霧隠れの黄色い閃光   作:アリスとウサギ

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悲しき再会

木の葉通りのたまり場。

かつて人と活気にあふれた街並みは見る影もなく、守鶴を筆頭に荒らされた景観は今もなお荒れ果てたままだった。

家は崩れ、行路は地盤ごと歪み、一時しのぎで設置したであろうテントは霧と木の葉、両里の忍たちに踏み潰される。

そんな土色一色の街道をナルトは突っ切っていた。

標的を探すため。

己が定めた敵を見つけるため。

ただひたすらに走る。

しかし、ここは敵陣のど真ん中。

そう容易く事を運べるわけもなく……

 

「ここから先は通さない」

 

余談ない声が頭上から降り注ぐ。

足を止めて見上げると、そこには自身を囲むように多数の木の葉の忍たちが鳥かごとなり、行く手を遮る輪を描いていた。

集団の中には仮面で顔を隠した暗殺戦術特殊部隊、通称暗部の姿まで視認できる。

 

「…………」

 

戦場でナルトが斃してきた忍たちとは、明らかに研ぎ澄まされた練度が違う。

肌がひりつくほどの緊迫感。

さらにこの数、まともに戦えばこちらもタダでは済まないのは明白で……

が、しかし。

こんなところでもたついている暇はない。

今は一分の時間すら惜しい。

そう判断したナルトはすかさずホルスターに手を伸ばし、術式クナイを掴み取った。

 

「包囲陣形! 奴が動き出す前に潰せ!」

 

こちらの動きを読んでいたのか、はたまた情報をあらかじめ知っていたのか、ナルトが挙動に移る前に仕留めにかかろうとする忍たち。

が、相手が印を結ぶのに対し、こちらはクナイを投げるだけ。

先手を取ったナルトは迷わず真上に向かって術式クナイを投げ、迫りくる忍術の数々を飛雷神で回避する。

たった一動作で攻撃から転脱したナルトに、しかし木の葉の忍たちは焦る様子を見せない。

空中を舞い上がるこちらに向かって、再度四方から攻撃を加えようとしてくる。

だが、それに対処できないナルトではない。

宙で掴んだ術式クナイをもう一度上に投げ、跳躍。

さらにもう一度掴み、投げ、跳躍。

飛雷神を利用した、ナルトならではの虚空移動。

制空権を握ったナルトは術式クナイを掴み取り、手のひらに傷をつけ、印を結ぶ。

続けざま、手のひらを下にかざして……

 

「飛雷神・口寄せ屋台崩しの術!」

 

飛来するは巨大な大蝦蟇。

突如、地上から離れた蒼穹に呼び出されたガマブン太は、自重に従いその巨体を落下させる。

 

「全員、退避せよッ!」

 

隊長格の忍に従い、蜘蛛の子を散らすように木の葉の忍たちがその場から離脱した、直後。

廃墟と化した街並みを駄菓子感覚で踏み潰し、文字通り跡形もなく粉砕する。

塵で土煙を巻き上げながら、ガマブン太が地上へと足を着地させた。

ギロリとした目玉がこちらを射抜く。

 

「なんなら? いきなり呼び出してからにィ」

 

不機嫌さ隠そうともせず、声を荒げるガマブン太にナルトは自身の要件を伝えた。

 

「親分。ちょっとここで、こいつらの足止めをしておいてくれ」

「あ?」

 

訝しみながら、こちらを警戒する木の葉の忍たちをぐるりと一瞥したガマブン太が一言。

 

「嫌じゃ」

 

と言った。

それにナルトは、

 

「なんでだってばよ! ちょっと足止めしてくれりゃぁいいだけだって。オヤビンなら余裕だろ」

「関係ないわ。そがーな面倒、なぜワシがせないけんのじゃ」

 

取りつく島もないガマブン太に、ナルトが言った。

 

「戦争を終わらせるためだ」

 

曲がることのない、愚直な意志がこめられた言葉。

蝦蟇の瞳がナルトを捉える。

 

「ほう……」

「オレってば、こんなところで時間食ってる暇はねーんだ。だからこいつらの相手は親分、頼むってばよ」

 

視線が交わること数秒。

巨大な煙管から煙をふーっと吐き出し、ガマブン太は笑い声をあげた。

 

「ヌハハハ、大きく出たのぉ、ナルト」

「オレってば、大真面目だ!」

「……わかっとるわい」

 

と言って、視線を前に向ける。

そして……

 

「何をしちょる。とっとと行かんかい」

「……! ああ、任せたってばよ!」

 

