虚飾の魔法と嘘っぱちの奇跡   作:ジェームズ・リッチマン

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もっと光を

 

 避難所の奥まった場所には、私専用の制御室が設けられている。

 個別の指示出しから電気系統に至るまで、全てをここで統括することも可能であった。

 

 各設備に異状は無し。地下水道は、ワルプルギスの夜の被害を完全に凌ぎ切ったと見ていいだろう。

 後味の悪いものがなくて良かった。幸先のいいことである。

 

「さて、見滝原復興に向けて頑張ろうか?」

 

 パソコンに向き合う。

 モニターに映し出される、極々最近に立ちあがった慈善組織の質素なホームページ。

 

 “募金はこちらへ”の可愛らしい画像は私のお気に入りだ。

 黒猫と白い鳩がじゃれている、とてもファンシーなイラストが好みだった。

 

「にゃ」

「お、ワトソンじゃないか! 無事だった~?」

 

 足下に忍び寄ってきたワトソンの頭を片手で撫でてやる。

 喉をわしゃわしゃしてやると、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いてくれた。

 

 さて。ワトソンとの再会を喜びたいところだが、先にやらなくてはならないことがたくさんある。

 

「さて。入金、っと」

 

 ボタンひとつで投下される、世界中の宝くじと為替の流れを掌握した、私の奇跡の結晶。

 

 “ご支援、ありがとうございました!”

 

 過去に戻れる。その力の真骨頂は、マネーゲームで圧倒的な独り勝ちを果たせるという点にあるだろう。

 金は思いのまま。人間関係のリセットもあれば、情報だって好きなだけ握り込める。

 そうして得られた莫大な資金があれば……ま、人の命はいかんともしがたいが、モノならば自由自在さ。もちろん、元通りになるわけではないんだけどさ……。

 

「……ふふ、よし、じゃあワトソン。私はしばらく寝るから、ゆたんぽごっこして遊ぼうか?」

「にゃー!」

「よしよし」

 

 私はブランケットの中にもぐりこみ、ワトソンを抱きかかえるようにして目を閉じた。

 

 闇。情報のない暗い世界。

 動き回ったわけではないが、ほどよい疲労を感じる。きっとそのまま息を整えていれば、すぐに夢の世界に沈めるだろう。

 

「……ふー」

「にゃ?」

「ん? ……いーや、なんでもないよ、ワトソン」

「にゃぁ」

 

 私は覚悟を決めて、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 ―――――――――――――――

 

 

 

 そして、缶コーヒーを打ち鳴らして祝杯が上がる。

 

 

 

『乾杯、ほむら』

『……』

 

 夢の中では彼女が待っていてくれた。

 殺風景な部屋。けれど、壁にかけられたワルプルギスの夜の絵は今や存在しない。

 私たちの心が確かに一つのしこりを取り去ったのだろう。それがこの世界にも表れていた。

 

 二人して黙り、コーヒーを流し込む。

 例によって、夢の中では何の味も無い。

 

 だからこそ、向かいに座る彼女の無表情は、この時ばかりはしっくりきているように見えた。

 

『こういう結末、きっと君にとってのベストではなかったんだろうね』

『……』

 

 私の言葉に、暁美ほむらは難しそうに眉を傾ける。

 

『私は知っているよ、君のやりたかった事を』

 

 ワルプルギスを倒し。見滝原を救う。

 けどそれは、最初のうちは力の差を見誤るばかりで失敗し続け。

 力の差を知った後も、その目的を自分の存在意義として縋ったが故に失敗し続けた。

 

 きっと、無理なことなのだろう。

 ワルプルギスの夜を倒すということは。

 

『……今更になってベストだと思ってしまうからこそ、今の私は後悔しているわ』

『ふむ』

 

 悲しげな言葉とはやや相反するように、暁美ほむらの口元はわずかに微笑んでいた。

 自嘲だけではない、そこには真の喜びも混ざっている。

 自分には果たせなかったこと。しかし待ち望んでいた念願が叶い、それを心から嬉しく思っているのだろう。

 

