霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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霧隠れの閃光

四代目火影・波風ミナト。

彼から放たれた神速を誇る技の数々。

かつて、全忍最速とうたわれた忍。

木ノ葉の黄色い閃光――

その勇名は他里にまで轟いていた。

敵国の忍は皆、口を揃えて言う。

あれに勝る忍はいない。

戦場で奴を見かけたら、迷わず逃げろ、と。

 

そして、今日。

木の葉の忍たちは、その身を以って思い知ることになる。

黄色い閃光の真の恐ろしさを……

 

 

 

チャクラを足に回し、水を蹴り、駆け抜ける。

金髪碧眼の少年、ナルトはいま、霧と木の葉の忍が殺し合いをしている戦場へと降り立った。

この戦争は、ナルトの中にいる尾獣。

九喇嘛を狙って、木の葉側が引き起こしたもの。

当然、その張本人であるナルトが戦場に現れれば……

 

「ば、化け狐!?」

「とうとう姿を見せたなァ!」

 

木の葉の忍たちが我先にと、こぞってナルトに襲いかかってきた。

武器を構え、目を血走らせ、殺意を撒き散らせながら。

しかし、ナルトは止まらない。

減速する素振りすら見せず、彼らの合間を突き抜けようとする。

すると、

 

「死ねェ!」

「三代目様の敵ィィ!」

 

二人の忍が刀を振り下ろしてきた。

しかし、ナルトは足を止めない。

ただ真っ直ぐに進み、太刀筋を見切り、斬撃を躱す。

二本の刀が空を切った。

と、同時に。

ナルトは左手で一人目の忍の左足を、右手でもう一人の忍の脇腹に手を置き、

 

「…………」

 

マーキングの術式を叩き込んだ。

と――

そのまま二人の間を抜けるようにして、ナルトは戦場へと駆け抜ける。

走る。

走る。

走る。

そして、十分に距離をあけてから、十字に印を結び、術を発動した。

 

「影分身の術」

 

チャクラのうねりとともに、二人の分身が出現した……瞬間。

分身たちが、その場から姿をかき消す。

飛雷神の術を使い、先ほどマーキングの術式を施した二人の木の葉の忍の元へ。

そして、

 

「飛雷神・分身大爆破」

 

突如、水柱が立ち昇るほどの、大きな爆発が後方で巻き起こった。

飛雷神で跳躍したナルトの分身が、自らの身体を爆発させたのだ。

二人の木の葉の忍を巻き込んで……

そして……

 

「き、貴様はァ!?」

「出やがったな、九尾!」

 

また別の木の葉の忍が襲いかかってきた。

しかし、ナルトは武器すら構えない。

攻撃を回避し、相手の身体の一部に手をあて、術式を書き込む。

あとは同じことの繰り返しだ。

敵から十分に距離を取ったのを見計らい……

 

「飛雷神・分身大爆破」

 

破裂音。

またも、戦場のどこかで爆発を引き起こした。

瞬間移動による回避不能、防御不可の人間爆弾を送り込む。

しかも、爆発は分身たちが自分たちの意思で起こしているため、味方を巻き込む心配もない。

ただ、一方的に木の葉の忍を爆殺する。

淡々と、効率よく、機械のように、精密に。

 

「…………」

 

ナルトの目には、殺意も悪意もなかった。

怒りや悲しみさえない。

そこにあるのは、決意を秘めた忍の目。

感情を押し殺した、忍という名の道具。

決して、人を殺したいわけじゃない。

木の葉に恨みはあるが、復讐がしたいわけでもない。

でも、仕方がなかった。

敵を殺さなければ、味方が死ぬ。

それが……戦争なのだ。

だから、殺す。

目に映った木の葉の忍を全て。

そして……

何人殺しただろうか。

指揮系統が崩れ、烏合の衆と化していた木の葉の軍勢の中に、まとまりのある集団を見つける。

数は百人ほどであった。

全員が、木の葉の額当てをしていて。

その中の誰かが言った。

 

「化け狐が来たぞォーー!!」

 

化け狐。

それはナルトが木の葉にいた頃、毎日のように言われ続けた忌み名の一つ。

続けて、別の忍たちが叫んだ。

 

