「あ・ん」と、デカデカと大きく書かれた、木の葉の正門。
そこには今、総勢三千人近い霧の忍たちが一同に集結していた。
奇襲も、夜襲もない。
正面から正々堂々行軍を進め……
チャクラがうねりを上げる。
軍の先頭に立ったメイが素早く印を結び、術を発動した。
「水遁・水龍弾の術!」
放たれるは青い水龍。
突如として現れた水の弾丸が、木の葉の象徴たる正門へと直進する。
そして、次の瞬間。
轟音。
先ほどまでそびえ立っていた、歴史ある建造物を見る影もなく粉砕した。
「全軍、前へ!」
メイの号令に従い、門の残骸を踏み荒らしながら、霧の忍たちが木の葉へ侵入を開始する。
が、そこから数歩進んだところで、霧の忍たちはその歩みを止めた。
何故なら……
「…………」
木の葉の忍たちが、門の内側で一同に待ち構えていたから。
その数、およそ数千。
集められるだけの戦力をかき集めたのだろう。
霧と木の葉。
両軍の忍同士が互いを睨み合い、牽制し合う。
困惑、緊張、畏れ、不安、怒り、悲しみ。
いつ開戦の火蓋が切られてもおかしくない、切迫した熱意と殺気が両里の忍たちを包み込んだ。
そんな時だった。
そいつが現れたのは……
「あいや待たれ〜 水の国連合の諸君」
突如、空に大きな影が差しかかり、派手な煙とともに姿を現したのは、体長五十メートルはあるピンクの大蝦蟇だった。
その大蝦蟇の背に乗って登場した自来也が、
「霧の忍たちよ。我ら木の葉に、そなたらと刃を交える意思はない。どうか話し合いに応じては貰えんだろうか?」
と、丁寧な口調で告げてきた。
その声に反応し、メイが一歩前に出る。
「それは、木の葉が霧に降伏するということでしょうか?」
澄んだ声でそう尋ねると、自来也が頷き、
「そうだ」
「平和条約を逆手に取り、我ら霧に下賤な侵略行為を行った貴方方木の葉の蛮行を許せ、と?」
「無論、できる限りの謝罪はさせてもらう。そちらの要求にも可能な限り応えよう」
それゆえ、話し合いに応じてもらいたい。
そう願い出た自来也に、険しい表情ながらもメイが応える。
「では、こちらの要求を呑んで頂きます」
「まあ、そうなるのぅ。して、その要求とやらは今この場でお聞かせ願えるのだろうか?」
問いかける自来也に、メイが条約を提示する。
「一つ、ナルトの出生を木の葉の住民たちに、包み隠さず伝えること。二つ、各里に此度の戦の非は全て木の葉側にあると認め、伝達すること。三つ、被害が出た里や国々への金銭的賠償。以上、三つの戦時賠償を霧は木の葉に求めます」
彼女が木の葉に要求した内容は、彼らが仕出かした悪虐を鑑みれば、とてつもなく破格な条件であった。
ナルトが四代目の息子であることを伝えれば、もう戦争など起こそうともしないだろう。
戦争の再発防止と、被害者たちへの謝罪。
メイが要求したものは、たったそれだけのことであった。
だがしかし、それを聞いた自来也は表情を渋らせて、
「金はなんとか用意する。戦の非も認めよう。だが、一つ目の要求は、すぐには呑むことができん」
と言った。
それにメイは怪訝そうに眉を寄せて、
「すぐには?」
「時間が欲しい。戦争続きで疲弊し切った今の木の葉には、真実を受け入れるための余裕がない」
「…………」
「そんな状態の彼らに、さらに追い討ちをかけるような真似をすれば、いつ暴動が起こるやも知れん……そうなれば今度こそ木の葉の忍は住民たちからの信用を完全に失い、里は衰退どころか、下手をすれば本当に壊滅しかねない」
だから、どうか時間をくれないか。
そう縋るように願う自来也に、メイは呆れた眼差しで首を振った。
「お話になりません」
当然の回答。
