閃Ⅲを最後までプレイして、心と胃を痛めた人達の癒しに、少しでもなりますように……。


※閃Ⅲクリアまでのネタバレを含みますので、未クリアの人はお気をつけください。

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 君は知るだろう。
 Ⅰ、Ⅱの前例がある以上、Ⅲの結末が決して幸せなものであるとは限らないと。
 新作が出る事の代償に、裏切りとトラウマから前作以前の作品に手がつけられなくなる絶望。
 その結末が悲惨なものであると知りながら、それでも周回プレイをするのかという躊躇いが僕らを襲う。
 その果てに気付く。ひょっとしてⅣもこうなるのではないだろうかと。
 大きな不安に抱かれながら、それでも僅かな希望を信じて僕らは待ち続ける。
 Ⅲで投げ出す事は、もう出来なかった………。


解析結果 ー断章ー 永久

「……よし、大丈夫だな」

 クラブハウスの扉が、しっかりと施錠されているのを確認して、リィンはその場を後にする。

 人数こそ少ないが、部活やら何やらで本校に負けず劣らず、遅くまで活気のある、ここ、トールズ第二分校も陽がとっぷりと暮れたこの時間になれば、人気は失せ、静寂が辺りを支配する。

「……もうすぐ、夏か」

 春が過ぎて、夏に差し掛かろうとするこの頃、周りに自然が多いリーヴスでは、夜になると虫の鳴き声が聞こえてきていた。

 それに、季節の移り変わりを感じたリィンは、時間の流れの速さを感じ、一人物思いに耽る。

 故郷ユミルを離れ、トールズに入学してから、ずっとリィンの時の流れは速かった。

 多くの人達の出会い、心から信じられる仲間達との日々、激動の内戦、沢山の知らなかった真実との邂逅、そして、喪失と別れ。

 流されるように、止まることなく走り抜けるような日々だったが、それ故に懐かしみ、惜しむものは多かった。

 そして、流れ着いた先。

 他の仲間よりも、一つ遅れて、歩き出した自分の道。

 しがらみに縛られながらも、己の意思で見出した道は、また、違った意味でリィンに時の速さを実感させた。

 社会に足を踏み入れた一人の人間として。

 巣立ったばかりのリィンは、まだまだ覚える事が多くて。

 その中で、これから道を歩み出していくであろう者達の命を預かり、導いていかなくてはならない教官としての仕事は、苦労も多いが、それ以上に遣り甲斐があった。

 ユウナ、クルト、アルティナ、――そして、今度、新たに加わったアッシュにミュゼ。

 日々、成長していく彼等に負けないようにと、毎日を精一杯務めてきた訳だが……。

「少しは、マシになったのかな……?」

 ぽつり、と溢し、暗い空を見上げる。

 一年半ぶりに対峙した結社、《身喰らう蛇》。

 内戦時には、一流の人達の助けを借りて、漸くやり過ごすことの出来た彼等との戦いも、今回は、何とか食らい付く事が出来たと言えるだろう。

 だが、それでも自分の歩みに対して、疑問と不安を抱いてしまうのは、きっと、踏み込んだ先に広がっていた闇を垣間見てしまったからだ。

 新たな敵、新たな真実、新たな疑問。

 未だ底の見えない結社最強の魔人、死んだと思われていた王の名を冠する猟兵と彼の率いる超一流の猟兵団の台頭。

 二体の騎神に似た兵器の存在。

 そして――…

「――――――」

 頭に過ったものを、首を振って、振り払う。

 もう、何度目になるか。

 有り得ない、と。そう、理解し、割り切っているにも関わらず、ふとすると頭にその考えが浮かんでしまう。

 頭では、きちんと理解しているのだ。納得もしている。

 でも、それでも、こんなに何度も考えてしまうのは、きっと、まだ消化しきれていないのだろう。

 おそらく、頭ではなく、心が………。

「やっぱり、まだまだ、だな」

 そんな自分の胸中に溜め息を溢す。

 心の乱れは切っ先に現れる。

 強敵との戦いに身を置き、守らなくてはならない教え子達がいる状況で、何時までも燻ってはいられない。

 今日は、早めに休んで、明日の早朝鍛練の時間を少し増やそうか。

 そう思いながら、分校を一周し、最後に本校舎を確認しようと思ったリィンの耳にカタン、と小さな物音が聞こえてきた。

 意識を集中させると、一階の方に人の気配がした。

「まだ、誰か残っていたのか?」

 今日の当番は自分であるため、もう誰も残っていないと思っていた為、リィンは少し驚いてしまう。

 まさか、泥棒ではないだろうと思いながら、本校舎の扉を開けると、暗闇の中、ちょこちょこと動く小さな影を見つけた。

 それだけで、誰か分かった。

「―――トワ先輩?」

「ふぇッ!?」

 出来るだけ、驚かせないようにと心掛けて声を掛けたつもりだったが、効果は薄かったようだ。

 小さな肩が跳ね上がり、驚きのままに振り返ろうとした彼女は、バランスを崩してしまう。

「わっ、わっ、わっ――――!」

「危ないッ!」

 声を上げ、駆け出す。

 手に何かを持っているのか、トワは受け身を取る事も出来ずに後ろに傾いていく。

 このまま、倒れれば、頭部を強打してしまうだろう。

「…………ッ」

 身の危険を感じたトワが、ギュ、と強く目を閉じた。

「………………?」

「―――と、良かった」

 だが、強い痛みが来るだろうと思っていたトワの予想に反して、後頭部に感じたのは引き締まった身体の感触だった。