「奴は姑息にも、風遁の術を使うという報告が出ている。火遁使いの忍は前に出ろ!」

「化け物め! 父さんと母さんの仇ィ!」

「オレたちで木の葉の平和を護るぞォ!」

 

などと叫びながら、何人かの忍が一列に並び、こちらに向けて術を放ってきた。

 

「「「火遁・豪火球の術!!」」」

 

炎の炎弾が周囲を焼き尽くす。

それは何度も見たことのある術で、奇しくもナルトが木の葉の里を抜ける前に放たれた術でもあった。

だが、何もできなかったあの頃とは違う。

ナルトは冷静に状況を把握し、素早く印を結んだ。

息を大きく吸い込み、

 

「風遁・大突破」

 

途端、強烈な突風が吹き荒れる。

だが、その風を受けるのは、炎の炎弾ではない。

ここは水に満ち溢れた湿地帯。

ナルトは足元に広がる水面に向けて、術を放った。

すると、突風により巻き起こされた大量の水が津波となり、敵の炎弾を阻む防壁と化す。

ジュワァァ! という小気味よい音が、水の壁を蒸発させた。

大量の水が気化したことにより、辺りを覆う人工の霧が発生する。

視界が白く染まり……

誰かが、警戒を促す声音で言った。

 

「全員油断するな! まだ死んでいないぞ!」

 

緊張が張り詰める。

ぴりぴりとした戦場の空気。

そこで初めて、ナルトは足を止めた。

ホルスターから、術式クナイを取り出す。

そして、

 

「……行くぞ」

 

前方に向けて、一直線に放った。

凄まじい勢いでぐんぐんと進み……

術式クナイが霧の中に消える、直前。

ナルトは慣れた所作で印を結び、術を発動した。

 

「手裏剣影分身」

 

途端。

クナイが一、二、四……と、瞬く間に分裂し、その数を数十本にまで増やす。

そして、そのまま前方に広がる霧の中へと進み……

ナルトの視界から消えた……直後。

 

「「「ぐああああっ!?」」」

 

霧の向こうから、複数の悲鳴が上がった。

敵に当たらなかった術式クナイは、周囲に乱雑している石岩に突き刺さり……

戦場にマーキングの術式を広げる。

これで準備は整った。

ナルトは別の術式クナイを取り出し、そこに風遁のチャクラを流し込む。

淡く揺らめくチャクラが、刀の形を象った。

次に、一度目を閉じて、

 

「すぅー……はぁー……」

 

大きく息を吸い込み、それを吐き出す。

それから、ゆっくりと目を開いた。

時間にして、ほんの二、三秒にもみたない動作。

しかし、これでナルトは自分の決意を固めた。

甘さを全て捨て去り、自分の感情を完全に押し殺して、

 

「……やるってばよ」

 

そう、自分に向かって、小さく呟いた。

そして、全身に力を入れる。

改めて、チャクラを練り、巡らせて……

次の瞬間。

ナルトの姿が――消えた。

一条の光が迸ると同時に、

 

「あ……?」

 

鮮血が飛び散る。

木の葉の忍たちは、突然背後から現れたナルトの動きに反応はおろか、姿を捉えることさえできず……

 

「がはっ……」

「あぎぃ!」

 

一人、また一人と斃れて逝く。

白い霧の中、一筋の光が踊るように飛び回り、

 

「ああっ」

「……くそ」

 

そのたびに木の葉の忍たちが、断末魔の呻きを漏らし、散って逝く。

が、そこで。

感知タイプの忍、犬塚一族の男が叫んだ。

 

「気ィつけろ! 近くにいるぞォ!」

 

木の葉の様子が変わる。

しかし、それはナルトだけを警戒したものではない。

まだ霧が漂っているため、向こうからはナルトの姿が殆ど見えないのだ。

だから、気配や動きで察知しようとする。

しかし、その考えを先読みしていたナルトは、既に自分の気配を消していた。

そのままクナイを片手に、霧の中を駆け回る。

無論、気配を消した状態で動けば、速度が極端に落ちるのだが、ナルトにはそんなリスクなど存在しない。

瞬間移動で飛び回っているのだ。

遅い速いなんてレベルじゃない。

最初から、速さの次元が違うのだ。

霧に覆われた、ほぼ視界ゼロの戦場を、黄色い閃光が縦横無尽に飛び回る。

すると……

戦況を打開するため、ナルトの姿を必死で確認しようとしていた木の葉の忍たちが、

 