木の葉にどんな事情があろうと関係ない。
最初に戦争を仕掛けてきたのは彼らだ。
こちらが出した、当たり前の要求すら呑めないのであれば、残された道は一つしかない。
メイが片手を上げ、
「全軍に言い渡します」
宣言した。
「木の葉を――滅ぼしなさい!!」
瞬間、
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」
大地を轟かす鬨の声が上がった。
戦いが始まった。
血を血で穢す戦いが。
迫る霧の忍に、木の葉の忍が応戦する。
そこかしこに戦闘が勃発する。
「やはりこうなってしまったか……」
諦めを含ませた声音で、自来也が呟くのを耳で流しながら、
「どこへ行く! ナルトォ!」
上司である再不斬の呼びかけも無視して、ナルトは戦場へと走り出した。
「…………」
地響きが聞こえる。
刃がかち合う音。
火花が散る音。
忍が駆ける音。
そして、人が死ぬ音。
それらを全て無視して、ナルトは走る。
途中、何人もの木の葉の忍がナルトに攻撃を仕掛けてきたが、それも全て無視する。
標的は既に一人と決めていたから。
自分が最後に始末すべき相手は決まっていたから。
だから、走る。
ただ、ひたすら真っ直ぐに。
走る。
走る。
走る。
が、そこで。
「ナルトォ!」
一人の……いや、イルカを軸においた二小隊編成。
イルカ、シカマル、ネジ、サクラ、いの、ヒナタ、チョウジ、キバ。
赤丸を含め計八名と一匹の忍たちが、ナルトの前に立ちはだかった。
内心、複雑な心境を抱くナルトをよそに、再会を祝した安堵の表情から一転、鬼のような形相を見せたイルカが、鼓膜をぶち破る勢いで渾身の叫びを発した。
「馬鹿野郎! なんでここに来たんだ! 木の葉の狙いはお前なんだぞ!」
そう張り叫ぶイルカに対し、ナルトは普段とは違う、感情を抑えた淡々とした声音で相対する。
「この戦争を終わらせるためだ」
投げつけられた質問にそう答えると、シカマルが訝しむように呟いた。
「戦争を終わらせる?」
続いてイルカが、
「そんなことはお前がしなくてもいい。お前は……」
が、その言葉を遮って……
ナルトが言った。
温度のない、馴れ合いを拒んだ冷徹な声で、
「オレはもうアカデミーの生徒でもなければ、お前らの仲間でもねぇ。いつまで先生のつもりでいるんだ、イルカ」
そう言うと、一瞬イルカの目に悲しげな光が宿る。
が、その直後に、
「お前は今でもオレの自慢の生徒だ」
飾り気のない、短くも芯の通った声でそう語りかけてきた。
そのイルカ言葉に、ナルトは一瞬、ほんの一瞬だけ、心を揺さぶられるも……
「…………」
それを表に出すような愚行は犯さなかった。
もう、遅いのだ。
本当の絶望を目の当たりにした時、そんな安っぽいセリフなど、なんの役にも立たないのだから。
だから、ナルトは言う。
一切の感情を排した、暗い、冷酷なまでの眼差しで、
「ミズキや木の葉の連中にオレが殺されそうになってた時、助けにも来てくれなかったアンタの言葉なんて、誰も信じねーってばよ」
「なっ……!?」
絶句した表情を見せるイルカに、ナルトは続けて、
「そういやぁ、サスケの時はあんなに頑張って助けてたよな、イルカ先生? オレの時とは違って、みんな一生懸命でさ。オレってば、感動で涙が溢れて溢れて止まらなかったってばよ」
焚きつけるようにナルトが言うと、イルカの身体が小刻みに震え出す。
「ち、違う! オレは……」
まるで、言い訳でもするかのように、何かを呟こうとするイルカ。
が、戦場において、そんな隙だらけな忍をわざわざ見逃してやるほど、今のナルトは甘くはなかった。
瞬間、加速する。
