霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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九喇嘛の鍵

気がつけば、そこは見覚えのあるメルヘンチックな場所だった。

草花が咲き誇る蝦蟇たちの楽園。

妙木山。

 

「……ここは?」

 

ナルトは辺りを見回す。

先ほどまで戦場にいたはずなのに、いきなり遠くの地に身体を飛ばされたことで、頭の中が混乱していた。

飛雷神を使った覚えはない。

というか、いくらナルトでも霧から妙木山までの超距離移動は不可能だ。

なら、どうして自分はこんな所にいるのか?

と、首を傾げていた……その時。

 

「こっちじゃ、こっち」

 

後ろから声が聞こえた。

ナルトは声のした方へ振り向く。

するとそこにいたのは……

 

「じいちゃん仙人!?」

 

そこにいたのは二大仙蝦蟇の一人、フカサクだった。

ナルトは驚いた顔を浮かべて、

 

「もしかして、じいちゃん仙人がオレを喚んだのか?」

 

そう尋ねると、フカサクがうむと頷き、

 

「そうじゃ。逆口寄せを使っての」

 

と、応えた。

しかし、現状を思い出したナルトは、

 

「ちょっと待ってくれ! オレってば、いまスゲー忙しいんだ。話ならまた今度聞くから、すぐに元の場所に戻してくれ」

 

慌てた仕草で自身の返還を要求する。

が、しかし。

 

「悪いがそれは聞けん」

 

フカサクは首を横に振った。

有無を言わせぬ厳かな声音で、

 

「こっちの用事が済めば、すぐに向こうへ戻しちゃるけん、今は黙ってワシについてきんさい」

 

そう言って、ぺたぺたと歩き始めた。

ナルトはそのあとを追いながら、疑問の言葉を投げかける。

 

「用事? 用事って、いったいなんだってばよ」

「ナルトちゃんに用があるのはワシではない。大じじ様じゃ」

「大じじ様?」

「予言が出た。それを伝えるけん、こっちにきんさい」

 

そう言って、秘境の奥へと進み始めた。

 

フカサクに続き、ナルトは歩みを進める。

すぐにでも戦場に戻りたかったが、戻る手段がない。

ここは流れに身を任せるしかない。

そう考え、歩き続けること数分。

ナルトたちは妙木山の奥地へと辿り着いた。

そこで待っていたものは……

 

「…………」

 

大きなカエルだった。

そのカエルは座した状態で待ち、こちらを静かに見下ろしていた。

フカサクが一歩前に出る。

 

「大じじ様、連れてきました」

 

すると、その大きなカエル……

大蝦蟇仙人が、細めた目でナルトを見つめ、

 

「よお〜来た。え〜〜 お主、誰じゃ?」

 

などと、気の抜けそうな声で問いかけてきた。

それにナルトは、

 

「オレってば、うずまきナルト。えーと、じいちゃん仙人に、デカじいちゃん仙人がオレのことを呼んでる……って言われて、ここに来たんだけど?」

 

と応えると、大蝦蟇仙人が言う。

やはり気力の削がれそうな声のまま、

 

「お〜〜 そうじゃったそうじゃった」

 

そうぼやきながら……

続けざま、信じられない言葉を口にした。

 

「ナルト、今からお前に四代目の施した封印の鍵を託す」

 

それを聞いたナルトは、

 

「え?」

 

自分の耳を疑った。

言葉の意味をすぐには理解できず……

だが、大蝦蟇仙人はナルトから視線を移し、下を見る。

そこにいた一匹のカエル、ゲロ寅に向かって、

 

「ゲロ寅よ。準備はよいな?」

 

すると、ゲロ寅は少々不安げな表情を浮かべながらも、

 

「大じじ様がそう言うなら……」

 

と言って、自身の身体に巻きつけてある大きな巻物を豪快に開いた。

様々な契約文字が記された巻物。

自来也との修行で封印術を学んだナルトには、それがなんなのかすぐに理解できた。

これは……

 

