木の葉の一部の忍が、戦場から撤退の準備を始めた。
その報告を受け、メイは数十人の霧の忍を率いて、前線に向かおうとしていた。
が、その途中。
思いもよらぬ人物に出会い、部下に静止の合図を送る。
そして、その人物に近づき、
「小雪!? こんな所で何をしているのですか」
そこにいたのは、数十人ほどの部下を率いて、戦場を駆け回っている雪の国の君主、小雪であった。
向こうもこちらに気づいたようで、白馬から身を降ろし、メイの方へと歩いてきて、
「何って、負傷者の搬送と救護よ。私たち雪の国も手伝うって言ってたじゃない」
などと、あっけらかん口調で話してきた。
確かに、雪の国にも後方支援は頼んでいた。
しかし、
「ここらにはまだ、木の葉の忍がいる可能性があります。アナタの身に何かあったらどうするのですか! 手伝ってくれることには感謝しますが、まずは自分の身を第一に考えて下さい」
そうなのだ。
かなり後方とはいえ、ここは戦場に位置する場所。
せめて、もう少し下がってもらわないと。
と、メイが言おうとしたところで……
突如、上空から金髪の少年が舞い降りてきた。
その姿に、メイはさらなる驚愕の声を上げる。
「な、ナルト!?」
そこに現れたのは、里の避難誘導を命じていた、ナルトだった。
予想外の事態に、メイは頭を抱える。
しかし、その直後。
そんな悩みが全部吹き飛ぶようなことを、ナルトの口から告げられた。
「メイの姉ちゃん、風雲姫の姉ちゃんにはオレがついて行く。それなら問題ねーだろ」
大アリだ!
叫び出す直前、メイはなんとか自分を抑制し、青筋をたてながら、ナルトに尋ねた。
「ナルト……任務はどうしたのですか?」
すると、ナルトは一瞬言葉を詰まらせながらも、
「……避難誘導は終わった。今は里に住民は一人もいねーし、避難先にもちゃんと護衛がついてる」
「そうですか。それはよくやってくれました。ですが、なら何故アナタがここにいるのです。住民たちの護衛もアナタの任務のはずでは?」
しかし、ナルトは首を振る。
そして、
「護衛には十分な数がいるだろ。オレにはやらなきゃならねーことがある」
などと言ってきた。
それに、メイは眉をよせる。
今は戦争中で、狙われているのは他ならぬナルトなのだ。
我がままを許すわけにはいかない。
だから、メイは言った。
子ども叱るような声音で、
「ナルト、いい加減になさい。今が戦争中だということはアナタも理解しているはず。木の葉に狙われているのは誰ですか? それに、アナタには木の葉の忍と戦う心構えが……」
が、それを遮って。
ナルトが言った。
「木の葉の忍とは、もう戦った……」
その言葉に、目を見開き、観察する。
真っ直ぐに、ナルトの瞳を見据える。
そこにあったのは……
覚悟を決めた、忍の目だった。
ナルトは続けて、
「今、木の葉の連中が混乱し始めた頃だろ」
「それは……何故アナタがそのことを?」
このことは、メイですらつい先ほど報告を受けたばかりだ。
ナルトが知ることのできる情報ではない。
では、何故ナルトが知っているのか。
答えは……一つしかなかった。
「木の葉の参謀と、戦場に情報を送っていた忍をやっつけたのは……オレとハクだ」
「アナタたちが倒したのですか!?」
メイの問いにナルトは黙って頷く。
後ろでは、部下たちも驚いた表情でナルトのことを見ていた。
しかし、にわかに信じがたい事実に、メイは動揺を隠しきれない声音で、
「どうやって見つけたのですか? 暗部でさえ見つけられなかった相手を」
「見つけたのはオレじゃねぇ。ハクが見つけて、オレは手伝っただけだ」
手伝っただけ。
言うのは簡単だが、これはそんな単純な話ではない。
暗部が複数いても成し遂げられなかったことを、たった二人で。
たった二人の、子どもがやってのけたのだ。
それは信じられない戦果であった。
