鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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お久しぶりです。だいぶ間が空いたのと#53からの続きなので、差し支えなければそちらからお読みいただけると楽しめると思います。


#57 正義とは、力とは

 ──これは三百年も昔の話、”英雄”アグニカ・カイエルが厄祭戦を収束させた直後にまで遡る。

 

 戦争のために人類が生み出した数多のMAたちと、それでもなお戦争を止めようとしない愚かな国々を止めるためにギャラルホルンの前身組織『ジェリコ』は尽力した。特に無類の強さを持つMAはアグニカ・カイエルが筆頭となり多数撃破され、この功績によって配られた七星勲章が後のセブンスターズとなるのだが、いったんそれは割愛しよう。

 ここで大事なのはMAではなく凶悪な味方であり、人類存亡の危機にあってもなお争いを止められない人間たちへ差し向けられた人物──ジゼル・アルムフェルトの方である。

 

 端的に言って彼女は殺人者として天才だった。殺しに関わることなら圧倒的な速度で習熟し、他の追随を許さない練度にまでなってしまう。そんな彼女がMAの力を参考としたフェニクスに乗り、国家間の争いへ第三者として介入すればどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだろう。

 誰よりも殺戮に特化した不死鳥は、順当に軍事施設を潰しては戦う国々を疲弊させていく。いわば軍事介入により強引に戦いを止めさせた訳だが、そうなれば屍山血河が築かれるのも自然の摂理だ。

 

 結果として彼女は十数万にも及ぶ殺害数(キルレコード)を叩きだし、鏖殺の不死鳥としてその名を馳せることになる。

 

 だが、その圧倒的な暴力を危険視する者も当然いた。アグニカ・カイエルを含めごく一部は彼女の本質を理解して上手く付き合ったが、大多数にとってはむしろ味方とすら思えない恐るべき殺人者だ。しかも本人すら自らの悪性を否定しないとなれば、いっそう腫れ物扱いされて遠ざけられる事となる。

 よってジゼルが冷凍睡眠(コールドスリープ)により当時の厄祭戦終了直後から退場する際も、議論は非常に紛糾した。さっさと自分たちの時代からいなくなってもらうべきか、未来にこの破綻者を押し付けて良いのか、あるいはここで殺してしまう方が世の為ではないか、あらゆる論が飛び交うことになる。

 

 そうして最後にはジゼルの要望通り、鏖殺の不死鳥は新しい戦場を求めて時代を超える運びとなった。恐るべき戦火と戦果を考えれば、ここで下手な事をして彼女を暴れさせるなど以ての外であったのだろう。冷凍睡眠(コールドスリープ)されたジゼルへの手だしは厳重に禁止され、しかもほんの数日の内にアグニカ・カイエルの手で保管場所すら移動されたのだから、誰にも手出しは出来なかった。

 なのだが、どうしても憂いを断ち切れない人間もいたわけで……『本質的にはMAと同じ、人類種の天敵であるジゼルを野放しにする訳にはいかない』と考え()()()()()()者も確かに存在したのである。

 

 ◇

 

 マスティマと名乗る自律型ガンダム・フレームと斬り結びながら、ジゼルは常のペースで問いかけた。

 

『ああまで強く”協力しろ”と言い切ったのです、何か策はあるのですか?』

『策なんて高尚なもの、私が持っているとお思いですか?』

『え、はぁ……?』

 

 率直に言ってジュリエッタは作戦を立案して指揮するという行為には慣れていない。

 しかも長々とやり方を考えている暇もないのだ。戸惑われようがぶっつけ本番で合わせるより他になかった。

 

『あなたは自由に動いてもらって結構です。どうにかして私が合わせて隙を作りに行くので、そこを叩いてください』

『随分と大雑把な……ま、いいですよ。このままじゃ埒が明かないのも事実ですから』

 

 フェニクスが叩きこんだ二刀が苦も無くマスティマに弾かれた。やはりこのMAは対鏖殺の不死鳥(ジゼル・アルムフェルト)に特化した性能だ。基本性能にしてもそこらもMSとは段違いの運動性である。