 同時に、自分の身体を抱き締めるように回された腕の温もりと、頭の上から振ってきた出会った頃よりも、僅かに低くなった声に、相手の正体と今の状況を知る。

「大丈夫ですか、トワ先輩?」

「あ、うん。ありがとう、……ごめんね?」

「いえ、こちらこそ、すみません。急に声を掛けてしまって」

 それに、ううん、とトワは少しばかり頬を赤くしながら、首を振る。

 そのまま、崩れかけた本が落ちないように支え、きちんとトワが抱え直したのを確認すると、二人は身体を離した。

「ありがとね、リィン君」

 再度、礼を口にしたトワの頬は、まだ赤い。

 もう何度も似たような経験をしてきた為か、流石にもう不意の接触にあわあわと慌てふためく事はなかった。

 嫌な慣れだなぁ、と内心で肩を落としながら、改めてトワはリィンに向き直った。

「そういえば、今日の戸締まりはリィン君が当番だったっけ。……ひょっとして、私のせいで戸締まり出来なかった?」

「いえ、大丈夫ですよ。これから、本校舎の最後の確認をしようと思っていたところですから。……トワ先輩は、今まで?」

「うん。頼んでいたクロスベル方面の資料が届いたから、それの整理と目録作りをしててね。あ、もう、終わったから、戸締まりしても大丈夫だよ?」

「分かりました」

 そう頷いたリィンの視線が、彼女の手元の方に移動する。その視線に気付いたトワが、これ? というように首を傾けた。

「今度の授業の為の資料と、後、帝国時報のバックナンバーと、主流都市の近況についての書類とか、色々ね」

 そう言いながら、トワは手にした本の山を抱え直す。

 トワの口元近くまで積まれた本の山は、どう見ても彼女の許容量を越えていた。

「持ちますよ。そんなに持って夜道を歩くのは危険でしょうし」

 足元の見えない夜道で、こんなに本を積んで持って歩くのは危険過ぎる。

 特に、分校からリーヴスの町中まではそこそこ急な坂になっているので、転んで怪我してしまう可能性が高かった。

 それを案じたリィンが、彼女から本を受け取ろうと手を差し出すが、トワは慌てたように身を退いた。

「い、いいよぅ。これぐらい大丈夫だから。り、リィン君も、戸締まりとかあるし、私だって――――」

「トワ先輩くらいなら、本と一緒に抱えていけますよ?」

「よろしくお願いします」

 良い笑顔でそう宣う後輩に、トワはがっくりと項垂れて、降伏した。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「うぅ、リィン君ってば、本当に性格悪くなったよね。出会った頃は、あんなに純粋で素直だったのに」

 灯りの少ない道を二人歩きながら、リィンにやり込められたトワが、いじけたようにそう漏らす。

 結局、あの後、二人で戸締まりを確認し、本の大半をリィンが持つという形で、二人は家路につくことになった。

「それは、まあ、色々ありましたから。いつ休んでいるのか分からないくらいに働き者の先輩を休ませる為に頭を悩まされもしましたし」

「う……、そ、そんな事ないもん。私だけのせいじゃないもん」

 やっぱり意地悪だ、と呟くトワに苦笑しながら、リィンは手元の本に視線を落とした。

 ずっしりと重量が伝わってくる本の山は、やはり、トワが持つには無理がありそうだった。

 そして、気になるのはそれほどの量の本や資料をトワが求めている事だった。

「これは、その、次の演習先について?」

「うん。まだ、演習先は発表されてないけど、何処になっても良いように予習を、ね。それに、これから先、色々ありそうだから、何かあった時に少しでも動けるように、ちょっと勉強しとこうと思って」

 えへへ、と照れ臭そうにトワは笑う。

「――――――」

 その笑顔に、ああ、とリィンは思う。

 敵わないな、と。

 この人は、いつだってそうなのだ。

 いつも、誰かを思い、誰かの為に自分が出来る事を出来る限りやろうとする人なのだ。

 彼との付き合いは、リィンよりもトワの方が長い。

 その事を思えば、あの時、受けた衝撃は自分の比ではないだろう。

 でも、それでも、この女性は、そんな事をおくびも感じさせず、今もこうして、自分に出来る事を見つけて、頑張っている。

 

 ………強い人なのだ。

 

 自分よりも、ずっと。

 

 そして、それはトワに限った事ではなかった。

 ミハイル主任は教官としての仕事と鉄道憲兵隊としての仕事を見事に両立させている。

 少佐という責任ある立場にありながら、両方とも疎かにせずに、本分を全うしている。

 同じように、『灰色の騎士』と教官という二つの立場を持つリィンではあるが、彼程に上手くはやれているとは思えなかった。

 ランドルフも、また、そうだ。

 相棒、と躊躇わずに口に出来る程の存在が指名手配犯にされているにも関わらず、しっかりと教官を勤めている。

 クロスベルで、彼の仲間の扱いを知った時も、自分を御して、リィン達に後を託してくれた。

 果たして、あの時、自分が彼の立場だったら、どうしていただろうとリィンは思う。

 彼のように、自分を抑える事が出来ただろうかと考えて、首を横に振る。

 きっと、我慢が出来ず、多くの人に迷惑を掛けるのを承知で飛び出していった事だろう。

 分校長やシュミット博士に至っては、そも動じる事はないだろう。

 彼女達は、何があろうと決してブレない、確たる芯となるものを兼ね備えた人間だからだ。

 