『街を一切壊さず、人を一人も殺さず……あいつを相手にして、そんなこと……無理な話だったのよね』

『ん』

『私は甘かったのよ、妥協ができなかった……馬鹿だったのね』

 

 馬鹿だった、か。それは……酷な話だろうと思うよ。

 難しいことだった。そして、仕方のないことだったんだ。

 そう思った方が、きっと良い。

 

『でも……貴女のおかげよ。貴女のおかげでまどかは……やっと前に進める事が出来た』

『……ふふ』

『私という繰り返す因果から解放されて、まどかは……魔法少女になることもなく、死ぬこともなく、人生を受け入れた』

『うん』

『ありがとう。本当に……』

 

 暁美ほむらは微笑んでいた。

 朗らかに。きっといつかの、彼女が幸せだった頃のように。

 長い時間をさかのぼって、中学二年生に戻ったかのように。

 

『ふふ……けどね。前に進むのはまどかだけじゃないだろう?』

『え……?』

『君も前に進むことができるはずだよ』

『……え、ええっと。それは……どういうことかしら』

 

 今更になって狼狽えるのかい?

 いけないな。そうやって自分を幸せの勘定からはじき出してしまうなんてさ。

 

『当然だろう? ようやく全て終わったんだ。これからは君だって、暁美ほむらの人生を楽しんでいかなくちゃ!』

『む、無理よそんなの』

『何故?』

 

 戸惑う暁美ほむらの表情は、自信のなかった頃のそれにそっくりだった。

 おいおい、そこまで逆行することはないだろう。

 

『無理よ……私、胸を張ってまどかと向き合えないもの。みんなに酷いことをしたし、まだ……自信がないわ』

『そんなことはない。君が努力したからこそ今があるんだぞ?』

『無理よ、無理だもの……』

 

 暁美ほむらはずーんと沈み込んだように、顔を床に向けてしまった。

 やれやれだ。願いが叶ったとたんにこれか。わけがわからないよ。

 

 ……ま、仕方ないか。

 そんな彼女を引っ張るためにいるのが、この素晴らしく格好いい私、暁美ほむらだ。

 

『……ふーむ。ならば、そうだなぁ……胸を張れるような未来に全てを導くことができれば、君の心は自信を取り戻し、解放されるのかな?』

『……?』

 

 我ながら頑固な人間だ、暁美ほむら。

 けど私は、そんな弱気な君を一人分だけ引っ張れるくらいには、強くできているんだよ。

 

『さあ、暁美ほむら……どっちか一枚だけ、引いてごらん』

 

 彼女の前に二枚のトランプを差し出してやった。

 

『……? どういうつもり? 私に、どうしろっていうの?』

『簡単だよ、選ぶだけさ』

 

 人生はいつだって選択の連続だ。

 そして不思議なことに、マジシャンの示す選択というものは、常に当たるようにできている。吉兆のようなものだ。

 

『もし君がこっちのスペードの10を選ぶなら、再び砂時計をひっくり返そう』

『っ! 嫌よそんな……!』

 

 砂時計をひっくり返す。それは私の盾の中で落ち切った砂を反転させ、再び私を過去に戻す行為だ。

 それは暁美ほむらにとって敗北の証。この期に及んでやり直すなど、彼女からしてみれば考えられないことなのだろう。気持ちはよくわかる。

 

『そうだね。時間を戻せば……また全ての人間関係が白紙に戻り、ワルプルギスの夜が再び襲来する。考えるだけでもうんざりだ』

『だったら……』

『けど私は今回の時間でね、実に面白い、様々なプランを思いついたのも事実なんだよ』

『プラン……?』

 

 暁美ほむらは怪訝そうに首を傾げている。

 ふふ、そうだろう。わからないだろう。まだこれは、私の頭にしかないことだからね。

 

『何をどうすれば上手くいくのか、どうすればよかったのか……どこで、いつ、どう行動すれば最適なのか……その綿密なプランさ。もしも次に時間を巻き戻す時が来たなら、私たちは見滝原への損害を限りなくゼロにまで抑え、死者だって完璧にゼロにできるかもしれないよ』

『!』

『妥協せず、まどかに胸を張って生きるならばこの選択肢も悪くは無い……ま、不確定要素はたくさんだけどね』

 

