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「あたしに任せて、須美と園子は休んどいて」
敵バーテックスの攻撃をまともに受け、ロクに動くこともできない鷲尾須美と乃木園子に、彼女――三ノ輪銀はそう言った。
自分だって、防いだとはいえバーテックスの攻撃を喰らっていたのに。
敵は三体も居て、勝てるという保証なんて無いのに。
銀は、二人に心配を掛けさせないように笑う。
「――――またね」
片手を上げ、微笑んでみせて、走り出した。
たった一人で、敵の元へ。
その言葉が、その柔らかな笑みが、須美の嫌な予感を煽る。
今ここで倒れ、親友に全てを任せてしまえば、もう二度と彼女に会えないのではないか。
そう、思ってしまう。
敵の力は強大だ。それは身に染みて分かっている。
(それ、でも……!)
須美の身体中からは血が流れ、立つことさえままならない。
起き上がるために腕を突いただけで、泣きそうなほどの痛みが全身を駆け巡った。
けれど、もし大切な親友を失ってしまったら。
もう、二度と会えなくなってしまったら。
それは、今感じている痛みより、ずっと"痛い"はずだ。
「……ッ! 行か、ないと……!」
よろめく身体を無理矢理にでも進ませる。
既に樹海の奥からは、銀とバーテックスのものだろう剣戟が響いている。
もう、戦いは始まっていた。
かなり劣勢な、勝てる可能性が極めて限られた戦闘だ。
今の傷付いた須美が向かったところで、勝てるとは言い切れない。
でも、それでも――
「待ってて……すぐに、行くから……!」
動かした足は、いつしか走り出していた。
おぼつかない足取りだが、確かに親友の元へと進んでいく。
遠目にも、銀が戦っている様子はよく見えた。……敵三体に、追い詰められている様子が。
「銀……ッ!」
叫んで、弓に矢をつがえる。
狙うのは、今まさに銀へ攻撃を加えようとしているバーテックス。
蠍の尾が銀に迫る。
だが、それよりも早く須美の矢は敵へと届く。
敵を倒す必要はない。大げさに攻撃を逸らしてやる必要もない。
ただ、バーテックスのバランスを崩してやれば良い。
そうすれば、きっと銀なら避けてくれるだろうから。
「ふ……ッ! 須美、なんで……!?」
跳躍し、敵の攻撃を軽やかに躱す銀。
須美が信頼した通り、危なげない動きだ。
けれど、敵は三体居る。よそ見をしていられる余裕なんて二人にはない。
「……っ、この……!」
蠍の尾を避けたかと思えば、今度はもう一体のバーテックスが矢を放つ。
が、一度体勢を立て直した後なら回避は容易だ。地面を強く蹴って、須美の隣にまで後退する。
「どうして……!? その傷じゃ!」
「わたしは、大丈夫だから……それより、今は敵を」
「……っ、でも……!」
「大丈夫。背中はわたしに任せて」
ケガが治った訳ではない。
傷が癒えた訳でもない。
所詮は単なる強がりだ。
だが、それでも銀と一緒なら負けるはずがないと、強く思っている。
なら、きっと勝てる。
もう二度と、あんな顔で"またね"なんて言って欲しくないから。
「…………わかった。行くぞ、須美!」
振り絞るように叫んで、バーテックスに向かって走り出す。
両手には彼女の武器である斧が。
そして、背後には彼女の大切な親友が。
なら、きっと――
「はぁあああッ!」
一息の内に接近し、最も近い敵に二丁の斧を振るう。
キャンサー・バーテックスの装甲はかなり厚く、硬い。
最も火力を出せる銀であっても、そう簡単に倒すことは出来ないだろう。敵が三体も居て、常に周囲に気を張っていれば尚更だ。
が、それもつい先程までのこと。
「銀、右!」
須美が短く叫んだ次の瞬間、何も躊躇わず敵の身体を蹴り付けて跳躍。頼れる仲間が教えてくれた通り、右へ跳ぶ。
その動きに無駄な動作は一つとしてない。なにせ、わざわざ敵の動きを確認する必要などないのだから。
サジタリウス・バーテックスの放った矢が、一瞬前に銀が居た地点に降り注ぐ。
けれど、当然当たるはずがない。
遠距離攻撃をメインにする敵の動きは、既に須美が把握していた。
なら、銀は近接戦に集中することができる。素早い跳躍を繰り返し、須美の正確な射撃でバランスを崩した敵に再び接近する。
まずは一体。
反射板を上手く利用される前に倒しきる。
「ここから――出ていけええぇえええええッ!」
二体のバーテックスのなぎ払いを回避しつつ、飛び上がって斧を叩き付ける。
一撃、二撃、三撃、四撃――勇者の苛烈な猛攻は止まらない。重々しい斬撃を響かせ、硬い装甲を削っていく。
蠍の尾が飛んでくるが、そんなものは関係ない。きっと、仲間がどうにかしてくれる。
だから銀が優先するべきことは決まっているのだ。
「ここで、お前を――――!」
最後に加速と跳躍を加えた一撃を与えると、敵バーテックスは地面に倒れ伏した。
これで倒しきった訳ではない。だが、これでようやく次へ行ける。
だからだろう。ここで銀に油断が生まれてしまう。僅かに集中が途切れてしまう。