 ―――足りない、と思う。

 

 未熟なのは分かっている。

 でも、さして年の離れていないトワやランドルフを見ると、どうしても自分の未熟さが際立って見えてしまう。

 剣士としてとか、教官としてはもとより。

 一人の大人として。もっと言えば、一人の人間として。

 彼女達程に成熟しているとは思えなかった。

 今も、こうして悩んでいる事がその証左に他ならないだろう。

「――――リィン君?」

 甘い、と感じる程に柔らかい声音に、リィンは、ハッ、と意識を取り戻す。

 隣を見れば、心配そうな顔で自分を見上げるトワの視線とかち合った。

「大丈夫? やっぱり、重たかった?」

 心配そうに声を掛けてくるトワに、いえ、と微笑みながら答える。

「大丈夫です。ただ、やっぱり、トワ先輩はすごいなって」

「ふぇ? ど、どうしたの? 急に……」

 突然の誉め言葉に、トワは落ち着かないのか、もじもじと居心地悪そうに身体を揺らしている。

「急にじゃないですよ。いつも思ってます、先輩はこんなに小さいのに、俺なんかよりも、ずっと凄いって……」

「ち、小さいは余計じゃないかな? でも、リィン君だって凄いよ? いつも皆の為に沢山、沢山頑張ってくれてるでしょ?」

「………………いえ、まだまだです。俺は」

 尽きない悩みが、再び脳裏を掠めた。

 アイツの顔や、自分の中でずっと宙ぶらりんになっているあの人の顔が。

「―――っと。すみません、愚痴ってしまって。少し急ぎましょうか、もう大分遅いですし」

 そこで、会話が途切れた。

 リィンはそれ以上、自分から口を開こうとせず、トワも何かを感じ取ったのか、口を開く事はなかった。

 そのまま、町中を過ぎ、駅前を越える。

 そうして、宿舎まで、後少しというところまで来た時だった。

「リィン君」

 トワが、再び口を開いたのは。

「この後、時間ある?」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 お待たせしました、という声と共に目の前に杯と皿が置かれる。

 目の前に並べられた料理からは、湯気が立ち上ぼり、腹を刺激する良い匂いが辺りに漂っていた。

「うん、これで全部来たね。それじゃ、乾杯しよっか」

「あ、はい。でも、あの………」

「ん? 何かな? あ、今日はお金は気にしなくて良いよ? 私が奢って上げるから!」

 たまには先輩らしくしないとね、と胸を張るトワは、何が嬉しいのか、にこにこ顔だ。

 対する、リィンはというと困惑顔である。

 今、二人がいるのは駅前にある宿酒場《バーニーズ》である。

 そこに、どうして二人がいるかというと、答えは簡単。

 飲みに誘ったからだ。

 トワが、リィンを。

 

『前に約束してたでしょ? 今度は一緒に飲もうって』

 

 それは、いつだったか。

 ランドルフとリィンが、二人で飲みにいった日の翌日だっただろうか。

 急に仲良くなった二人の様子を疑問に思ったトワに事情を説明した時、今度は一緒に行こうというような事を、確かに言った気がする。

 加えて、二人共に、まだ夕飯を食べていなかったので、丁度良いとばかりにトワがリィンをここに連れて来たのだ。

 それ自体は構わない。

 トワと飲む事が嫌だなんて、万に一つも有り得ない。

 ただ………

「良いんですか? トワ先輩。この後も、忙しいんじゃ………」

 トワの性格からして、あの山積みの本を前にして、そのまま放置という事はないだろう。

 おそらく、この後も仕事をするつもりだったに違いない。

 なのに、こうして、自分を飲みに誘ったのは、つまり………

「いいの、いいの! 資料は揃えたし、今日一日でどうにかなる量でもないしね! それに、実は結構楽しみにしてたんだよ? リィン君と飲むの」

 だから、気にしないで? と笑うトワの笑顔には、一点の曇りもなかった。

 で、あれば、これ以上何かを言うのは野暮になるだろう。

「分かりました。喜んでお付き合いさせて頂きます、トワ先輩」

「うん! それじゃ、乾杯しよう!」

「あ、でも、大丈夫ですか?」

 卓に置かれた杯をトワが取ろうとしたところで、再びリィンが制止の声を上げる。

「ん? 何が?」

「その、………トワ先輩、その……」

 こてん、と首を傾げるトワに、おそるおそると言った風にリィンが問い掛ける。

「トワ先輩、…………飲めますか?」

 

 

 間。

 

 

「の、飲めるよ! 私、21! 21だから! というか、この間、ジョルジュ君達と一緒に飲んだでしょ!?」

「ああ、そういえば、……ん? でも、あの時って…………」

 確かに、あの時、エリゼ以外の三人はアルコールを頼んではいたが、よくよく記憶を思い返してみると、話が思っていた以上にシリアスに傾いた為、殆どお酒には口を付けていなかったはずだ。

