霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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行軍

大地を揺らすほどの大軍。

霧のマークが描かれた額当てに、窮屈そうな忍び装束。

木の葉の里に向け、行軍を進めていた霧の忍たちは現在、広がる青い海を前に野営の準備を整えていた。

立ち並ぶテントの用途は様々で、寝床に使う者もいれば、小さな店や居酒屋を開く者までいて……

 

「…………」

 

そんな賑やかな雰囲気の中、再不斬率いる霧隠れ第一班のメンバーはというと……

鼻をひくつかせながら、ナルトが言った。

 

「う〜ん。いい香りがしてきたってばよ」

 

続けて、どかりと腰を下ろした再不斬が、

 

「ようやくまともな飯にありつけるな」

 

そうぼやくように言い、最後に長十郎が、

 

「僕もお腹がぺこぺこです」

 

と、お腹をさすりながら呟いた。

そんな三人に、お玉で鍋をかき混ぜながら、ハクが応える。

 

「もうすぐできますから、少しだけ待っていて下さい」

 

そう言ってから、数分後。

皿に、美味しそうな香りを漂わせた具沢山のカレーが盛りつけられた。

料理を作っていたハクが自分の席に着いたのを見計らって、四人は同時に手を合わせる。

そして……

 

「「「「いただきます」」」」

 

食材への感謝の言葉とともに、スプーンを右手に取った。

長十郎がカレーを掬いながら、

 

「野菜は皮ごと食べるんですね?」

 

と尋ねると、ハクが微笑みを浮かべて、

 

「はい。薬草の知識を学んでいた時に覚えたのですが、野菜は皮ごと食べた方が栄養価が高いらしいですので」

 

そう応えると、納得した長十郎が頷き、スプーンを口に運んだ。

そんな風に、再不斬も、ハクも、長十郎も美味しそうにカレーを食べる様子を眺めながら……

 

「…………」

 

ナルトは自分の身体に起きた違和感に、戸惑いを感じていた。

腹は空いている気がする。

もう何時間も、何も食べていなかったのだ。

にもかかわらず、食欲が湧かない。

むしろ、スプーンを近づけると吐き気までしてきて……

 

「…………」

 

すると、そんなナルトの様子に気づいたハクが、心配そうな声音で訊いてきた。

 

「大丈夫ですか、ナルトくん」

 

そのハクの気遣いに、ナルトは咄嗟の笑みを浮かべる。

作り笑いを浮かべて、それから、

 

「大丈夫、ちょっと疲れただけだ」

 

そう強がりながら、なんとかスプーンを口に運ぼうとすると……

再不斬が言った。

 

「食欲が湧かねーんだろ」

 

その一言に、ナルトはぎくりと動きを止める。

あまりにもピンポイントな言葉を告げた再不斬の顔を見て、

 

「えーと……」

 

言い訳を考えようとするが、それよりも先に再不斬が、

 

「人を初めて殺した奴は大概そうなる」

 

淡々とした声でそう言った。

すると、それにナルトは……

 

「…………」

 

今度こそ、何も言えなくなってしまった。

思い出すのは、何人も人を殺した記憶。

生温かい血の臭いに、斬り裂いた肉の感触。

洗っても洗っても消えない、手にドロっとこびりついた死人の血肉。

怨嗟の声、冷徹な瞳、呪いの言葉。

それらの鮮明な記憶が、ナルトの脳裏を駆け抜け……

 

「おえっ……!」

 

何も口にしていないのに、吐き気を催す。

両手で口を押さえ、なんとか堪えるが……

 

「…………」

 

とても食事のできる状態ではなかった。

が、しかし。

そんなナルトに対して、再不斬が言う。

 

「無理やりにでも食っておけ。食える時に食うのは忍の基本だ」

 

気持ち強めの口調でそう言った。

その言葉に、ナルトは迷わず頷く。

今回の木の葉への出征。

最初はメイや他の仲間たちから、ナルトの参加は猛反対されていた。

狙われているナルトが木の葉へ赴くのは、鴨が葱を背負って行くようなものだと。

だがそれにナルトは、

 

“どうしても許可を出してくれねーなら、オレは今すぐ飛雷神を使って、一人ででも木の葉へ行く”

 

と、自分の身を人質に取り、行軍への参加を強要した。

さらにその時、再不斬がナルトの味方をしてくれたおかげで、最終的には里のみんなに隊の一員として認めてもらうことができたのだ。

だから……

 

「…………」

 

無理やりにでも食べなければいけないのだが……

 

「ぅ……」

 

まったく口が動かない。

胃が食べ物を拒否してきて……

と、そこで。

ナルトたちの間に、頭上から人影が差し込まれた。

 

「ここにいましたか」

 

その声に反応し、上を見る。

するとそこにいたのは、

 

「てめーは、フカヒレ」

 

木の葉の忍たちを相手にナルトと共闘した人物、霧隠れの怪人・干柿鬼鮫であった。

その鬼鮫が獲物を見るような眼差しで、

 

「おや? やはり生きていましたか」

 

と、ナルトに向かって言ってきて。

それにナルトは首を傾げる。

 

「どういう意味だってばよ?」

 

そう尋ねると、鬼鮫は少し心外そうな顔で、

 

「覚えていませんか? あの得体の知れない珍獣を相手にアナタが押し負けそうになっていた時、横から加勢したのは私ですよ」

 