「そこにいるのは誰だァ!」

「お、お前こそ味方だよな?」

 

自分の隣にいる味方すら、敵ではないかと錯覚を覚え、一種の恐慌状態に陥る。

見通しの悪い状況で、敵と味方の区別がついていないのだ。

そして、それを見逃すほどナルトは甘くない。

 

「次はテメーだ」

 

混乱に乗じて、木の葉の忍を一方的に斬り伏せる。

が、その直後。

明らかにこちらを狙った殺気に気づき、ナルトは弾けるように後ろへ跳んだ。

そこへ、

 

「牙通牙!」

 

一人の忍と一匹の犬が、身体を高速回転させて突っ込んできた。

猛烈な回転が空気を切り裂き、霧を晴らす。

そして……

木の葉の忍たちが、徐々に組織だった動きを取り戻しはじめる。

水面に横たわる、数々の仲間の死体に目をやり、

 

「よくもやってくれたな、化け狐ェ……」

「化け物がっ、調子に乗り過ぎだぜ」

「ははは、九尾のガキも年貢の納め時だな」

 

誹謗中傷が吹き荒れる。

仲間の死を怒る者。

ナルトを嘲笑う者。

九喇嘛に恨みを持つ者。

様々な瞳がナルトに向けられる。

だけど、それはもうどうでもいいことだった。

だって……

ナルトは術式クナイを握り、敵を見据える。

 

「殺れるもんなら、殺ってみろ。全員返り討ちにしてやる」

 

全員、斃すと決めたのだから。

が、それは木の葉の忍も同じこと。

彼らはここに、ナルトを殺しにきたのだ。

何十、何百という殺意が充満する。

恨み、怒り、快楽、鬱憤、憎しみ、私怨、怨念。

ありとあらゆる感情を滾らせ、木の葉の忍たちが叫んだ。

 

「「「くたばれ! 化け狐ェェ!!」」」

 

クナイを手に取り、四方八方からナルトに襲いかかってくる。

最初の一人が、下卑た声音で、

 

「これでオレは、木の葉の英雄だ!」

 

などと、わけのわからない言葉を吐きながら、クナイを突き出してきた。

しかし、

 

「遅ぇ……」

 

ナルトは容易く攻撃を躱し、手に持つ術式クナイで、逆に斬り伏せる。

続いて、数人の木の葉の忍が連携を取り、ナルトに斬撃を繰り出そうとするが、

 

「…………」

 

それも一瞬で斬り伏せる。

飛雷神はおろか、瞬身の術すら必要ない。

着用しているベストを見る限り、全員が中忍以上のはずだが、まるで話にならない。

本当に忍なのか疑うレベルの練度で……

しかし、隊の中心にいる、髪を後ろに結った木の葉の忍が、

 

「闇雲に突っ込むな! 奴の周囲を囲み、逃げ場をなくせ! 子どもだと思って甘く見るなァ!」

 

知性ある声で、指示を出す。

すると、木の葉の忍たちは一度動きを止め、数十人という人数で、ナルトを円状に囲み始めた。

それに、ナルトは目を細める。

周りの忍たちを警戒して、ではない。

先ほど、指示を出した忍を警戒して。

おそらく、アイツがこの隊をまとめている忍だ。

が、そんな思考を遮るように、

 

「これで終わりだ!」

「仲間の仇を!」

「死ねェ、クソガキ!」

 

周囲にいた木の葉の忍が、一斉に襲いかかってきた。

三百六十度、見渡す限り敵の影で埋め尽くされていて……

流石に、これは躱しきれない。

そう判断したナルトは、迷わず前方に向けて術式クナイを放った。

刹那。

黄色い閃光が、戦場にいる全ての忍を置き去りにする。

飛雷神の術――

その手には、先ほど投げたはずの術式クナイが握られていた。

そして、

 