「まったく、もう。リィン君ってば、本当に性格悪くなり過ぎ。あんまり言うと、私も怒っちゃうからね?」

 記憶を掘り返しているリィンに構わず、ぷんすかと怒りながら、トワは杯を持つ上げる。

「さっ、乾杯しよ? リィン君!」

 そう言って、杯をリィンの方に向けてくる。

 見た目、14~15くらいに見えなくもない女性が。

 お酒の入った杯を。

「……………………先輩、やっぱり、ジュースに」

「リ・ィ・ン・君?」

「何でもないです」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 そうして。

 結果、どうなったかというと。

 

「んもぉ~、りぃん君は~、もうちょっと~、優しくすべきなのでしゅ!」

「と、トワ先輩? ちょっと飲み過ぎなのでは?」

「はにゃしを~、しょりゃしゃない!」

「す、すみません!」

 予想通り、べろんべろんだった。

 お酒の味が気に入ったのか、トワは上機嫌に杯を傾いていったが、普段飲み慣れていない事に加え、日頃の疲れもあったのだろう。

 飲み始めて、殆どすぐにトワは出来上がってしまっていた。

「まっりゃくもう、まっりゃくもう。りぃん君は」

 くぴくぴこくこく。

 小鳥が啄むようにお酒を飲みながら、口を開けば、りぃん君、りぃん君といつも以上に舌ったらずな声で駄目だしをしてくるトワに、ひたすら平身低頭なリィン。

 よく分からないが。本当に分からないが、何故か謝らなくてはいけない気持ちになってしまう。

「しょれでぇ? りぃん君?」

 そして、暫くして。

 ようやく手に持った杯をテーブルに置いたトワが、とろんとした瞳でリィンを見つめてきた。

「りぃん君のお悩みはなんなにょかにゃ?」

「え?」

 突然、緩んだ空気の中に投げ込まれた問いに、リィンは上手く反応出来なかった。

「にゃにか、……悩ましい事がありゅんでしょ?」

「それは……………」

「おねぇしゃんでよけりぇば、聞いてあげるにょ?」

「――――――、ッ」

 言葉に詰まる。

 見透かされていた事もそうだが、それ以上に躊躇いが口を固くする。

 自分よりも近しかったトワを相手に、当事者のように語って良いものなのか。

 親身になりすぎるきらいのあるこの人を、完全な私事に巻き込んでも良いのか。

 躊躇いが、リィンの口から言葉を奪った。

 そんなリィンの内心を察したのか。

 トワが促すように口を開いた。

「まぁ、むずかしいよね、…………ひとりじゃなさそうだし」

 ドキリ、と胸が跳ねた。

 どうやら、本当にお見通しのようだ。

 当たり前といえば、当たり前である。

 他人の機微に敏いトワが、すぐ近くにいるリィンの事に気付かない訳がなかった。

「トワ先輩…………」

 視線をトワに向ける。

 すると、トワが微笑んだ。

 とても温かく、包みこむような笑顔だった。

 大丈夫だと。何を聞いても、リィンが何であっても受け入れると言わんばかりの笑顔だった。

 だから…………

「あ――――」

「でも、やっぱりふくすうはいけないとおもうの」

「…………………………え?」

 言われた事の意味が分からず、固まってしまうリィン。

 何だろう、何かが決定的に違っている気がする。

「アリサちゃんもラウラちゃんもフィーちゃんもエマちゃんも、みんなきれいでかわいくなったし、ミリアムちゃんはまえいじょうにあかるくなったし、クレアしょうさもすてきだけど、やっぱりおつきあいするひとはひとりだけじゃないとだめだよ?」

「あの、えっと?」

 ピン、と指を立てて、どこか得意げにそう語るトワ。

 やはり、思いっきり食い違っていた。

「ユウナちゃんやミュゼちゃんもかわいいしね? もちろん、アルティナちゃんも。リィン君てきにはどうなの? あ、それとアルフィンこうじょでんかのだんすのあいてをするってほんとう?」

「えっと、……その、………あー」

 ずずい、と身を乗り出してくるトワに、身体が仰け反る。

 どうにも答え難い話題に、リィンは曖昧に生返事を返す事しか出来なかった。

 その態度に、むぅ、と唸るトワ。

 ぐび、と酒を煽り、ダンッ、と音を立てて杯を置く。

「きいていりゅんですかッ!? リィン君!」

「イエス、マム!」

 胡乱な瞳で睨む付けてくるトワの一喝に、思わず背筋が伸びる。

「しょろしょろ、リィン君ははっきりしゅべきです! としうえはどうなんでしゅか! せがちいさいおんなのこはこのみですか! ちいしゃいしぇんぱいはきらいですか!」

 もはや、止まらない。

 どんどんヒートアップしていくトワ。

 勿論、朴念仁のリィンに、そんな女性の扱いなど分かるはずもなく………。

 

 つまり…………。

 

 

 

「そもそもリィン君は、ふよういにやさしくしすぎです! やさしさもやりすぎたら、いろんなごかいをうむんですよ!」

「あっ、はい。……すみません」

 

 

 

 

 

 

「むねだけがおんなのすべてじゃないんだよ! わたしだっておしりはあんざんがたのいいかたちだって、アンちゃんやおばさんがいってたもん!」

「せ、先輩先輩ッ、そろそろ…………」

 

 

 

 

 

 

「もう! リィン君のふらち! ふらち! リィン君なんて、もう、リィン・フラチナーなんだから!」

「先輩!?」

 

 