瞬身の術で加速したナルトの身体は、みるみるとイルカとの間合いをゼロにして……
「オラァ!」
拳を振りかざし、腹に叩き込んだ。
「うごっ……」
苦悶の呻きを漏らすイルカに、ナルトは追撃をかける。
くの字折れ曲がったことにより下がってきた頭の側頭部を蹴り飛ばし、勢いの乗った遠心力を利用して、さらにもう一発打撃を浴びせて……
「………」
一秒にも満たない時間で、イルカの無力化に成功した。
さらに続けて、
「え?」
真横にいたにもかかわらず、何が起こったのかまるで理解していないサクラの前へと移動して……
「サクラァ!」
いのが叱咤したことにより、ようやく事態の把握をし始めたサクラに向かって、先ほどと同じように拳を叩き込み、
「あ……」
気絶させる。
交わすべき言葉など存在しない。
イルカやシカマルたちとは、戦争が終わった後でなら和解できる未来だってあるかもしれない。
だけど……
「…………」
サスケ、サクラ、サイ。
この三人とナルトが和解する未来は永劫に訪れることがないから。
殺すから。
霧と木の葉の未来のために、三人が先生と慕っている相手を、ナルトが殺すから。
だから……
「ナルトォ! アンタ、よくもサクラを!」
親友を傷つけられたことに激怒したいのが、心転身の術を放とうと……
しかし、それを察知したナルトは、今しがた気絶させたばかりのサクラの身体を無造作に掴み取り、飛雷神のマーキングを施すと同時に、
「受け取れってばよ」
投げ飛ばした。
それを見たいのは慌てて印組みを解除して、サクラを助けようと試みるが……
刹那、閃光が閃く。
ナルトの身体がそれよりも速く、いのの懐へと潜り込み……
「三人目だ」
言うや否や、宣言通りあっさりといのを気絶させた。
すると、そこで。
「ナルトォ!」
「テメェ、堕ちるところまで落ちやがったかァ!」
チョウジ、キバ、赤丸の二人と一匹がナルトに向かって猛進してきた。
後ろでシカマルが二人を止めようとしているが、怒りで我を忘れたチョウジとキバは止まろうとせず、術を発動する。
「部分倍化の術!」
肥大化し、こちらに伸びてきたチョウジの腕を躱しながら、
「影分身の術」
ポンッ! という音とともに、一体の分身が出現した。
ナルトはチョウジの相手を分身に頼み、迫り来るキバたちを眺めながら、拳に九喇嘛のチャクラを灯す。
そして……
「「牙通牙!」」
互いの身体を弾き、高速回転を描きながら突撃してきた一人と一匹のコンビネーション攻撃を最小限の動きで回避して、
「まずは……こっちだァ!」
キバの姿に変化した赤丸に、拳を上から叩き込んだ。
いくら回転して威力を上げているとはいえ、九喇嘛のチャクラを纏ったナルトの拳に勝てるわけもなく……
「キャイ〜ン……」
力をなくした赤丸が地べたに倒れ伏す。
するとそれを見たキバが、
「赤丸っ!」
愚かにも自分から動きを止め、無防備な状態で赤丸の元へと駆け寄ろうとする。
そんなキバに対し、ナルトは躊躇うことなく、
「…………」
首に手刀を入れ、気絶させた。
後ろを振り返ると、分身がチョウジを瞬殺していて……
これで五人を倒した。
次は……
「な、ナルトくん」
唖然とした表情で、構えようともしないヒナタに狙いを定めかけた、その時。
強烈な突風がナルトに襲いかかる。
「八卦空掌!」
掌底から放たれるチャクラの空気砲。
ナルトは一瞥もなく、後ろへ跳び、それを回避した。
が、しかし。
その空いたナルトとヒナタとの距離に、術を放った人物、ネジが割り込むように入ってきて、
「ヒナタ様、後ろへお下がりください」
と言った。
それにヒナタが、
「待って、ネジ兄さん。ナルトくんは……」