「九喇嘛の鍵……」

 

四代目火影。

ナルトの父親であるミナトが、己の死に際に残した封印の鍵。

それがこの巻物の正体であった。

ゲロ寅が言う。

 

「巻物に手を押せ。それでこの鍵はお前のものじゃ!」

 

しかし、いきなりの急展開にナルトはついていけず、上を見上げた。

大蝦蟇仙人に問う。

 

「どうして? なんでこれをオレに?」

 

が、相手は何も応えない。

ナルトは続けて言った。

 

「いま戦争が起きてんのは、みんな知ってんだろ? オレに、木の葉と敵対してるオレに、この鍵を渡して……」

 

が、そこで。

横で話を聞いていたフカサクが、

 

「どういうことじゃ? 木の葉と霧が戦争をおっぱじめたのは自来也ちゃんから聞いとるが、まだ子どものナルトちゃんには関係のない話じゃろ?」

 

と、尋ねてきた。

それにナルトは、一瞬言葉を詰まらせるも、

 

「……オレは霧の忍だ。木の葉の忍とはもう戦ってる」

 

そう返事を返した。

すると、その回答を聞いたフカサクは目を吊り上げ、

 

「なんじゃて? どういうことじゃナルトちゃん。しっかり説明せい!」

 

困惑と怒りを混ぜた瞳で、こちらを睨んできた。

それをナルトは正面から受け止め、

 

「どーもこーもねーってばよ。木の葉がオレの里に攻めてきた。だからオレは、オレの里を守るために戦ってる。それだけだってばよ」

「それだけ……じゃと? 自分が何を言うとるのかわかっとるのか。木の葉はナルトちゃんの師匠でもある、自来也ちゃんのおる里じゃぞ」

 

しかし、ナルトは言う。

覚悟を秘めた瞳でフカサクを睨み返し、

 

「関係ねェ。もし霧の里に攻めてくるって言うなら、オレは自来也先生にだって容赦はしねェ!」

「なっ!?」

 

絶句した声をフカサクが漏らした。

口をあんぐりと開け、そして……

 

「…………」

 

目を細める。

殺気すら込めた目で、ナルトを見据える。

突然の事態に、ゲロ寅があわあわと身体を揺らし、大蝦蟇仙人が静かに様子を見守る中、フカサクが言った。

 

「もしナルトちゃんが木の葉の敵に回ると言うなら、今ここでワシが……」

 

が、その言葉をナルトが遮った。

右手をポーチに入れ、そこから一冊の本を取り出す。

表紙に「ド根性忍伝」と書かれた本。

その本は、真っ赤な血で染められていて。

ナルトはそれをフカサクに突き出した。

 

「それは……自来也ちゃんがナルトちゃんに渡した……」

 

しかし、ナルトは首を振る。

 

「これはオレの本じゃねぇ。里の子どもが持ってた本だ」

「…………」

「なあ、じいちゃん仙人。この本、血で汚れてるだろ。これ、誰の血か……わかるか?」

「…………」

「誰が子どもを殺したか、わかるか?」

 

フカサクは、

 

「…………」

 

何も応えなかった。

完全に殺気を引っ込め、口を閉ざす。

だが、ナルトは続けて言った。

 

「これは木の葉の忍がやったことだ! オレの目の前で子どもが殺された! 戦場で霧の忍が何人も殺された! 誰がやったかわかるか? 全部木の葉がやったことだ!」

 

八つ当たりだと自分でもわかっていた。

だけど、木の葉の忍の味方をするフカサクに怒りを覚え、ナルトは叫ぶように詰め寄る。

 

「なあ、じいちゃん仙人。じいちゃん仙人ってスゲーんだろ。自来也先生の師匠だもんな。なら、オレに教えてくれよ。オレってばどうしたらいい? どうすりゃー、霧も木の葉も争わずに済むんだ? 教えてくれよ。もしそんな方法が本当にあるってゆーなら、オレが今すぐ戦争なんて終わらせてくるからよ」