 

 

 

 

「…………むにゅ、うにゅ、りぃんくんの、……ふらちぃ…………」

 酔い潰れるのは、当然の帰結だった。

 テーブルに突っ伏して、むにゃむにゃ言いながら寝始めたトワに、はぁ~とリィンが長い息を吐き出した。

「何というか……、もの凄かったな」

 嵐のようだった。

 普段のトワからは、とても想像出来ない姿である。

「まあ、普段から頑張っている人だからな」

 小さい身体で人一倍働いているトワだ。気苦労はあるだろうし、彼女の性格からして、色々あってもそれを表に出さず、内に溜め込んでしまうだろう。

 少しは、発散出来ただろうか。

 そんな事を思いながら、リィンは労りと感謝を込めて、トワの小さな頭を撫でる。

 

 ………彼女の口から零れた愚痴の九割近くが自分に関するものだということに、勿論、気付いていない。

 

 この朴念仁。

 

◆◆◆◆◆

 

「トワ先輩? 起きて下さい、もうすぐ閉店だそうですよ」

 ゆさゆさ、とトワの肩を揺する。

 結局、あの後、トワが起きる事がないまま、閉店の時間になってしまった。

 なので、そろそろ店を出ようと考え、リィンは先程からトワを起こそうとしているのだが。

「うにゅ……ん、んぅ」

 完全に寝に入ってしまったトワは、どれだけ声をかけても身体を揺すっても起きる気配はなかった。

「参ったな………」

 困ったように眉を寄せ、頭を掻く。

 どうするか、と悩む。

 このまま、此処に放置は勿論有り得ない。

 なら、連れて帰るしかない。

 じゃあ、誰が、となると、当然、自分しかいない。

 だが、その選択肢を選ぶ事に、リィンは躊躇いを感じていた。

 本能が、ロクな事にならないと警鐘を鳴らしているのだ。

 事実、あの人外やら勘が鋭いやら耳が早いやらと、非常識の多い宿舎に酔い潰れたトワを抱えて帰れば、どうなるか。

 それくらいは、リィンでも想像出来た。

 とはいえ、他に選択肢はない。

 最初は、此処の部屋を借りてトワをお願いするか、店を手伝っている姉妹の手を借りようかもと思いもしたのだが、生憎、部屋は満室で、夜も遅い為、二人とも既に帰途に付いていた。

「……………………」

「…………んにゅぅ」

 覚悟を決めるしかなかった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 キィ、と宿舎の扉をそっ、と開ける。