 しかし、勝機を見出すならここしかない。ジュリエッタという異物が相手(AI)の計算を狂わせることが出来れば勝ちの目も生まれる。後はいかにMAへと食い下がることが出来るかにかかっていた。

 今は亡きイオクたちの火星での手痛い敗北は胸に刻んでいる。間違いなくマスティマはこれ以上ない強敵だが、怖気づいては乗り越えるなど不可能だ。

 

『では言葉通りに私が合わせますので──上手く粘ってくださいよ!』

『分かりましたよ……どうにかやってみます』

 

 不承不承な声を聞き流し、ジュリエッタは機体(ジュリア)を前へと加速させる。

 視線の先にはフェニクスと拳を交えるマスティマの姿があった。徒手空拳ながら的確に攻撃を捌き、反撃を繰り出すカウンタースタイル。無駄な動きは一切ない、完璧なまでに遊びのない精密さだ。

 さらにジュリエッタの接近を検知したのかテイルブレードを勢いよくそちらへ伸ばしてきた。不可思議な挙動を描く刃は不死鳥の強さを支えてきた一因だが、既に一度見ている技術だ。故に対処も不可能ではない。

 

「こんな程度で!」

 

 毒づきながら刃を受け流し、さらに片手でワイヤーを掴んだ。代償に肩部パーツが抉れたが構わない。動こうと暴れるワイヤーを手繰り寄せながらさらに接近、動きを制限しながら逃げることも許さない状況へと持ち込んでみせる。

 ここでようやくマスティマがレギンレイズ・ジュリアを認識した。フェニクスから距離を取りつつ自らの邪魔をする部外者へと頭部が向く。まだ自らの邪魔をする羽虫程度の認識だろうが、この場ではそれで十分だった。

 

「私を見なさい、過去の遺物が……!」

 

 啖呵を切りながら果敢に攻め込む。マスティマは確かに機体性能も飛び抜けているが、あくまでも一芸特化の行動パターンでしかない。その隙に付け入ることがジュリエッタの戦い方となるだろう。

 現にジュリアン・ソードに合わせられた拳はフェニクスに対するそれと違い、拙さが残る代物だった。反応速度は驚異的だが二の矢三の矢を鑑みれば隙が残る、そんな一撃。今の彼女ならばあるいは──

 

『あまり油断はしない方が良いと思いますよ?』

『言われずとも!』

 

 化け物(ジゼル)に言われずとも油断はしない。

 矢継ぎ早に繰り出される拳、脚、拳、拳、足の応酬をどうにか捌く。そのたびに機体が悲鳴を上げるが意地で食らいついて急所にだけは当たらせない。蛇腹に分割させたウィップも駆使してとにかくマスティマの妨害と自身の生存だけに舵を切った。

 さらにその合間を縫ってフェニクスが背後から肉薄、少しずつ損傷を与えていく。彼女は特にスラスター周りを集中して狙っており、徐々に機動力を削ぐべく動いていた。

 

《貴様、何故この狂人を幇助(ほうじょ)する?》

 

 攻防の最中、不意に無機質な機械音声が問いを投げかけてくる。

 

《そこの女はいずれ人類に仇を成す破滅の狂人だ。生かしておいても価値はなく、有害でしかない。我はただアグニカ・カイエルの残した不始末を拭い去ろうとするだけだ、邪魔をしないでもらおうか》

『──ッ』

 

 あくまで正論しか述べないマスティマのAIにはジュリエッタも内心で同感だった。

 誰よりも人殺しを楽しむ世紀の殺人者を助ける理由なんて本当はない。むしろここで葬ってしまった方が、のちに起こるかもしれない悲劇を防ぐことに繋がるかもしれない。この不死鳥だけを殺す自律兵器(ガンダム・マスティマ)を設計した人物はまさにそれを危惧していたのだろう。

 理解はしている──だが攻撃の手は緩めない。

 

《何故、手を止めない?》

『決まってます、それが我らの大義だからです。そこの狂人より、あなたの方がこの時代には相応しくないと我々ギャラルホルンは考えていますので』

《おかしなことを言う。元来我を作ったのはギャラルホルンの前身だろうに》

『だとしても、同じ行いをする機械を放置して良い道理はない!』

 

