そして、白石紬は、小さなころの思い出は胸の奥底にしまい、思い出すことなく生活していた。しかしある日、不思議な夢を見た彼女は……
※「pixiv」にも同じタイトルにて、この小説を投稿させて頂いております
参考
「瑠璃色金魚と花菖蒲(白石紬 CV.南早紀)」
「アイドルマスターミリオンライブ シアターデイズ」より、白石紬の個別コミュ1
英国メイドの世界(著・久我真樹 講談社)
英国メイドの世界 ヴィクトリア朝の暮らし総集編(著・久我真樹 同人誌)
英国執事とメイドの素顔(http://sitsuji.ashrose.net/)
※改変要素込みの小説になっていますので、ご理解下さい
本編は8つのブロックに分かれていますが、そのうち1~5がオリ主、6~8が白石紬の内容となっておりますので、ご容赦ください。
執筆に際しまして、参考させていただいた作品・書籍に関しましては、概要に書かせていただいております。
1
――――『あの日、夢に見たあの不思議な景色は
一体、なにを意味するものだったのでしょうか?』
(夢に向かって一歩踏み出した少女の独白)――――
2
イギリス、ロンドン。私の出身の農村に一番近い都市であり、そして今働かせて貰っている屋敷のある、この国の首都です。
私は十二の頃まで農村にある家で手伝いをしつつ、少し前から国の政策で始まった義務教育の影響もあり、初等学校で勉学に励んでいました。
偶然だとは思うのですが、その学校では勉学のほかに学校長の家での手伝いや上級生への給仕などを経験させてもらえる学校だったので、料理が好きな私が将来キッチンメイド……あわよくばコックになりたいという夢に向けた、とてもいい経験になったのは間違いありません。
十四になるまでは家のお手伝いや町の商店で働いて、お仕着せなどを買うためのお金を貯めていきました。なぜなら、男性使用人のお仕着せは雇い主から頂けるのですが、女性は自分で買わないといけないのです。なんとも不便ではありますが、それでも就職のため、必死になって働いていました。
そして、お仕着せを買う資金が貯まって、それを買うことに加えて就職先を決めるという段階になった時でした。私は手紙で連絡を取ったあと、二年ほど前まで通っていた学校の学校長の元へと訪れたのです。
「失礼します、マーガレット・パウエルです。……お久しぶりでございます、学校長」
「おお、顔を見るのは久しぶりだね、マギー。髪をバッサリと切った事以外は変わらず、元気そうで何よりだよ」
校舎の一室、学校に通っていたころはよく入室していた学校長の部屋に、扉をノックしてから入室しました。部屋で待っていた学校長は以前と変わりなく、恰幅のいい体格のまま笑顔で出迎えてくれ、私はほっとして思わず笑みが零れてしまいます。
「ありがとうございます。学校長も相変わらずお元気そうで。……あれ、あの花は以前、この部屋にはありませんでしたよね?」
笑顔のまま簡単な挨拶を交わしていくと、学校長が使う机の上に、数輪の花が挿さった花瓶が視界に入りました。その花はこの辺りでは見ない、紫のような、濃い青色のような美しい花だったのです。
「あぁ、これかい? この花は《ハナショウブ》っていう花なんだ。ロシアで結構前に見つかった花なんだけど、東洋のジャパンという国にも同じ花があるんだ」
「そうなんですか……でも、ジャパンに同じ花があるって、どうしてわかるんですか?」
「実は、オランダの商人が、ロシアで見つかった頃、ジャパンにもそういう花がある、それも一般に普及してるんだ、という話をしていたらしいんだ。
今ではイギリスの記者たちもジャパンに行って、そういう花がある、っていうことを言っていたよ。この花の色もあって値は張るけれど、私の古くからの知り合いから、数輪だけ譲ってもらったんだ」
「……色、ですか?」
「そう。ハナショウブっていうのはいくつかの色があって、この花の色はラピスラズリの色と似ててね、かなりの稼ぎを得ている家は飾っているところも増えてるみたいだね。ちなみに、ジャパンでの見ごろは五月から六月ごろなんだ。……君の誕生日は五月下旬だから、ちょうど時期になるんだ」
「そうだったんですか……そんな花を間近で見ることができて、とても嬉しいです!」
先生の話を伺うと、そんな美しくて珍しい花を見れたことの感動でつい、まじまじとハナショウブという花を眺めてしまいました。
「それにしても、突然の手紙には驚いたよ、スカラリーメイドになりたいんだって?」