などと言ってきて。

それにナルトは、さらに首を捻る。

記憶を掘り返して……

途端。

手のひらをポンッと叩き、

 

「あの時の鮫か!」

 

それから鬼鮫の方を見て、

 

「あの時は助かったってばよ」

 

そう、お礼の言葉を告げた。

すると、それに満足した鬼鮫が、

 

「お気になさらず。私もアナタに死なれたら困っていましたので……」

 

などと意味深なことを囁いてから、再不斬と長十郎の二人に視線を移して、ここに来た本来の目的を口にした。

 

「再不斬、長十郎。メイが呼んでいますよ」

 

すると、それを聞いた再不斬と長十郎が、急いでカレーを口へかき込み、瞬く間に完食する。

水を飲み干し、席を立つ。

最後に、再不斬がハクに視線を合わせて、

 

「ハク。ナルトにちゃんと飯を食わせておけ」

 

そう言い残して、忍刀の三人がこの場を去って行った。

 

「…………」

 

気まずい空気が流れる。

ハクがこちらに気を遣っているのが伝わってきて、早く食事を済ませようとするナルトだが、やはり胃が食べ物を受けつけようとせず……

頭に浮かぶのは、人を殺したことに対する葛藤。

そして……

ナルトがハクに尋ねた。

 

「戦争って、どうやったら終わるんだ」

 

自分のやりたいことはわかった。

霧も木の葉も、できる限り多くの人を救う。

そのためには戦争を終わらせるしかない。

でも、その方法がナルトにはわからず……

と――

頭に疑問符を浮かべるナルトに、悩ましい顔色でハクが応えた。

 

「戦争を終わらせる一番手っ取り早い方法は、どちらかの里が相手に降伏することです」

 

確かに、それはその通りだ。

しかし……ハクが説明を続ける。

 

「ですが、この案は現実的には厳しいでしょう。砂や音との小競り合いに加え、僕たち霧隠れとの交戦。力が衰え、財力の低下した今の木の葉には、相手の要求を呑む余裕がありません」

 

それにナルトは、うむりと頷く。

木の葉が素直に降伏してくる絵面など、どう考えても想像もできない。

 

「さらに付け加えると、水影様はともかく、他の霧の忍たちは木の葉が降伏宣言をしてきたとしても、タダでは納得しないでしょう」

 

その言葉にもナルトは首を動かし、首肯する。

平和条約を結ぼうとしていた霧に対し、木の葉は不意打ちでの侵略を行なってきたのだ。

人も大勢死んだ。

にもかかわらず、いざ返り討ちにあうと、自分たちの被害が拡大する前に全面降伏。

そんな暴虐、到底看過できるわけがない。

木の葉には、必ずケジメをつけてもらう必要がある。

と――

考えを巡らし、思索していたところで……

 

「この戦に終止符を打つ方法があるとすれば、この戦争の首謀者である火影の首を取るか。または、それに準ずる者の首を取るか。現実的な案を提示するとすれば、これぐらいでしょうか?」

 

そう、何気ないの口調で話すハクの提案を聞いた……瞬間。

脳に電流が奔った。

頭の中で血潮が弾け、思考の領域に火花を散らす。

 

「…………」

 

火影であるダンゾウの姿は、未だ捕捉できていない。

霧の暗部が数名で探索しているようだが、一向に成果は得られず。

さらに、ダンゾウと対峙していたはずのイタチまでもが、磯撫を封印して以降、その行方を完全にくらましていて……

が、しかし。

ダンゾウの所在がわからずとも、それに準ずる者の正体と、その者の居場所をナルトは知っていた。

開戦直後、ナルトが初めて戦った木の葉の忍……テンゾウと呼ばれていた男のことを思い出す。

彼はこう言っていた。

 

“なんだ、知らなかったのかい? 先輩は新しく火影に任命されたダンゾウ様の右腕として、今回の戦争に一役買っているんだよ。まあ、今は木の葉の警護にあたっているから、この戦争自体には参加していないけど”

 

「…………」

 

つまり、その先輩を倒せば――否、斃せば……

 

「…………」

 

目を細める。

やるべきことが決まった。

ナルトはスプーンを手に取り、カレーを掬う。

そして……

 

「あむ……」

 

口に運び、食べた。

いきなりナルトの様子が変化したことに、ハクが困惑の表情をあらわにするが……

 

「うん。美味いってばよ!」

 

ナルトはあえて、それを無視した。

これは、ナルトが決着をつけなければならない問題。

この戦争が始まったのは、自分が木の葉を抜けたから。

なら、その後始末をつけるのは、ナルトでなくてはならない。

だから……

 

「おかわり頼むってばよ!」

 

そう無邪気な顔を演じるナルトに、ハクは詮索の言葉を投げつけてはこなかった。

自分より頭のいいハクのことだ、何も言わずともナルトの心情を理解してくれたのかも知らない。

皿にカレーをよそいながら、優しい声音でハクが呟く。

 

「ご飯の味がわかる内は、まだ大丈夫。戦えます」

 

差し出されたカレーを、一口食べる。

いつもと同じ味なのに、不思議と力が湧いてきた。

 

まだ、頑張れる。

戦争は終わってなどいない。

正念場はここからだ。

だから食べれる時に食べて、力を蓄えなくては。

不安も後悔も全部押し退け、ナルトは食事を進めるのであった。

 

 


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