DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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物語としてはバランとの戦いが一番盛り上がるシーンだとわかってはいる。
わかっているのだが、正直アタシはこのバラン編が結構嫌いだ。
それぞれの感情、それぞれのエゴがぶつかり合う、見ててすごく胸が痛いシーンの連続であり、単純な正義と悪の戦いと割り切れない部分が一番浮き彫りになるからだと思う。
特に記憶のないダイにポップやレオナが声を荒げるあたりなど、正義の側にある筈の彼らが自分達の事しか考えてないようにも見え、見ていて腹が立つくらいだった。
そんなただでさえ全員のエゴが見てて辛い場面に、もうひとり加えて更にややこしくしてしまって、本当に申し訳ないと思っている。
あともうひとつ、すごく嫌いな台詞があるが、それはそのシーンが本来入る筈の回で説明する。
それはさておきロイホのコスモドリア食べたい。


24・半魔の僧侶は防御する

 テラン王国、竜の神殿を祀る湖。

 まだ先日の戦いの爪痕が、生々しく残るその場所に、着地音を轟かせて降り立つ男が一人。

 

「ディーノよ…!奴らがどこに匿おうとも、私にはおまえがどこにいるのかがわかる。

 私たちには何物にもまさる、血の絆があるのだからな…!」

 かつての自分の過ちのために。

 醜く身勝手な生き物を、信じたために。

 失ってしまった大切な人。

 失ったと思っていた、その忘れ形見。

 溢れるほどの愛と、身を焼くほどの憎しみ。

 その二つを同時に瞳に宿したかつての地上の守護者は、最も確かな方法で我が子に呼びかけていた。

 

 ・・・

 

「い…今なにか、凄まじい力をもった者が現れました…!

 この城の東南…すぐ近くです!!」

「まさか!!?」

「…バランだ。間違いない。

 瞬間移動呪文(ルーラ)で、先にこの国までたどり着いたのだ!!

 急いで、守りを固めなければ…!!!」

「わかったわ!

 あたしとクロコダインとで守りにつきましょう!!

 ナバラさんたちは、ここでダイ君に付き添ってあげて!!」

「姫には危険だ!

 あのバランの驚異的な力をお忘れかっ!!?」

「だからこそ行くのよ!

 バランが相手ではあなたも無傷では済まないわ。

 グエンが居ない今、回復呪文の使い手が要るでしょう!?」

「…やむを得ませんな。

 言われて考えを曲げるような方ではないし…」

「そういうことね。さあ、行きましょう!!

 …ナバラさん、メルル。

 絶対にダイ君を、牢の外に出してはだめよ!」

 

 ・・・

 

 ふたつの紋章は、輝きを放ちながら互いに呼び合う。

 それは間違いなく、この世にただ2人、親子の血の絆だった。

 

「必ず取り戻す。

 二度と、誰にも奪わせはしない…!」

 

 ☆☆☆

 

 “そんな言い方は良くないよ。

 君のお母さんも人間なんだから。

 君の言葉は、お母さんをも傷つけてしまう”

 オレが母を迫害する人間どもへの憎しみを口にする度に、母が見せる悲しい顔の理由を教えてくれたのは、生まれて初めて出会った同族の女だった。

 この広い世界の中に、オレ達のような半魔族が、ただ二人だけとは思わないが、それが偶然出会うなど、奇跡のような確率だろう。

 オレが知らずに、無意識に傷つけていた母の悲しみも、その母でさえ全ては理解し得なかったオレの孤独も、彼女は理解した。

 

 やがて母が亡くなり、旅立つかと思っていた彼女がそばにいてくれるとわかった時、オレ達は一生共にいるのだと思った。

 

 母が悲しむ事が判っていても、オレは人間への憎しみを、捨て去る事はできなかった。

 でも、もうそれでいい。

 母を失った今、オレと人間の間には、何の繋がりもない。

 

 他に何も、誰も要らない。

 彼女が居れば生きていける。

 

 山の中のあの小さな小屋が、オレと彼女…グエナヴィアとの、二人だけの世界で良かったのだ。

 それが、壊された。人間たちの手によって。

 

 バラン様が通りかかってくださらなければ、オレは恐らく殺されていた。

 そして、グエナヴィアは……

 

 “逃げなさい、ラーハルト!