あらためて、ナルトのことを注意深く観察する。
ほんの数時間で、彼の身体を纏う気配は激変していた。
忍の苦悩を知ったのだろう。
明言こそしていないが、おそらく何人かの木の葉の忍を殺しているはずだ。
でなければ、こんな強者の覇気を纏えるはずがない。
もしかすれば、気を抜いている時なら、水影である自分すらも……
しかし……
それでもメイは言った。
「ナルト、アナタの気持ちはわかりました。ですが、わかって下さい。アナタを戦場に出させるわけには参りません。霧隠れの未来のため、今は耐えなさい」
だが、ナルトは言う。
はっきりとした口調で、自分の想いを。
「オレってば、メイの姉ちゃんと違って、まだまだ子どもだ。先のことなんてわかんねーし、考えたこともねー。けど、違うんだってばよ」
「違う? 何がです」
「守りてーもんだ。メイの姉ちゃんたちは、里のため、未来のために戦ってる。けど、オレは違う。オレが守りてーのは未来じゃねェ……今だ!!」
その言葉に、メイは息を呑む。
ナルトは苦渋に満ちた表情を浮かべ、
「オレは子どもだけど、周りが見えねーほど馬鹿じゃねぇ。この戦争がなんで起きたのかもわかってるつもりだ」
霧と木の葉の戦争。
この戦は、木の葉がナルトの中に眠る九尾を狙って引き起こしたもの。
当然、ナルトもそれをわかっていた。
だが、メイにはナルトの気持ちを理解しきれていなかった。
だから……
「もし、この戦いが終わった時、再不斬、ハク、長十郎、メイの姉ちゃん、風雲姫の姉ちゃん……もし、オレの仲間が誰か一人でも死んでたら、オレには一生後悔しか残らねーってばよ!!」
その慟哭に、メイは何も言えなかった。
しかし、ナルトは言葉を続ける。
不退転の覚悟を背負った瞳で、
「オレが戦場に出れば、救える命が必ずある。それでも戦争に参加するなって言うなら、それが霧の忍としてオレが成すべきことなら、オレは忍者なんかやめて……」
が、そこで、ナルトの言葉は遮られた。
小雪がナルトの肩に手を置き、
「もう十分でしょ。このままじゃナルトはまた勝手に暴れ回るだけよ。それに、私もアンタなら信用できるわ」
前半はメイに向かって、後半はナルトに向けられた言葉だった。
そして、それはメイも同じ気持ちであった。
いや、今でもできることなら止めたい。
だが、今のナルトを止めることは、もはや誰にも不可能であろう。
仮に力づくでナルトを捕獲しようとしても、飛雷神で逃げられるのがオチだ。
何より、目の前にいるナルトは分身でしかない。
メイはわざとらしく溜め息を吐いてから、真剣な眼差しをナルト向ける。
「ナルト。一つだけ約束して下さい」
「約束?」
「必ず、生きて帰ってきなさい」
すると、ナルトは目を見開き、この戦場で初めて笑った顔を見せた。
「ん! 了解だってばよ。その約束なら、さっきハクとしたばっかだ。オレは死なねーし、オレの仲間は誰も殺させやしねェ!」
そう言って……
ナルトと風雲姫の一行は、その場から行動を開始したのであった。
場面は変わり、戦場。
海を越え、森を越え、さらにその先に広がる水に満ち溢れた広大な湿地帯。
現在、メイはその中心に立っていた。
戦場のど真ん中。
あらゆる音と景色が入り交じる。
刀を振るう音。
肉を裂く音。
血が飛び散る音。
悲鳴の声。
苦痛の表情。
狂気に、殺意。
喜劇に、悲劇。
人間の本性が垣間見える、血を血で穢す惨劇。
それが、戦争。
しかし、メイはその光景を当然のように受け止めた。
自分は霧の水影。
目を逸らさず、結果の全てを受け入れる。
途端。
朗々とした声音で言い放った。
「全軍に通達します。投降する者は捕虜として捕らえなさい!」
戦場は、完全に霧の独壇場となっていた。
長い時間をかけて、霧は木の葉を迎え討つ準備を整えていたのだ。
忍の数、地の利、その両方が霧の圧倒的有利な状況で、さらに敵は指揮系統まで崩壊している。
