、術を発動した。
身体を大きくのけ反らせ、
「水遁・水龍弾!!」
次の瞬間。
メイの口から、龍を象った巨大な水の塊が吹き荒れる。
猛る水龍が、カブトの身体を飲み込もうと……
が、そこで。
「…………」
カブトの前に、大きな丸い鏡が展開される。
その鏡に、水龍の姿が映し出され……
瞬間。
洪水が発生する。
二匹の龍が踊り狂い、激流を撒き散らしながら、争い、衝突し続ける。
そして、最後は雄叫びを発すると同時に、跡形もなく消え去った。
「…………」
静寂が訪れたメイの視界に映ったのは、カブトを守るように立ちはだかる、やぐらの姿であった。
先ほど、突如現れた鏡はやぐらの得意忍術。
水遁・水鏡の術。
鏡に映った攻撃を同じ威力、同じ方向に放ち、同士討ちを誘う技。
つまりメイの水龍弾は、まったく同じ水龍弾で迎え撃たれたというわけだ。
計画通りといった表情で、カブトが語る。
「油断しましたね、水影様。この穢土転生は完璧な術だ。たとえ何度倒そうと、穢土転生で呼び起こされた死者は何度でも蘇り、復活を遂げる最強の忍術! 僕はこの術を使って、この戦争……いや、これから起こる激動の時代、その中心に立って見せる。他の誰でもない、この僕が! この戦争は、その最初の演目だ!!」
自信と野心に満ち溢れた声音が響き渡る。
しかし、メイから見たカブトの姿は、滑稽以外の何者でもなかった。
何故なら……
無数の気配が集まってくる。
そして、その全てが、
「水影様。包囲、完了致しました」
霧隠れの忍であった。
突然の事態に、カブトは狼狽の表情を見せ、
「どういうことだ!? 何故、こんなにも霧の忍が……」
辺りを囲む、数十人の霧の忍たちの存在に疑問の声を上げる。
その問いに、メイは淡々と応えた。
「先ほど私が放った水龍弾は、アナタを倒すためのものではありません」
「僕を倒すためじゃない?」
「あれは周囲から増援を呼び寄せるためのもの。穢土転生の術が使用された今、アナタを最大限警戒するのは当然のこと」
「な、何!?」
突きつけられた回答に、カブトは表情を歪ませ、叫んだ。
「水影のアンタが数に頼るのか!? こちらは僕一人だけだぞ!」
それに、メイは首を傾げる。
さも当然といった顔で、
「何をおっしゃっているのです。今は戦争中ですよ。どんな手を使ってでも勝つ。それが忍の戦いです」
「ぐっ……」
「大蛇丸の模倣をして、五影を自らの手で殺めたかったのか。はたまた穢土転生という禁術に魅了されたのかわからないけど、油断していたのはアナタの方よ」
続けて、メイは部下の忍たちに指示を出す。
「四代目様は不死身の身体と化しています。ですが、その力は著しく弱体化しており、無力化は十分に可能でしょう。四方から攻撃を与え、封印術で捕らえなさい! 術者の方は、私が処理します」
「「「了解!」」」
部下の返事を聞くと同時に、メイは全身にチャクラを巡らせる。
「これで終わりです」
一切の温情もない、冷徹な声音。
メイから放たれる濃密な殺気に、カブトは指一本動かせなくなる。
戦うことはおろか、逃げることさえできない。
それは二人の力関係をあらわしていた。
震える声で、カブトが呟く。
「僕は、こんなところで死ぬわけには……」
しかし、メイは印を結び、
「終幕劇を踊りなさい」
次の瞬間。
術を放った。
「溶遁・溶怪の術!!」
メイの口から、あらゆるものを溶かす強酸性の液体が吐き出される。
カブトは自分の太腿をクナイで突き刺し、痛みで恐怖を振り払った。
そして、なんとか攻撃を回避しようとするが、間に合うわけもなく……
全身に溶遁の術を浴びせられ、最後に……
「マザー……」
そう言い残し、この世から溶けて消えた。
これで、新たに穢土転生を使われる心配もないだろう。
メイは密かに安堵の息を漏らす。
すると、後ろから霧の忍が、
「水影様、封印完了しました!」
その言葉にメイは頷き、
「よくやってくれました。これで戦場も少しは楽になるでしょう」
不死身のやぐらが戦場で暴れ回る。
一歩間違えれば、そんな事態も起こりえたのだ。
ここでカブトを処理できたのは、運がよかった。
そうメイが思ったのも束の間、新たな霧の忍が伝達に現れる。
仮面をつけた、暗部の忍が言った。
「水影様、戦場の流れが変わりました」
「……!? 報告しなさい」
流れが変わった?
先ほどまで、終始霧が優勢だったはず……
一瞬、メイの頭に不安が横切るが、それは杞憂に終わる。
暗部の忍が続けて言った。
「木の葉の一部の部隊が撤退の準備を始めました。何やら、指揮系統が混乱をきたしているようで……」
その言葉に、メイは僅かに目を見開く。
「木の葉の指揮を担っている忍を見つけたのですか?」
ダンゾウは戦場にはいない。
なら、別の忍が参謀役を務めているはず。
そう考えたメイは、戦争が始まる前に何人かの暗部に指示を出し、抹殺の命令を下していた。
しかし、まだ見つけたという報告は届いていない。
目の前の暗部も、同じような感想を抱いたらしく、
「いえ。残念ながら、まだ補足には至っておりません。ですが、戦場の混乱具合から察するに、なんらかの異常事態が木の葉側に起こったのは間違いないようです」
「……わかりました」
メイは頷く。
ダンゾウのことは、どうやらイタチを信じるしかなさそうだ。
ここで木の葉の忍を逃すわけにはいかない。
「四代目様の監視に、封印班を二小隊のみ残し。他の部隊は急ぎ、戦場に戻ります。ここからは私が前線に立ち、全軍の指揮を執ります」
「「「了解!」」」
木の葉の軍勢が、早くも崩れ始めた。
戦争も最終局面に突入する。
しかし、メイは気づいていなかった。
まだ、やぐらの中に眠り続ける。
人智を壊す膨大なチャクラの鼓動に……