「――ッ!?」
着地したばかりの銀に、蠍の尾が迫る。
避けられるだろうと安心していた須美が、慌てたように矢をつがえるが間に合わない。
武器で防ぐ――体勢が悪い。致命傷は避けられない。
躱す――不可能だ。身体は動いてくれない。
自身に迫る痛烈な一撃は、とても防げそうにはなかった。
だがそれは、彼女に仲間が居なかった場合の話だ。
「――――ミノさんッッ!」
三ノ輪銀は、たった一人で勇者をしている訳ではない。
駆け付けた園子が、蠍の尾を変形させた槍で防いでみせる。まるで傘のような盾は、確かに大切な仲間を守ってくれた。
そして、矢を放とうとするバーテックスには須美が対応し、弓矢の衝撃で体勢を崩してやる。
三人が揃ったなら、負けはない。
そう誰もが確信していた。
傷はかなり深い。武器をまともに扱えているのが奇跡的な程だ。
けれど。それでも。
「須美、園子!」
名前を呼んで、視線だけで言葉を交わす。
それだけで銀の考えは須見と園子に伝わった。なら、後は彼女を支えてやるだけだ。
前衛の銀と園子が、跳躍してバーテックスの矢を避ける。
それぞれ左と右へ。銀が蠍に、園子が須美と共に時間稼ぎとして射手の元へ。
役割は決まった。
園子と須美が一対一の状況を作り、その間に銀が敵を減らす。
「ミノさんは、わたしたちが守るんだから――!」
意識を銀から自分に向けさせるために突っ込み、槍を振るって邪魔をする。
銀ならあんな敵には負けない。きっと、すぐにでも倒してくれると信じて。
須美も同じ思いなのだろう。
戦況を把握しつつ、弓矢で支援を入れる。そんな役割だからか、二人の傷の深さがよく分かっていた。
見ればすぐに分かる。
だからこそ、自分が支えてあげないと。守ってあげないと。
そう、強く思う。
「ッ!」
矢を放つ。
銀を狙っていた尾が目標から逸れ、すぐさま斧の重たい一撃が与えられる。
矢を放つ。
園子にも銀にも、敵の矢を届かせないように。
全員が必死だった。
誰も傷付かせない、誰も死なせたくないと願っていた。
「――これで、終わりだあああぁあああ!」
須美の支援を受けつつ、さながら暴風のような連撃を与え続けていく。
一体目とは違い、蠍の装甲はそこまで厚くない。敵一体に集中出来るのも大きいのだろう。
――二体目のバーテックスが、動きを止めた。
後は、もう連携を取れない遠距離型が一体だけ。
時間を稼いでくれた須美と園子に感謝しながら、銀は痛みに呻く身体を無視して接近する。
手にした斧が、熱く燃えるような炎を纏う。
その一撃には、彼女の……彼女たちの思いが籠められている。
負けない。負けられない。負けるはずがない。
「うおおおぉおおおおお――ッ!」
踏み込んで、雄叫びを上げ、渾身の力を込めて二丁の斧を振り下ろした――――
「終わった……」
「うん、終わったね~……」
「終わったわね……」
バーテックス三体を追い払った三人は、暗くなりつつある草原に倒れ込んでいた。
全身はひどく傷付き、動くことすらままならない。集中力もすっかり切れて、今にも気を失ってしまいそうな程だ。
だが、生きている。
またこうして、言葉を交わしている。
そんな当たり前のことが、三人にとっては嬉しくてたまらなかった。
「須美、園子……ごめん。
あたし、"またね"って言ったのに、二人が来てくれなかったら、たぶん――」
「それ以上言わなくていいよ、ミノさん。大丈夫だよ、ちゃんと分かってるから。
ねえ、わっしー」
「……ええ。"またね"はウソにならなかったもの」
もしかしたら、さっきの戦いで誰かが死んでいたかもしれない。一生癒えることの無い傷や痛みを抱える結果が待っていたかもしれない。
だが、それはifの話。
いま言葉を交わしている三人は、誰一人として欠けてはいない。
たくさんの血を流した。動けなくなるほどの攻撃をまともに受けた。
けれど、生きている
それだけで充分だった。特に最悪な未来――銀が遠くへ行ってしまうかもしれない、と考えていた須美は尚更だ。
繋いだ手の温もりは、確かにそこに存在している。
須美が優しく握った銀の右手は、傷付きながらも大切な人を守り通した。
二人のかけがえのない親友、教室で笑いかけてくれるクラスメイト達に、自分の帰りを待っていてくれる家族。
その全てを守り抜くことが出来たのだ。
「ケガが治ったら、約束通りお料理教えてね」
「次の日曜日には難しいかもしれないけれど……また、三人で」
「ああ、約束したからな……」
呟くように言って、両手を包む暖かさを感じながら、二人の少女に視線を向ける。
ずっと、友達だよ……なんて恥ずかしくて口には出せないけれど。
銀は優しく微笑み返して、握られた手にそっと力を込めた。
もう二度と離さないと誓うように。
戦いはまだまだ続く。
それでも、三人はバーテックスとの戦いを辞めたりはしないだろう。
守るべきものが、守りたいものがすぐ傍にあるのだから。
だって彼女達は、三人勇者なのだから。