「飛雷神斬り」

 

目の前にいた木の葉の忍を斬り伏せ、包囲網を難なく突破する。

ナルトにとっては、息をするほど簡単な動き。

しかし、それを見た木の葉の忍たちの反応は、

 

「な、なんだ。今の動き!?」

「どこに消えた!?」

 

まったく予想していなかった結果に、ただうろたえるだけで……

誰一人として、ナルトの動きについてこられない。

そして、そんな隙だらけの忍たちを、

 

「…………」

 

背中から斬り伏せる。

容赦などしない。

下手に情けをかけ、敵を見逃せば、それだけ仲間が死ぬのだ。

それは名前も知らない忍かも知れない。

けれど、もしかしたら、再不斬やハクや長十郎が……

ナルトにとって、大切な人が殺される可能性だって、十分に起こりえるのだ。

それが、戦争。

だから……

 

「死ねェー! 九尾ィ!」

「化け狐め!!」

 

木の葉の忍たちが、またナルトの周囲を囲み、各々の武器を振り上げる。

しかし、ナルトは的確に状況判断を下し、敵の少ないところへ術式クナイを投擲。

そして、

 

「…………」

 

一刀のもとに斬り伏せる。

斬れ味抜群の風遁を纏ったクナイは、敵の武器と鍔迫り合いになることもなく、あっさりと目の前の忍を両断した。

しかし、そこで。

今のナルトの動きを観察していた、一人の木の葉の忍が、

 

「今の技って……よ、四代目様の……」

 

だが、その続きをナルトが遮る。

戦場に散らばる術式クナイを利用して、その忍の背後へと回り込み、

 

「木の葉の忍が……四代目を語るなァ!」

 

隠しきれない激情。

怒気を孕んだ言葉とともに、背中から敵の心臓を刺し貫いた。

当然、その木の葉の忍は声を上げる間もなく、絶命する。

すると、それに激昂した木の葉の忍たちが、

 

「よくもオレの仲間を!」

「木の葉の怒りを思い知れ!」

 

などと叫びながら、四枚刃の大きな手裏剣を放ってきた。

ナルトはそれを一瞥してから、いま刺し殺した木の葉の忍から術式クナイを抜いて……

 

「…………」

 

飛来した手裏剣を防ぐ盾として、その死体を自分の方へと傾けた。

直後。

肉を裂く、不快な音が耳にこびりついた。

ナルトの持つ死体には、大きな手裏剣が刺さっていて……

それを見た、別の木の葉の忍が、

 

「貴様ァ!!」

 

なかなか速い手つきで印を結び、術を発動しようと……

が、そこで。

ナルトが突拍子もない行動に出た。

死体の片足を掴んで、身体を回転させながら、ブンブンと振り回し……

足首に、マーキングを施すと同時に、

 

「ォォオラァ!」

 

その忍に向かって、力一杯ぶん投げた。

いきなり仲間の死体を投げ飛ばされたことにより、術を放とうとしていた忍は、

 

「なっ!?」

 

一瞬の躊躇いを生んでしまう。

このまま術を放てば、仲間を巻き込んでしまうと……

が、その一瞬が命取りとなり、

 

「飛雷神斬り」

 

飛雷神で跳躍したナルトが、隙だらけの敵を容赦なく斬り伏せる。

仲間を殺され、盾に使われ、あげくの果てにその骸までも利用され……

血も涙もない悪魔の所業。

その光景を見ていた木の葉の忍たちが、

 

「九尾のガキィ! 貴様には人の心がないのか!」

「絶対に許さん……」

「骨も残さんぞォ!」

 

何十人もの、怨嗟の声が響き渡る。

そんな木の葉の忍たちに、

 

「…………」

 

ナルトは、なんの反応も返さなかった。

ただ、温度の込もらない瞳で、真っ直ぐに受け止める。

彼らの怒りは……当然のものだ。

こんな人数を引き連れ、ナルト一人を殺しにきた奴らが今さら何を……とも思うが、それでも、彼らの嘆きは本物だった。

正当な怒りと悲しみだった。

けれど……ナルトの意志は欠片も揺るがない。

もう、戦場に降り立つ前に決めたのだ。

霧と木の葉。

二つの里を天秤にかけ、その里に住まう人々の命を、その重さを、決めたのだ。

だから……

 