 わたしは大丈夫だから、早く!”

 奴らの狙いはオレだった。

 だからグエナヴィアは、オレを守る為に、あの場に残って戦った。

 そして……

 

 正直、未だに夢に見る。

 泉の水で身体を清める時も、オレの見ている前では、決して晒さなかった白い肌。

 記憶にある母のそれより豊かな双丘。

 力無く横たわるその白い身体に、無遠慮に圧し掛かる人間の男。

 

 バラン様を連れてオレがそこに戻るのが、一足遅れていればどうなっていたか、想像に難くない。

 バラン様がその男の首から上を吹き飛ばしてくれた時は、当然だと思うと同時に、自分で手が下せなかった事を悔しいと思った。

 あの男は、オレが殺すべきだった…オレに殺されるべきだった。

 

 そうできなかったのは、オレが子供で、弱かったからだ。

 だから強くなろうと思った。

 バラン様が差し伸べた手を、迷う事なく取った。

 彼女は、必ずオレと共に来ると思っていた。

 だが…救われて、安心して目覚めた朝、彼女の姿はどこにもなかった。

 オレは泣いた。

 その泣くオレに、バラン様は言った。

 

 “彼女はおまえを守る為に、私におまえを託した。

 彼女にもう一度会いたいのならば、おまえが彼女を守れるくらい、強くなれ”

 そうだ。

 オレが弱かったから、二人の世界を壊された。

 ならば取り戻す為に、強くならなければ。

 オレは、必ずグエナヴィアを探し出す。

 そう思って修業に励んだ。

 

 そうして遂に、再会の時が訪れた。

 …オレは魔王軍の侵攻開始直後に、母を追い出し、オレ達を間接的に殺そうとした村の奴らへの復讐は果たしていた。

 村の惨状を目にした時に、グエナヴィアはこれが、単なる魔物の襲撃ではないと悟ったのだろう。

 オレを見据えた瞳に、明らかに、嫌悪と恐怖の色が浮かんでいた。

 

 “…血腥(ちなまぐさ)い手で、触らないで”

 

 “あなたも魔王軍の一員である以上、わたしはあなたの敵でしかない”

 

 信じられなかった。オレを拒否するなど。

 全て、オレとおまえの世界を取り戻す為だ。

 世界から人間どもが居なくなれば、オレ達は平穏に暮らせるんだ。

 それなのに何故。

 その人間どもの側に立とうというのか。

 オレの手を振り払ってまで。

 …そんな事は、認めない。

 誰にも渡さない。絶対に。

 

 ☆☆☆

 

「もう少し待ってれば、ぼくを守ってくれる人が来るよ!

 もう、近くまで来てるんだ!」

「…違うわ。…それは敵よ!!」

「敵!!?」

「そうよ!!

 キミの心からキミと…あたし達のかけがえのない思い出を奪った、許せない敵だわ!!

 そんなヤツが来るっていうのに、ヘラヘラ喜んでないでよ!!」

 

 

 “…そんなに声を荒げないで、レオナ姫。

 彼が怖がっちゃうでしょう?”

 確かめたいことがあると言って出て行ったまま、まだ戻ってこないグエンの声が、突然脳裏に浮かんだ。

 …わかってるけど、あたしは貴女みたいに大人じゃないのよ。

 

 グエンは、自分がダイ君に忘れられていると知ると、改めて友達になるって方を選んだけど、あたしはそんなの我慢できない。

 バランに壊されたダイ君との思い出は、あたしにとってもかけがえのないものだった。

 これから上書きをしていっても、それは偽物でしかないもの。

 あたしとの思い出だけじゃない。

 バランはダイ君の積み重ねてきた、生きてきた時間そのものを奪った。

 それがまさに、ダイ君をダイ君足らしめていると、知った上で。

 それが許せない。だからあたしは、戦う。

 あたしの…あたし達のダイ君を、取り戻す為に。

 