その為、学園長のその声掛けに驚いてしまい、体を軽く跳ねさせてしまいました。
「あっ……はい、そうなんです。私はキッチンメイドとして……そして、将来はコックとして働きたいと思っています。その為にもまずは、スカラリーメイドとして働きたいのです」
「けれど、スカラリーメイドは単調かつ重労働の上賃金も安いのだろう? 君は確かにまじめで仕事も出来るから、使用人をするなら他を目指した方がいいのではないかな?」
「いえ、私はまず使用人として働きながら、料理の勉強がしたいのです。その為になら、その様な重労働であっても構いません」
「ふむ……」
実は学校長には初等学校時代の私の仕事ぶりを評価して頂いていたので、これからの決意についての話をさせ頂こうと思い、こうして訪れたのでした。
なぜ、料理の勉強をしたかったのか。それは、昔から私は料理が大好きで、家で取れた作物などを使っては母と一緒に料理を作っていたのです。それが私の原点であり、スカラリーメイドになろうと思ったきっかけでした。
そんな私へ、学校長から思いもよらぬ提案が告げられたのです。
「じゃあ、ロンドンに一件、仕事があるよ。昨日連絡が来たのだけどね、可能なら少々早めに紹介してほしいと、昨日とある家からの依頼があったんだ」
「えっ、どのような内容なのでしょうか……?」
「それなりの稼ぎはある大きな家で、あと一ヶ月もしないうちにスカラリーメイドが一人辞めてしまうから、新しく雇いたいんだそうだ。お給金は年間十四£だそうだけれど、面接をしに行ってくるかな?」
「行きます、行かせて頂きます!」
その提示に、思わず食いついてしまいました。だってまさか、始めての職場がその様な屋敷になるかもしれないとは、夢にも思わなかったのです。面接を受けることが出来る、それだけでも飛び跳ねて喜びたいほどでした。
その後は学校長から話を通していただくということと、相手方からの連絡が来てからもう一度学校長と会い、確認事項を一度改めて話してから向かう、ということで話が終わった後、その日は買い物に行くには少し遅くなっていたので、帰宅することにしました。そして翌日、朝ごはんを食べて少しした後、スカラリーメイドとして必要なお仕着せなどを購入しに行ってきたのです。ワクワクしすぎるあまり、時々スキップをはさみながら。
その後、学校長から連絡をもらってから学校へと向かうと、学校長に面接の日時や屋敷の場所、その場へと向かう方法を教えていただくと共に、予め書いていただいた地図を受け取りました。そして翌日、その地図などを持って朝に家を出ると慣れていない鉄道で戸惑いながらロンドンへと向かったのです。
指定された時間前に昼食を摂り終えて、面接を受けるべく時間に多少の余裕をもって指定されたその屋敷の前へと到着すると、私はその大きさに驚いてしまい、少々立ち止まったまま見入ってしまいました。こんな立派なお屋敷に、私は勤めるかもしれないんだ。そう思いながら、その屋敷の門を叩きました。
屋敷の一室で行われた面接では、使用人を取り仕切るハウスキーパーのミセス・スワンとの一対一でした。改めて出身を聞かれたり、一日の仕事内容をこなす自信があるかなどの質問等をされていく中、緊張はもちろんしていましたがすべて丁寧に、自信を持って答えていくことができました。
そしてつつがなく面接が終わると、結果は長くても一週間ほどで自宅に連絡をいただけると告げられたので、自宅の住所を用意された紙に書いていきました。
そして夕方、慌しい一日を終えて私の家へと帰ると、母親が出迎えてくれました。
「あら、おかえりなさい。面接はどうだったかしら、メグ?」
「うん、緊張したけれどしっかり出来たわ。ただ、お眼鏡に適うかはちょっとだけ自信がないけれど……」
「大丈夫よ、貴女なら絶対受かってるわよ」
そう私に言うと母は優しく抱きしめ、頭を撫でてくれました。そんな母の言動に、私はとても安心することができたのです。
3
その日の夜、私は不思議な夢を見ました。
レンガや石造りの建物ではないと一目で分かる、きらきらと光るいくつもの不思議な高い建物たち。その建物たちのいくつかは大きな板が張り付けられていて、その表面では何人かの人が不思議な踊りを踊っていたり、赤い魚や白を基調に赤や黒の色を小さな魚が何匹も泳いでいます。道の上には大きな橋が架かっていて、時折いくつかの連なった、汽車とはだいぶ違う大きな箱のようなものが、がたんごとんと音を鳴らして走っていきます。