 もう片方のカードを掲げる。

 

『で、もう一枚。君がこっちのジョーカーを選んだなら……この世界に骨を埋める覚悟で、皆と手を取りあって生きていくことにしよう。一から建て直す喜びが、希望がここにはある……当然、私としてはこの結果に満足しているつもりだよ、暁美ほむら』

『……私も、不満というわけではない。いえ、むしろ私では辿り着けなかった、最高の世界だとも……』

『ふふ、ありがとう』

 

 まぁ、この世界も正直なところ、これからの時間に不安がないわけではない。

 どっちもどっちだ。どちらの世界も安泰と決まったわけではない。だからこそ、選択の余地がある。

 

『より貪欲に完璧な未来を生きたいのであれば、10を選ぶんだ』

 

 そうすることで、君は再び自信を取り戻せるだろう。

 

『もしくは……どの時間よりも苦悩し、事件が起きたこの世界で、少しずつ居場所を取り戻すつもりなら、ジョーカーを引くといい』

 

 こちらの世界でも、当然私はサポートする。

 私だけの世界じゃない。君が、暁美ほむらが再び彼女たちと一緒にいられるように、少しずつ健全な心を取り戻せるよう、尽力してゆく。

 

『……私は』

『私は暁美ほむら。君も暁美ほむらだ。私はどちらの選択でも、何の文句は無い……君の決定に、全てを委ねるよ』

『……私が選ぶ、世界は』

 

 暁美ほむらの喉がコクリと鳴る。

 そして震える細い指は一枚のカードを摘み上げ……彼女はそれを、選択したのだった。

 

『……うん。それが、君の選ぶ人生だね?』

『ええ』

 

 良い顔つきだ。

 諦めていない。前向きで、真っすぐで……格好いい表情だった。

 

『やっていけそうかい?』

『もちろんよ、やってやるわ』

 

 うん。そうだ、それがいい。

 

『……私も、貴女みたいに……格好良くなるために、頑張ってみせる!』

『その調子だ、暁美ほむら! 燃え上がれー!』

『ちょ、ちょっと、馬鹿にしないでよ、それはまどかだけが……』

『あっはっはっは!』

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

―――――

 

 

―――――――――

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 運命の渦巻く街、見滝原。

 

 私が生きると決めた街。

 

 はてさて、それはいつの青空の下だろうか。

 

 高くそびえるビルの狭間、整備されたアスファルトの上に、私は立っていた。

 

 

 

 期待のまなざしを向ける大勢の観客達の中心で、私は深く頭を下げる。

 

 

 紫のシルクハットを被り、紫のステッキを腕にひっかけ。

 

 今日もまた、市民を楽しませる公演が始まろうとしている。

 

 

 

『頑張って!』

『ありがとう、まどか』

 

 

 

 どうやら今日は、まどかが見に来てくれているようだ。

 

 まだまだ低い背で何度もジャンプし、奥から私のマジックを覗き見ようと頑張っている。

 

 その姿は、かつて私が奔走した日々が遠い昔以上の、おとぎ話だったんじゃないかと思えてしまうほどに和やかで、微笑ましいものだった。

 

 

 おっと、けれど笑ってはいけない。

 

 マジシャンの笑いは不敵に。妖しくなくてはならないからね。

 

 

 

「お集まりいただき、ありがとうございます」

 

 

 ん?

 

 ここは過去か? 未来か? どっちなんだ、って?

 

 

 さあ、どっちの世界だろう?

 

 思い出せないな。さて、どっちだっただろうか。

 

 

 でも、間違いはないから安心していただきたい。

 

 ここが過去でも未来でも、私は必ず輝かしい未来を手にしているのだから。

 

 

 この場所は、あの子が守ると決めた世界。

 

 私はそれを信じている。

 

 それだけはしっかりと覚えている。

 

 

 だから私は、この場所で。この世界で。

 

 自分の人生を、全力で楽しんでゆくつもりだ。

 

 

 

「では! ショータイムと参りましょう!」

 

 

 

 さあ、ステージにもっと光を。

 

 

 

 





おわり
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