「…………ただいま」

 小さく呟き、中の様子を窺いながら、リィンは最大限に気配を殺して、足を踏み入れる。

 中は静かだった。

 既に生徒達の門限は過ぎ、就寝時間に入っている為、この時間は廊下に人気はなかった。

 時々、元気を持て余した一部の男子がこそこそしている時もあるが、今日は、それもない。

「よし、チャンスだ…………!」

 一気にロビーを突っ切り、階段に足をかける。

 目標は三階。

 普段は特に何も感じないが、今はその道程がとても長く感じられる。

 こっそり、ゆっくり、それでいて素早く階段を昇っていく。

 ドクン、ドクンと自棄に心臓の音がうるさかった。

 自分が緊張しているのは分かる。

 でも、きっとそれだけではないだろう。

「ん……………」

 くー、すーと寝息を立てているトワがむず痒そうに動く。

「せ、先輩、あまり動かないで」

 お姫様抱っこをしている状態なので、トワが腕の中で動くとバランスが取りにくい。

 背負えれば良かったのだが、トワのスカートはタイトである為、背負うと色々と見えてしまう事になりそうだったので諦めた。

「んん、………やぁ」

「ちょ……………ッ」

 何を思ったのか、リィンの首筋に抱き付いてくるトワ。

 首筋にガッシリとしがみついてきた為、首が回らず、周りが見えにくい。

 これでは、更に時間が掛かる事になってしまう。

「せ、先輩、その、本当に離して…………」

 それに、この状況は違う意味でも危険だった。

 トワは、自身の発育不良を気にしているようだが、とんでもない。

 確かに、見た目は少し大人の女性としての魅力に欠けるかもしれないが、触れれば分かる。

 服越しにも伝わってくる少し高めの体温。

 肩幅はほっそりとしているのに、太ももの肉付きは良く、とても柔らかい。

 いつもの年よりも幼く聞こえる声の代わりに漏れる息が、やけに艶かしい。

 先程しこたま飲んだにも関わらず、どうしてこんなに甘い香りしかしないのだろうか。

 少なくとも、今のトワはリィンには魔女の誘惑の術よりも危険な存在だった。

「って、不味い不味い」

 艶姿のトワに集中が乱れそうになる。

 というか、こんな状態のトワをお姫様抱っこしているところを見られたら、冗談抜きで洒落にならない。

「急がないと………」

 極力、身体に伝わる感覚を排し、意識の外に腕の中のトワの存在を押しやる。

 そうして、どうにかこうにか。

 運が悪い方であるリィンにしては、幸運にも誰にも見付からずにトワの部屋の前まで辿り着く事に成功する。

 トワ効果だろうか。

 ともあれ、無事に来れた事にリィンは、ホッ、と安堵の息を溢した。

 後は、トワを部屋に入れてしまえば、それで終わりなのだが。

 そこで、自分が失念していた事に気付く。

「しまった、部屋の鍵…………」

 几帳面なトワは、きちんと施錠していたらしく、部屋に入る事が出来ない。

「先輩、トワ先輩」

 小声でトワに呼び掛ける。

 起こして、トワ自身に鍵を開けて貰おうと考えたのだが、やはり、トワが目覚める気配はない。

 ならば、リィンがトワの身体から鍵を探すしかない。

「いや、それは流石に不味いだろう」

 頭に浮かんだ自分の考えに自分で駄目だしをする。

 トワが着こなしている教官服は、身体のラインが分かるような造りだ。

 そんな余裕のない服の中に手を入れて、何処も触らずに鍵を探し上げるなんて芸当は、さしものリィンでも不可能である。

 というか、そんな事をしようものなら、その瞬間にどこからともなく耳付きフードを付けたちょっと声の違うアルティナが現れて。

 

 

『教官最低です』

 

 

 とか言われそうな気がしてならなかった。

「……仕方ない」

 そう、仕方ない。

 部屋を開ける事は出来ない。そして、此処にいつまでもいる事も出来ない。

 だから、これは、仕方がない事なのだ。

 

 ………そんな事を思ってしまうあたり、リィンも緊張とアルコールで思考が鈍っていたりする。

 

 

◆◆◆◆◆

 

                         

 そっ、と自室のベッドにトワを下ろす。

 その瞬間、何とも言えない疲労感が押し寄せてきて、リィンもベッドに腰を下ろした。

「何だか、異様に疲れたな」

 がっくりと項垂れると、溜め息が出た。

「トワ先輩は……、やっぱり、起きそうにないか」

 顔を上げ、トワの様子を窺うが、ここまで一度も目を覚まさなかったあたり、もう朝まで起きそうになかった。

「う…………ん」

 トワが寝返りを打った。

 こてん、と仰向けになり、その身体が無防備に晒される。

「……………………」

 妙な気分だった。

 此処は自分の部屋。自分のベッド。

 そこにトワが寝ているのだ。

 それも、いつものトワではない。

 しっかり者の側面が鳴りを潜めた、心も身体も無防備なトワが、酒精に頬を赤く染めて、普段にはない色を出した状態で。

「…………って、何をマジマジと見ているんだ、俺は…………!」

 思いっきり、首を捻り、トワから視線を外す。

「何か変な感じだな、……俺も大分酔っているのか?」

 思えば、ペースの速いトワに付き合っていたのだ。

 それなりの量を飲んでいても可笑しくない。

「はあ………、俺も寝るか」

 これ以上、醜態を晒す前に寝ようと考えたリィンが、ベッドから離れ、応接室のソファを借りて寝ようと部屋から出ていこうとした時だった。

「うぅ、ん………」

 寝苦しそうな寝息に振り返る。

 どうやら、教官服の締め付けがキツいらしく、トワが寝苦しそうに何度も寝返りを打っていた。

 あれではよく寝れない上に、せっかくの教官服もシワになってしまう。

「まあ、上着くらいなら大丈夫、か…………?」

 そう考え、再びトワの側に寄るとリィンは上着のボタンに手を掛ける。

 

 プチッ、と軽い音がして、彼女の制服のボタンが一つ外れた。

 

「って違うぞ。これは疚しくもないし不埒でもない。集中しろ、何も感じるな、何も考えるな…………!」

 また妙な気分になりそうになり、リィンは自分にそう言い聞かせながら、ボタンを外していく。

 視線はボタンのみに固定し、指先もボタンだけに集中していた。

 だから、気付かなかった。

「………………リィン君?」

「え」

 丁度、上着のボタンを全部外し終えた時だった。

 突然、自分の名前を呼ばれ、反射的に顔を上げると、うっすらと目を開けて自分を見ているトワの顔が目に入った。

 ……背中に嫌な汗が吹き出した。

「―――いやッ、違うんです! これは、その…………」

 バッ、と手を離し、トワの上からよける。

「リィン君?」

 むくり、と身体を起こしたトワが目元を擦りながら、もう一度、リィンの名前を呼ぶ。

「その、寝苦しそうだったので、上着だけでもと思って」

「リィン君」

「決して疚しい気持ちは、………ちょっとはあったかもですが、……って、そうじゃなくて」

「リィン君」

「とにかく変な事をするつもりは、全く無くてですね、だから、その…………」

「リィン君」

「えっと………………」

「リィン君」

「………………………」

「………………………」

「ご、ごめんなさい」

「だ~め」

 そう言った瞬間だった。

 トワが包みこむようにリィンの顔に両手を伸ばし、自らの胸元に抱き寄せたのだ。

「ちょ――――ッ」

「えへへぇ」

 そのまま、トワがベッドに倒れ込んだので、自然、リィンも一緒にベッドに倒れ込む事になる。

 にこやかな笑い声と共にギュウウ、とトワの腕に力か入っていく。

 息苦しいが、それ以上に顔に当たる感触が不味い。

 上着の前を外していたので、顔に伝わってくる体温は先程の比ではない。

 ぎゅむぎゅむ、と力が入る度に慎ましやかな柔らかさがリィンの顔を満遍なく刺激する。

 ――――いや、慎ましやかではなかった。

 過去に何度か似たように抱き締められたリィンだから分かる。

 自分の感覚を信じるなら、前よりも――――?

(――――違うだろ!)