そんな不思議な光景に混乱が収まって、私はその場に立ったまま見回していると、周りの人はもちろん、いつの間に着替えたのか、私自身見慣れない服を身に纏っていたのです。そんな中、私の中にはなんともいえぬ不安がありましたが、それと同時にワクワクと心が弾むような、そんな不思議な感覚が支配をしていました。
すると、ふとスカートのポケットの中に、何かが入っていることに気付きました。それを取り出してみると、金属のような板が出てきました。その板の表面は、周りの不思議な高い建物に張り付けられている黒い板に似ていたのです。端にはハナショウブの色に似た宝石のようなもの――これがあの、ラピスラズリでしょうか――がぶら下がっているのにも驚きましたが、その表面が黒い板を見つめてみると、さらに驚きました。なぜなら、そこに映っていたのは……
4
「ほら、テキパキ手を動かして! まったく、このパーティはいつやっても疲れるわ」
「は、はい……っ」
あの日から三年が経ち、この屋敷で働かせて貰う最後の日である、雇い主である主人が二月に一度開く大きなパーティを開くこの日。私は就寝前に珍しくこの屋敷に初めて訪れたときのことを思い出しながら眠りに落ちると、心地よかった様な、不思議な夢を見ていた私は、このパーティの準備のために今朝はいつもよりも十五分は早く起きました。
このパーティが開かれるときは、私たちキッチンで働く人たちは準備でいつも以上に大忙しなのです。特に、スカラリーメイドは。月に数度、たいてい日曜日と水曜日あたりに行われる少し小さなパーティもあるのですが、これらのパーティとは様子がまったく違い、食事の量や食器類が比べようもないくらい増えるのです。
普段でさえ料理の下ごしらえはスカラリーメイドも手伝わないといけないのに、この大きなパーティの時は、時間がとても足りないのでは、というくらいせわしなく働かなければいけません。
かといって、これまでが大変でなかったかというと、そんなことは一切ありません。仕事内容は、特に始めてすぐの頃は逃げ出してしまいたいと思うほどの重労働でしたし、多少は分かっていたとはいえ、コックなどからの扱いに悩んだこともありました。しかしキッチン用語を色々と覚えることが出来ましたし、そしてなにより、コックから時々、主人のために作った料理を味見とは名ばかりのおこぼれをいただく事が出来て、それはそれは幸せでした。
そんなパーティも、料理提供が最も忙しくなる時間は少し前に終わりました。ただ、洗い場担当のスカラリーメイドはまだまだ忙しいのです。大量に運ばれてくる食器、そしてスプーンやフォークの小物やコップもバランスよく洗わないと、それらが足りなくなってしまえば大変な事態なのです。そのため、料理の手伝いをしながら洗い物をするときは、目が回ってしまうほどの忙しさです。
カチャカチャと音を立て、食器類を破損させないように丁寧に洗うのは、忙しい時間においてはとても気を使わないといけません。しかしこの三年間、忙しい中手際よく洗う術を多少なりとも身に付けていて、以前よりは簡単にこなすことが出来ました。
普段なら、このパーティが終わるまでは少々憂鬱でした。洗い物が多いし、終わる時間だっていつもより遅い。けれど、この日ばかりは違いました。
なぜなら、この屋敷を辞めてしまう理由は、とうとう、この二日後にキッチンメイドとして新しい職場に転職することになったからです。
それが一週間ほど前に決まった際は、本当に嬉しかったのです。
―――――――――
今から一ヶ月半ほど前の、ある日のことでした。
休憩時間にハウスキーパーであるミセス・スワンに呼ばれると、キッチンからは少し離れた、人通りの少ない場所へとつれてこられました。
「貴女もここに勤めて三年くらい経つけれど、昇給や昇格について、一切何も言わなかったわね」
ミセス・スワンに呼ばれる、ということは何か大きなミスをしてしまった事が一番に考えられるのですが、そのような記憶は一切思い当たりません。なので、このようなことを聞かれるのでは、ということは薄々感じていたのです。
「はい、スカラリーとして働く以上、昇給は望めませんでしたし、昇格するのにも時間がかかる、と感じていたためです」
「そう……この先はどうするのかしら?」
「……そろそろ転職をしたい、と考えています」
この言葉を告げたとき、何か言われるのでは、という緊張と不安のあまり私の口の中はカラカラに乾いてしまっていました。紹介状によくないことが書かれてしまえば、また一からやり直さなければいけない、その様な考えが頭をよぎってしまいます。