「さあ!クロコダイン!!」

「…心得た!!」

 

 ☆☆☆

 

 ラーハルトの槍が閃き、新調したばかりの旅人の服の、あちらこちらに裂き傷がつく。

 攻撃の合間を縫っての、ヒュンケルの斬撃をも受け止める。

 

「なるほど、やはり(パワー)だけはある。

 しかしその力も、オレに命中しなければ意味がないぞ!!」

 冷静に分析され、攻撃を返される。

 やはりラーハルトの攻撃は正確で緻密だ。

 しかもスカラをかけていてもこれだけ通るのだから、その斬撃の鋭さに驚きを禁じ得ない。

 ヒュンケルの方が一撃の威力が上だとか言ったの誰だ。あ、わたしか。

 連続突きから、円の動きの薙ぎ攻撃、そこから更に一閃。

 閃光のような攻撃は変幻自在で、見切る事は不可能だ。

 こんな時に魔力暴走の兆しが身体の奥から湧き上がるが、相手は攻撃魔力を無効化するから全然意味がない。

 速度倍化呪文(ピオリム)でも使えればそれなりに役には立つんだろうが、わたしには使えない。

 以前契約は試したが、どうも適性がなかったらしく成功しなかった。

 バランの時のように最大の一撃を撃たせて、カウンターで返すつもりでいたけれど、ラーハルトはバランより手数が多い。

 このままいけばその最大の一撃を待つ間にこっちが殺られる。

 守勢に回ったら負ける…こうなったら捨て身で攻撃をするしかない!

 わたしがそう思ったと同時に、

 

「海波斬!!」

 ヒュンケルの剣が、アバン流最速の技を放つ。

 それもラーハルトの身体に掠りもせずなんなく躱されはしたが、その身体が動くと思われる先に、わたしは咄嗟に棍の一撃を打ち込んだ。

 

「一閃突きっ!!」

「くっ!!」

 それをも躱そうとしたラーハルトが一瞬体勢を崩す。いける!

 

「ヒュンケル!!」

「ブラッディースクライド!!!!」

 これを躱せる筈がない。そう思った。

 

 だが。

 

「そう来るだろうと思ったぞ!!

 だが、その程度の策で勝てるほど、オレは甘くはないッ!!!」

 信じられないことに、次の瞬間にはラーハルトは、わたし達の頭上遥か上まで跳躍していた。

 体勢を崩したのはフェイクだった。

 そして、最大の一撃の後に生じる、その隙を待っていたのは、向こうも同じだった。

 

「受けろ!!陸戦騎最強の一撃を…!!!

 

 ハーケンディストール!!!!!」

 

 ラーハルトの技がヒュンケルに向かっているとわかった刹那、わたしはヒュンケルの前に飛び出していた。

 

「グエンッ……!!」

 暴走する魔力を、全て前方に放出する。

 

「スクルトッ!!!!」

 …本来この呪文は、仲間全員にスカラをかけるもの。

 その複数人を薄皮一枚纏わせる防御膜を、今は前方のみに集中させて防御壁とした。

 つまり、フバーハで試した事の逆の発想。

 しかも魔力暴走が起きている分、更に強度が増している。

 大抵の物理攻撃はこれで防げる……筈だった。

 実際、威力だけなら、防げていただろう。

 

 だがラーハルトのその技の真価は、一撃の破壊力そのものより、その破壊力が加わる密度の高さにあった。

 同じ圧力を、広範囲にわたってかけるのと、範囲を狭めてかけるのとでは、一点にかかる力で、後者の方が破壊力が勝る。

 

 鋭い刃物のような密度の高い衝撃波に、ほんの数秒は耐えたわたしの防御壁は、真っ二つに切り裂かれる寸前までその衝撃を散らし…

 それにとうとう耐えきれなくなった瞬間、その全ての威力を、足元の地面へと押し流した。

 …結果、衝撃で砕けた大地が、わたしとヒュンケルに、爆発のように襲いかかった。

 