「…………」

 

ポーチから術式クナイを取り出す。

そこに、くるくると起爆札を巻きつけ……

 

「骨も残らねーのは、テメーらの方だ」

 

一切の躊躇いなく、木の葉の忍に向けて、投擲した。

すると、放たれたクナイの先にいる忍が、

 

「何度も同じ手が通用すると思うなよ! みんな、飛び込んでくる場所がわかってるなら返り討ちにできるぞ! 集まれ!」

 

そう言って、何人もの忍たちが集まって……

だが、それは悪手であった。

ナルトは素早く印を結び、術を発動する。

 

「手裏剣影分身」

 

次の瞬間。

一本のクナイが、数十本にまで、その数を増幅させた。

それを見た木の葉の忍たちが、

 

「な、なんだ!?」

「クナイの数が増えたぞ!?」

 

と、慌てふためく様子を眺めながら、ナルトは片手で印を結び、

 

「……消し飛べ」

 

瞬間。

爆発。

数十本の起爆札付きのクナイが、群がる木の葉の忍たちを……

 

「「「ぐわああああああ!?」」」

 

爆殺した。

硝煙とともに、死体の山ができあがる。

一瞬にして、何十人もの人間が死んだ。

ナルトが殺した。

ナルトが殺した。

だけど、戦いはまだまだ終わらない。

爆風に紛れながら、一人の忍が忍刀を携え突っ込んできて、

 

「化け狐ぇぇ!!」

 

しかし、その動きはやはり隙だらけであった。

だから、ナルトはポーチから新たな術式クナイを取り出し、

 

「…………」

 

返す刃で斬り伏せる。

相手の刀はいとも簡単にへし折れ、ナルトは返り血を浴びることもなく、その忍を瞬殺した。

だが、その忍は絶命する前に、口から血を流しながらも、私怨の込もった笑みを浮かべ、

 

「くた、ばれ……化け……」

 

その言葉を最後に、斃れ伏す。

しかし、それにナルトは嫌な予感を感じ、周囲を警戒しようと……

しようとして、そこで異変に気づいた。

 

「なんだ、これ? 身体が動かねぇ」

 

ナルトの身体が、何か見えない力によって縛られていた。

そこに、髪を後ろに結った木の葉の忍が……

木の葉の名家、奈良一族の忍が前に出てきて、

 

「影縛りの術だ。ようやく捕らえたぞ、化け物め」

 

などと言ってきた。

いつの間にやら、相手の術に捕らえられていたらしい。

状況から察するに、先ほど特攻を仕掛けてきた木の葉の忍に、予め自分の影をつけていた……といったところだろう。

見事に、相手の作戦に嵌められたというわけだ。

しかし……

 

「…………」

 

ナルトの顔に、焦りの色はなかった。

ずっと探していた相手が、わざわざ向こうから出てきてくれたのだ。

身体が動かせないことなど、ナルトにとってはピンチでもなんでもない。

何故なら……

周囲に散らばる術式クナイの位置を確認する。

そして、次の瞬間。

なんの予兆も悟らさず。

指先一つ、動かすことなく。

ナルトの姿が……

 

戦場から――消えた。

 

飛雷神の術。

目にも止まらぬ電光石火。

一瞬で、奈良の忍の背後を取り、首にクナイを突きつけ、

 

「捕らえたのはオレの方だ」

 

一閃。

鮮やかな手並みで、クナイを薙ぎ払い――その首をはね飛ばした。

鮮血とともに、人の顔が宙を舞う。

相手は遺言の言葉すら残すことなく、水の中へと沈んで逝った。

呆気なく。

あっさりと。

意味もなく、次々と人が死ぬ。

それが、戦争。

にもかかわらず、先ほどまで終始押せ押せムードだった木の葉の忍たちに、

 

「え……」

 

静寂が訪れる。

奈良の忍が死んで。

自分たちのリーダーが殺されて。

そこではじめて、理解したのだ。

今から殺されるのは……

ここで死ぬのは……

自分たちの方だということに……

 