「そうね、であれば私のほうから主人にお伝えしておきます。辞める時期については主人と話をして、後日貴女に連絡をしますので、貴女も転職に関してどの様な形で進めるか、よく考えておいてください」
「……はいっ!」
淡々と告げられたミセス・スワンの言葉に、うれしくなってつい満面の笑みで返事をすると、なんととても優しい笑顔を返されたのです。
それから一週間ほどして、私は一ヶ月と一週間ほど後に開かれる大きなパーティの日をもって退職することが告げられました。やはりと言いますが、あのパーティの前に新しい人を探すのは大変だから、ということだそうです。
その通達の次の休みの日。半日しか休めないので、少し急ぎ足でコックから教えて頂いたいくつかの屋敷御用達の食材店の一つへと向かいました。
それらの店は普段、私の様な身分には関係がありません。しかし、コックから
「いいところで働きたいのなら、私たちのような家がよく使う店に募集しているところがあるか、聞きに行きなさい」
というアドバイスとともに、屋敷とお付き合いのある店の場所を記した紙を頂きました。それを見ながら、緊張とともに一抹の不安を抱えつつ、本日三つ目のお店に入店していったのです。
「おお、お嬢さん。どうしたんだい?」
「あっ、あのっ、私、一ヵ月後の○○日以降に転職をしようと思っているのですが、今キッチンメイドを募集している所はご存知でしょうか……?」
「んっとねぇ……その前の△△日にはメイドが辞めちゃうって所があるし、待遇とかも良いみたいだけれどね。そこの主人ができればその翌日の昼か翌々日に入れる人が欲しいって言ってたから、難しいと思うよ?」
「……っ! いえ、構いません。よければ、住所の方を教えていただきたいのですが……」
とうとう、三つ目のお店で、募集している所を知っているという店員の方の言葉を聞くことが出来ました。その後、店員の方は渋い顔をしながらも、その募集をしている屋敷の住所を教えてくれたのです。
その住所をメモした紙を大事に持ちながら急ぎ足で屋敷へと戻ると、考えていた文章を少々変更して、手紙をしたためました。そして、封筒に相手方の住所と主人の名前、この屋敷の住所、そして差出人である私の名前を所定の場所に書き終えると、手紙を封筒に入れ、郵便局へと出しに行きました。
―――――――――
手紙を出して数日後の事でした。
再びミセス・スワンに呼ばれて、場所を移すからと告げるこの方の後ろについて行くと、先日と同じ場所で立ち止まりました。
「貴女、面接していただけるところを早速見つけられたのね? 手紙、来てましたよ」
「あ、ありがとうございます……」
その言葉とともに差し出された手紙を受け取ると、裏面には面接を行う日時が、私の要望の通り休みの日のちょうどよい時間に設定されている旨などが書かれていました。
「よかった……あ、紹介状、どうしましょう……?」
「大丈夫です、主人にはすでに書いていただいていますので、あとは後日それを貴女へ渡すだけになっています。なくすといけませんので、面接前日に渡しますので」
「は、はいっ……そこまでして頂いてたのですね、本当にありがとうございます!」
少々浮かれすぎてしまっていたのでしょうか、紹介状のことをすっかり忘れてしまっていた私に、ミセス・スワンは気を利かせてすでに用意していただいて下さったとは。深々とお辞儀をしながら礼を述べましたが、本当に、感謝してもしきれません。
「いいんですよ、普通は長くても一年半ほどでほかに移ってしまう中、三年も勤めてくれたのですから。コックも、貴女の働きぶりを高く評価していましたよ」
そんな私に、優しくそう告げてくれたミセス・スワンの事、そしてこの屋敷のことは、絶対に忘れることはないでしょう。
5
そして、面接の日。緊張しながら面接をしていただく屋敷へと到着すると、呼吸を整えて緊張を解します。
やはり、憧れであったキッチンメイドへの転職の面接ともなると、大変緊張してしまい普段寝る時刻になっても目が冴えてしまっていました。
本番で眠くなってしまわないよう、私はどうにか睡眠をとると、翌朝はしっかりと起きて準備等を済ませ、相手の屋敷には必ず間に合う時間に屋敷を出発する事ができました。
そして、緊張がいくらか解れたら、今の屋敷よりも大きな屋敷に日中は常駐しているという、門番に声を掛けました。すると屋内に連絡を取り、奥から恐らくハウスメイドの方が出迎えに来ていただきました。その方に面接する部屋まで案内をして貰いながら、今日面接を担当する方の紹介をしていただいたのです。