信頼の言葉を投げつけると同時に、ナルトは大蝦蟇の背中から飛び降りた。

後方からは激しい戦闘音が聞こえてくるが、振り返るようなことはしない。

親分なら、そんじょそこらの忍が束になった程度で負けはしない。

だから、ただひたすらに走る。

途中、むっつりグラサンをはじめ、何人もの忍たちが襲いかかってきたが、暗部クラスでもない限り今のナルトは止められない。

面倒な相手は全てガマブン太が引きつけてくれている、この時が最大の好機。

目指すは火影屋敷。

標的が滞在する確率の一番高い場所。

チャクラを足に回し、一気に壁を駆け上がる。

露台に人の気配があった。

期待を込め、身を乗り出すと……

 

「テメェらは……!」

 

そこにいたのは、想定していなかった人物だった。

三人一組の小隊。

木の葉の上忍のみで構成されたその小隊は、珍しく見覚えのある顔ばかりで……

 

「九尾のガキィ!」

「まさか自らのこのこと現れてくれるとは」

 

怨嗟の声を孕ませ、そう呟いたのは秋道チョウザと山中いのいち。

共に一族の長にして、チョウジといのの父親である。

できれば出会いたくない相手だったが、霧で訓練を積んできた今だからこそわかる。

強い、コイツらは間違いなく強敵だ。

振り切るのは不可能と瞬時に判断したナルトは、術式クナイを構えた、その時。

 

「待て、お前たち」

 

静止の声が呼びかかる。

チョウザといのいちが目線だけを後ろに向けて、

 

「なんの真似だ、シカク」

「ここでコイツを捕らえれば、情勢は一気にこちらへと傾く。私情は捨てて殺るべきだ」

 

そう進言するも、後ろに構えていたもう一人の忍。

奈良シカクは影真似の術で二人の動きを縛りつつ、首を横に振った。

 

「無理だ。今のナルトはパワーでどうこうできる相手でもなければ、オレの術で捕らえられる相手でもない。特にいのいち、てめーとの相性は最悪だ。尾獣と協力関係にあるコイツの精神に入り込んでもしてみろ、一瞬でお陀仏だぞ」

 

嗜める口調でそう話すシカクに、冷静さを取り戻したのか、チョウザといのいちが動きを止める。

それを確認したのち、シカクは影真似を解き、こちらに鋭い視線を向けた。

そして……

 

「お前の探し人はこの先にいる」

 

ある方向を指差し、そんなことを言ってのけた。

ナルトは眉を寄せ、警戒をあらわにする。

目的を話した覚えはない。

ハクや再不斬あたりは何か勘づいているかもしれないが、木の葉の忍であるシカクは知るよしもないはずだ。

そう、ナルトが抱いた疑問に答え合わせをするかのごとく、シカクが口を開く。

 

「初歩的な推理だ。お前がここに来る目的で考えられるのは第一にオレたちの抹殺。だが、お前は最初オレたちの顔を見た時、想定外だと言わんばかりの顔をしていた。次に考えられるのは自来也様だが、あんな目立つ場所にいて気づかないわけがない。この二つの理由でないとすれば、お前が木の葉に来た理由は一つだ、違うか?」

 

理論整然と話すシカクに、ナルトは否定も肯定もしない。

だがシカクはナルトの目的をわかった上で、情報を提供してくれるらしい。

罠の可能性が高い。

だが、それ以上に時間が惜しい。

決断を下すのは一瞬だった。

向こうに戦闘の意思がないのなら、この場に止まる理由もない。

と、踵を返そうとしたところで、ナルトはふと頭に湧いた疑問を口にする。

 

「自来也先生は、この戦争にどこまで関わってんだ」

 

問いかけたナルトに、シカクは僅かな思考を巡らせるも、神妙な声で応えた。

 

「自来也様は誰よりも逸早くダンゾウの企みに気づいておられた。しかし奴の側近であるトルネとフーに阻まれ……オレたちの力では奴の凶行を防ぐことはできなかった」

 

そう無念そうに語るシカクに、ナルトは何も応えない。

だが、胸のつっかえが一つ取れた。

自来也は今でもナルトと同じ想いのはずだ。

心の重荷を少しだけ軽くしたナルトは、今度こそその身を翻し、目的の場所へ走り出す。

後ろからシカクたちが追跡してくることも考えたが、どういった理由か、三人は何も仕掛けてこなかった。

崩れた屋台、かろうじて残った“ラーメン一楽”の暖簾を踏み抜き、加速する。

小さな森へ入り、数秒後には拓けた場所へ出た。

人の気配を察知する。

今度は明らかに一人のもの。

その男はこちらに背を向け、慰霊碑の前にただただ独り突っ立っていた。

その背中が、ゆっくりとこちらを振り向く。

特徴的な髪型に長身体躯、以前は身につけていなかった変わった形の面を被っているが、それでも見間違えるわけがない。

 

「見つけたぞ、はたけカカシ」

「会いたかったぞ、うずまきナルト」

 

霧と木の葉。

二人の忍が望まぬ再会を果たした。

 

 

 

 


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