勝敗は……既に決していた。
が、戦いはここからであった。
最初から投降する者は構わない。
捕らえれば、命惜しさに情報を吐かせることも容易なはず。
だが……
メイの凛とした声が、戦場に響き渡る。
「ただし、それ以外の者には慈悲を与える必要はありません」
この戦いで重要なのは、勝ち負けではない。
いや、勝つだけなら、最初から難しくはなかったのだ。
木の葉が攻めてきた時、海上戦を仕掛ければ、それだけでも無難な勝利は収められたであろう。
だが、それでは意味がないのだ。
この先の戦いに備えて。
霧の里の未来を見据えて。
戦いを続ける全ての忍に、非情の命令を下す。
「何人たりとも、木の葉の里に生かしたまま帰してはなりません。一人残らず――皆殺しにしなさい!!」
無慈悲の裁定。
抵抗する者に限らず、逃亡を謀る者すら逃がさない。
木の葉の完全なる殲滅を言い渡され……
「「「オオオオオオオオオオオ!!」」」
戦場を轟かす鬨の声が上がった。
戦線は縦に伸び、木の葉の忍は散り散りに逃げ惑う中、霧の忍は各忍同士が連携を取り合い、敵を追い詰める。
だが、木の葉の忍も、ただ黙って殺られるばかりではない。
中にはこのように、
「火の意志をなめるな!」
「木の葉の底力を思い知れェ!」
何人もの木の葉の忍が、特攻を仕掛けるかのごとく、メイの元に押し寄せてきた。
とはいえ、その大半はメイに届くことなく、周囲にいる霧の忍に討ち取られる。
が……
捨て身の覚悟で挑んできた、一人の木の葉の忍がメイの目前まで迫り、
「覚悟ォ!」
クナイを振りかざそうとした……直前。
その首が宙を舞う。
そして、呆気なく斃れた。
メイは敵の首をはね飛ばした忍に視線を送り、安堵の言葉を口にした。
「健在でしたか、再不斬」
すると、再不斬は血で汚れた顔のまま、残忍な笑みを浮かべ、
「皆殺しにしろとはなァ。まったく、あの作戦を初めに聞いたときゃー、背筋がぞくぞくしたぜ。ただ黙って刀を振り回してるオレらより、テメーの方がよっぽど極悪人じゃねーか」
「言ったはずです。これは必要なことだと。木の葉には完全な敗北を喫してもらわなければなりません」
「ククク……そうカッカすんじゃねーよ。命令に背く気はねェ。言われた通りに殺ってやる」
戦場を見渡す。
木の葉の忍も必死に抵抗を続けてはいるものの、戦況がひっくり返ることはない。
一秒ごとに、みるみるとその数を減らしていく。
だが、腐っても五大国最強と言われた忍たち。
この状況においても、反撃に転じ、霧の忍に一矢報いる者も少なからずいる。
しかし、とどめを刺すことはできない。
霧の忍がピンチになると、どこからともなく氷の鏡が出現し、そこから一本の術式クナイが放たれる。
すると、次の瞬間。
金髪の亡霊とともに、怪我を負った霧の忍は文字通り目にも止まらない速さで、戦場から消え失せる。
そして、右往左往する木の葉の忍は、背中から別の忍にあっさりと斬り伏せられ……
そんな光景を眺めながら、メイは尋ねた。
「再不斬、アナタは最初からこうなることを予想していたのではありませんか?」
しかし、再不斬の返答は、
「さぁて、どーだろーなァ」
酷く曖昧なものであった。
心情的には、未だにナルトやハクの参戦には反対の気持ちがあった。
だが、戦局だけを見るなら、これほど頼もしい増援はなかった。
あの子たちは、たった二人で何百、下手をすれば、それ以上の霧の忍を救っているのだ。
その働きには、ある意味、畏怖の念すら覚えた。
敵に回せば、あれほど厄介な存在はいないだろう。
だが……
心配するメイの心を察してか、再不斬が言った。
「戦場には、オレ以外の忍刀も散らばって参戦してやがる。そう滅多なことにはならねーよ」
「……そうですね」
メイと再不斬は頷き合い、会話を打ち切る。
そして、次の瞬間。
戦場に――二人の鬼が舞い降りた。