その様な時間もすぐに終わり、面接する部屋へと通されました。すると、執事の方がすぐさま立ち上がり、私に向けて挨拶をして頂いたので、私もそれに返すように挨拶をすると、彼に紹介状を渡すと共に面接が始まりました。
初めてのときの面接と同じように、出身地や仕事内容をこなす自信はあるかと聞かれると同時に、今回は紹介状に書かれていたことに間違いはないか、確認の問いかけもありました。それらも正直に答えていくと、最後に執事の方からこんな質問をされました。
「そこまでキッチンメイドを目指す理由は、なんでだい?」
―――そんな事、私にとっては決まりきったことです。
「小さなころからの夢でした。……一番のコックに、私はなりたいのです」
6
―――――――――
あの夢を持った理由は、なぜだったのでしょうか。それを持っていたことを思い出すには近いけれど、その理由を思い出すには遠く離れていってしまった時間。
しかしなぜ、今まで忘れてしまっていたその夢を、今になって思い出したのでしょう。
―――――――――
ドームの照明も完全に落ちて、無数のサイリウムが輝く観客席。それを見渡す様に一度は照明が落ちたステージ上の定位置に立つと、曲が流れ始めると再び輝きだす照明ともに歌を歌い、踊りを踊り始める私。……私?
私がこんなに楽しそうに歌って、踊っている……? そんな、まったく想像できない。けれど、曲が掛かる直前、観客席から掛けられた声の中に、紛れもなく私の名前も入っていました。
曲が流れるままに歌い踊りながら、観客席のほとんどを埋め尽くしている、白に近いほど薄いラベンダーの様な色がまるで一体になって揺れる様を見回していく。まさにこの光景こそが、アイドルだけが見て、感じることのできる世界。……幼い頃には一切考えもしなかった様な光景に、こんなにも魅入られるなんて。
7
「ふぁぁーっ……あ、おはよう、お母さん」
「あら、おはよう紬。何かいい夢でも見た? いつもより嬉しそうな顔をしてるわよ」
「なっ、そんなこと……っ!」
朝起きると、洗面所へと向かった私は、ちょうどそこから出てきたお母さんと鉢合わせするや否や、自分が見た夢を見られたような事をサラッと言われて、まだ少し寝ぼけていた頭が一気に覚醒してしまうほど、驚いてしまいました。
しかし私自身、実は今日見た夢のことは、殆ど覚えていないのです。覚えている事といえば、私の名前が呼ばれた事と、そこでなぜか私自身が楽しんでいた事、それくらいです。
けれど、突然そんな事を言われ、瞬時に鏡の前へと移動して自分の顔を確認すると……確かに、いつもより口角が上がっているような気がします。
「あ、そうだ。今日衣装を返しに来るって言った、東京の○○○プロさんなんだけれど、予定の時間はお父さんとお母さんは外出してるから、受け取りよろしくね?」
「……うん、分かったわ」
何か言い返そうとも思いましたが、そういえば昼前には何か用件があった、と言っていたことを思い出して、追求することは諦めたのです。
―――――
そして、店を開いてしばらく。父も母も外出してしまい、一人店の中にいるのも少々退屈になってしまい、奥で椅子に腰掛けながら、今日見た夢のことをぼうっと考えていました。なぜなら、何となく懐かしいことがあったような気がしてならないのです。
でも、そんなに幼い頃の夢ではなかった、それは確信できます。なぜなのか、考えれば考えるほど、分からなくなってしまいました。
と、そんな時でした。
「すいません、○○○プロの者です! 借りていた衣装をお返しに来ました」
がらがらと開かれた扉の音が響いた後、その呼びかけを受けて考えを巡らすことを中断して、そちらへと向かいました。
「ようこそ、おいであそばせ。……あいにくと、今は父が留守にしていますので、ご用件は私が承ります」
挨拶と、私が対応する理由。……そして、ライブで使用した感想などを尋ねている間、訪ねて来た男性は私の顔をジッと見つめたまま、なぜか答えが返ってきませんでした。このままでは埒が明かない為、その事を問いかけてみると。
「あっ、ごめんなさい……君がとても魅力的なもので」
……何を言っているのですか、この方は。
ワンテンポ遅らせてから“人を呼びますよ?”と告げると、彼は焦りながら事情を説明し始めました。なんでも、彼の事務所では新しくアイドルを目指してもらえる人を探している様です。しかし、私には家の商売として関わる事以外はない、そう思っていました。