「な、ナルトちゃん。ワシは……」

 

言い淀むフカサクに、ナルトは言った。

「ド根性忍伝」を両手で握り締めて、

 

「自来也先生は言ってた。“いつかは、人が本当の意味で理解し合える時代が来る’’って。オレもその言葉を聞いた時、そんな時代が来ればいいなって、本気でそう思った」

 

だけど、

 

「けど、その時。同時に思っちまった」

 

ナルトは続ける。

少し悲しそうな顔をして、

 

「そんなのは……ただの絵空事だって!」

 

それはナルトの本心だった。

あの時、自来也にも言えなかった言葉。

 

「だって、もしそんな風に周りが変われるなら、オレは木の葉の里を抜けちゃいねェ」

 

ナルトは悲壮な顔をして、そう言った。

だが、フカサクは顔を上げ、

 

「じゃ、じゃが! ナルトちゃんは予言の子じゃ!」

「予言の子?」

「そうじゃ! ナルトちゃんなら、その憎しみを……」

 

が、そこで。

静観を決め込んでいた大蝦蟇仙人が、口を挟んだ。

 

「そこまでじゃ。事態は一刻を争う。ナルトよ、鍵の継承に移れ」

 

しかし、フカサクが言う。

 

「待って下され、大じじ様! 今のナルトちゃんに九尾の鍵を渡すのは危険過ぎやしませんか」

 

という忠言を受けるも、大蝦蟇仙人は相変わらずののんびりとした口調で、

 

「ワシはそやつの予言を見た。金髪の少年が、狐と戯れる光景を……な」

 

などと言ってきた。

ナルトはそれに、

 

「予言? それってなんだってばよ?」

 

と尋ねると、ゲロ寅が説明口調で話す。

 

「大じじ様はたまに夢を見られるんじゃ」

「夢?」

「そうじゃ。だが、大じじ様の見る夢はただの夢じゃない。確定された未来の予言じゃ」

 

なんてことを言ってきた。

予言などという胡散臭い話に、ナルトは眉を寄せるも……

大蝦蟇仙人が話を繋ぐ。

 

「そういうことじゃ。つまりここでワシらがお主に鍵を託そうと、託さなかろうと、既に未来は決まっておる。これは様式美みたいなものじゃ」

 

と言われるも、イマイチ話を飲み込まないナルト。

そんなナルトに、突如。

 

『ナルト、少しワシと代われ』

 

内側から、九喇嘛が話しかけてきた。

腹に手をあてる。

 

『九喇嘛?』

『その耄碌ガエルはワシの知り合いだ。話をつけてやる。てめーは中で聞いてろ』

 

そう言った、次の瞬間。

意識が入れ代わり……

 

『よォ、雁首揃えてんじゃねーか。両生類ども』

 

ナルトの身体を借りて、九喇嘛が口を開いた。

突然の出来事に、フカサクは目を見開き、

 

「お前さん……まさか!?」

『ケッ! 仙術をマスターしてるテメーらに、いちいちワシの説明が必要か?』

「きゅ、九尾じゃと!?」

 

驚きの声を上げるフカサク。

だが、そんなフカサクとは反対に、大蝦蟇仙人はおっとりとした声音で、

 

「おお〜 その声は九喇嘛か?」

『まさか、てめーがまだ生きていやがったとはな。ガマ丸』

「その言葉、そっくりそのままお前さんに返してやろう。はて、何年振りじゃ?」

『さあな、六道のじじいが死んで以来だからな』

「兄弟の忘形見でもあるお前に、またこうして会える日が来ようとはのぅ」

『……じじいのことをそんな風に呼べるカエルは、後にも先にもてめーぐらいなもんだ』

 