 きっかけはこのマスティマが通りがかりの民間船を破壊し、死傷者を出したことに由来するのだ。たとえ存在理由が共感できたとしても、この時点で既に同じ穴の(むじな)なのだから。

 

《それこそを異なことを問うな。()()()()人間の一人や二人を殺す程度で、いずれ目覚める鏖殺の不死鳥をおびき寄せて殺害できるのならば合理的で安い取引だろう? むしろ今後犠牲になる人間たちを救う礎となるのだ、光栄と思ってもらうのが道理だ》

『勝手なことを……!』

 

 つまり記録に残っていないだけで、今回のような事件は初めてではないということ。もはやこの殺戮の天使を見逃す理由など一片も無かった。

 むしろその合理性はジゼルよりもなお危険だ。なにせ効率主義の名の下に歯止めを利かせることすら無い、目的のために無関係な人間すら巻き込み轢殺する危うさを含んでいるのだから。かつて存在したMAたちと何一つとして変わらない。

 

「それにそもそも……」

 

 ジュリエッタにとって聞こえの良いお題目なんて本当は二の次で。

 

『あの女に勝ち逃げされてしまう方が、私にとっては余程の問題ですので!』

『今それ、ジゼルの前で言いますか……?』

 

 当の本人から呆れたような呟きが聞こえたが、そちらは完全に無視した。

 一人の戦士として、MS乗りとして、負けた相手に勝ち逃げされる方が困る。私的な我が儘だろうとこれも立派な貫きたい理由(おもい)であり、唐突に出てきた過去の産物に邪魔される謂れなど全くない。

 

『だからあなたには必ず勝ちます。好き勝手に喚くのもそろそろやめてください』

 

 正義にしても、力にしても、この相手にだけは勝ちを譲れない。

 その想いを込めてさらに鋭く速く機体を操作し、マスティマの意識を釘付けにする。ジュリエッタが粘れば粘るだけフェニクスは自由に動くことができ、ガンダム・フレームの破壊力がいずれ致命打を与えるはずだから。

 超えるべき相手を信じるのも奇妙な話だが、実際にジゼルもまた期待には応えていた。強引に生み出されたマスティマの粗を突き、AIの動作予測を強引に振り払って攻撃を与えている。一撃がスラスターを損傷させ、二撃がテイルブレードの挙動を乱し、さらに続く三撃四撃で腕部にも傷を与えた。間違いなく流れは掴んでいる。

 

《……理解できぬな。話にならん。こちらは人類の未来を想っての行動だというのに、なんたる不合理だ》

『ジゼルを倒したところでそれが人類の未来に繋がるんですかね? 極論ただの人間相手に大それたことを言うものです』

『いえ、さすがに無理がある認識だと思いますが……とはいえこんな相手の言い分など聞く必要はありません。手早く終わらせてしまいましょう』

 

 もはや交わす言葉は必要ない。どちらもこれ以上の会話は無駄と判断し、ひたすらに戦闘へと没入する。

 だが趨勢は明らかに傾きだしていた。いよいよマスティマに搭載されたAIはレギンレイズ・ジュリアにも適応を開始したものの、既に100%の性能を発揮することは叶わない。損傷した機体では二機の攻撃に対応しきるなど不可能だった。

 そして何度目かの交錯の末、ついにフェニクスがマスティマの両腕部をねじ切ることに成功した。メインウェポンを失った天使は為すすべなくスラスターを、脚部を、テイルブレードを破壊され、達磨となって付近の小島へと打ち上げられて停止した。 

 

『終わってみれば、呆気なかったものですね……これならば火星で暴れたというMAの方が脅威だったのでは?』

『おそらく、ジゼルの戦い方の対処へ特化しすぎたのでしょう。だから協力者がいる可能性を考えてなく、手間取る内に終わってしまった。そんな結末でしょうね』

 

 ジゼルだって協力して戦うことになるとは思いませんでしたから、小さく呟く声が通信機から聞こえてきた。

 偶然にしろこのMAを用意した人間の意図を上回った故の成果に違いない。間違いなくジゼル一人では勝てなかったが、ジュリエッタだけでも勝利は不可能だったろう。

 