「あ、ああああ!?」

「ひ、ひぃ……」

 

だけど、それも無理はない。

殺されるのが自分だなんて、木の葉の忍たちからすれば、想像もできないことだったはずだ。

こんな年端も行かない子どもに。

ついこの間まで、何を言われても言い返さず、時には暴力を振るわれても殴り返すことさえできなかった里一番の嫌われ者のガキに。

自分が殺されるなど……

夢にも思わなかったのだろう。

だが……

ナルトの感情を宿らせない瞳が、冷たい眼差しが、敵を見据えた……瞬間。

鮮明な死のイメージが、彼らの脳裏に襲いかかった。

すると……

 

「に、逃げろォォ!!」

「走れぇ、殺されるっ!?」

 

木の葉の忍たちが、一目散に逃亡を始める。

仲間を押し退け、友の屍を踏み荒らし、恐怖と怯えに支配され、恥も外聞もなく逃げ惑う。

しかし、逃げ道などありはしない。

そんな選択を与えるつもりはない。

ナルトより速く動けない者が、ナルトから逃げられるわけもなく……

次の瞬間。

忍犬の背に跨り、誰よりも速くこの場から逃げ出そうとしていた木の葉の忍に向かって、ナルトは迷うことなく、術式クナイを投擲した。

刹那。

一閃の光とともに、ナルトの身体が戦場を横切る。

飛雷神の術を使って、一瞬にして敵の背中に追いつき、

 

「飛雷神斬り」

 

容赦なく、斬り斃した。

一人の忍と一匹の犬が、水中の水を赤く染め、溺れるように沈んで逝く。

そして……

ナルトは後ろを振り向き、逃亡を企む木の葉の忍たちの退路を塞いだ。

不安や恐怖に苛まれ、青ざめた表情を浮かべる忍たち。

そんな彼らの顔を眺めながら、ナルトが告げた。

淡々と、冷酷に、抑揚のない声音で、

 

「どこへ行くんだ。てめーらの死に場所はここだろ」

 

それは、死神だった。

見た目は、ただの少年で。

どこにでもいそうな、普通の子どもで。

だけど、少年は怪我一つしていなかった。

ここは戦場で、一秒ごとに人が死んでいくのが当たり前の場所。

そして、ナルトは百を超える木の葉の忍たちと、殺し合いをしていたにもかかわらず。

何十人もの木の葉の忍を、斬り殺していたにもかかわらず。

怪我はおろか、返り血すら浴びていなくて。

その事実に、今さらながら気づいた木の葉の忍が、震える声音で言った。

 

「ば、化け物……」

 

それはナルトが何度も耳にしてきた言葉。

だけど、そこに嘲笑や侮蔑の意味は込められていなかった。

ただ、ナルトの姿を見て、怯え、戦意をなくし……

だけど……

そんな木の葉の忍たちの姿を見ても。

ナルトの心が揺らぐことはなかった。

もう、遅いのだ。

温度のない瞳で木の葉の忍を見据え、ナルトは十字に印を結んだ。

膨大なチャクラのうねりとともに、術が発動する。

 

「多重・影分身の術」

 

次の瞬間。

百を超えるナルトの分身が、戦場を埋め尽くすように現れた。

その手には、術式クナイが握られていて。

そして、それを見た木の葉の忍たちは、

 

「や、やめろ……」

「オレたちは、化け狐を退治しにきただけだぞ! なのに、なんで!?」

「いやああああああ!?」

 

絶望に染まっていた。

中には武器を落とし、早々に諦める者までいる。

しかし、もう手遅れなのだ。

だから、ナルトは……

が、そこで、

 

「水遁・水鮫弾の術!!」

 

激流が発生する。

鮫の形を象った水弾が、木の葉の忍たちを蹴散らした。

それにナルトは僅かに眉を動かし、術を放った忍に視線を送る。

すると、その忍が、鬼鮫がナルトの前にやってきて、

 

「何やら凄いことになってますねぇ」

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、言った。

しかし、ナルトは警戒する。

鬼鮫はあの暁の一員だ。

不用心に信用することなどできない。

が、鬼鮫が言う。

 