「うおおおッ!!?」

「キャアアァァ───ッ!!!」

 一度空中に投げ出され、裂けた地面の上に、二人揃って投げ出される。

 

「…所詮は人間だ。

 縋る手を間違えたな、グエナヴィア」

 ラーハルトが呟いた言葉を聞きながら…わたしは、意識を失った。

 

 ☆☆☆

 

「死にきれんと見えるな…グエナヴィアが、半端に強力な防御壁など張ったばかりに。

 だがとどめは刺さん。

 そのままもがき苦しんで、ゆっくり死ね」

 ヤツの声が聞こえ、薄れそうな意識をオレは無理矢理覚醒させた。

 

「オレはディーノ様を奪い返す為に、バラン様のもとへ急ぐのでな。

 だが…グエナヴィアは返してもらうぞ」

 グエナヴィア…グエンの事か。

 そうだ…グエン!あの女性(ひと)は、オレを庇って攻撃に巻き込まれたのだ。

 彼女の無事を確認すべく、瞼を開け、なんとか顔を上げる。

 見れば力なく横たわっているグエンを、今交戦している男が、その腕に抱き上げようとしているところだった。

 奪われるわけにはいかん。ダイも…グエンも!

 

「まだ、無駄なあがきをするのか」

 辛うじて身を起こしたオレに、ヤツが視線だけを向けながら、嘲笑うように言う。

 

「た、たとえバランがダイの肉親であろうとも…おまえがグエンのなんであろうとも、渡すわけには、いかん…!」

 ダイのまなざしは、本人に自覚はなかろうが、人間だけに向けられているのではない。

 人間たちとそれ以外の種族との間に溝を作り続けてきたのは、太古から繰り返される魔界からの侵略者の存在だ。

 それが地上に現れる時、地上に住むモンスターが魔界の先鋒とされてしまうが故、人間はモンスターを、そして魔族を忌避してきた。

 グエンのこれまでの人生は、そんな溝による悲劇と言っていい。

 オレもダイも、モンスターに育てられた点では同じ。

 違うのは、オレが人間を憎んだのに対し、ダイは人間、モンスターを枠組みにとらわれず、全てを対等に見る事ができたという事だ。

 ダイが居れば、ダイが世界を救えば、その世界の在り方は、きっと変わる。

 グエンはそう信じていると言った。

 

 そのグエンは、人間が魔族を受け入れる、その入口になりうる存在だ。

 

 …今、ダイを守っているのは、レオナ姫とクロコダインだという。

 先にバランがダイのもとへ向かったというなら、事実上バランと戦えるのはクロコダインひとり。

 そこにこの男までバランと合流してしまえば、もはや抗う術すらなく、ダイはヤツらの手に落ちるだろう。

 今、オレが倒れたなら、間違いなくそうなる。

 こいつがグエンを連れ去ろうとしているのも合わせて、阻止できるのは、今はオレしかいない。

 

「ダイは…そしてグエンもまた、地上の民全ての希望なのだ…!!」

「希望だと?…フン!くだらんッ!!

 地上のゴミの人間どもに、そんなものを抱く権利などないわ!!」

 だが目の前の、グエンがラーハルトと呼んでいた魔族は、オレの言う「地上の民」を「人間たち」と受け取ったようで、その言葉に怒りを乗せて言い放つ。

 

「よかろう。冥土のみやげに教えてやる。

 バラン様がなぜ、あれほどまでに人間を憎むかを…!

 それを聞けば、おまえもそんなたわ言を、二度と口にできなくなる…!!」

 グエンを抱き上げた手に、無意識に力が篭ったのだろう。

 その腕の中で、彼女が呻いて、身体を硬ばらせたのがわかった。

 ヤツはそれに気付いたのかどうか。

 もはや感情を隠すこともなく、ラーハルトは叫ぶように言う。

 

「バラン様がこの世でただひとり愛した女性…

 

 すなわちディーノ様の母上は…、

 

 人間に殺されたんだッ!!!」

 

 その青い貌に怒りを顕したラーハルトの言葉に、オレは立ち上がる事も忘れ、その場に固まった。




冗長過ぎて自分で腹立つ。

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