 脳裏に浮かんだ邪な考えを切り捨て、リィンはこの状況からの脱出を図ろうとする。

 だが、リィンが身体に力を入れる度に、それを遮るようにトワが腕に力を込めてくるのだ。

 それでも、無理をすれば抜け出せるだろうが、トワに乱暴を働く訳にはいかず、出来ずにいる。

 なので、結局、リィンに出来るのは離してもらうよう、トワに訴えかける事だけであった。

「――――リィン君」

「トワ先輩、その、この体勢は色々不味いので、離して頂ければと――――」

「ありがとね」

「――――え?」

 優しい。

 とても優しい声が、頭上から降り注いだ。

 視線を上に向けると、声に劣らず優しい笑顔がそこにあった。

「沢山頑張ってくれて、沢山助けてくれて、一生懸命に真剣に皆の事を想ってくれて」

「トワ先輩、そんな、俺は――――」

「あの仮面の人の事も」

「あ…………」

「私に気を使って、話そうとしなかったでしょ? 本当はとっても気になるのに」

「それ、は………」

「ありがとね、その気持ちがとても嬉しい。リィン君がそんな風に気遣ってくれてたおかげで、私はあの仮面の人の事で悩まずにいられたから」

「先輩…………」

 視線が絡まる。その瞳はとても穏やかだった。

「だから、良いんだよ?」

 さらり、とトワの小さな手がリィンの黒髪に触れた。

「少しくらい我儘になって、自分勝手になって、甘えて、頼ってくれたって」

 サラサラ、とトワの手が楽しそうにリィンの髪を何度も撫でる。

「………ね? 何かずっと気掛かりな事があるんだよね? ……多分、リィン君の生まれについて」

 くっ、と喉が引き締まり、息苦しさが僅かに増した。

「言いたくないんだったら良いの。でも、もし、吐き出したいものがあるんだったら、それでリィン君の気持ちが少しでも楽になるんだったら、何時でも言って? 何処でも言って? 何でも言って? 私で良ければ、ずっと、ずっとリィン君の気が済むまでお話しを聞くから」

 だから、とトワが続ける。

「お願い、力にならせて? 迷惑を掛けないようにって思ってくれるのも嬉しいけど、頼ってくれた方がもっと嬉しいから」

 撫でるのに満足したのか。

 再び、トワはリィンの顔を抱き締める。

「他の皆もきっと、そう。Ⅶ組の皆も、他の人達も皆。皆、リィン君の……、だから……………………」

「…………? トワ先輩?」

 不意に途切れた声を不思議に思い、声を掛けるが返る声はなかった。

 顔をズラすと、睡魔に負けたのか、トワは再び穏やかな寝息を立てて、眠りについていた。

「―――――――」

 それを見て、全身から力が抜けた。

 何となくホッとしたような、残念なような、自分でもよく分からない気持ちになる。

 だが、不快という訳ではない。その証拠にここずっと胸に蟠っていた気持ちが少し軽くなっていた。

「ありがとうございます。トワ先輩」

 そう礼を言うと、トワの腕の中から抜け出そうとする。

 しかし。

「………………う」

 これは譲れないとばかりにトワの腕の力が強くなる。

 それでも何とか抜け出そうと四苦八苦するが、叶わず。

 遂には諦めた、―――正確には誘惑に負けたリィンは、明日の朝怒られるんだろうなと思いながら、トワの胸の中で眠りに付いたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 チュンチュン、と小鳥の鳴き声が外から聞こえてくる。