「そんなに警戒する必要はありませんよ。イタチさんから、アナタを死なせるなと言われていましてね」

 

ナルトは首を傾げ、

 

「イタチから?」

 

だが、鬼鮫はナルトの言葉に反応を返すことはせず、辺りを見回す。

何十人もの屍の山を見て、最後にこちらに視線を戻し、

 

「しかし、八面六臂の大活躍ですねェ。下手したら、私より殺したんじゃないですか?」

 

なんてことを言ってきた。

それにナルトは、感情のない声音で、

 

「木の葉の忍は全員殺すんだ。数なんか数えても意味ねーだろ」

 

と言うと、

 

「…………」

 

鬼鮫が口を閉ざした。

それから頬に冷や汗を流しつつ、また笑みを浮かべ、

 

「この私を黙らせるとは……いいですねぇ。この戦争が終わったら暁に入りませんか? 私からリーダーに紹介して差し上げますよ」

 

などと言ってきた。

ナルトは少しだけ顔をしかめて、

 

「オレは霧のうずまきナルトだ。オレと仲間になりてーなら、テメーが霧に戻ってくればいいじゃねーか、フカヒレ」

 

すると、今度は鬼鮫が顔をしかめる。

 

「私の名前は鬼鮫ですよ。人の名前を間違えるのは失礼だと、先生から教わりませんでしたか?」

 

それにナルトは、ちょっとだけ笑みを浮かべて、

 

「敵はしゃべる魚だと思え。再不斬の教えだ」

 

と返すと、今度は鬼鮫も口元を歪めて、

 

「ククク、霧の忍らしい教えですねぇ。ですが、今の私はアナタの敵ではありませんよ」

 

そして、前を見る。

ナルトも同じように視線を戻し、鬼鮫と肩を並べた。

木の葉の忍たちが、こちらを警戒していて。

あれだけ斃したのに、まだまだ数を残していて。

そんな木の葉の忍たちを眺めながら、ナルトが言った。

 

「んじゃ、霧隠れの閃光と霧隠れの怪人。夢のタッグと行くか!」

 

すると、鬼鮫が鮫肌を抜き放ち、

 

「この私に背中を預けるとは……アナタも物好きな子どもですねぇ」

 

満更でもない口調で、そう言った。

直後。

再び、戦況が動き出す。

ナルトの分身が、木の葉の忍を捕まえ、

 

「な、何をするんだ!」

「クソッ! 化け狐が調子に……」

 

そんな言葉を無視しながら、水底に沈んである術式クナイに向かって、次々と飛び込んでいく。

木の葉の忍たちを道連れにして……

そして、数人の分身たちが、飛雷神で飛び込んだのを確認してから、

 

「鬼鮫!」

 

と、ナルトが言った。

それだけで、鬼鮫はこちらの考えを理解して、

 

「この私をあごで使うとは……いいでしょう。喰い散らかして差し上げますよ」

 

印を結び、水面に手をあて、術を発動する。

 

「水遁・五食鮫!!」

 

途端。

水中に、チャクラで象られた五匹の鮫が出現した。

鮫たちは水の中を泳ぎ、必死に足をばたつかせ、こちらに戻ってこようとしている木の葉の忍たちに喰らいつき、その身を鮮血に染め上げていく。

ただ殺すのではなく、喰い殺すというのは、かなりグロテスクな光景だった。

ナルトは思わず目を背けてしまい、顔を上に戻すと……

 

「ん?」

 

視界の端に、奇妙な物が映った。

何やら小さく、黒い動物が動いていて。

その動物が、水を避けながら、木の葉の忍が持つ奇妙な巻物に吸い込まれていき……

横にいた鬼鮫が言った。

 

「あれは恐らく、里に情報を持って帰るつもりですねぇ」

 

すると、こちらの視線に気づいた木の葉の忍が、

 

「……!?」

 

巻物を懐にしまい、脇目も振らず、走り出した。

が、それをみすみす見逃すわけもなく。

ナルトが言った。

 

「鬼鮫、こっちはお前と分身たちに任せた!」

 