「いや、これは他人事な話ではないんだ。君は、アイドルに興味ないかな?」
「えっ? ……私がですか?」
その言葉はまさに、青天の霹靂でした。まさか、自分がスカウトされるとは、夢にも思っていなかったのです。
頭の処理が追いつかない中、その彼は自分宛に掛かって来た電話に出ずに、衣装と名刺を私に押し付けるように渡しながらいくらか勧誘の言葉を投げかけてくる。そして、帰りの時間が、ということで嵐のように私をかき乱した彼は、慌てながら去っていきました。
私は結局、最後は何も言葉を返すことが出来なかった……次の瞬間のことでした。
何度かに分けて見た、はるか昔の日本ではない国であったような、髪を短くした私に似た子が、小さな頃からの夢をかなえる為一歩踏み出して厳しい世界へと足を踏み入れる夢。そして、はるか昔に抱き、それからは思い出すことなく色あせて霞んでいた、たわいもない私の夢と、それに連なる様に浮かんできた、ステージ上で歌い、踊る生々しい感覚の夢。
それらを次々と思い出していった私は、不思議な感覚が内側から体を温めるように全身に広がっていくのを感じたのです。そしてほぼ同時に気恥ずかしさを覚えた私は、少々俯いきながらつぶやきました。―――自分では、そしてほかの誰も気付かないながらも、小さく微笑みながら声弾ませて。
「―――あなたは、もしかして……バカなのですか?」
―――貴方のビジネスバッグに付けられていた、瑠璃色のアクセサリーに今後の願いを込める様に。
8
――――貴女の様に前に進むことができたなら、
私はもっと、上手く微笑むことが出来るのでしょうか。
あの夢で見た美しく咲く花菖蒲の様に、
そしてあの日夢見た様に、咲き誇りたいのです。
(夢に向かって一歩踏み出す少女の独白)――――
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
読んでいただいた方の多くは分かったかと思いますが、執筆の際にBGMとして「瑠璃色金魚と花菖蒲」という曲を聴いていて、その曲を参考にしたシーンもところどころに入れさせていただきました。
紬は、仮にこういう予知夢的なのを見ていたとしても絶対に周りに隠してたと思いますし。
そして、スカウトされた後に転校手続き&引っ越しを済ませてから事務所に来たことは、真面目系勘違い娘としての素質がある以上にこの様なことがあったからだと個人的には思っています←
ただ、特にオリ主であるマーガレット・パウエル(作中の"マギー"は、"マーガレット"の一般的な愛称らしいです)の話では分からない単語などが多々あったかとは思いますが、もしメイド関連について解説をもっと欲しい場合は、その旨を伝えて頂ければ活動報告にて(データが残っているはずなので)私が調べさせて頂いた内容を追加で公表させて頂きます。
(なにぶん全体の文量が多いため、すべて入れてしまうと退屈してしまうかと思いますので……)
もしかしたら以前、作品の題名は違うけれどこの作品を「ハーメルン」で読んだことがある、という方もいらっしゃるかと思います。
その方は、以前も読んでいただいてありがとうございます。実は私、この作品を投稿する数日前まで同じ「坂本 梓」名義で活動していたのですが、こちらの手違いにより前書きの通りそのアカウントを退会してしまったため、こうして再び投稿させていただくことになりました。
では、他の作品なども執筆しこれから投稿していく予定ですので、よければそちらの方も読んでいただけたらと思います。
これにて失礼いたします!
―――ここから解説―――
最初の方のハナショウブ(花菖蒲)のくだりの話は、宇宙(おおぞら)という花菖蒲の色がラピスラズリと似ているため採用したのですが、それ以外の部分は完全に物語を創る上での創作ですのでご容赦ください。ちなみに宇宙という品種は、江戸後期あたりに「松平左金吾定朝」という方が作り出した種の一つだそうです。
マーガレット・パウエルがはじめに働いていた「スカラリーメイド」についてですが、作中でも少し話に上がった通り、メインは洗い場担当で、とても忙しくなるときは調理の下準備も多少担当していました。とても重労働で扱いもあまりよくないものだったので、すぐに離職してしまう人も多かったようです。ただ、特に調理や盛り付けなどを担当するキッチンキッチンメイドかコックとして働いていると、提供する食材の一部をこっそりと食べることができるなど、調理関係で働いているおかげで特権もあったようです。