 カーテンの隙間から差した朝日が朝を告げ、それが何時もより眩しい事に気付くとリィンの意識は一気に覚醒した。

「今、何時―――ッ!?」

 ガバリ、と起き上がり時計を確認する。

 時間は、やはり、何時もより遅く、早朝訓練の時間は当に過ぎていた。

 だが、学校に遅刻する程ではなかった。

 少し慌ただしくなるが、それでも充分に間に合う時間である。

 それを確認したリィンは、はあ、と安堵する。

 寝坊なんて、ここ数年はなかった事だ。

 最後にしたのは、幾つの頃だったか。

 ユン老師に師事してもらい、身体のコントロールを身に付けてからは、ずっとなかった事だ。

 どうやら、かなり深く眠りに入っていたらしいとリィンは昨夜の事を思い出して――――

「……………あ」

「うぅん、……あさぁ?」

 深い眠りの原因が、後ろで起き上がる気配を感じた。

「………………」

 ギギギ、と首を捻る。

 起き抜けのトワの姿は、昨夜、眠りに付く際よりもひどく乱れたものになっていた。

 自分で外したのか、ブラウスのボタンの半分近くが外れて薄い色の下着が覗き、スカートから裾がはみ出たせいで白い腹が、バッチリと見えていた。

「…………リィン君?」

 しかし、トワはそんな自分の様子に気付かない。

 まだ寝惚けているのか、リィン君の存在を認めると、へにゃ、と顔を緩めた。

「おはよぅ、リィンく~ん」

「お、おはようございます」

 顔を背け、トワを見ないようにしながら挨拶を返すリィン。

 そんなリィンに、む、とトワが唸る。

「リィン君~? どうして、こっちを見ないのかな~?」

「いや、それは…………」

「挨拶はぁ、きちんとぉ、相手の顔を見ながら、…………見ながら?」

 固まる。声も、身体も、顔も、僅かに動いていた思考も。

「あ、あれ? リィン君? ど、どうして、私の部屋に、……て、あれ? ここ、リィン君の? あれ? あれ?」

「トワ先輩、その、どうか落ち着いて聞いて欲しいのですが…………」

「ま、まって! ちょっと、待ってね! 今、思い出すから! た、確か、昨夜はリィン君と飲みに行って…………」

 頭を押さえ、昨夜の記憶を掘り起こし始めるトワ。

「あ、あ、あ、あああああぁぁぁぁ……………」

 どうやら、酔っ払ってからの記憶もあるようだった。

 サァ、と血の気が引くようにトワの顔が真っ青になる。

「わ、私、私、思いっきり、酔っ払っちゃって、それで、…………あ、あぅ、あぅぅぅぅ!」

 次いで、その顔が赤くなり始める。

 半泣きになりながら、改めて、リィンを見て、部屋を見て、そして、自分の今の格好を見て、その度に顔の赤みを増していった。

 それは、まるで噴火する前の火山のようで。

 もう、ここに至ってはリィンにはどうする事も出来なかった。

 彼に出来るのは一つだけ。

「トワ先輩」

「ふ、ふぇ、ふぇ………………」

 ベッドの上に、きちんと正座し、神妙な顔付きでシーツを手繰り寄せ、今にも泣きそうなトワの名前を呼ぶと――――

「すみませんでした」

「ふええええええええええええ――――――――――!!!」

 それは、もう、見事な土下座を敢行したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「ご、ごめんね? 本当にごめんね?」

「いえ、こちらこそ…………」

 二人して、何度も謝りながら学校までの道を往く。

 泣きながらリィンの部屋を飛び出したトワを心配し、時間ギリギリまで宿舎の入口でトワが来るのを待っていたリィン。

 ひょっとしたら休むのかもと思っていたが、予想に反しトワはしっかりと身支度を整えると一階に降りてきた。

 それから、ずっと、この調子だった。

「うぅ、私ってば、何て事を…………」

 羞恥が抑えきれないトワの顔は、心配になる程に真っ赤である。

 他の女性であれば、部屋に引きこもり、当分は出てこないだろう。

 そんな状態にも関わらず、それでも、きちんと己の本文を全うしようとするあたり、流石としか言い様がなかった。

「リィン君には、ほんとに迷惑を掛けちゃって……、うう、本当はリィン君の悩みを聞いて上げるつもりだったのに、……駄目な先輩だね、私…………」

「いえ、本当に気にしないで下さい。一緒に飲んでいたのに止められなかったし、もっと紳士的な対応出来れば良かったのに出来なかったし…………」

 どんよりとしているトワを必死にリィンはフォローする。

「それに、…………嬉しかったりもしましたから」

「え?」

 ぽつり、と呟かれた発言を聞き逃さず、トワがリィンを見上げると、照れ臭そうに笑うリィンの姿があった。

「トワ先輩……、もう少し落ち着いたら、また一緒に飲みに行きませんか?」

「リィン君?」

「その、……聞いて貰えたら、と。色々な事を、その…………」

 それにトワの目がゆっくりと見開かれた。

「結構、愚痴とかになってしまうかもですが、それで良ければ、聞いて欲しいです」

 駄目ですか? と言うリィンに、ブンブンとトワが首を振る。

「うん! うんうん! 勿論、だよ! リィン君!」

「ありがとうございます、トワ先輩」

 嬉しそうに微笑むリィンに、トワも釣られて笑みになった。

「ううん、こちらこそ!」

 そうして、二人して礼を言い合う。

 そのまま、ちょっとだけ足を止めて微笑み合っていたが、時間が差し迫って来ているので、再び歩き出そうとした時、後ろから声が掛けられた。

「シュヴァルツァー、ハーシェル」

 とても落ち着いた声に振る返る二人。

 すると、優雅な足取りの女性が二人に近付いてきていた。

「分校長」

「おはようございます」

「ああ、おはよう。……珍しいな? 生徒を含め、生真面目さではトップに入るお前達が、揃ってこんな遅い時間に登校するとは」

「あ、あはは」

「ちょっと慌ただしかったもので……」

「ふむ? …………まあ、良い。私は先に行かせて貰うぞ。お前達も急げよ?」

 何かに気付いたような素振りを見せるオーレリアだったが、特に何かを詮索する事もなく、そう言って、するりと二人の間をすり抜けて行く。

 その様子に二人は胸を撫で下ろすが、数歩も行かない内にオーレリアは足を止めると、何かを思い出したように、ああ、そうだ、と呟いた。

「シュヴァルツァー、ハーシェル」

「はい?」

「何でしょうか?」

 何かの用向きか?

 そう思い首を傾げる二人を振り返ると、オーレリアはとても良い笑顔で口を開いた。

 

 

 

 

「――――昨夜は、お楽しみだったようだな?」

 

 

 




 蒼い人「平和な夢はみられたか? リィン」
 リィン「……よく寝た。良い夢だった。――多分」
 トワ 「じゃないよ!?」

 プレイヤーの心の最終安全装置、トワ会長。
 しっちゃかめっちゃかになりつつある人間関係の最後の希望。

 女神(ファルコム)よ、どうかこの子(トワ)だけは

 この上、トワ会長までアレな事になったら、リィンより先に作者が死ぬ。


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