そう言って、返事も待たずに、ナルトはその忍のあとを追う。

このまま進めば湿地帯を越え、森に出てしまう。

そうなれば、追いかけるのは一気に難しくなる。

ナルトは水を弾き、速度を上げ、加速した。

みるみると敵の背中に近づき、あと数歩というところまで迫って……

しかし、そこで。

目の前の忍が急に足を止め、こちらに顔を向けてきた。

そして、どこかウソくさい笑顔を張り付かせて、

 

「お久しぶりです」

 

と、言ってきた。

それに、ナルトも足を止める。

本来なら、問答無用で斬り伏せるところだったのだが、その忍の顔に少し見覚えがあったのだ。

確か名前は……

 

「てめーは、サスケやサクラちゃ……と一緒にいた……」

「名乗るのは初めてでしたか。僕の名前はサイ。よろしく」

 

サイが気安く、そんな風に話しかけてきて。

しかし、ナルトはクナイを構える。

思わず足を止めてしまったが、今さら知り合いだからという理由で、木の葉の忍を見逃すつもりはない。

が、サイが言う。

 

「待って下さい。こちらに戦闘の意思はありません」

 

それにナルトは、抑揚のない声音で、

 

「なら、今すぐ武器を捨てて投降しろ。牢屋にぶち込んでやる」

「うーん、霧の忍に捕まるのは流石に勘弁願いたいかな」

「そうか……」

 

そこで話は終わった。

チャンスを与えたにもかかわらず、それを拒否したのだ。

なら、もう生かしておく理由はない。

ナルトはサイに斬りかかろうと……

しかし、その直前。

 

「忍法・墨流し!」

 

水中から黒い蛇が出現し、ナルトの足を絡みつくように拘束してきた。

墨汁で描かれた黒い蛇。

サイの術は、水に濡れたら使いものにならなかったはずなのだが……

今まで力を隠していたのだろうか。

だが、そんなサイを前にしても……

 

「…………」

 

ナルトの目は、ただただ冷め切っていた。

そして、一言。

 

「こんなもんで、オレを倒せるとでも思ってんのか?」

 

が、サイはニコニコとした表情のまま、

 

「まさか。僕では万が一にもキミには勝てない。だから、逃げさせてもらうとするよ」

 

そう言って、本当にその場から走り出した。

森の方角に向かって。

しかし、サイを逃すわけにはいかない。

ナルトは袖に隠していた術式クナイを取り出し、手首のスナップだけで上に放り投げ……

飛雷神の術で飛び、蛇の拘束から一瞬で抜け出した。

そして、加速する。

森の入り口に差しかかった所で、再びサイの姿を捉えた。

ナルトは木の枝に向けて、術式クナイを放ち、飛雷神による瞬間移動で先回りする。

木の上からサイを見下ろし、

 

「…………」

 

無言でクナイを構えた。

それを見たサイは、嘘偽りのない恐怖に怯えた表情を浮かべ、

 

「……イチャイチャパラダイスの最新刊を読むまで、死にたくないんだけど……見逃してはもらえないかな?」

 

などと、ふざけたことを言ってきたが、ナルトはそれを無視する。

そして、

 

「…………」

 

無言でクナイを投擲した。

そのクナイは寸分違わず、サイの顔面に向かって飛んでいき……

一秒後に、死の未来を確定させる。

サイにそれを防ぐすべはない。

その確定された死の運命を覆すのは……

突如。

森に――一陣の旋風が巻き起こった。

 

「木ノ葉剛力旋風!!」

 

強烈な回し蹴りが、ナルトの放ったクナイを弾き飛ばし、サイの窮地を救う。

 

「劣勢を覆せしは、木の葉の気高き蒼い猛獣……」

 

おかっぱ、激眉、全身緑タイツ。

一見ふざけた容姿をした木の葉の忍が、ナルトとサイの間に立つ塞がり、

 

「マイト・ガイ!」

 

名乗りを上げると同時に、白い歯をキラリと輝かせた。

 

 

忍界最強の体術使いにして、木の葉の誇る絶対守護神が……

 

戦場の地に降り立った瞬間であった。

 


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