『で、こいつを作った迷惑な相手に何か心当たりはお有りですか?』

『そんなのある訳ないじゃないですか。興味ない相手は一々覚えないので』

『そうですか』

 

 期待はしてなかったがやはりそうであるようだ。

 溜息と共に通信を切ろうとしたちょうどその時、モニターに映るマスティマが微かに動いた。唯一残ったビーム砲に光が集うが、墜落した天使に継戦能力はもはや皆無だった。弱弱しく光は散ってしまい、体躯からは火花が散る。

 

《難儀な、ものだ……何故アグニカ・カイエルは、このような存在を未来へ送り出し、あまつさえ所在を有耶無耶にしたのか》

『へぇ、アグニカがですか。それは初耳ですね』

《奴は反対する我らを押し切り、眠りについた貴様を秘匿した……! 後世に厄災を押し付けることを良しとしたのだ……! これではMAを倒したとて何も変わらない!》

『でも結局はあなたもまた同じこと。どれだけの大義があろうと、その為に無関係な人間を殺している時点でお仲間ですよ。ジゼルと同類、同罪です』

「…………」

 

 その言葉自体に他意はないだろう。だがジュリエッタにしてみれば、まるで自分に向けられた言葉のようにも感じてしまった。

 ──大義の為なら何を踏みつぶしても良いとは、それではかつてのギャラルホルンの姿ではないか。それだけに縋って生きていればいずれ必ず手痛いしっぺ返しを食らう。ラスタルですら例外ではなかったというのに、彼女が無関係であれるはずがない。

 

『というかこれ以上訊ねることもないのでさっさと機能停止してくださいな。残りの情報は搭載されてるデータベースでも調べておきますので』

 

 三百年前から蘇った同胞に対して何の感慨も抱くことなく──ジゼルはマスティマの頭部を踏み砕いた。

 これで完全にMAは沈黙した。一時ギャラルホルンを騒がせた正体不明の敵もただの鉄屑となり果て、二度と動くことは無い。後は帰還し報告を終えれば今回の調査任務は終了だ。

 

「まったく……随分と人騒がせな人間です」

 

 思わず愚痴を零したジュリエッタを責められる者はいないだろう。結局これもジゼルのせい、ようやく大人しくなったのかと思いきやこんな厄介事を発生させるのだから。救いようがないくらいに迷惑だった。

 

『今回の件、一応報告はさせていただきますので。他にもあなた狙いで仕掛けを残していたとなっては堪りませんから』

『別に構いませんよ。誰が来ようと殺してみせるので。ただ、まあ……』

 

 そこで彼女は珍しく言い淀んでから、

 

『今回はあなたが居なければ業腹ですがジゼルは負けていました。感謝していますよ』

『……驚きました。あなたが素直に謝意を述べるなんて』

『あなたこそ、ジゼルを何だと思っているのですか』

 

 不満気に返されながらスロットルを踏み込んだ。回収は後からやってくる者たちに任せればよい。これで任務は終了だ。思い残すことはない中でふと、ジュリエッタは昨日の会話を思い出した。

 ”強さ”とは心の在り方であると、ジゼルは語った。現実に鏖殺の不死鳥を斃すためだけに準備を施されたマスティマは呆れるほどに強かった。それだけ打倒への執念と想いが強かった証左だろう。

 

「強くなるために無関係な他人まで踏みつぶす……強さというのも、考え物かもしれませんね」

 

 少なくとも今のギャラルホルンにそのような過激さは必要ない。

 通すべきは秩序の法則、安寧を守る者としての在り方なれば。

 このままただ我武者羅に負けてられないからと上を目指すのも、何か違うのかもしれない。

 

「それに……」

 

 目標にして仇敵でもある相手から素直に感謝されるというのは、中々どうして悪い気分もしなかった。




あと1話か2話程度で今度こそ終わりです。随分とお待たせしてしまい申し訳ありませんが、もう少しだけお付き合いいただければと思います。

それから挿絵をいただいたのでここで紹介させていただきます。本当は1年前に貰ったものなのですが、本編で紹介するタイミングが無かったのでここで改めて。とても時間が空いてしまいましたが、ありがとうございました。


【挿絵表示】
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