九喇嘛、ガマ丸、兄弟、六道、じじい。

意味のわからない言葉の連発に、ナルト、フカサク、ゲロ寅の三人は話についていくことができず……

九喇嘛と大蝦蟇仙人が、二人だけの会話を続ける。

 

「して、九喇嘛よ。お前から見て、その少年はどうなのじゃ?」

『また好き勝手に人間どもが暴れ始めやがったからな……コイツは今、混乱の真っ只中にいやがる』

「ふむ……」

『無駄に色んなことを知っちまった分、今回の戦争に関しちゃー、負わなくていい責任まで感じてやがる。テメーでテメーの心を閉ざしてしまうほどにな』

「…………」

『今のコイツに、ワシらの言葉は届かん。木の葉に少なからず恨みを持っとるワシ。木の葉の味方をする貴様ら。どちらもナルトとは立場が違う』

「……なるほどの。しかし、そやつには鍵の継承を受けて貰わねばならん。どれだけ足掻こうと運命からは逃れられんものじゃ」

『…………』

「とはいえ、今のナルトに鍵を託すのは危険というフカサクの言い分も一理ある。さてはて、どうしたものかのぉ」

『……フン。このままじゃダメなことぐらい、コイツが一番わかってやがる。だが、それを語る役目はワシらではない……開けてやれ。それで答えが出る』

「……そうか。お前がそう言うのなら、ワシも信じよう」

 

ナルトの意識が、再び自分の身体へと戻る。

それから……

大蝦蟇仙人が言った。

 

「ナルトよ、巻物に手をかざせ。あとは九喇嘛の奴が導いてくれよう」

「……わかったってばよ」

 

いや、本当は何がなんだか、よくわかっていない。

だけど、わざわざ鍵をくれると言うのなら、それを拒む理由はない。

ナルトが前に出る。

不安げなフカサクの視線を跨ぎ、ゲロ寅の持つ大きな巻物に自身の手をかざした……次の瞬間。

 

「!?」

 

檻の前にいた。

巨大な朱い檻。

四象封印が施された部屋。

その部屋の主である九喇嘛が、檻の中から声を発した。

 

『封印の解き方はわかるな』

 

ナルトは頷く。

 

「……うん」

 

巻物に触れた時、頭の中に必要な知識が流れ込んできた。

だからナルトは、左手で自分の上着をまくり上げ、

 

「今まで待たせちまって悪かったな、九喇嘛。ようやくこの辛気くせー扉を開けられる」

 

もう片方の右手に術を発動する。

封印の術式を解放する特別な術式。

腕に文字が走り、指先にチャクラが灯る。

そして、それを自身の腹に押し当てて、

 

「四象封印。解!!」

 

一切の躊躇いなく、封印の錠を回した。

直後。

ガチャン!

鍵が開門されていく音。

開かずの門に風が吹き抜ける。

遠く長い夢のような月日。

ナルトが誕生してから十二年間。

一度も開くことのなかった禁忌の扉が、今!

 

瞬間。

 

世界が明滅した。

 

視界が白く染まり。

 

色、音、匂い、感覚。

 

全てが白一色に呑み込まれ。

 

そして……

 

「!?」

 

白い世界に、一人の女性が姿を現した。

 

「ナルト……」

 

慈愛に満ちた、優しい声。

長く揺らめく綺麗な赤い髪。

たおやかな美貌。

ミナトに幻術で見せられてから、ずっと心の奥底に焼きつけていた姿。

 

「ふふ、私が誰だかわかる?」

 

その女性が、そんなことを訊いてきて。

 

「あ……」

 

全身が震え出す。

こちらに微笑んで、嬉しそうな顔をしている女性を見て、ナルトは泣きそうになる。

泣きそうになって、それでも震える声音で、

 

「ずっと、会いたかったってばよ……母ちゃん」

 

抱きつきながら、言葉を呟いた。

クシナは、そんなナルトの背中に手を回し、

 

「……てばよ、か。やっぱり私たちの子ね」

 

笑みを浮かべながら、優しく抱きしめた。


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