が、その言葉を、ネジが優しげな微笑みで遮る。
それから、
「ご安心ください。友人と少々手合わせをするだけです」
と言った。
以前のネジからは想像もつかない、人を温かくさせる穏やかな顔を浮かべて。
すると、それを聞いたヒナタはこくりと頷き、一歩後ろへ足を下げた。
ネジがこちらを見る。
片手の掌を突き出し、腰を低く落とした日向特有の構え。
隙のない構えを取りながら、ナルトに向かって、ネジが言った。
「来い!」
二人の視線が交差する。
正直、忍術を使用すれば、ナルトはネジを瞬殺できる。
それだけの力はつけてきたと自負していた。
だが……
「…………」
ネジの瞳を見る。
中忍試験の時と違い、白眼を使っていないにもかかわらず、その瞳には力が溢れていた。
己を信じた、迷いない瞳。
それを見たナルトは……
「…………」
無言で拳を握りしめた。
余計な感傷。
でも、ここでネジから逃げてはいけない。
そう思ったナルトは、相手の思惑通り体術だけで応戦する。
「らあァ!」
掛け声とともに、強烈な拳打を繰り出した。
しかし、それは当然のように受け止められ、返しに鋭い掌底を放たれる。
それを見たナルトはすぐさま拳を振りほどき、攻撃を回避すると同時に、相手の死角から蹴りを食らわしてやろうとフェイントをかけ、
「む?」
それに反応したネジの反対方向から、先ほどの蹴りをおとりに、水月に拳を叩き込もうとする。
が、それすらも……
「ふっ……」
焦り一つない余裕の表情で対処され……
互いの拳がぶつかり合う。
そこから幾度も拳を交えた。
されど、互いの拳が、互いの身体に届くことはない。
ナルトとネジの実力は、体術だけを考慮すれば紛うことなく拮抗していた。
その事実にナルトは、
「はっ……」
思わず笑みを浮かべる。
術を使えば、ネジを瞬殺できる?
先刻、自分が心に抱いた妄信を振り払う。
ナルトは確かに強くなった。
だが、強くなったのはナルトだけではなかった。
ネジも同じだった。
それにナルトは、
「…………」
笑みを浮かべる。
すると、突然。
「ん?」
ネジが拳を収めた。
不審に思いながら、ナルトも動きを止める。
それから首を傾げると……
満足そうな表情で、ネジが言った。
「もう十分だ」
その一言で、ナルトはネジのやろうとしていたことを理解する。
「一流の忍同士なら、互いの拳を合わせただけで相手の心の内が読めるものだ。例え、特別な瞳など持っていなくてもな」
「…………」
「ナルト、お前のやろうとしていることが正しいことなのか、オレにはわからない。だが、お前なら何か違った結末を、オレの父親やヒアシ様とは違った答えを見せてくれる。そんな予感がする」
その言葉に、ナルトは……
「…………」
無言で頷いた。
約束はできないから。
敵の忍にそんなことはできないから。
でも、せめてこれぐらいは……
そう思いを込め、無言で頷いた。
と――
そこで、
「ネジ、シカマル。ナルトを止めてくれっ」
他の面々よりも、念入りに手傷を負わせたはずのイルカが意識を取り戻し、悲壮な声音で部下たちに懇願した。
だが、それを近くで聞いていたシカマルは、ナルトの方を一目見た後、やり切れないといた様相で頭を左右へ振り、
「イルカ先生。ここにいるのは、アンタの生徒でもなけりゃ、里一番のいたずら小僧でもない。霧隠れの忍、うずまきナルトだ」
「…………」
「どうやら、オレたちが出しゃばる場面じゃないらしい」
そう、悟ったように投じられたシカマルの言葉に、イルカは、
「くっ……」
悔しさと嘆きをあらわに、今度こそ意識を手放した。
そんなかつての仲間たちを背に、
「…………」
ナルトは戦場へと駆け出したのであった。